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 スター・トレック

 お買いもの中毒な私!

 ラスト・ブラッド
 ROOKIES−卒業−
 あとのまつり
 60歳のラブレター
 BABY BABY BABY!
 ベルサイユの子
 インスタント沼
 余命1ヶ月の花嫁
 嵐になるまで待って
 メイプルソープとコレクター
 ハリウッド監督学入門
 バンコック・デンジャラス
 バビロン A.D.
 沈黙を破る
 小三治
 四川のうた
 GOEMON
 テラー トレイン
 チェイサー
 ・ ウォーロード/男たちの誓い
            つづく・・
新作映画
 スター・トレック
『スター・トレック』
〜時代を経て完成された
      USSエンタープライズ号のアドベンチャーワールド〜

(2009年 アメリカ 2時間06分)
配給:パラマウント・ピクチャーズ・ジャパン
監督:J.J.エイブラムス
出演:クリス・パイン、ザッカリー・クイント、レナード・ニモイ、エリック・バナ、ブルース・グリーンウッド、カール・アーデン、ゾ−イ・サルダナ、アントン・イェルチン

2009年5月29日(金)〜丸の内ルーブル 他全国ロードショー
関西では、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条)、OSシネマズミント神戸 他

公式サイト⇒ http://www.startrekmovie.com/intl/jp/

 『スター・トレック』と聞いて40年以上前のTV番組を思い浮かべる人はどれ程いるだろうか。エンタープライズ号のカーク船長やバルカン星人のスポック、ロシア人のチェコフ、東洋人のカトウ、黒人女性のウラ、ドクター・マッコイにエンジニアのチャーリーと、様々な人種のクルー達が宇宙を舞台に繰り広げるアドベンチャーワールドにわくわくした人も多いはず。その後6本のTVシリーズに10本の長編映画が作られたが、本作はオリジナル版の黎明編と言っていいだろう。
 あの勇気と決断力のあるカーク船長が、実は子供の頃は“悪ガキ”だったとは!? また、あの冷静沈着で論理的思考しかできないスポックが、子供の頃“いじめられっ子”だったとは!? それぞれの出生とその生い立ちから、USSエンタープライズ号の正式なクルーとなってオリジナル版のメンバーが揃うまでを、意表をつく展開でスピーディに見せてくれる。監督は、『LOST』『M:i:V』『クローバーフィールド/HAKAISHA』等で常に新たな恐怖と驚異で観客を虜にするJ.J.エイブラムス。シリーズの中でも最高の迫力と面白さで楽しませてくれること、請け合いである!
 惑星連邦軍戦艦・USSケルヴィンの前に突然現れたロミュランの巨大戦艦ナラダは、時空を超えてある目的のために連邦軍を襲っていた。ジェームズ・T・カークの父親はUSSケルヴィンの船長代理として乗組員800名を守るため、緊急避難艇の中で生まれた我が子を見ることなく壮絶な死を遂げる。それから22年後。成長したJ.T.カークは、警察沙汰ばかり起こしていたが、USSエンタープライズ号の初代艦長バイクに薦められ、スターフリート=惑星連邦艦隊に入隊する。一方、母親を地球人に持つバルカン星人のスポックは、地球人よりも知力が高く特別な能力を持つとされる純血のバルカン星人から蔑まれていた。そこで、バルカン星を出てスターフリートで自分の能力を活かす決断をする。
 スポックは、理解しがたいカークに批判的だったが、並はずれた決断力と行動力で危機脱出能力をバイク船長にかわれたカークと、USSエンタープライズの処女航海に同乗することとなる。そして、再び現れたロミュランの巨大戦艦ナラダ。その船長ネロの目的とは一体何か? バイク船長を人質に捕られ、船長代理となったスポックとカークとの確執は如何に? USSエンタープライズ号のクルーの運命は?
 次々と起こる危機的状況。その都度、予想を遙かに超える危機脱出劇に目が放せなくなる。個性的なクルー達の活躍も、TVシリーズから見てきたファンにとってはオリジナル版のキャストの顔と重なって、懐かしさと新たな発見の嬉しさで堪らない感動がある。やんちゃでトラブルメーカーだったカークが船長になり得た理由にも説得力がある。それに、あのスポックにロマンスがあったなんて! 新たなメンバーもオリジナルのイメージを重視したキャスティング。特に、新旧のスポックが同時に見られるのがいい。
 瞬間転送やワープやブラックホールや地球外生命体など、今でこそ見慣れた映像だが、『スター・トレック』がTVで放送された当初は画期的な現象だったに違いない。時代を経ても色褪せぬこの魅力に、映画人の技術と創造力が追いついたような完成度の高い作品となっている。

 余談だが、チェコフ役のアントン・イェルチンもお見逃しなく! 本作に続いて、『ターミネーター4』(6/13)、『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』(今夏)が公開される、ロシア出身の19歳。決してハンサムではないが、飄々とした面立ちの中にも聡明さが光るとてもキュートな少年。
  小学生以上のお子様連れでも楽しめる映画です。

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 お買いもの中毒な私!

『お買いもの中毒な私!』 《CONFESSIONS OF A SHOPHOLIC》
〜欠点は危機をチャンスに変える得意技になるかも?〜

(2009年 アメリカ 1時間45分)
配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
原作:ソフィー・キンセラ『レベッカのお買いもの日記1』
監督:P.J.ホーガン
出演:アイラ・フィッシャー、ヒュー・ダンシー、クリステン・リッター、ジョーン・キューザック、ジョン・グッドマン、ジョン・リスゴー、クリティン・スコット・トーマス
2009年5/30(土)〜 丸の内ピカデリー 他全国ロードショー
関西では、梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他

(C)Touchstone Pictures and Jerry Bruckheimer, Inc. All Rights Reserved.

