シネマ歌舞伎『ヤマトタケル』
制作年・国 | 2013年 日本 |
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上映時間 | 3時間40分(途中2回休憩) |
原作 | 梅原 猛 作/奈河彰輔 監修 |
監督 | 演出・脚本:市川猿翁(三代目猿之助) [平成二十四年六月 新橋演舞場公演] |
出演 | 出演:小碓命(おうすのみこと)後にヤマトタケル/大碓命(おおうすのみこと):四代目市川猿之助、 帝(すめらみこと):市川中車、タケヒコ:市川右近、 ワカタケル:市川團子、 兄橘姫(えたちばなひめ)/みやず姫:市川笑也、 弟橘姫:(おとたちばなひめ)市川春猿、 老大臣:市川寿猿、 ヘタルベ:市川弘太郎、 帝の使者:市川月乃助、 倭姫(やまとひめ):市川笑三郎、 熊襲(くまそ)弟タケル:市川猿弥、 尾張の国造(くにのみやつこ):坂東竹三郎、 皇后(おおきさき)/姥神:市川門之助、 熊襲(くまそ)兄タケ |
公開日、上映劇場 | 2013年9月28日(土)~東劇、新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、MOVIXココエあまがさき、神戸国際松竹、他全国ロードショー |
~ヤマトタケルもびっくり!? 猿之助襲名から読み解く因縁の父子愛~
ご存じ《シネマ歌舞伎》の第19弾にスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』が初登場。多くの人に歌舞伎の面白さを手軽に楽しんでもらおうと始まったシネマ歌舞伎。そして、伝統芸能としての歌舞伎ではなく、「粋に歌舞いてもらおう」と三代目猿之助が江戸時代の歌舞伎を再現したり、全く新しい狂言(演目)を創作したりと、よりダイナミックな舞台をお客様に楽しんでもらおうと始めたのがスーパー歌舞伎。その一作目が、哲学者・梅原猛が三代目猿之助のために書き下ろした『ヤマトタケル』だった。
初演から36年経った2012年7月、新橋演舞場での市川亀治郎改め四代目市川猿之助襲名披露公演に、『ヤマトタケル』が再演された。三代目猿之助は猿翁に、その息子の香川照之は二代目中車に、さらに香川の息子、すなわち猿翁の孫は團子を襲名することになった。世襲制の歌舞伎界では、普通は息子が父親の名を受け継ぐのだが、それを息子の香川照之ではなく、従弟の亀治郎が猿之助を襲名したのだ。そこには『ヤマトタケル』にも共通する父子の確執からくる愛憎という深い事情があった。
【STORY】
古事記の中の日本創世期のお話――大和の国の帝には正妻との間に二人の息子がいて、新たな妃との間にも息子がいた。次期皇太子の座を巡って陰謀渦巻く中、小碓命(おうすのみこと、後のヤマトタケル)は、兄の大碓命(おおうすのみこと)の謀反をいさめようともみ合う内に死なせてしまう。怒った帝は、大和に従わない熊襲兄弟征伐に小碓命をたった一人で向かわせる。ところが、文武両道の小碓命は才智と武力を駆使して凶暴な熊襲兄弟を討ち果たす。
武勲を挙げた小碓命はヤマトタケルと改名し、大和の国に凱旋するが、帝の怒りは治まらず、さらに武蔵の国の征伐に向かわせる。ヤマトタケルに降りかかる試練の数々は、彼を慕う姫君や家来たちとの厚い信頼を得るものの、帝の許しを得る事かなわず。父帝を喜ばせたい、早くまだ見ぬわが子と対面したい、という切なる願いを胸に、戦いの日々に明け暮れる。大和までもう一歩という所で、今度は伊吹山の神々の成敗を命じられる。伊吹の魔人たちの必死の抵抗に遭い、瀕死の重傷を負ったヤマトタケルは、それでも「大和の国へ飛んで帰りたい、私に翼を授けよ~!」と言って昇天。
三代目猿之助(現:猿翁)が始めたスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』は、口語体のセリフで分かりやすく、機敏な立ち回りや巧みな仕掛けの舞台装置に驚き、更にドラマチックな展開の脚本に興奮し、最後は宙乗りまで飛出し、それまで味わったことがない感動をもたらした。歌舞伎の面白さを存分に教えてくれた舞台だった。思い出してもワクワクする。今回の『ヤマトタケル』は、四代目猿之助の襲名披露公演だからか、そうしたスーパー歌舞伎の醍醐味をさらにスケールアップして楽しませてくれる。それを映画館で楽しめるのだから、こんなお得で嬉しい話はない!
この襲名披露公演の記者会見で、三代目猿之助改め猿翁は、「恩讐の彼方に」という言葉を使った。俳優として大活躍の香川照之は、彼がまだ赤ん坊のころ両親が離婚し、女優である母・浜綿子の手で育てられた。離婚原因は、父・猿之助が子供の頃から憧れていた藤間紫(日本舞踊藤間流家元)との愛を貫いたからだという。梨園(歌舞伎界)の跡取り息子で、本来なら幼い内から父親と一緒に舞台に立つことができたであろうが、完全に梨園から離されてしまったのだ。
香川照之は20代になって、歌舞伎界で大活躍する父親を慕うあまり、一度楽屋へ訪ねて行ったことがあるそうだ。その時父猿之助から言われたことは、「親でもない、子でもない、全く関係ないのだから」という冷たい言葉。後に「違う世界でしっかりと生きていきなさい」という気持ちで言ったと猿翁は述懐しているが、その時の香川照之の心情を思うと泣けてくる。演技派俳優として信頼されている香川照之だが、父親に対する葛藤から生じる挫折感と苦悩は想像を絶するものがある。それが演技にも出ているのだろう。
そんな事情から、歌舞伎経験のない香川照之は父猿之助の名を継げないのだ。代わって、猿之助の弟段四郎の息子の亀治郎が猿之助を継ぎ、そして、いずれは香川の息子團子が猿之助を襲名することになるのであろう。今回の『ヤマトタケル』では、息子に冷たくする父帝の役を香川照之が演じている。歌舞伎初舞台で、憧れの父猿之助から愛情を受けられなかった息子が、その父親の立場で演じるのだ。この『ヤマトタケル』には、猿之助親子(猿翁と香川照之)の複雑な思いが重なって見える。積年の恨みや悲しみを超越して、市川猿之助一門の魂の新たな結束を昇華するような、スーパー歌舞伎最高傑作が今ここに甦る!
(河田 真喜子)
公式サイト⇒ http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/22/
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