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 ディア・ドクター
『ディア・ドクター』
〜『おくりびと』に続く、世界に負けない日本映画〜

(2009年 日本 2時間07分)
監督:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、香川照之、余貴美子、笹野高史、松重豊
2009年6月27日(土)〜梅田ガーデンシネマ、京都シネマ、シネ・リーブル神戸にて公開

公式サイト⇒ http://deardoctor.jp/

 西川美和監督が、家族愛の『蛇イチゴ』(2002年)、兄弟愛の『ゆれる』(2006年)に続いて、今度はヒューマニズムあふれる人間ドラマ映画を創り上げた。笑福亭鶴瓶がニセ医者役なのに、村の人々を診療・診察し、ゆっくり人々を癒やしていく、好感度あふれる演技を披露する。
 黒澤明監督の『赤ひげ』(‘65年)などの、映画的ヒューマニズムにも通じる傑作となった。また、『おくりびと』(2008年)ともリンクする、和みのドラマ性でも魅せる。『おくりびと』は死者への癒やしだったが、本作は現実に生きている人々への癒やしとなっている点が大きく違う。『おくりびと』にも出演していた余貴美子、笹野高史もまた、渋くて泣けそうな演技で鶴瓶をサポートする。
 本作とはまた違った癒やしをくれた『阿弥陀堂だより』(2002年)や、島もの診療映画などとも微妙に違う雰囲気が、とてもたまらない。このたまらなさの要因は、鶴瓶の演技がまず第一にある。TBSのテレビドラマ『ブラックジャックによろしく』では、ホンモノの医者役に扮し、熱気あふれる演技を披露した鶴瓶だが、今作では抑えぎみでいきながらも、そのあったか〜いキャラクター付けを緻密に表現してみせる。香川照之のセリフにも出てくる「命の綱を握る人」を巧妙に、しかも自然体で演じ抜いて、見終わってしばらく経ってから「ああ、あの演技は何か凄く、良かったな〜」としみじみと思い出させる快演なのだ。
 八千草薫へのある種、恋愛的な鶴瓶の想いを描くシーンや、助手役・瑛太との会話で「オレ、資格ないねん」と告白するシーンの渋み(この告白は、瑛太には誤解されて伝わるのだが…)、ネタバレになるので詳しくは書けないのだけど、鶴瓶がニセ医者になろうとした家族との絆描写など、随所に散りばめられた、練り上げられたシーンやセリフのやり取りが印象的。
 その感動への貢献度として一番に挙げたいのは、照明をほとんど入れない自然光のもとでの撮影による、田舎の風景や棚田と登場人物たちの描写である。この撮影方法は、都会のように照明があふれていない田舎の自然と共に、自然体で生きている田舎に住む人々を映すのに、リアリタティーあふれる最適の方法だといえる。また、柔らかい自然光の効果は、鶴瓶の優しい人間性を際立たせる方向へも作用している。
(宮城 正樹)ページトップへ
 SR サイタマノラッパー
『SR サイタマノラッパー』
〜かっこよくはないけれど……〜

(2008年 日本 1時間20分)
監督・脚本:入江悠
出演:駒木根隆介、みひろ、水澤紳吾、奥野瑛太、杉山彦々、益成竜也、TEC、上鈴木伯周

6月27日〜7月3日までプラネット・プラス・ワン(梅田・中崎町)にて
レイトショー

公式サイト⇒ http://sr-movie.com
□作品紹介

 埼玉県の北西部、深谷。レコード屋もライブハウスもない田舎町で、イックたち、ヒップホップグループ「SHO−GUNG」のメンバーは、ライブを開こうと夢見ている。しかし、現実は厳しい。市役所での集いで壇上に立てば、ラッパーを解しない年配者たちから、仕事やらあれこれ詰問され、意気消沈。東京でAV嬢をやっていたという高校の同級生、千夏が帰省してきても、胸ときめかせつつなぜか逃げ腰で、重いジャケットを何枚も着込んだラッパー気取りの姿を「宇宙人」と一笑される。かつてのいじめっ子達にコンビニで出会い、ぼこぼこにやっつけられ、昔と変わってないなと侮蔑される。それでもライブ目指して、テーマを議論し、新曲を準備し、ラップへの情熱だけは真剣そのもの。しかし、先輩ラッパー達は突然、上京。グループは親友のトムと二人だけになってしまう……。
 
  イックが人のいい奴だとはわかるが、まるでラッパーらしくない。いじめられても、ろくに抵抗もできず、去ってゆく仲間を強く引き止めることすらできない。入江監督はそんなイックの姿を、1シーン1カットの長回しでとらえ続ける。観客は、うだつのあがらないイックの姿をじっと見守るだけ。

 やりきれない気持ちのまま、ラスト、トムの目前でイックが一人でみせたラップは、私の心に強く焼きついて離れなかった。もやもやした気持ちのまま、観終わって幾日も経って、やっと気付いた。イックは私自身なのかもしれない。大きいことを言っても、口ばかりで、ちっとも行動に結びつかない。ハートだけは熱いと思い込んでいるくせに、やってることはどこかちぐはぐ。私はイックの姿に自分を重ねあわせ、観ている間、ずっともどかしかったのかもしれない。

  人生は上り坂だ。自分の力で登っていくしかない。千夏が、東京に帰るため、駅の階段で、高校生たちから冷たい視線を受けながらも、懸命に大きなスーツケースを持ち上げ、ゆっくりと上がっていく。人の力を借りずに自分で登ること、すべてはそこから始まる。

