映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『BUNGO~ささやかな欲望~』

 
       

bungo-1.jpg

       
作品データ
制作年・国 2012年 日本
上映時間 「見つめられる淑女たち」95分、「告白する紳士たち」108分
監督 冨永昌敬、西海謙一郎、熊切和嘉、関根光才、山下敦弘、谷口正晃
出演 石原さとみ 宮迫博之、水崎綾女、谷村美月、大西信満、橋本愛、リリー・フランキー、山田孝之、成海璃子、波瑠、三浦貴大
公開日、上映劇場 2012年9月29日(土)~角川シネマ有楽町、梅田ガーデンシネマ ほか全国ロードショー


~昭和の文豪に、気鋭の監督が挑んだら…~ 

  小説や文学なんて古くさい…コミック好きの今どきの若者に対応してみた? 風変わりな文学作品。主に昭和の名作短編を、次代を担う気鋭監督、脚本家、それに今「旬」の女優たちのコラボ(またはバトル)で映像化、スマホで小説が読める時代、だけど書物を手に取って読みたくなるような希有な映画である。

 『BUNGO』というタイトルは豪華な作家たちの顔ぶれを見れば納得だが、作品は愛好家でもほとんど知らない“隠れた名作”ばかり。そんな短編を集めたオムニバス映画には今では懐かしい昭和ロマンの香りとふくよかな味わいがあった。コミックにはないものだった。

  映画は「見つめられる淑女たち編」と「告白する紳士たち編」に分かれ、各3編ずつ、公開される。

 

●「告白する紳士たち」編③

「幸福の彼方」(林芙美子原作、谷口正晃監督)

bungo-2.jpg このオムニバス映画の趣旨を明確に現している。戦場で失明した青年・信一(三浦貴大)が見合いで絹子(波瑠)と結婚、幸せな生活を送っていたが、ある日、信一は妻に「僕には子供がいる」と告白する…。

  冒頭、恥じらいの見合いシーン、信一の話に屈託なく笑う絹子は「いつも笑って暮らしたいから」とあえて障害者となった青年との結婚を決意する。変わったことは何も起こらない日々、突然の告白に絹子は驚くが、彼女は信一を叱咤するように、里子に出した子供に2人で会いに行く。

 それだけの物語。劇画とは違って派手で刺激的なことは何も起こらない。子供に会いに行く電車の中で、2人は子供連れの中年夫婦に会う。太った妻が夫の使用した鼻紙を懐に入れるのを目撃して、絹子は“長く連れ添った夫婦の幸せ”を感じ、「ああいうたくましい母親になりたい」と願う。

  およそドラマチックにはほど遠いお話だが、そこに日本の小説や映画が描いてきたあるべき確かな生活が見える。

 電車の夫婦が、少々怪しげな物売りの設定になっていたのは映画ならではの強調。カメラは電車内からぐっと引いて、1両だけの電車は曲がり揺れながら遠くへ去っていく。夫婦の行く末を暗示する映画的表現だった。

 

●宮沢賢治流ホラー「淑女」編①

 「注文の多い料理店」(冨永昌敬監督、菅野友恵脚本)。

 会社の上司・左右吉(宮迫博之)と不倫中の藤子は互いに相手に「別れよう」と言わせたい関係。2人でハンティングに出かけた山中で迷子になり、途方に暮れたところでレストラン「山猫亭」を見つけ、喜んで入って見ると、そこはなんと客に“注文が多い料理店”だった…。

 「若い人と太った人歓迎」に始まり「泥を落とせ」「帽子と靴を取れ」「クリームを塗れ」と妙な要求ばかりされて、2人は「食べられるのは自分たち」と気付く。

 6編中、最も知られた小説で、賢治の代表作だが、色っぽい石原さとみのイメチェンも含めて大胆なラブストーリーに変貌。物語がもう少し進んだら、大林宣彦監督のデビュー作「ハウス」になってしまうような怪奇ホラー。こんな宮沢賢治は見たことがない。