公式サイト⇒ http://www.movies.co.jp/okachu/

 オシャレ好きな女性なら誰しもこのタイトルを聞いただけで、「ドキッ!」としてしまうはず。そう、自分へのご褒美といってちょっと値の張るものを買ってしまったり、安いからといって不必要な物を買ってしまったり、自分好みの色やデザインに出会うとつい同じような物ばかり買ってしまうようなことって、みなさん経験ありませんか? 買う時には戦利品でもゲットしたかのように高揚した気分になれるが、すぐに“後悔”というふか〜い海に突き落とされてしまう。それでもまた懲りずに買ってしまう。そんな困ったちゃんをニューヨークを舞台にとびきりキュートにスタイリッシュに描いたラブ・コメディーがやってきた!
 監督は、『ミュリエルの結婚』『ベスト・フレンズ・ウェディング』『ピーターパン』等で、丁寧な人物描写と軽快なテンポでスタイリッシュに見せてくれるP.J.ホーガン。また、『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『ナショナル・トレジャー』等のヒットメーカーのジェリー・ブラッカイマーのプロデュースというのだから、ただのラブコメで済むはずがない! 
 ファッショに目がない25歳のレベッカは、一流ファッション誌の記者になるのが夢。だが、支払い能力を超えてお買い物し過ぎて破産寸前の身。しかも、憧れのファッション誌へ履歴書を送り続けてやっと掴んだ面接のチャンスもあえなく逃してしまう。だが、「捨てる神あれば拾う神あり」で、同グループの経済誌に拾われる。破産寸前のレベッカが経済ジャーナリスト!? 全く未知(=無知)の分野だったが、いつかはファッション誌の方へ転属させてもらえるのでは?という淡い望みを秘めて就職する。ところが、経済不況を“靴選び”というレベッカお得意の切り口で書いた記事が思わぬ大反響となり一躍注目を浴びることに。ちょっと気になる編集長にも信頼される存在となり、順調な出だしだったが、・・・
 レベッカが街を歩くとショーウィンドウのマネキンが次々と最新ファッションを見せ付けるシーンがある。目も心も奪われ、衝動買いという誘惑に負けじと必死で抵抗するレベッカの表情がいい。世の中には美しいもの魅力的なもので溢れている。それらが自分のものになるかどうかは別として、あらゆる誘惑にさらされて生きているのは確かだろう。そんな状況を、ファッションそのものがスクリーンから飛び出してくるような躍動感のある映像で楽しませてくれる。
 衣装担当は、『セックス・アンド・ザ・シティ』『プラダを着た悪魔』で有名なパトリシア・フィールド。レベッカの部屋に溢れる服やバッグや靴等の小物や、レベッカ役のアイラ・フィッシャーが着こなすファッションの数々など、どれも明るくポジティブなイメージでいっぱいだ。さらにアグレッシブルに感じさせてくれるのが多彩な音楽だろう。ポップ&ロック・チューンをベースに、テンポ良く夢のような世界に引き込んでくれる。なんとも至れり尽くせりの贅沢な映画だろうか。元気になれること間違いなし!
 原作者のソフィー・キンセラ自身も、元々は経済ジャーナリストだったそうだが、アイラ・フィッシャーに言わせると、「彼女もお買いもの中毒」だそうだ。自伝的意味合いの濃い物語かもね。 欠点だと思い込んでいた“お買いもの中毒”でも、専門的知識と捉えれば、自分を高める得意技に変身するかもしれない。

  呉々もお買い物は計画的に! 不必要な物は買わないように! と常々自分に言い聞かせている今日この頃です。 女友達と一緒に楽しんで頂きたい映画です♪ そして、ファッション・チェックもお忘れなく!
(河田 真喜子)ページトップへ
 ラスト・ブラッド

『ラスト・ブラッド』
〜ふと気がつくと,周りはみんなオニかも〜


(2009年 香港,フランス 1時間31分)
監督:クリス・ナオン
出演:チョン・ジヒョン、小雪、アリソン・ミラー、リーアム・カニンガム、JJフェイルド、倉田保昭
2009年
5/29(金)TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条)、OSシネマズミント神戸 他全国ロードショー
公式サイト⇒ http://lastblood.asmik-ace.co.jp/

 本作の時代背景は1970年だ。この年,大阪では万国博覧会が開催されたが,東京で中高生が目に対する刺激やのどの痛みを訴え,その原因となった光化学スモッグが注目されるようになった。そして,1971年に公開された映画「ゴジラ対ヘドラ」では,ヘドロから生まれ汚染物質等で成長する怪獣ヘドラが登場した。経済発展のひずみが見え始めたころ,鏡の裏側の世界では,16歳の少女が最凶の敵オニゲンとの対決の時を迎えようとしていた。
 本作の舞台はトーキョーだ。とても東京とは言えない,キッチュな雰囲気で,無国籍な匂いの漂う街が,スクリーンに出現する。その雰囲気が本作の緻密とは言えないドラマ性とマッチして,なかなかいい味を出している。物語は,少女サヤが地下鉄内で人間の振りをしたオニを退治するシーンから始まる。これもまた,メトロというより,レトロという感じで溢れている。そして,サヤが何百というオニを斬り続けるシーンが見所の一つとなる。
 サヤに扮するのは「猟奇的な彼女」で一躍注目を浴びたチョン・ジヒョンだ。GIANNAという名前でクレジットされている。彼女にとって初めてのアクション映画とは思えないシャープな動きに魅せられる。しかも,サヤは人間とオニとのハーフだった。だから,400年以上にわたって生き続けてきたのだ。その間,自分の中にあるオニを意識しないではいられなかったのだろう。彼女の無表情さの中から孤独感が伝わってくるようで,さすがだ。
 サヤが唯一心を通わせる相手として登場するのがアリスだ。もっとも,彼女がサヤの心情を際立たせるための存在として不可欠であったかどうかは疑問が残る。やや影の薄い存在となってしまった。オニゲンに扮した小雪は,一瞬だが夜叉のような恐ろしい形相を見せる。そのときから小雪の雪女を見たいという欲求に捕らわれてしまった。欲を言えば,この世の漠然とした不安が表出し,人間とオニの間の曖昧さが醸されると良かったと思う。
(河田 充規)ページトップへ
 ROOKIES−卒業−
『ROOKIES−卒業−』
〜仲間と、師と共に夢を追いかけた“熱い軌跡”〜