  映画は結論をあえて描いていない。イックはまだ道の途上にいるのだろうか。誰にもその行方はわからない。イックが最後にみせた姿は、やっぱり全然かっこよくないけれど、イックの中の、ラップに賭ける“魂(ソウル)”は、じわじわと迫ってきた。熱いハートを持ち続けること、決して忘れず、強く抱き続ければ、いつかきっと道は開けるにちがいない、イックの必死な姿は、そんなふうにささやいているような気がした。なんだかまたイックに会いたくなってきた。
□入江監督に聞きました。

 プラネット・プラス・ワンでの初日となる6月27日、満席となった会場に、入江悠監督と、先輩ラッパーを演じたキャストの皆さんが登場。客席からの熱い質問に答えてくれました。私も長回しのわけが知りたくて、質疑の終了後、直接、監督にうかがう機会に恵まれましたので、劇場での質疑とあわせ、その一端をご紹介します。
(以下はネタばれになるかもしれませんので、ご注意ください)

 まず、長回しについてですが、ラップの映像といえば、エミネム主演の『8Mile』(2002年)をはじめ、カット割が細かい映画が多く、今回は、長回しで撮ってやろうと、撮影当初からその覚悟で撮影されたそうです。サイタマから抜け出そうとしても抜け出せない、鬱屈した感じを出したくて、結局、最後まで出られないまま、終りたかったそうです。
  入江監督ご自身、これで映画を撮れるのは最後になるかもしれないという思いを抱えながら臨まれた作品で、主人公イックと自分とがオーバーラップする部分があったそうです。最後には夢が実現するという映画が多いけれど、現実は、そんな甘くはないわけで、だからこそ、本作のラストは、イックが決して成功もせず、成功も予感させずに終ることを選んだそうです。

 
実際、監督が本作を撮り始めた時は、スタッフが2、3人とほんのわずかで、監督がマイクも持って録音していたとか。徐々にスタッフが増えていって、とても嬉しかったそうです。そういう意味でも、本当に、映画監督として成功できるかどうか、イックと同じ心境だったと言われました。

  キャストの方からは、イックとトムを置き去りにして、東京に出た先輩ラッパーたちも、映画にはないけれど、その後、失敗して故郷に戻ったんです、という微笑ましいコメントもありました。

  本作は、本年度のゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフ・シアター部門でグランプリを受賞し、東京でも話題となってリヴァイバル上映されました。今後、全国各地での上映の輪が広がることを祈ってやみません。


□お薦めインディペンデント映画シリーズ、プラックス(PLAX)発進!


 さて、本作は、シネ・ヌーヴォX(九条)とプラネット・プラス・ワン(梅田・中崎町)が連携して連続公開する、お薦めインディペンデント映画シリーズ、プラックス(PLAX)の第1弾として上映されました。

 このシリーズで紹介するのは、基本的に地方が舞台で製作され、インディペンデント映画独自の味わいを持ちながらも、一般劇場公開の映画の観客の皆さんにも十分楽しんでいただける作品をセレクト。まさに現在形の日本映画の優れたエッセンスが感じられるものばかりです。

  第2弾は、『シャーリーの好色人生と転落人生』。佐藤央監督の『シャーリーの好色人生』と冨永昌敬監督の『シャーリーの転落人生』と2つのエピソードにより、さすらう男シャーリーの真実に迫ります。『シャーリーの好色人生』の撮影は、シネルフレで3月に取材した芦澤明子キャメラマンです。7月4日(土)のプラネット・プラス・ワンでの初日には両監督が来場、トークもあります。
 
  第3弾は、『あんにょん由美香』松江哲明監督で、8月下旬の予定です。普段、インディペンデント映画と縁のないあなたも、この機会にぜひのぞいてみませんか。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 真夏のオリオン
『真夏のオリオン』
〜生還を願う想いを歌に〜

