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『あなたへ』

 
       

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作品データ
制作年・国 2012年 日本
上映時間 1時間50分
監督 降旗康男
出演 高倉健 田中裕子 佐藤浩市 草彅剛 余貴美子 綾瀬はるか 三浦貴大 大滝秀治 長塚京三 原田美枝子 浅野忠信  ビートたけし
公開日、上映劇場 2012年8月25日(土)~全国東宝系ロードショー


~変わらない男・健さん 背中に哀愁~

 亡き妻(田中裕子)の望みで、散骨のために長崎県・平戸まで9000キロ、改造バンを走らせる…健さん(高倉健)6年ぶりの映画にはしみじみと妻を亡くした男の悲哀が滲んだ。


anatae-2.jpg 散骨を終えて港に帰り、一人暗い海をじっと見つめる健さんの背中。かつて唐獅子牡丹の彫り物を背負って殴り込みをかける姿に喝采した。全共闘の学生はそこに「止めてくれるなおっ母さん」の思いを読み取った。多くのファンを沸かせ、奮い立たせてきた背中は今、じっと孤独をかみしめる印に見えた。人生に始末をつけようとする男の姿を、団塊世代に見せたようだった。東映の任侠映画「昭和残侠伝」の花田秀次郎、「日本侠客伝」「網走番外地」…客席から「健さん、こいつをたたき切ってくれ」と掛け声がかかる誰よりも頼もしいヒーローだった。月日は流れ、健さんもさすがに歳を取った。だが、時代の主役を担った男は老いても変わることなく寡黙なヒーローであり続けた。哀しみを胸に秘め、淡々とやるべきことを果たす。その端正な生き様は何ひとつ変わっていなかった。


anatae-4.jpg 倉島(高倉)は北陸・富山の刑務所の指導技官。ある日、亡き妻洋子から絵葉書が届く。「故郷の海に散骨してほしい」とだけ書かれた葉書通り、倉島は仕事を辞め、妻と乗るつもりだった車にひとり乗り、遥かな海を目指す…。旅の途中に出会う人々とのふれあいが男の旅を彩る。「国語教師」というビートたけしから放浪詩人・山頭火の本をもらうものの、実は車上荒らしの指名手配犯だったり、駅弁の実演販売青年(草彅剛)には都合よく販売を手伝わされたりもする。そこで知り合った中年男(佐藤浩市)から教えられた老船頭(大滝秀治)に散骨の船を貸してもらい、倉島の旅は完結する。だが、平戸の食堂のお女将(余貴美子)とのかかわりもまた人間のつながりのはかなさと切なさを感じさせる。
 

 健さんのロードムービーといえば、山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」(‘77年)を思い起こさせる。こanatae-3.jpgちらの健さんは殺人罪で服役していた刑務所を出所し、別れた妻(倍賞千恵子)がいる北海道・夕張を目指す旅。同行する若者は武田鉄矢と桃井かおり。いささか軽薄な武田たちに、健さんは時に意見したり、暴漢をたしなめたりして迫力を感じさせもする。任侠映画の健さんがそのキャラクターのまま松竹の人情喜劇に顔出しした、と言った格好だった。「~ハンカチ」の有名なラストシーンの感動は、若い二人への“進路指導”でもあった。

 あれから35年、健さんは若者に意見したり、どやしつけることもなく、たけしにも傍若無人な草彅にも、佐藤浩市にも無口なまま、付き合いよくそこにいる。余計なことなど言わず、自らを律することで決めた仕事を果たす健さん。今作の若いカップル、食堂の娘(綾瀬はるか)と老船頭の孫(三浦貴大)はそのメッセージをどう受け取ったのだろうか。 (安永 五郎)

 

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