『リンカーン』
(安永五郎バージョン)
原題 | Lincoln |
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制作年・国 | 2012年 アメリカ |
上映時間 | 2時間31分 |
監督 | スティーヴン・スピルバーグ |
出演 | ダニエル・デイ=ルイス、サリー・フィールド、デヴィッド・ストラザーン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ジェームズ・スペイダー、ハル・ホルブルック、トミー・リー・ジョーンズ |
公開日、上映劇場 | 2013年4月19日(金)~TOHOシネマズ日劇、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS) ほか全国ロードショー |
~スピルバーグ監督が描く究極のヒーロー像は、アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの信条~
ハリウッド復興の救世主スピルバーグの“到達点”が、有名な大統領エイブラハム・リンカーンだったとは、意表を突かれる思いだった。民主主義の原点にしてアメリカ最大のヒーローを描くことで、彼は混沌の時代から未来に向けて希望を託したと思う。
『ジョーズ』(75年)を皮きりに、『未知との遭遇』(77年)、『レイダース/失われたアーク』(81年)、『E.T.』(82年)と大ヒットを連発してきたスピルバーグは、問題作『アミスタッド』(97年)で初めて“大コケ”を経験した。
奴隷制盛んな19世紀、船で運ばれる奴隷たちが反乱を起こすものの鎮圧される無残な実話の映画化は、サメもUFOも出て来ないシリアスな内容で当時、スピルバーグ党をも驚かせた。 斬新なテクニック、衝撃的なカッティングでショックを与える手法でハリウッドに新風を吹き込んだ彼は、時に自分を振り返るようにシリアスな作品を世に問う。黒人問題では85年の『カラー・パープル』がウーピー・ゴールドバーグを売り出すきっかけになったことで注目を集めた。
ユダヤ人としての血に目覚めた『シンドラーのリスト』(93年)ではアカデミー賞監督賞に選ばれ、名実ともに一級監督の仲間入りを果たした。
『アミスタッド』はユダヤ人以上に虐げられた黒人問題への2度目のアプローチ。『リンカーン』はその集大成だろう。彼の娯楽大作に手に汗握ったファンには肩透かしかも知れない。リンカーンは誰もが知っているし、誰が撮っても偉大な映画になりそうだ。だが、偉人伝に敢えて挑むところが20世紀最大のヒットメーカーの自信か。
スピルバーグは「4、5歳の時にリンカーン記念館を見て、巨大なリンカーン像がひどく怖かったことを覚えている。以来、リンカーンに興味を抱き、彼の書物を読み込んだ」という。感性豊かな映画青年にとって、畏怖から始まった偉人物語は、UFO、宇宙人、恐竜と同様、心の中で育んできた映画化のターゲットだったのではないか。
ユーモア豊かだが物静かなリンカーン像が綴られる。演説を中心に彼の思想信条や言動をつぶさに描く映画が派手なアクションになる訳はない。そこにスピルバーグらしい“英雄像”を感じさせもする。
ケンタッキー出身の青年リンカーン(ダニエル・デイ・ルイス)が有能な弁護士から政治家に転身、第16代大統領になって奴隷制廃止を主張、そのために国を二分する南北戦争勃発するが戦争の真っ最中、南軍支配地域の奴隷解放を宣言する…どれほど意思強固な人だったのか…。
800ページもの原作(ドリス・カーンズ・グッドウィン)を、脚本(トニー・クシュナー)は500ページ、最後の2年間に絞り込んだ。そこからさらにスピルバーグが見いだしたストーリーは「憲法修正第13条」をめぐる議会での攻防だった。奴隷制を廃止する「13条」は1864年、上院で可決されるが下院で否決された。翌65年、リンカーンは再挑戦。この時、彼が画策した多数派工作が極めて人間的だ。不可能とされた「上下両院の3分の2以上」を獲得するために、反対議員たちを説得し、策をめぐらし、時に大統領の強権をちらつかせる…。この時機に長男ロバート(ジョセフ・コードン・レヴィット)が入隊志願、半狂乱になる妻メアリー(サリー・フィールド)との夫婦げんかシーンなどは人間として親しみすら感じる。過去と比べるまでもなく、地味で物静かな作品だが、スピルバーグの思いがあふれるようだった。
過去、スピルバーグが描く英雄(主人公)は普通の人間が多かった。長編デビュー作『激突!』(72年)は車通勤する会社員、『ジョーズ』もサメ捕獲のプロは登場したが、主役は平凡な警察官、『未知との遭遇』ではUFOに魅入られた市民。『E.T.』では優しい宇宙人と心を通わせる少年たちだった。スピルバーグが描いた英雄らしい英雄は型破りな冒険譚『インディ・ジョーンズ』ぐらい。
『リンカーン』もまた、偉人ではない、普通の男、夫や父がいた。南北戦争が膠着状態に陥り、進退極まった時には生身の人間としての素顔を見せた。「国の最悪の時代を乗り越え、アメリカ民主主義の理想を貫いて奴隷制を廃止した。偉大な大統領だが、彼の多面性を描きたかった」とスピルバーグはいう。平凡な人間が追い詰められた時に見せる行為、これこそ彼がスクリーンに刻み込んできたヒーローなのだった。
(安永 五郎)
公式サイト⇒ http://www.foxmovies.jp/lincoln-movie/
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