配給:東宝(2009年 日本 1時間58分)
監修・脚色:福井晴敏  
監督:篠原哲雄  NYユニット監督:岡田俊二
出演:玉木宏、北川景子、堂珍嘉邦、平岡祐太、吉田栄作、鈴木瑞穂、吹越満、益岡徹
2009年6月13日(土)〜全国東宝系ロードショー
公式サイト⇒ http://www.manatsu-orion.com/ 
 太平洋戦争末期、戦場へ赴く愛しい人の無事を願って作られた歌『真夏のオリオン』が、64年の時を経て現代に甦る。冬の夜空に燦然と輝くオリオン座は、夏には夜明けの短い時間にだけ北の空に輝くという。南太平洋上でアメリカ海軍と戦う大切な人が、生きて日本に帰れるよう導いてほしい、という願いが込められていた。明治時代、日露戦争で戦地へ赴く弟を嘆いて書かれた『君死にたまふなかれ』いう与謝野晶子の詩を思い出した。若者が次々と戦争に駆り出され、「死して国の誉れとならん」と言われた時代である。
 69年前日本は日独伊三国同盟を締結し、翌年にはアメリカを始めとする連合軍と戦争を始めた。ドイツ・イタリアがヨーロッパ・北アフリカを戦場にしたのに対し、日本はアジア諸国や太平洋上の島々を戦場としていた。―――などと改めて説明するまでもないのだが、第二次世界大戦について知らない若者が増えてきているという。そうした風潮の中、『ローレライ』(‘05)で「未来に希望を託し、進んで捨石になった人々の姿を描くことによって、今の平和な時代の大切さを認識して欲しい」と願った福井晴敏が、今度は、「空前の経済不況と新型インフルエンザなどで危機的状況の現代において、過去の困難を生き抜いた人々から学び、明日に活かしていかなければならない」という思いを込めて製作されたのが本作である。
 倉本いずみ(北川景子)の元にアメリカから届いた一通の手紙には、古びた楽譜が添えられていた。それは、いずみの祖母が結婚前の祖父へ贈った、無事な帰還を願った歌だった。手紙の送り主は、アメリカ海軍駆逐艦の艦長だった祖父の当時について知りたいという。そこで、日本海軍潜水艦艦長だった祖父・倉本孝行(玉木宏)を知るただひとりの存命者・鈴木から当時の話を聞くことに。そして、彼の口から語られた戦争とは――。敵であったアメリカ駆逐艦の艦長がなぜその楽譜を大切に保管していたのか。
 潜水艦と駆逐艦との洋上での戦闘シーンをよりリアルに描くため、現在はメキシコ海軍で使用されている同型の駆逐艦を使って撮影された。その雄姿からして、潜水艦との緊迫した攻防には迫力がある。アメリカ映画『眼下の敵』(‘57)を彷彿させるのも興味深い。また、アメリカ海軍退役軍人の方々の貴重な体験談や状況を聞いて、倉本孝行艦長と対戦したマイク・スチュアート艦長の人物像を創り上げたそうだ。
 倉本艦長の冷静沈着な判断力と、乗組員に対するきめ細やかな配慮には感心した。例えば、ただでさえ狭い潜水艦の恐怖と不安にさらされる状況下で、唯一の楽しみは食事。それを規則正しく気持ち良く摂らせているのも心憎い。また、回天という特攻艇の乗組員は20歳前後の学徒出陣兵が多かったようだが、使命を果たそうと躍起になるのを抑え、「君らの命と引き換えるなんて勿体ないじゃないか」などと言う。何より命の重さ、貴さを認識していた指揮官像は、戦争映画の中でも救われる思いがすると同時に、究極を乗りきるためのメッセージとも受け取れる。本作では、極限を生き抜いた若者達の力強さと、敵味方を超えた人間としての尊厳に満ちた壮大なドラマを堪能することができる。
(河田 真喜子)ページトップへ
 Ballerina マリインスキー・バレエのミューズたち
『Ballerina マリインスキー・バレエのミューズたち』
〜映画とも縁の深いロシア・バレエを楽しもう〜

(2006年 フランス 1時間17分)
監督:ベルトラン・ノルマン
出演:@アリーナ・ソーモワ
    Aエフゲーニャ・オブラスツォーワ
    Bスヴェトラーナ・ザハーロワ
    Cディアナ・ヴィシニョーワ
    Dウリヤーナ・ロパートキナ
配給: セテラ・インターナショナル

2009年6/20(土)〜大阪・シネ・ヌーヴォX にて独占公開
参考サイト⇒
  ロシアの古都サンクト・ペテルブルクには,グリーンの外観が美しいマリインスキー劇場がある。本作は,マリインスキー・バレエのスター3人(B〜D。但し,Bは2003年10月にボリショイ・バレエに移籍。)と新人2人にスポットを当てる。歴代のスターには,映画のタイトルにもなったアンナ・パブロワがいたし,「愛と喝采の日々」や「ホワイトナイツ/白夜」のミハイル・バリシニコフもいた。現在は,男性より女性たちの方が輝いている。
 @は,2003年にワガノワ・バレエ学校を卒業してマリインスキー・バレエに入団した。卒業公演ではソリストでも,バレエ団では一番格下でコールド・バレエ(群舞)からのスタートになる。もっとも,首席指揮者のワレリー・ゲルギエフは,彼女を才能豊かなバレリーナで,”白鳥の湖”の主役に18歳の若さで起用されたのは異例だと評している。彼女のオデット/オディールは2006年日本公演でも披露された。今後の活躍から目を離せない。

 Aは,@の1年先輩だ。近くの実家によく帰宅するそうで,そのプライベートな面もフィルムに収められている。セドリック・クラピッシュ監督の「ロシアン・ドールズ」ではソリストを目指す20歳のバレリーナを演じていた。その撮影シーンが挿入され,彼女は表現豊かで自然だという監督のコメントが添えられる。彼女は2003年にジュリエット役を務めており,その舞台シーンも映される。2010年日本公演では彼女のオーロラ姫が楽しみだ。
 Bは,1996年に入団し,翌年には18歳でプリンシパルに昇格した。24歳で劇場の全演目に出演したという。現在,新国立劇場バレエ団での客演の機会が多く,彼女の”ドン・キホーテ”や”白鳥の湖”だけでなく,牧阿佐美振付の”椿姫”も見られる。彼女は,本来はシャイだが,舞台の上では大胆になることができ,実生活では表に出さないような細かい感情も,舞台では役を通じて表現できるそうだ。残された目標は限界への挑戦だという。
 Cは,1995年に入団し,翌年にはプリンシパルに昇格している。本作の中では,とても個性的で完璧主義者でもあると紹介される。彼女は,バレリーナが待ち望む自分のための新作が自分にはまだないと言う。休日もバレエから離れず,自分の足に合うトゥシューズを探している。パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリによると,足の高さなど上がりすぎで,教科書通りのダンサーではないが,彼女の知性と舞台での表現は傑出しているそうだ。
Dは,1991年に入団し,4年後にプリンシパルに昇格した。感受性が強く聡明な女性だと言われる。彼女は,足を怪我して休まざるを得なくなったとき,結婚して娘をもうけたが,2年後再び踊りたいという欲求が芽生えたそうだ。彼女の踊る白鳥のシルエットは実に美しい。2010年日本公演では彼女の”白鳥の湖”を7年振りに見ることができる。前回は復帰後の最初の舞台で,本来の姿ではなかったようだ。ますます舞台への期待が深まる。
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 岳 点の記
(c)2009 『剣岳 点の記』製作委員会
『剱岳 点の記』
〜大自然の中にとらえられた、男たちのひたむきな歩み〜