(2009年 日本 2時間17分)
監督:平川雄一朗
原作:森田まさのり
出演:佐藤隆太、市原隼人、小出恵介、城田優、中尾明慶、高岡蒼甫、桐谷健太、佐藤健
2009年5月30日(土)全国東宝系ロードショー
(C)2009 映画「ROOKIES」製作委員会

公式サイト⇒http://rookies-movie.jp/
 野球はツーアウトからという。追い込まれたところからドラマが生まれる。二子玉川学園高校(通称ニコガク)野球部のメンバーが、甲子園出場という夢を目指して、強豪校相手に、逆境にもめげず、どこまで頑張れるのか。熱い夏が始まった。
 昨年、放送され、大ヒットしたTVドラマ「ROOKIES」の続編。札付きの不良学生だった野球部の面々も3年生に進学。新任の熱血教師、川藤とともに、最後の夏の甲子園出場に向けて一丸となって突き進む。キャストはTVドラマと同じ。映画では、新たに野球部2年生が2名加わり、物語に膨らみが出た。野球は上手いが生意気で反抗的な赤星と、野球は大好きだが、上手くなれない濱中。観客もまた、後輩と同じ目線で、先輩たちの活躍ぶりを見届ける気持ちになれる。
 試合は、相手チームとの戦いであると同時に、己の中の弱い心との戦いでもある。ツーアウト、ツーストライクと、打席で追い込まれ、つい弱気になり、あきらめてしまう。しかし、川藤は言う。窮地に立っているのは自分だけじゃない、余裕たっぷりにみえる相手のエースだって、ぎりぎりのところで気力を振り絞り、自分を信じて前を見据えて投げ込んでいるんだと。ナインは、川藤に勇気づけられ、仲間同士で声をかけあい、励ましあい、互いの頑張る姿をみて、自らの勇気を奮い起こす。まさにプラスの相乗効果。
 川藤を演じる佐藤隆太は、「夢にときめけ、明日にきらめけ!」、「無駄な努力はない」と熱いセリフで、観る者をも元気づける。平川監督が映画雑誌に「なにか映画らしくしなきゃいけないんじゃないかと悩むよりも、エンタテインメントとしてみんなが楽しめる、面白い作品にしようという気持ちのほうが強かった」とコメントしていた。映画は、夢に向かってひた走るニコガク野球部員になりきったキャストたちの熱気を写しとっていて、この熱さ、尋常ではない。
 その疾走ぶりについていけなかった観客がいたとしても、ラストシーンには思わず胸が熱くなるのではないか。キャプテンがナイン一人ひとりの名前を呼びあげる声の溌剌とした響き。一人ひとりのキャラが描きわけられ、みごとな野球部の“卒業式”となる。TVドラマから映画へとひた走ってきた若き俳優たちの熱い思いが言葉になってあふれだす。ずっと「ROOKIES」を観続けてきたファンにとっては、きっとたまらない瞬間になるだろう。熱い2年間がこうして幕を閉じる。
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 あとのまつり
『あとのまつり』
〜十代のきらめきを刻み付ける〜

(2009年 18分 日本)
脚本・監督・編集:瀬田なつき
出演:中山絵梨奈、福田佑亮
短編映画企画:桃まつり「弐のkiss!」のうちの1本
5月23日〜6月5日まで大阪「Planet +1」にて上映

「桃まつり」公式サイト⇒http://www.momomatsuri.com/
 ノリコを演じる中山絵梨奈がまぶしい。13歳のきらめき。街を歩き、走り、踊る、ただその身振りをみているだけで心がうきうきする。百面相も可愛い。映画好きなら、ヌーベルヴァーグの『はなればなれに』(’64ジャン=リュック・ゴダール監督)のアンナ・カリーナの踊りのシーンを思い出すだろうし、そんな映画を知らなくても全然構わない。ノリコが友達のトモオに出会い、やおら一緒に走り出す。笑いながら二人で街を駆け抜ける姿をみているだけで、きっと楽しくなるからだ。ホットパンツ姿の中山の長い手足が美しい。
 記憶を失うことが日常になっていた街という設定は、頭の片隅にしまいこんでもいい。映画は、アヴァンギャルド風に、シーンからシーンへと軽やかに疾走する。空を飛んでいく風船のように、未来へ、現在へと、するする抜け出していく感覚が心地よい。忘れてしまうことの不安、忘れられてしまうことの寂しさが、ちょっぴりノリコの目頭を熱くする。

  ノリコのモノローグや会話に導かれながら、映像の心地よいリズムに身を委ねてほしい。きっと、監督がつくりだした映画という乗り物に乗って、埋立地や川沿いの荒地、青い空、土手にそよぐ風と、珍しくない風景だけれど、どこか不思議な、懐かしくも甘酸っぱい匂いのする空間に連れ去られた気分になるにちがいない。きっとそこには、ノリコの、まだ恋とも呼べないような初々しいときめきの記憶が刻み付けられたはずだから……。
 瀬田なつき監督は、この3月に大阪で開催された「大阪アジアン映画祭2009」で『彼方からの手紙』(’08)が公開されたばかり。本作は、その後に撮られた短編に当たる。

