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『風立ちぬ』

 
       

kazetachinu-550.jpg『風立ちぬ』

       
作品データ
制作年・国 2013年 日本
上映時間 2時間6分
監督 監督・原作・脚本:宮崎駿  音楽:久石譲  主題歌:荒井由実
出演 声の出演:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、大竹しのぶ、國村隼、風間杜夫、志田未来、竹下景子、スティーブン・アルバート、野村萬斎
公開日、上映劇場 2013年7月20日(土)~全国ロードショー

 

~どんなことがあっても夢を見失わないこと、生き抜くこと~

 

 主人公二郎にとって飛行機は夢そのもの。夢を実現しようと諦めない姿に、明日を信じる力、希望を感じる。

 近眼のため飛行機の操縦士ではなく、設計者になろうと決意し、後に零戦(ゼロ戦)を設計した堀越二郎と、同時代の文学者で「風立ちぬ」を書いた堀辰雄。実在した二人の人生をごちゃまぜにして、宮崎駿監督の思いを体現するかのような青年、二郎というキャラが生まれた。冒頭、蚊帳の中ですやすやと眠っている少年は、夢の中で、屋根に登って、小さな飛行機に乗り、空へと飛び立つ…。空を飛ぶことにあこがれ、夢みた少年は、学校で設計を学び、軍需産業の会社で技師として働くようになる。

 約三十年にわたる二郎の半生を、巧みに時間経過をとばして、関東大震災、太平洋戦争といった時代の流れとともに描いた脚本が秀逸。まるで壮大な映像詩を観ているようだ。二郎は、夢の中の架空の人物、いわば内なる自分ともいえる、イタリアの飛行機製作者カプローニおじさんとの対話を通じて、悩みや不安を乗り越え、成長していく。現実の世界から夢の世界へとさりげなく転換する見事さ。夢の世界では、観客も二郎と一緒に飛行機に乗って空を飛び、風を感じ、草木が揺れるのを眺めているかのような、爽快な飛翔感を味わう。緑の草原や空といった、ジブリならではの美しい風景描写が、二郎の心の中の相談相手であり、常に勇気を与え続けるカプローニという人物を引き立て、夢の世界を鮮やかに彩る。

kazetachinu-2.jpg 白眉は、「風立ちぬ」をモチーフにしたともいえる、少女菜穂子と二郎との切ない恋路。けなげでしっかり者で、二郎を心から愛し、支えようとする菜穂子の姿が涙を誘う。山のサナトリウムや、ささやかな祝言をあげる晩に、はらはらとゆっくり舞い落ちる雪の美しいこと。結核で短い命とわかっている菜穂子と一日一日を大切に過ごし、互いにいたわりあいながら、仕事に励む二郎。菜穂子の死という劇的な場面は描かず、かすかな予感と、それまでの二人のつつましやかな姿を丁寧に描くことで、より深く悲しみを感じさせ、いつまでも消えることのない余韻と感銘を残す。

 庵野秀明の朴訥な声が、実直な青年二郎にぴったり。体当たりで物事にぶつかり素直に反応していく人となりが伝わり、魅了される。脇役一人ひとりの人物造詣も見事で、なかでも、二郎の会社の上司、黒川と黒川夫人の存在は、二郎と菜穂子をあたたかく見守る大人として、人間味と思慮深さを感じさせた。

kazetachinu-3.jpg 底辺にあるのは反戦の思い。零戦は軍によって殺し合いに使われ、日本は敗戦する。零戦に乗った多くの若者たちは帰ってこなかった。そういう負の側面も映画は淡々と伝える中で、悪いのは飛行機ではない、戦争だという思いが強く湧き上がってくる。 

 飛ぶことの爽快感、躍動感、空の広さ、高さ、青さ…、宮崎アニメならではの魅力を存分に伝えながらも、映画は、カプローニの言葉を通じて私たちに問いかけてくる。「力を尽くしているか」。その問いは、精いっぱい生きているか、夢を持ち続けているか、という問いとなって、観客の心に刻み付けられる。

 愛する者に先立たれ、敗戦ですべてを失い、ズタズタになった二郎に、カプローニは「それでも、君は生き抜かなければならない」と言う。それは、現代を生きる観客一人ひとりへの、宮崎監督からの力強いエールであり、あたたかいメッセージにも聞こえた。

(伊藤 久美子)

公式サイト⇒ http://kazetachinu.jp/

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