(2009年 日本 2時間19分)
監督・撮影:木村大作
脚本:木村大作、菊池淳夫、宮村敏正
原作:新田次郎『剱岳 点の記』(文春文庫刊)
出演:浅野忠信、香川照之、松田龍平、宮アあおい、仲村トオル、
役所広司

6月20日から梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、三宮シネフェニックス、MOVIX京都ほか全国ロードショー
公式サイト⇒ http://www.tsurugidake.jp
 息を飲む美しさだ。雪山の稜線を数名の測量隊員が一列になって登っていく。そのゆっくりとした動きをカメラは、かなり遠くから超ロングでとらえる。空と山と壮大な眺めの中にみえるちっぽけな人間の姿に思わず胸が熱くなる。
 1906年、あまりの険しさに「針の山」と恐れられ、日本地図最後の空白地点だった剱岳に、柴崎(浅野忠信)は陸軍から初登頂と測量を命じられる。地元に住む山岳案内人(香川照之)を頼りに、絶壁や悪天候に悩まされながらも歩を進める。同じ時期、日本山岳会もまた競い合うようにして山頂を狙う。新田次郎の実話を元にした同名小説を映画化。初メガホンを握ったのは『八甲田山』、『鉄道員(ぽっぽや)』と映像に徹底的にこだわりぬく名キャメラマン木村大作。
 空撮もCGも一切使わずに全編撮られたことに驚いた。上から見下ろして撮るためには、カメラはそこまで登らなければならない。俳優たちは、ぽつんと雪の中に置き去りにされ、雪原に足跡をつけないよう、じっとそこで待機して天候を待つ。想像するだけで気が遠くなりそうな撮影現場だ。村の男が一人で雪渓を何十メートルも滑り降りていったり、観ていて心配になるようなシーンも頻出。圧巻は、測量隊が雪崩に巻き込まれる場面。人工的につくった雪崩だとあとで知ったが、雪の中から仲間たちの手によって掘り出され救出される姿に思わず涙が出そうになった。
 ヴィヴァルディの『四季』、バッハの『幻想曲とフーガ』など聞き覚えのあるバロック音楽のメロディが厳かに響き、大自然への崇高な気持ちが呼び覚まされると同時に、非力ながらも懸命に奮闘する男たちの姿にしびれる。

  浅野忠信、香川照之ら俳優たちは、測量のための機材を背負い、当時の登頂ルートをたどり、自らの足で3千メートル級の山に登ってゆく。まさに身体を駆使してやり遂げた作品。測量隊に使命感があったように、厳しい撮影現場で彼らを支えたのも、“俳優魂”だろう。感情を抑え、淡々とした演技が心に残る。本作は、彼らの肉体の力、汗と熱意が結晶したドキュメンタリーともいえる。
 わずか数ショットのために何時間もかけ、天候に悩まされながらも、とことん映像にこだわり抜いた木村監督。その執念と気骨ですさまじい映画が完成した。山頂で、日本海と富士山の雄姿とを一望に見渡せる美しさをぜひスクリーンで満喫してほしい。
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 ジャイブ 海風に吹かれて

『ジャイブ 海風に吹かれて』
〜広大な海を背景に、酸っぱく切ない大人の恋〜

(2008年 日本 1時間49分)
監督:サトウトシキ 
出演:石黒賢、清水美沙、上原多香子、大滝秀治、加賀まりこ、津川雅彦

6月20日よりシネ・ヌーヴォにて公開
公式サイト⇒ http://www.imageforum.co.jp/jibe

 青空の下に広がる青い海、夕陽で真っ赤に染まる海、夜明けのブルーの海と、さまざまな光に表情を変えてゆく海の美しさが映像に刻みつけられた。
  東京で身を粉にして働いてきた哲郎は共同経営者に事業を任せ、故郷の北海道、江差に帰ってくる。そこで高校の同級生の由紀に再会。哲郎は、北海道をヨットで無寄港一周するという十代の夢を思い出し、一念発起。海を帆走する哲郎を、対岸から車を運転しながら見守り、後を追う由紀。 ヨットの行方は……? 二人の恋は……?
 “ピンク四天王”のひとり、サトウトシキ監督が、光あふれる海をバックに、中年間近な男女の抱える複雑な思いが伝わる、みごとな“大人の青春映画”をつくりあげた。
 由紀を演じる清水美砂がすばらしい。三十代も後半となると、それまでの人生でプラスもマイナスも様々な経験をし、いろいろなものをくっつけてきてしまっている。十代の頃のように無垢で純粋な自分はもういない。挫折や失敗や、人に話せないような秘密もあったりする。そんなうしろめたさやためらいを抱えながらも、少女のような無邪気さ、溌剌さで、複雑な女心を率直にさらけ出してしまう姿が、切なく、胸に迫る。
 哲郎を演じる石黒賢も、ヨットで真っ黒に焼け、精悍な面持ちで、まさにタフガイ。時化で荒れる海にずぶ濡れになりながらも、懸命に踏ん張り、ヨットを冷静に操っていく。少年のようなきらきらした眼差しと笑顔が印象的だ。
 大人くさい分別をかなぐり捨て、無謀とも思える夢を懸命に追い、今までの自分を見つめ、新たな一歩を踏み出そうとする不器用な男と女を、キャメラは、北海道の美しい大自然の中にとらえる。

