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『オース!バタヤン』

 
       

batayan-2.png★3月3日(日)『おおさかシネマフェスティバル2013』にて特別上映されました!

       
作品データ
制作年・国 2012年 日本
上映時間 1時間35分
監督 田村孟太雲
出演 田端義夫、浜村淳
公開日、上映劇場 2013年5月18日(土)~テアトル新宿、6月1日(土)~テアトル梅田、6月15日(土)~布施ラインシネマ、6月22日(土)~シネ・リーブル神戸、6月29日(土)~塚口サンサン劇場、7月20日(土)~京都シネマ にて公開

 

~昭和史を反映したバタヤンの歌手人生~

 

  アルタミラピクチャーズの“音楽ライブ映画”「オース!バタヤン」は一人の歌手の姿を通して、日本の戦中から戦後、奇跡の復興を遂げながらもなお貧しかった時代を見つめ直した稀有なドキュメンタリー映画だ。

 バタヤンこと田端義夫は1919(大正8年)年生まれ、94歳。「かえり船」や「島の船唄」などのヒット曲、ギターを高く水平に持って歌う歌い方、天性のこぶし回しと伸びのある高音に「オース!」と威勢の良い掛け声で知られる。

batayan-1.jpg 「今なお現役」という最ベテラン歌手が、6年前“第二の故郷”大阪・鶴橋の小学校でこの映画用に“里帰り公演”を収録した。名調子・浜村淳さんの絶妙の司会進行によるライブ映像とインタビューを中心に、昭和50年代の公演、バタヤンファンの立川談志、山城新伍、上岡竜太郎らのテレビ番組の映像を巧みに編集した“バタヤン史”はそのまま、戦争と貧困にあえぎ、もがき苦しみながら生き抜いてきた日本人の姿そのものに映った。

 デビューは昭和13年(1938年)。紅白歌合戦に2度出場し、東京、大阪の大劇場で長期公演も行った。だが、華やかなスター歌手とは言い難いのがバタヤンだった。映画でも語られるが、歌手バタヤンには人気絶頂期でも“貧しさの影”がつきまとった。ふるえるような声、トレードマークのマドロス・スタイルも、日活スターのそれとは違ってうらわびしさを感じさせた。 10人兄弟の9人目。子沢山の時代とはいえ、どれほど生活が苦しかったかは容易に想像出来る。事実、慢性的な栄養失調で、トラコーマにかかりながら治療も受けられず右目の視力を失っている。それが原因で徴兵検査は丙種。そのおかげで兵隊に取られず、助かったという。

  歌の原点は、お腹を空かせた兄弟そろってなすすべなく縁側で夕陽を見ながら歌った童謡だったとか、ギターなど買える訳もなく、板きれを拾ってきて糸を張り“イター”と呼んだ話などは身につまされるばかり。同社の音楽ドキュメンタリー映画、こまどり姉妹ら多くの演歌歌手がそうだったように、貧しさから歌の道を選ぶしかなかった。

  鉄工所などで丁稚奉公しながら、ディック・ミネに憧れ、ポリドールレコードの新人歌謡コンクールで4000人の中で優勝した。実力は確かだった。だが、知る限りでは藤山一郎の伸びやかさはなく、三橋美智也の民謡調でも、三波春夫の浪花節調でもない、あくまでバタヤン独特のふるえるような声質が最大の特徴。証言者が映画で語っていたが、彼の歌声は赤線(昭和33年廃止)の女たちの琴線をふるわせる声だった。

  戦後、引き揚げ船で日本に着いた抑留者を迎えたのは、バタヤンの「かえり船」だったという。その切々とした歌にはみんなが一斉に涙したという。さもありなん。

  戦前からの人気歌手の多くが昭和30年前後に世代交代で消えていったそうだが、一人バタヤンが残ったのは、底辺に根付いた男のしたたかさにほかならなかった。客席にも平気で降りてファンの中に入って行く、こんな交流が出来る人気歌手はいない。“生きた戦前・戦後史”というべき最ベテラン歌手の生きざまは、行き詰った今の日本に強さ、たくましさを思い起こさせるのではないか。

 (安永 五郎)

公式サイト⇒ http://www.batayan.jp

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