  「軽く、ポケットに入れて何度でもみたくなるような、雰囲気の可愛い短編作品にしようと思いました」と瀬田監督がパンフレットに書かれているとおり、十代の少女と少年のロマンチック・コメディ。色づかいもカラフルで、きっとあなたのお気に入りの作品の一つになるにちがいない。
「桃まつり」とは?
「若手女性監督にもっと上映の場を!」と立ち上がった映画製作上映団体。
2008年3月、渋谷ユーロスペースにて『桃まつりpresents真夜中の宴』と称して9人の女性監督による短編映画祭が行われ、その後、大阪、名古屋、京都、高知など各地で上映。様々な職業の監督たちは、「自分が今表現したい事」を素直に映像に映し出し、話題となった。その後、彼女たちは、桃まつりを突破口に各方面で活躍中。
今年も『桃まつりpresents kiss!』と称し、9人の女性新鋭監督たちが集まり、kiss!をテーマに映画に挑んだ。3月の渋谷ユーロスペースでは、2週間限定上映で1,000人を越える動員を記録。続いて大阪での開催となる。会場は、中崎町にある「Planet +1」。
「Planet +1」の「桃まつり」(上映時間等)
http://www.planetplusone.com/roadshow/presents_kiss.php
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 60歳のラブレター

『60歳のラブレター』
〜見えなかった優しさに気付いた時〜

配給:松竹 (2009年・日本・2時間8分)
監督:深川栄洋
脚本:古沢良太
出演:中村雅俊、原田美枝子、井上順、戸田恵子、イッセー尾形、綾戸智恵
5月16日より梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都、他松竹系全国ロードショー
公式ホームページ⇒http://www.roku-love.com/
中村雅俊記者会見⇒
完成披露試写記者会見⇒

 まもなく60歳を迎える3組の男女の姿を通して、夫婦であること、人と一緒に生きることのすばらしさを教えてくれる。

 会社で仕事一筋に働く夫と、家事や子育てを全部一人で担う妻。子供もなく魚屋を営む仲良し夫婦。翻訳家として活躍する独身女性と、妻を亡くした子持ちの研究医。3組に共通するのは、団塊の世代という時代性。脚本の古沢良太(『ALWAYS 三丁目の夕日』)と監督の深川栄洋(『真木栗ノ穴』)、30歳代前半の若い二人は、がむしゃらに仕事をして高度成長を支え、荒波を潜り抜けてきた、いわば先輩に当たる世代を、誠実で真摯な眼差しで見つめ、人間味あふれるドラマを生み出した。
 とりわけ魚屋の夫婦がいい。若い頃、ビートルズが縁で惹かれあった二人も、いまや口喧嘩が絶えず、愛とは縁遠い日々。毎晩、夫婦でのウォーキングの成果が実り、夫の糖尿病の数値が改善、酒を飲めるようになったと喜んだ矢先、妻の病が発覚。イッセー尾形が、不器用で誠実な夫を好演。「俺を一人にしたら許さないぞ」という言葉が心を打つ。綾戸智恵も下町のおばさんにぴったり。二人の生き生きしたかけあいが微笑みを誘う。一緒に生活し、支えあうことで生まれる夫婦の絆の深さ、互いを思いやる心の尊さが、熱く胸に迫ってくる。
 妻は自分の後をついてくるものと過信し、支えられてきたことに気づかなかった夫と、夫婦だからと、思いを伝える努力をしてこなかった妻。いつしかすれちがってしまった二人が、30余年の歳月を経て、再び互いへの思いを伝え合う。かけがえのない存在を取り戻そうとする夫を、中村雅俊が、絵を描き、走り、大地を掘り、と汗だくになって演じる。控えめで懸命な妻を原田美枝子が自然体で好演。クライマックスの北海道で、ロングに引いたカメラがとらえる広々とした光景はみごたえがある。
 映画の最後で、結婚なんてただの制度と見下していた娘が、両親が変わっていく姿を見て、考え方を変え、結婚もすてきかもしれないと恋人にささやく。個の自由がもてはやされる現代。本作を観て、夫婦や家族のように、人と一緒に生きていくことのすてきさを、若い人にも感じてもらえたら…。自分の身の回りの大切な人をもう一度見つめ直してみませんか。 
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 BABY BABY BABY!
『BABY BABY BABY!』
〜少子化問題に一石を投じる!
         観月&松下コンビ主演の出産コメディ〜