  タイトルの「ジャイブ」とは、ヨットのへさきを風下に向けて方向転換する技術のこと。人生で失敗はたくさんあったっていいという開き直りの精神で、思い立つ日が吉日、人はいつでも新たな挑戦ができることを映画は教えてくれる。
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 幼獣マメシバ
『幼獣マメシバ』
〜ひきこもりの中年男と子犬との旅〜

(2009年 日本 1時間46分)
監督:亀井亨
出演:佐藤二朗、安達祐実、渡辺哲、高橋洋、高橋直純、西田幸治(笑い飯)、笹野高史、藤田弓子

6月13日(土)〜渋谷シアターTSUTAYA 他全国ロードショー
関西では、京都みなみ会館にて公開   

(C) 2009『幼獣マメシバ』製作委員会
公式サイト⇒ 
http://mame-shiba.info/
 35歳のニートでひきこもりの二郎。生まれ育った町から出たことがなく、実家でぬくぬくと暮らしていた。しかし、父の死をきっかけに母が家出。一人になった二郎の前に、生後2か月のマメシバが現われる。送り主は母。自分の居場所を見つけるよう、ヒントを書いた葉書も届く。犬なんて飼えないと抵抗していた二郎も、幼なじみの青年とマメシバと一緒に母探しの旅に……。初めて電車に乗り、街を出る。マメシバのおかげで出会った人たちとのふれあいを通じ、二郎は自分の殻を破り、新しい一歩を踏み出してゆく。
 個性派俳優、佐藤二郎が二郎を演じる。自分で言って、自分で突っ込んでと、延々、ひとりごとを言っている姿がおもしろく、「ンッ」という間は絶妙。自分だけの世界で満足していた男が、少しずつ身の回りの人間、外の世界に興味を持ち、幻聴や妄想を乗り越え、旅を続けようとする姿を淡々と演じる。
お節介で、少し影のある女を安達祐実が好演。渡辺哲、笹野高史、藤田弓子らも、二郎の成長を見守り、マメシバと関わることを心から楽しんでいる演技で、ほのぼのとした人間ドラマになった。

 マメシバの大活躍を期待してはいけない。犬の表情のアップは最小限に抑えられ、カメラは終始、ロングで引き気味。そのせいか、どこか不思議な存在にみえたマメシバ。例えば、二郎がマメシバを呼び寄せようと懸命に歌を歌う。マメシバは、少し離れたところで、じっと見つめている。その表情は、まるで二郎が子供で、マメシバが大人のように見え、心に残った。
 映画の冒頭、子供の頃、二郎と母とのかくれんぼの遊びで、二郎は母を見つけられないまま、お菓子を食べ始める。何十年も経ち、まるでその遊びが再現されたかのように、母は姿を消す。ものいわぬ動物の力を借り、母から与えられた謎解きを繰り返していくうちに、二郎が人間らしさを取り戻していくプロセスは、母離れでもあり、子離れの儀式でもあり、意味深い。
 二郎にとって小さな“獣”にしかみえなかったマメシバが、いつしかかけがえのない友達になってゆくのを、暖かくみつめてほしい。
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 ジョッキーを夢見る子供たち
『ジョッキーを夢見る子供たち』
〜馬に教えられ、馬に夢託すときめき〜