 

●艶笑小咄2題「淑女」② 

三浦哲郎原作「乳房」(西海謙一郎監督、岨手由貴子脚本) 

 中学生が自分の乳房が膨らんでいく夢に悩まされ、実際に膨らんでゆく。だが、父親に言われて近所を巡回中、夫が出征中の理髪店の女主人(水崎綾女)の家をのぞくと、女の豊満な乳房が丸見え。空襲の夜、女主人の胸に触って少年の悩みは一気に解消する…。

  夫が出征中の人妻、空襲下の一夜の情景に、人々の辛さややるせなさを描き、少年の大人への目ざめにつながる。戦争中の庶民の苦悩がにじむ。
 

「淑女」③

  永井荷風原作「人妻」(熊切和嘉監督、山田太郎脚本)

  谷村美月が世話好きで奔放な人妻役を務めたこれも艶話。町はずれの家に間借りした桑田は若く独身で、天真爛漫な若い人妻・年子(谷村)の振る舞いに悩まされる。彼女の夫の留守中のある日、帰宅すると年子が縄に縛られて転がっていた…。

  艶っぽい作品で定評のある永井荷風らしい艶があふれる短編。近年でいえば、山本晋也監督「未亡人下宿」シリーズの味わいに近い。

 

bungo-4.jpg●母親の切ない愛情「紳士」①

  岡本かの子原作「鮨」(関根光才監督、大森寿美男脚本)

  「福ずし」の看板娘・ともよ(橋本愛)は無口な中年客・湊(リリー・フランキー)に関心を寄せていたが、ある日、外出先で湊に会い、鮨が好きになった理由を聞く。それは、拒食症に近かった少年・湊を救うための母親(市川実日子)の深く切ない愛情にまつわる涙の物語だった。…。

  岡本太郎の実母・岡本かの子の珠玉の短編。看板娘の橋本愛も、食べない子供に何とか食べさせようとする母親・市川実日子も愛情にあふれたたたずまいが美しい。こんなはかなげな思い出話は小説のものだった。

 

bungo-3.jpg●安吾の二股?「紳士」② 

坂口安吾原作「握った手」(山下敦弘監督、向井康介脚本)

  内気な大学生・松夫(山田孝之)が、映画館で隣に座ったOL綾子(黒木華)の手を握り、握り返されたことから交際が始まり、松夫は彼女に誰にでも握り返すのか、と嫉妬に悩む。不安な松夫は心理学に精通した女学生・由子(成海璃子)に相談するが、彼女の手もつい握ってしまう…。

 これが昭和初期の男と女なのか。今なら当たり前の話だろうが、松夫には「革命」だった手を握る行為が、手が腫れ上がるほどに悩ましいとは。山下監督は“革命のてん末”をシリアスかつコミカルに描く。ひとりの男とふたりの女、この命題は昭和も平成も変わらない。


 1作目の「注文の多い料理店」が時代不詳な以外は、戦前か戦時中、または戦後すぐの物語で、いずれも、セットや衣装で時代をうまく再現、落ち着いた画面は文芸映画というにふさわしい雰囲気を醸し出す。43歳の西海監督以外はいずれも20 ~ 30代の若い監督で、当時を知らない監督たちのその時代への考察は興味深い。小説離れと言われるスマホ時代の若者たちがどのように受け止めるかもまた、実に興味深い。

 サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックは「映画は退屈な部分を除いた人生」と定義したが、映画「BUNGO」には当てはまらない気がする。退屈な日常の中にも、ちょっとした異変があり、それが時に人生を豊かにも空しくもする。ヒッチコック的世界とは明らかに異なるが、これもまた日本映画らしい多様性ではないか。      【安永五郎】

公式サイト⇒ http://bungo-movie.jp/
© 「BUNGO ささやかな欲望」製作委員会

カテゴリ

月別 アーカイブ