配給:東映  (2009年 日本 2時間)
監督・脚本: 両沢和幸
出演:観月ありさ 松下由樹 谷原章介 神田うの 藤木直人 斉藤由貴 吉行和子
5月23日(土)梅田ブルク7 なんばパークスシネマ あべのアポロシネマ他
公式ホームページ⇒http://www.babybabybaby.jp/
【STORY】
 大手出版社でバリバリ働くキャリアウーマンの陽子に、編集長昇格のチャンスが訪れる。ところが、大喜びした矢先に妊娠が発覚!しかも、相手は2ヶ月前に酒の勢いで1度寝ただけのフリーのカメラマン・哲也だった。冷や汗をかきつつ訪れた産婦人科で4人目を妊娠中のベテラン妊婦・春江に出会った陽子は、キャリアか出産か、究極の選択に悩み始める。
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 映画にもなった大ヒット連続ドラマシリーズ「ナースのお仕事」チームが再結成して送る出産エンタテインメント。「子供なんて人生設計にない」と仕事に生きる30代女性・陽子を観月ありさが、家庭第一の春江を松下由紀が等身大で演じる。監督はナースシリーズから続投の両沢和幸。
 観月が“ドジ”ナースから優秀なキャリアウーマン、松下が先輩ナースから子沢山のおばさんへ。前シリーズから登場人物や物語の背景はガラッと転換されているが、作品全体を包むおなじみのドタバタ感は健在だ。息ピッタリの観月と松下の掛け合い、少々ベタ過ぎるエピソードも満載で(父親学級で新米パパが沐浴中の赤ちゃん(人形)を風呂に沈めたり、満月の夜に出産ラッシュが起こったり)世代問わず誰にでも楽しめる作品となっている。さらに、藤木直人や岡田浩暉、神田うの、吉行和子、伊藤かずえらおなじみのメンバーも脇役で出演。ナースシリーズのファンだった人たちは、まるで実家に帰ったような安心感で本作を満喫できるだろう。
 そんな中でひとつ気になったのは、陽子がキャリアか出産かの選択を迫られる点。近年、妊娠を機に会社から解雇される女性が増えているというが(2008年度は過去最多)、劇中の陽子も本人が「仕事を辞める気はない」と決断する前に退職ムード一色で迎えられる。やっと手に入れた編集長の座も後輩の男性編集者に奪われた。それはまるで“祝福”を装った“厄介払い”。
 男女雇用機会均等法とは名ばかりで世の中にはこうした強引な押し切りで、泣き寝入りする女性は少なくないのだろう。働く女性が子供を産むこと、仕事と育児の両立とはどういう事かをとても考えさせられる。エコー検診中に胎児の性別を聞いた陽子が「こんな小さいときに人生って決まっちゃうんですね」ともらしたひと言に少々しんみりしてしまった。
 コメディのなかにチクリと挿入した風刺がうまく機能している。ほかにも、不妊症治療に協力しない夫、認知症を患う女性、出産できない産婦人科医、10代の妊婦などさまざまなケースをポジティブに取り上げる。さらに、事情を抱えた妊婦たちが出産に一喜一憂する側面で、父親になる男性の不安や歓びにもスポットを当てる。陽子のお相手・哲也に扮した谷原章介や、春江の夫役の岡田浩暉の献身ぶりは女性の理想だ。こんなに子煩悩で協力的な夫が増えたら、すこしは少子化問題に歯止めをかけられるかもしれない。
(中西 奈津子)ページトップへ
 インスタント沼
『インスタント沼』
〜崩れる寸前の微妙なバランスが心地良くて…〜

(2009年 日本 2時間)
監督・脚本:三木聡
出演:麻生久美子、風間杜夫、加瀬亮、松坂慶子
5月23日(土)〜テアトル新宿、渋谷HUMAXシネマ他全国ロードショー!
関西では、テアトル梅田、京都シネマ にて公開

公式ホームページ→http://instant-numa.jp/
 何だかよく分からない題名の映画だが,まあインスタントコーヒーのようなものだ。水を注ぐとコーヒーが出来上がるのと同じ原理で,沼が出来上がる。水道の蛇口を開けるだけで,落ち込んでいたテンションが高くなる。主人公の沈丁花ハナメは,100万円を払って”インスタント沼”を手に入れる。果たして,その実体は何か。その沼からは予想外の超現実的なものが飛び出す。それを目の当たりにしたとき,彼女の人生は大きく変わった。
 ハナメは,幽霊やUFOなどは信じない現実主義の元OLだ。8歳の誕生日に父親が出て行ったとき,それまでもらったプレゼントを沼に捨てた。最後に捨てた黒招き猫が沼に沈んだときから,その祟り(?)で人生ジリ貧だった。父親は,楽な生活をしたいから金持ちの女性と一緒になるため家を出たという,現実的な男だった。が!ある日,母親が書いた昔の手紙を発見し,本当の父親が別にいる(!?)ということで,沈丁花ノブロウを訪ねる。
 麻生久美子がほとんど出ずっぱりで映画の中を疾走する。人生走ればいいってモンじゃないというポーズをとりながら,よく走っている。役柄に嵌りきっていない不完全さがまた,ハナメの個性とマッチするようで面白い。母親のように奔放な意識を持てず,河童や霊感のような科学的な証明のないものはあり得ないと信じている。常識的な枠から踏み出そうとしても,今一つ踏み出しきれなかった。それは,出て行った父親の影響かも知れない。
 彼女は,パンクな電機店の賀須(ガス)にパンクらしく非常識なことをしろとか,電気屋なのにガスとか言って,悲しいほど既成の枠から抜け出せない。そんな彼女がついにはあり得ない存在に感応する自分を感じて幸せ気分になる。そのとき彼女の人生に余裕や豊かさが蘇った。いい感じに折れ曲がった釘に自分なりの価値を見出していた本来の自分を取り戻したに違いない。やはり,彼女にはあの胡散臭い骨董屋店主ノブロウのDNAが…。
(河田 充規)ページトップへ
 余命1ヶ月の花嫁
『余命1ヶ月の花嫁』
〜大きな反響を呼んだ感動の実話を
           榮倉奈々&瑛太主演で映画化〜