(2008年 フランス 1時間39分)
監督:バンジャマン・マルケ
出演:スティーヴ・ル・ゲルン、フロリアン・ボスケット、フラヴィアン・マセ、武豊

6月6日〜シネ・ヌーヴォにて公開
(C)2008Groupe Deux

公式サイト⇒ http://jockey-movie.jp/
 フランスには300年以上の近代競馬の歴史がある。パリ近郊シャンティ競馬場の近くにある国立の騎手・厩務員養成学校「ル・ムーラン・ナ・ヴォン」。騎手になりたくて入学したばかりの14歳の子供たちの毎日に迫る。
朝5時に起き、厩舎で馬の世話や準備が始まる。自分の体よりも数倍も大きな馬。サドルも大きい。わらを入れ替えたり、馬の蹄を洗ったり辛い仕事だ。掃除が不十分なら、教官からやり直しを命じられる。
 練習が始まり、馬に乗っても、まだぎごちない。機械と違い、馬は命ある動物だ。思い通りには動いてくれない。前に行こうとしてびくともしない馬を相手に、馬上で途方にくれ、皆から置いてきぼりになる少年もいる。教官は、生徒と同じ馬に乗って、手取り足取り教えてくれるわけではない。ただ横で一緒に進みながら、お手本を示し、声をかけることしかできない。馬が暴走すれば、教官も手に負えない。「手綱を引け」と言われても、暴走する馬の上で、どう引いたらいいのかわからず、ただ必死で手綱を握り締める少年。もうやめたい、いやだ、できない、と泣きそうになる少年が痛々しい。
 馬を気持ちよく走らせなさい、馬に話しかけながら進みなさいと教官から諭され、子供たちは、馬と心を通わせることを学んでゆく。いつも厳しい教官たちも、子供たちの緊張や不安を解きほぐし、夢へのドアを開けるのを後押ししてくれる心強い存在。自分の腕で馬を乗りこなせるようになるまでの道は遠く、険しいが、その道を歩いていくのは子供たち自身の力だ。
 勝負の世界は厳しい。約10か月にわたる取材も、終わりに近づけば、素質の差も歴然となってくる。騎手デビューできる子もいれば、まるで縁遠い子もいる。でも、馬が好きなのは皆同じ。失敗した時の落ち込んだ表情や、やり遂げたときの満面の笑み、競馬場で馬を応援する時のきらきらした目の輝き、騎手にあこがれる子供たちの、新入生ならではの、素直な心の揺れがリアルに伝わる。人一倍小さな少年フラヴィアンの騎手デビュー戦では、仲間の皆が、落馬しませんようにと、どきどきしながら見守る。
 馬が馬場を走る音、森を駆ける姿が気持ちよい。小さな少年を乗せて走る馬の大きさと速さに驚く。夢という目標があるからこそ厳しい毎日に耐える子供たちの、十代ならではの多感な姿に、どこか心洗われる静かなドキュメンタリー。
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 それでも恋するバルセロナ
『それでも恋するバルセロナ』
〜情熱のスペインで絡む男女4人のアバンチュール〜

(2008年 スペイン 1時間36分)
監督・脚本 ウッディ・アレン
出演 スカーレット・ヨハンソン、ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、レベッカ・ホール
6月27日(土)〜梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー
公式サイト⇒ http://sore-koi.asmik-ace.co.jp/

 愛についての映画を数多く手がけてきたウディ・アレンが、情熱の街バルセロナを舞台に“成就しない恋が一番ロマンチック”という皮肉をユーモラスに描き出す。完璧な愛を夢想し、結婚に永遠を見出そうとする女性たちには少々危険なラブ・バカンスかもしれない。

  恋愛体質のクリスティーナ(S・ヨハンソン)と、保守的で婚約者のいるヴィッキー(R・ホール)。バカンスでバルセロナを訪れた2人は、セクシーな画家フアン・アントニオ(J・バルデム)に出会い惹かれていく。だが、そこに彼のクレイジーな元妻エレーナ(P・クルス)が現れて…。
 奇妙な四角関係は男女間を越えて複雑に絡み合い、ひと夏の情事はスパーク寸前。特に本作でアカデミー賞を受賞したペネロペの周囲をかき乱す激情ぶりは出色で、その存在感と才能の豊かさに目を奪われる。そのほか、クリスティーナとヴィッキーの「恋に落ちる&冷める瞬間」など微妙な女心を鋭く捉えたカットが見もの。
(中西 奈津子)ページトップへ
 ターミネーター4
『ターミネーター4』
〜1,2作へのオマージュを超える面白さ〜

(2009年 アメリカ 1時間54分)
監督:マックG
出演:クリスチャン・ベイル、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン、ブライス・ダラス・ハワード
6/5(金)・6(土)・7(日)先行上映!
6/13(土)〜梅田ピカデリー、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー
公式サイト⇒http://www.sonypictures.jp/movies/terminatorsalvation/

 シリーズ4作目は,3作目が製作された2003年から始まった。一人の死刑囚が怪しげな博士に説得され,献体の契約書にサインをする。彼がマーカス・ライトだった。彼は,2018年に人間とマシーンのハイブリッドとして蘇る。彼自身,脳と心臓だけが人間で,それ以外は機械だということを知らなかった。誰が何のために彼をそんな存在にしたのか。何しろ博士に扮したのがヘレナ・ボナム・カーターだ。疑問がむくむくと頭をもたげてくる。
 マーカスは,自分を人間だと信じている。だが,ジョン・コナーは,マーカスを人類の敵スカイネットが送り込んだ機械だと疑う。マーカスに救われ,彼の心臓の音を聞いたブレアだけは,彼を人間だと信じる。この2人が仲間であるはずの人間から攻撃を受けて逃げ回るシーンは,互いに信頼することの難しさと,人間と機械との区別の曖昧さを伝え,悲しさを募らせる。彼が自らの意思で人間の強靱さをジョンに受け継がせるラストがいい。
 1984年製作の1作目では,アーノルド・シュワルツェネッガー扮するターミネーター(T−800)の執拗さが,「エイリアン」の不気味さに匹敵するインパクトを持っていた。本作では,これが再現されたようなシーンがあって楽しめる。また,ジョンの口から「I’ll be back」という台詞が飛び出したときは,ニヤリとさせられた。やがて過去に戻ってジョンの父親となるカイル・リースが「生きたければ俺についてこい」というシーンもある。
 前3作では,スカイネットが核戦争を引き起こして人類を滅亡させるまでが描かれた。1作目ではジョンの母親を守ったカイルが,2作目ではジョンが過去の自分を守るために送り込んだT−800が,それぞれ人類の未来のために犠牲となった。ところが,3作目のラストの核戦争の描写には釈然としないものが残った。その後味の悪さを吹き飛ばして余りあるのが,この4作目だ。名実ともリーダーに成長したジョンを見られる日は近い?
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 ミウの歌 Love of Siam『大阪アジアン映画祭2009』で観客賞を受賞!
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『ミウの歌 Love of Siam』  (サイアム・スクエア
〜タイで大ヒット!様々な形の“愛”を紡いだ珠玉作〜

