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『武士の献立』

 
       

busikon-550.jpg『武士の献立』 

       
作品データ
制作年・国 2013年 日本
上映時間 2時間01分
監督 朝原雄三
出演 上戸彩、高良健吾、西田敏行、余 貴美子、夏川結衣、成海璃子、柄本佑、緒形直人、鹿賀丈史、ふせえり、宮川一朗太、猪野学、海老瀬はな、浜野謙太、笹野高史/中村雅俊(語り)
公開日、上映劇場 2013年12月14日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹、他全国ロードショー(12月7日(土)~石川県内先行ロードショー)

 


★京都ヒストリカ国際映画祭クロージング上映作品 (12月8日(日)MOVIX京都にて17:00~ゲストによる舞台挨拶あり)

  ゲスト:上戸彩[女優]/高良健吾[俳優]/朝原雄三[映画監督]

 

 


  ~出戻り「春」が救った“包丁侍”父子~


 

  時代劇の主役は長い間、武士(侍)が務めてきた。剣の達人がばっさり人を斬るのは映画の醍醐味でもあった。ところが今年、古くから人気があったこのジャンルが様変わりしている。朝原雄三監督の『武士の献立』の主役は“包丁侍”。手にするのは同じ刃物でも剣ではなく包丁なのだから確かに時代は変わった。

busikon-3.jpg 北陸・加賀藩の料理方・舟木伝内(西田敏行)が優れた味覚と料理の腕を持つ春(上戸彩)に惚れ込み、息子安信(高良健吾)の嫁に、と懇願する。気が強いのが災いして一度婚家から戻された春だったが、伝内の強い要望で再び嫁ぐことに。だが、江戸からはるばる加賀にやってきた春を待っていたのは料理嫌いの跡取り息子。「剣の腕前こそ武士の値打ち」と修業に精出す親不孝者だった。春は“古だぬき”と揶揄され苦労しながら夫に料理指南を始める…。

  男ばかりの武家社会でも、台所番が大事な役目だっただろうことは想像出来る。包丁侍とはどんな侍だったのか? 実は舟木伝内と安信親子は加賀藩に実在した包丁侍で、彼らは当時の“レシピ集”「料理無言抄」を残していた。映画はこのレシピをもとに、武家や庶民が実際に食べていた料理を再現した、まことにおいしいグルメ映画でもある。

busikon-2.jpg “出戻り”の春が控えめながら活発なキャラクターで父伝内を助け、夫安信を指導する。3年前、堺雅人主演で大ヒットした森田芳光監督の時代劇『武士の家計簿』も同じ加賀藩、こちらは御算用者(経理係)として身を立てるべく励む“そろばん侍”が主役だった。「家計簿」も「献立」も架空の物語ではなく、加賀藩に残る史料をもとにした“実録もの”だったのだ。  剣の腕前ではない、家庭的で実用的な得意技に存在価値を見出だす点が、多才さが大事な現代を象徴しているように思える。

 「家計簿」も「献立」も時代劇というよりもホームドラマである。とりわけ『献立』は加賀騒動を背景に春が夫と家を救う働きを見せる。藩主の後押しで藩政改革を目指す一派に安信が共鳴するが、藩主が急死、代わって実権を握った保守派の重臣(鹿賀丈史)は改革派一掃を目論む。若い安信は血気にはやって改革派一党の決起集会に加わろうとするが、春は夫の刀を抱いて姿をくらます。夫の無事を願う春にはとっさに出た“当然の行為”だった。

  お家騒動に馳せ参じるのは武士の務め。たとえ反逆者の立場でも、駆けつけるのが武士の意地というもの。だが『武士の献立』の春は夫に叱られるのも覚悟のうえで「家を守る」行動に走ったのだった。結果、安信は難を逃れ、春は父伝内から厚く感謝される。時代小説の第一人者、藤沢周平作品が結果的に男の意地主軸なのと比べると差は歴然。

busikon-5.jpg 女性がしっかりして頼りない男を引っ張るのが家庭円満のコツ…『武士の献立』は現代の縮図と言うべき時代劇だろう。

 クライマックスはおしゃもじ侍にぴったりの“饗応料理”。伝内の跡を継いだ安信は、父の遺言に従って春とともに饗応料理の食材を探す旅に出る…。当時の食材をふんだんに使った豪華な和食の数々はもう一つの見どころだ。

 


 ★黒澤明も作りたかった“剣豪ならざる侍”映画


 

 実は“強くない侍”が主役の時代劇は早くから作られようとしていた。黒澤明監督の『七人の侍』(54年)は時代劇の最高峰に位置付けられるが『七人の侍』の前に黒澤監督と、コンビを組んでいた脚本家・橋本忍が構想していたのは『ある侍の一日』という地味な作品だった。

 橋本氏によると、物語は「ある侍が、朝起きて朝食を取り大小を差して登城するが、下城時にミスが発覚し、帰宅後、庭の隅で切腹する」という実に簡素なものだった。実際、橋本氏と東宝の文芸部員らが八方手を尽くして資料を漁ったが、日常的な「侍の一日」を記した文書はどこにもなく、脚本を待っていた黒澤監督は『なぜだ。なぜ出来ないんだ』と激昂したという。 たとえば、侍はお城に弁当を持って行ったか、家に食べに帰ったのか。一日2食か3食かさえ確たる資料はなかった。それほど“侍の一日”は詳しくは分からなかったらしい。

 代わって候補に挙がったのが徳川時代の書「本朝武芸小伝」。そこから「剣一本で渡り歩く侍」→「日本剣豪列伝」になり、最終的には農民に雇われる侍という風変わりな『七人の侍』になったという。もっとも、黒澤明監督も昭和20年代に”そろばん侍”や”包丁侍”を主役にはしなかっただろうが。

  加賀藩に残っていた「家計簿」や「献立」の史実と資料は極めて貴重な題材だったことは間違いない。

 (安永 五郎)

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公式サイト⇒ http://www.bushikon.jp/

(C)2013「武士の献立」製作委員会