監督:廣木隆一 (2009年 日本 2時間9分)
出演:榮倉奈々、瑛太、手塚理美、柄本明
5/9日〜 TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸 他
全国東宝系ロードショー
公式ホームページ→ http://www.hanayome-movie.jp/
 純白のウェディングドレスに身を包み、愛する人に寄り添いながら幸せそうに微笑む“余命1ヶ月の花嫁”。その姿に誰もが涙し、大きな反響を呼んだあのドキュメンタリーが映画化された。若年性乳がんと闘い、24歳でその生涯を閉じた長島千恵さんと、彼女を支え続けた恋人の太郎さんとのかけがえのない日々が、「命の輝き」そのもののように映し出されている。
 イベントコンパニオンの千恵と会社員の太郎は、ある仕事がきっかけで知り合い、恋に落ちる。同棲を始めた2人は幸せな時間を過ごしていたが、千恵は乳がんを患っていることを太郎に隠していた。やがて千恵は太郎に全てを話すが、彼のことを想い、別れを告げたまま姿を消してしまう。しかし、彼女を追って屋久島へたどり着いた太郎は、千恵にどんなことがあっても自分の気持ちは変わらないこと、一緒に頑張りたいという想いを伝え、千恵は再び太郎と生きていく決意をする。だがそんな中、彼女のがんが再発してしまう。
 ドキュメンタリーでは、千恵さんの父親や、千恵さんの友人とのエピソードにも迫っていたが、映画ではほぼ描かれていない。そのため、本作は“若いカップルの愛の物語”として偏ってしまった印象がある。また、闘病の描写に緊迫感が足りないため、がんの怖さや苦しさといった、病のリアルな「重み」が感じられなかったことがとても残念で、そこはもう少し丁寧に描いてほしかった。
 だが、物語が進むにつれ、それとは別のある「重み」が観る者の胸にのしかかってくる。それは、「“当たり前”なんて存在しない」ということ。「おはよう」「ただいま」「おかえり」…日常の何気ない挨拶を交わすことも、そよぐ風を肌で感じることも、「明日」がくることも。千恵さんの、「それを知ってるだけで幸せ」という言葉が、「生きているだけで幸せなんだよ」という、究極の“命のメッセージ”となって心に深く刻み込まれる。
 千恵さんを演じているのは、いま最も輝いている若手女優の1人、榮倉奈々。トレードマークの長い髪をばっさりと切り、乳がんの苦しみと闘いながらも決して明るい笑顔を絶やさず、前向きに生きた千恵さんの「生」の輝きを体現。そして、恋人の太郎さんを若手実力派の瑛太が好演している。特に、夜1人で自転車に乗っている途中、彼女が元気だった頃、一緒に自転車で街を走り抜けたことをふと思い出し、こらえきれずに号泣するシーンは涙なくしては観れない。

 若年性の乳がんは進行が早く、早期発見が重要なのだという。千恵さん亡き後も、彼女の遺族や太郎さん、友人たちがその想いを引き継ぎ、20代〜30代の女性を対象に「乳がん検診キャラバン」を行っている。その結果、実際にがんが見つかった若い女性もいるそうだ。ドキュメンタリー、書籍化ともうすでに多くの人が知っている実話ではあるが、今回映画になったことで、若い人により身近な問題として、乳がんという病気について考えてもらうきっかけになることを願わずにはいられない。
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 嵐になるまで待って
Livespire 『嵐になるまで待って』
〜劇団キャラメルボックスの舞台の映像版〜

(2009年 日本 2時間04分)
映像監督:佐藤克則
Stage脚本・演出:成井豊
出演:渡邊安理,土井裕一,細身大輔,温井摩耶,久松信美,三浦剛,小林千恵,岡部丈二,石原善暢,西川浩幸
公式ホームページ→http://www.caramelbox.com/livespire/
【大阪】
・2009年5月2日(土)〜5月15日(金)
なんばパークスシネマ
上映時間New:
2009年5月2日(土)〜5月8日(金)=10:30〜/13:05〜/18:40〜(1日3回上映)
※ファーストクラス級の特別シート・プレミアムシアターでの上映となります。詳しくは劇場にお問い合わせください。
※特別興行のため、鑑賞料金は通常どおり2500円(プレミアムペアシートの場合5000円)となります。
※5月9日以降の上映時間は追ってお知らせいたします。
 Livespire(ライブスパイア)とは,ソニー株式会社が2008年5月より取り組むデジタルライブコンテンツ製作・配給サービスで,Live(ライブイベント)をInspire(刺激・鼓舞)するという意味があるそうだ。最初は音楽座ミュージカル「メトロに乗って」が製作され,関西では2008年6月ころ109シネマズHAT神戸で公開された。今回は第4弾として劇団キャラメルボックスの舞台が映像化され,なんばパークスシネマで2009年5月2日に公開された。
 舞台の中継や記録ではないし,撮影用に上演された舞台をフィルムに収めたものでもない。他に,舞台の映像化として,劇団新感線の「舞台のライブ感をそのままに」というエン「ゲキ×シネ」マや,シネマ歌舞伎があるが,これらより映画に近いという感じがする。今回も,8台のカメラで撮影された映像を編集したというだけあって,舞台とは別の新しい映像作品として楽しめる。もちろん,舞台を素材としている点で従来の映画とも異なる。
 第1弾「メトロに乗って」は,篠原哲雄監督の映画「地下鉄に乗って」と同じ原作に基づくものだが,映画よりも時空を超えた幻想的な感じがよく出ており,登場人物の一人みち子の心情にも説得力があった。今回の「嵐なるまで待って」では,気になりながらも観ていなかった舞台に出合うことができた。舞台では聞こえなかったという声が聞こえたり,映画ではあり得ない役者の形相や汗などアップの迫力が味わえたり,色んな楽しみがある。
 波多野は,普通の人には聞こえない”もうひとつの声”で人の生死さえ左右できる。ユーリは,声優としてデビューする直前に彼によって声を奪われた。彼はなぜ人を死に追いやるのか,彼女はどうやって声を取り戻すのか…。嵐の夜をクライマックスとして,波多野とその姉の絆が浮かび上がる。キャラメルボックス特有の清潔さが良く出ていると思う。同じ舞台にいる2人の役者をオーバーラップさせるなど,映画的な手法も駆使されている。
 因みに,第3弾では,イギリスのグラインドボーン音楽祭とロイヤル・オペラ・ハウスで上演されたオペラ4作品(ジュリオ・チェーザレ,ヘンゼルとグレーテル,カルメン,フィガロの結婚)が映像化され,2008年12月から2009年1月にかけて梅田ブルク7で上映されている。素材が演劇に限定されるわけではないようだ。もっとも,第5弾として,今回と同じキャラメルボックスの舞台「君の心臓の鼓動が聞こえる場所」を製作中だという。
(河田 充規)ページトップへ
 メイプルソープとコレクター
『メイプルソープとコレクター』
〜収集に情熱を注ぎ、芸術の先端を追い続けた男〜