(2007年 タイ 2時間38分)
監督:チューキアット・サックウィーラクン
出演:マリオー・マウロー、ウィチャウウィシット・ヒランウォンクン
2009年6/20(土)〜渋谷、シネマ・アンジェリカ
     6/27(土)〜大阪九条、シネ・ヌーヴォ にて公開決定!!!
(大阪アジアン映画祭では『サイアム・スクエア』というタイトルで上映された)
公式サイト⇒http://www.loveofsiam.jp/
監督インタビュー⇒ajian/inta09.html#a-ss

 2009年3月に開催された大阪アジアン映画祭にて『サイアム・スクエア』というタイトルで関西初上映され、見事観客賞を受賞した本作は、28歳の新鋭チューキアット・サックウィーラクン監督が自らの実体験をもとに脚本・音楽も手掛け、タイで大ヒットを記録。当初はDVD発売のみの予定だったが、めでたく劇場公開が決定した。
 物語は、幼なじみの2人の少年、ミウとトンを軸に展開する。2人は子供の頃近所に住んでいて、いつも一緒に遊ぶほど仲の良い親友だった。しかし、トンの家にある悲しい出来事が起こり、それをきっかけにトンは引っ越していってしまう。時は流れ、高校3年生になった2人は若者が集まるバンコクの中心地「サイアム・スクエア」で偶然再会。音楽の才能を開花させたミウはバンド活動にのめり込み、トンには仲間もうらやむ美人の彼女がいて、青春をそれなりに謳歌している。だが、2人はそれぞれ心に深い孤独を抱えていて、互いの存在が唯一の安らぎであることに気付いていく…。
 互いを愛おしく想う気持ちは、友情なのか、恋なのか?悩み揺れ動く2人の繊細な感情が胸を締めつける。しかし、この映画は単なる“学園青春ドラマ”でも“ボーイズラブ”ものでもない。彼らの周りの「痛み」を抱えた者たちこそが、本作の真のテーマを浮き彫りにしていく。
 姉のテンが失踪して以来バラバラになってしまったトンの家族。最愛の娘を失ったショックから酒浸りの生活を送っている父親と、そんな父親に代わって気丈にふるまいながらもやはり立ち直れないでいる母親。そして、この家族にひょんなことから関わることになる1人の女性。彼女の存在が、長年止まったままだった一家の人生を再び動かしていく。この、“家族の崩壊と再生”というサイドストーリーが巧みに織り交ぜられていることによって、観る者は「様々な愛のカタチ」について深く考えさせられるのだ。
 だが、本作は決して重いドラマではない。物語と絶妙にシンクロする音楽の素晴らしさや、宝探しゲーム、家族写真といった、登場人物たちの「思い出」にまつわるエピソードの絡め方も心憎く、ノスタルジックな映像といい、この映画にはすべての人を優しく包み込むような「温度」が宿っている。そして、切なくも、人を愛することの喜びと幸せに満ちたラストは、“どんなに辛い出来事が起こっても続いていく人生”に温かな「希望」を込めて描き出した、監督の優しさが伝わってくるようだった。
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 群青〜愛が沈んだ海の色〜
『群青 愛が沈んだ海の色』
〜ラストシーンで凉子が見ていたものは?〜


(2009年 日本 1時間59分)
監督:中川陽介
出演:長澤まさみ、福士誠治、良知真次、
洞口依子、玉城満、今井清隆、宮地雅子、田中美里、佐々木蔵之介
2009年6月27日(土)有楽町スバル座他全国ロードショー
関西では、梅田ブルク7、敷島シネポップ、TOHOシネマズ二条、
神戸国際松竹にて公開

公式サイト⇒
 
http://www.gunjou.com
福士誠治さん記者会見⇒ こちら
 沖縄の離島が舞台の映画だ。海と空の鮮やかなブルーに,そこから聞こえてくるような風の音。木々の葉が穏やかな緑を湛え,海が宝石の輝きを放っている。凛として存在する自然の中で,人間の心はあまりにも弱い。物語は,幼なじみの凉子,一也と大介を中心に展開する。凉子は,愛する一也を失った衝撃に打ちのめされている。大介は,凉子の心を奪った一也に屈折した思いを抱いている。凉子の父龍二も,妻を失った痛みを抱えていた。
 プロローグ。海の中から見上げた海面をフェリーが通って行くシーンがある。何でもないようだが,エンディングの後で振り返ってみると,深い意味が感じられる。亡くなった人たちの視線のように思えてくる。まるで生きている人を見守っているようだ。大介は,1年振りに故郷に戻ってきて,浜辺で海を見つめる凉子の姿を見付ける。カメラが彼女の表情を捉えたとき,彼女にはあの頃の笑顔が消えていたという大介のモノローグが重なる。
 第一章。すべての始まりとなった20年前の春に遡る。ピアニストの由起子は,島にやって来て凉子を生み,この世から去っていく。田中美里は,風のように通り過ぎた由起子に精霊のような存在感を与える。第二章。幼なじみ3人が18歳の春を迎える。一也が恋の歌で思いを伝え,凉子が彼を受け入れる。長澤まさみは,これまでスクリーンで見せたことのないような大人の顔をしている。2人の女優がクライマックスに説得力をもたらした。
 佐々木蔵之介も,龍二の心情を体現して物語に厚みを与えている。彼は,妻を失った上,一也の死にも責任を感じていた。第三章では,生死の境をさ迷う凉子と大介が由起子と一也に救われる。大介が一也と出会うシーンと,凉子が風に由起子の存在を感じるシーンが,交錯する。ピアノ曲「Ryoko」が再生の力を感じさせて効果的だ。そして,一也が大介に託した「責めるな」という言葉は,凉子だけでなく,龍二の心にも響いたに違いない。
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 ウルトラミラクルラブストーリー

