『25年目の弦楽四重奏』
原題 | A Late Quartet |
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制作年・国 | 2012年 アメリカ |
上映時間 | 1時間46分 |
監督 | ヤーロン・ジルバーマン |
出演 | フィリップ・シーモア・ホフマン、クリストファー・ウォーケン、キャサリン・キーナー、マーク・イヴァニール、リラズ・チャリ |
公開日、上映劇場 | 2013年7月6日(土)~角川シネマ有楽町、梅田ガーデンシネマ、7月13日(土)~神戸国際松竹、MOVIX京都 他全国順次公開 |
~ベートーベン作曲《弦楽四重奏曲第14番》から見えてくる人生~
シューベルトが最期に聴きたいと言った曲、それはベートーベンの弦楽四重奏曲第14番(作品131)。ベートーベンが亡くなる半年前に作曲した弦楽四重奏曲は、全7楽章から成り、「休みなしで連続して演奏すべし」という遺言付き。そのため、第1バイオリン、第2バイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽器は、途中チューニングすることなく、変調を来したとしてもカルテッドの調和を保ちながら演奏しなければならないという、難易度の高い名曲でもある。
この曲の特性にインスパイアされたのが、室内楽の熱心なファンでもあるヤーロン・ジルバーマン監督。彼は、「長年連れ添った夫婦などの複雑な関係を掘り下げる張りつめたドラマを描きたい」という願望があり、「弦楽四重奏の団員同士の微妙な力学が、これを描くのに格好の設定になるのでは?」と着想を得たらしい。どんな完璧な演奏者でも、どんな名器でも、全楽章を調弦することなく演奏するためには、それぞれのパーツの役割と協調性、とりわけ信頼性にかかっているような気がする。
25年目を迎える弦楽カルテット団は、一番年上で父親的存在のチェロ奏者のピーター(クリストファー・ウォーケン)の突然の引退宣言で大きく揺れ動く。第2バイオリンのロバート(フィリップ・シーモア・ホフマン)が第1バイオリンをやりたいと言い出し、妻でもあるヴィオラ奏者のジュリエット(キャサリン・キーナー)はそれに強く反対し、夫婦の関係にひびが入る。完璧主義者の第1バイオリンのダニエル(マーク・イヴァニール)は、それに動揺するも、指導を受けにきたロバートとジュリエットの娘アレクサンドラ(イモージェン・プーツ)と本気で恋をしてしまう。パーキンソン病でやむなく引退を決意したピーターの、要(かなめ)としての存在の大きさを思い知ると同時に、不協和音を響かせるカルテットの行方が気になるところ。
音楽への情熱があるからこそ譲れない問題もあるだろう。聴覚を失ったベートーベンは作品131に込めた思いとはいったい何だったのだろうか。この曲の第1バイオリンを目指すアレクサンドラがダニエルの元へ初めて指導を受けに行った際、「作品131に挑戦する前に、彼の悲惨な人生を知れ」とベートーベンの伝記を渡される。それを聞いた父親のロバートは、「的確な助言だ」と娘に言う。芸術家同士、基本姿勢は同じのはず。憤り、嫉妬、ライバル心、家庭の不仲など、名優たちによって奏でられた人間ドラマの深層は、個が際立つカルテットによって生み出される世界観にまで達成している。優れた技術と感性、信頼と協調、高まる情熱…室内楽の醍醐味を味わうと同時に、達成感を共有できる仲間がいることの幸せを実感する。
それにしても、シューベルトではないが、最期に聴きたい曲なんて考えたことがなかった。最後に食べたいものとは? 最後にやりたいことや会いたい人は?などといろいろ考えていたら、旅立てなくなっちゃう!?……(決してそんな映画ではありません。)
(河田 真喜子)
公式サイト⇒ http://25years-gengaku.jp/
© A Late Quartet LLC 2012