(2007年 アメリカ+スイス合作 1時間13分)
監督:ジェームズ・クランプ
出演:ロバート・メイプルソープ、サム・ワグスタッフ、パティ・スミス
5月2日(土)よりテアトル梅田
公式サイト http://www.mapplethorpe-movie.jp/
 1970年代から80年代にかけ、男性や女性のボディビルダーのヌード、ポートレート、ハードコアSM等の写真で、スキャンダラスな論争を巻き起こした写真家、ロバート・メイプルソープ。その才能を発掘し、限りなき愛情と情熱で、惜しみない援助を続けてきたのが、コレクターのサム・ワグスタッフ。ワグスタッフは51歳の時、26歳のメイプルソープに出会い、強い絆で結ばれる。エイズで亡くなるまでの約15年間、ワグスタッフは、パトロンとして、恋人として、メイプルソープを支え続ける。コレクターという影の存在ゆえに、忘れられつつあるワグスタッフについて、ライターや写真家、同じ写真キュレーター(美術館で作品収集や展覧会企画に携わる専門職員)らの証言や、本人の記録映像を通じて、その足跡をたどる。
 アメリカのアート界では、60年代にアンディ・ウォーホールがポップ・カルチャーを生み出して以降、次々と多様な芸術運動が生まれ、激動の時代にあった。ワグスタッフは、保守的な層と対立しながらも、未知の分野に自分の信じる美を追い求める。リスクを恐れず、新しいものを見つけてゆくコレクターとしての審美眼の鋭さゆえに、アート界で、ワグスタッフが残した功績は大きい。
 今では信じられないことだが、当時のアメリカの美術界では、写真は、第一級の芸術として認められていなかった。そんな時代に、ワグスタッフは、写真の芸術性に注目し、才豊かで挑戦的なメイプルソープを写真家として育てあげ、自らも資産をつぎ込んで写真のコレクションを続ける。また、同性愛解放運動の中で、早くからゲイであることを公言していたメイプルソープに刺激され、ワグスタッフは、自分もまたゲイであることを受け入れ、自らを解放する勇気を持てるようになる。互いに影響を与え合いながら、真の芸術を追い求める、そんな二人の関係が映画を通じて浮き彫りにされる。

 監督は、あえてメイプルソープに批判的なコメントも取り上げながらも、終始、二人に対して暖かい目を注いでいる。そこには、ときにブーイングを浴びたり、ワイセツというレッテルを貼られながらも、自分の感性を信じ、己が求める芸術の道をひた走った二人に対する尊敬の念が感じられる。そして、ワグスタッフのメイプルソープに捧げる愛情の深さ……。映画を観終わったとき、あなたの目にワグスタッフはどんな魅力的な人間として心に残るだろうか。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 ハリウッド監督学入門
『ハリウッド監督学入門』
〜日本とハリウッド:中田秀夫が綴る
           映画製作のカルチャー・ギャップ〜

(2008年 日本 1時間23分 配給:ビターズ・エンド)
監督:中田秀夫
撮影・録音・ライン・プロデューサー:ジェニファー・フカサワ
音楽:川井憲次
5月16日(土)〜 第七藝術劇場
順次予定      京都シネマ、神戸アートビレッジセンター にて公開

公式ホームページ→http://www.bitters.co.jp/hollywood/
『ハリウッド監督学入門』中田秀夫監督インタビュー記事はコチラ→
 中田秀夫のライフワークはドキュメンタリー映画である。完成・公開こそ遅れたものの、最初にメガホンを撮った劇場用映画は、赤狩りによってハリウッドを追われてヨーロッパに渡り、本名に加え3つの変名を使い分けた映画監督ジョゼフ・ロージーを巡る『ジョゼフ・ロージー 四つの名を持つ男』(1998)であったし、2作目に放った『サディスティック&マゾヒスティック』(2001)は、自身の師匠である小沼勝とにっかつロマンポルノへの愛を込めた作品であった。いずれも見ごたえのある一見の価値ある秀作である。