『ウルトラミラクルラブストーリー』
〜カラダを貫く電磁波が理屈を吹き飛ばす〜


(2009年 日本 2時間)
監督・脚本:横浜聡子
出演:松山ケンイチ、麻生久美子、ノゾエ征爾、ARATA、藤田弓子、原田芳雄、渡辺美佐子
2009年5/30〜青森県内先行ロードショー
6/6〜ユーロスペース、シネカノン有楽町2丁目、シネマート新宿ほかにて全国順次ロードショー
関西では、 6/6〜シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸 にて公開

公式ホームページ→  http://www.umls.jp/

 町子は,東京からやって来た保育士で,元カレを自動車事故で亡くしていた。同乗していた女性は重傷を負い,元カレの首はどこかへ飛んでしまって行方不明だという。陽人は,畑作りをしている青年で,どこか変わっているが,憎めない。その点で前作「ジャーマン+雨」のよし子に似ている。だが,彼女より突き抜けている。その突き抜けた先に妙な明るさが広がっている。陽人は,現実を超えて,町子の元カレと交信することさえできるのだ。
 陽人の部屋にはホワイトボードがあり,そこに1日の予定が記されていた。もっとも,「朝食」などと書かれた札を選んで磁石で貼り付けているだけだった。要するに,予め想定された範囲内で平凡な日常生活を送っていたということだろう。ところが,彼は,町子に一目惚れして,「町子先生と両思いになりたい!!」という,とてつもなく壮大な思いに取り憑かれてしまう。彼は,やがて自分の文字でホワイトボードを埋めていくようになる。
 町子以外の人物が全て津軽弁を話している。字幕がないので,最初は意味が分からないことに戸惑う。だが,やがて言葉が理解できるかどうかは気にならなくなる。それは,映像が放つエネルギーの強さに圧倒されるからだ。陽人が放射する一途な思いには,最初は思わず一歩引いてしまうが,やがて町子だけでなく観客もからめ取られる。町子は,陽人のお陰で元カレの呪縛から解放された。何とも爽快に”超現実的な奇跡の恋物語”が綴られる。
 町子が言うように,生物は命を守るため環境に応じて進化する。だが,陽人の場合は少し違っていた。町子に好かれたいという思いから,彼は農薬を自分に向けて噴霧する。やがて彼の心臓は活動を止める。それでも彼は生き続ける。そして,脳みそだけを町子に残して死んでしまう。彼が木々の中で倒れたとき,陽光が緑の葉に反射してきらきらと輝いていた。肉体=塊は消失しようとも,精神=魂はラストの町子の微笑みと共に生き続ける。
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 愛を読むひと
『愛を読むひと』  
〜「言葉」のぬくもりに抱きしめられて。〜

監督:スティーヴン・ダルドリー (2008 アメリカ・ドイツ 2時間4分)
出演:ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス
6月19日〜TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条)なんばパークスシネマ、OSシネマズミント神戸にて公開

公式ホームページ→ 
 人の声によって紡がれる言葉、人の手によって残される言葉―。「サンキュー」、その一言でどれほど万感の思いが伝わるか、分かり合えるか。きっとあなたも思い出すはずだ。シンプルでも心が込められた言葉こそ、人の胸を打つのだと。心から伝えたい人は誰なのかということを。
 1958年、ドイツ。15歳のマイケル・バーグは具合が悪くなったところを助けてもらった21歳年上の女性、ハンナ・シュミッツと恋に落ちた。ハンナに頼まれ愛し合う前には本を読み聞かせる、そんな楽しい日々は彼女が忽然と姿を消したことで終わりを迎える。やがて、法科の大学生となったマイケルは法廷でハンナと衝撃の再会を果たす。彼女は、ナチ親衛隊として戦争中に犯した罪を裁かれている女性の一人だったのだ。犯した罪はあまりにも重い。しかし、「もしあなただったら、どうしたか」、ハンナの自問とも聞こえる悲痛な叫びに答えられる人はいるだろうか…。
 どうしても守りたい秘密のために、罪を一人で引き受け無期懲役となったハンナ。その秘密に気づいたマイケルは、彼女のためにある決断をするのだった。過去と現在の二つの時間軸が緻密な構成で入れ代わり、二人の絆が、彼ら自身が感じていた以上のものであることを浮き彫りにしていく。
 物語の伏線を孕む謎めいた雰囲気をまといながらも、滲み出てくるような喜怒哀楽でハンナの人となりを浮かび上がらせていくケイト・ウィンスレットが圧巻だ。抑えた演技の下にどれほどの情熱が秘められているだろう。戦争に巻き込まれざるを得なかった一人の女性の、大きな愛に触れてからのありったけの生き様を共に歩き、そして抱きとめてあげてほしい。
  「彼女のことを話そうと思う」、マイケルが重い口を開いて娘に語り始めエンドロールとなるのだが、彼が新しい一歩を踏み出すのを見届けると同時に再び物語の幕が上がっていくようで、エンドレスに見続けたい気分にさせられ、なんとも心憎い。
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