  そして、この度公開される3作目のドキュメンタリー映画が本作『ハリウッド監督学入門』だ。ここに挙げた3作品が、単にドキュメンタリー作品であるだけでなく、全て映画を巡るものであることは重要なポイントであろう。「次のドキュメンタリーは映画から離れたものになりますよ」という監督自身の宣言から、本作は中田秀夫による“映画についてのドキュメンタリー三部作完結編”ということになる。
 本作は、世界最大の映画工場であるハリウッドで、外国人監督である中田秀夫が映画製作にチャレンジした際の戸惑いの記録だ。学生時代から映画の現場に出入りし、その後、にっかつロマンポルノの助監督として、低予算&短期間での映画製作に多数従事した身にとって、ハリウッドの遅々とした製作ペースは困惑と疲弊を誘ったに違いない。
 全体は3つの章に分かれている。第1章の【グリーン・ライト】は、企画会議でグリーン・ライト=ゴーサインが出されるまでの過程を描き、第2章の【カバレッジ】では、一つのシーンをあらゆる角度から同時に撮影するというハリウッド独特の技法=カバレッジを検証し、第3章の【テスト・スクリーニング】では、一般観客を対象とした試写会を催し、その反応によって作品を作り変えるという、これまたハリウッド独特の慣習であるテスト・スクリーニングに焦点を当て、日本の映画製作とのギャップを綴っている。
 本作の出発点には、ホラー映画『THE EYE』製作への参加と降板があるが、そこで蓄積したフラストレーションを、ネガティブな方向に吐き出すことなく、逆にポジティブな方向を目指したことが効を奏した。 この前向きなムードを生み出せたのは、中田が芯から映画作りを愛しているからに違いない
 中田秀夫の体験が軸であるため、ハリウッドにおける外国人監督全体の在り様までは見えず。あくまで『中田秀夫のハリウッド監督学講座』であるところが惜しいようにも思うが、映画製作に携わる者にとってはもちろん、映画ファンにとっても興味深い作品に仕上がった。
【喜多匡希の映画豆知識:『ハリウッド監督学入門』】
・中田秀夫監督の次回作はなんとイギリス映画! 『チャットルーム』(原題)というタイトルで、インターネット上のチャットルームを利用する人々のやりとりがやがて大きな悲劇につながっていく様子を描く。「ホラーではなくてスリラーです」という一言に、ホラー監督というレッテルを嫌う中田監督のこだわりが垣間見える。秋葉原通り魔事件にも通じるテーマを描くと意気軒昂な中田秀夫の映画作りに今度も注目したい。
(喜多 匡希)ページトップへ
 バンコック・デンジャラス
『バンコック・デンジャラス』
〜タイ産スタイリッシュ・アクション『レイン』のハリウッド・リメイク〜
(2008年 アメリカ 1時間40分 R‐15指定作品 配給:プレシディオ)
監督:オキサイド・パン&ダニー・パン
脚本:ジェイソン・リッチマン
オリジナル作品:『レイン』(1999年 タイ 監督・脚本:オキサイド・パン&ダニー・パン)
製作:ニコラス・ケイジ
出演:ニコラス・ケイジ、チャーリー・ヤン、シャクリット・ヤムナーム、ペンワード・ハーマニー ほか
5月9日(土)〜 梅田ブルク7、敷島シネポップ、TOHOシネマズ二条、109シネマズHAT神戸 ほかにて公開
公式ホームページ→http://www.bangkok-dangerous.jp/
 1999年製作のタイ産スタイリッシュ・アクション『レイン』を、オキサイド&ダニーのパン兄弟がニコラス・ケイジを主演に迎えてハリウッドでセルフ・リメイク。
 『レイン』は、それまで別々に活動していたパン兄弟が初めて共同で監督した作品。【生まれつき耳の聞こえない青年コンが、ふとしたことからジョーという殺し屋の弟子となり、やがて一人前のヒットマンに成長するが、美少女フォンとの出逢いによって初めて愛を知り、殺し屋の負い目との間で苦悩する】という物語だった。
本作では、オリジナルを一旦解体し、大幅なアレンジを施しつつ再構成。オリジナル版の鍵であった“聾唖の主人公”という設定は「殺し屋は寡黙なもの」というパン兄弟のイメージから生まれたアイデアだが、今回、ジョーを“タイにやって来た白人”とすることで、言語の違いによるコミュニケーション不全に置き換えている。薬局の店員フォンと恋に落ちるのもジョーだ。
冒頭はプラハが舞台。殺しのアシスタントに雇った若者でさえ躊躇無く殺害してしまうジョーの完全主義者ぶりが描かれる。続けて、ジョーは新たな仕事のためにタイへ。早速、コソ泥青年のコンをアシスタントに雇い入れる。最初は、チンケなチンピラという印象のコンだが、やがて、純真で義理堅い一面を披露。観客は「コンを殺さないで!」と願うようになっていく。そんな観客の願いを聞き届けるように、ジョーはこれまでにない変化を見せるのだが、そのことで自身が追い詰められていくという展開がサスペンスフル。
 最大の見所はタイの風土を活かしたアクション。特に、水上マーケットでのボートVSボート+ボートVSバイクによるチェイスはなかなかの迫力。タイを知り尽くしたパン兄弟が、持てるセンスを見事に発揮している。ジョーの殺人テクニックも、銃一辺倒のものではなく、“必殺仕事人”ばりに多彩なバリエーションが用意されているため、観ていて飽きない。ただ、ドラマに深みが乏しいため、クライマックスを覆うカタルシスが薄まってしまい、悲壮さが映えないのが惜しいところ。ジョーとコン、ジョーとフォンの双方のエピソードを1つに結びつけるワン・アイデアが欲しかった。
【喜多匡希の映画豆知識:『バンコック・デンジャラ』】
・オリジナル版の英題は本作と同じ『Bangkok Dangerous』であり、『レイン』は独自の邦題だった。“雨”が持つ、美しく儚いイメージが、繊細な心の持ち主である主人公のコンにぴったりだが、作中でも雨は印象的に描かれており、珍しくセンスの良いオリジナル邦題であると、筆者は高く評価している。尚、ヒロインのフォンは、タイ語で“雨”を表す。パン兄弟の作品では、タイ・イギリス・日本合作の犯罪サスペンス『テッセラクト』(2003)にもフォンという女性キャラクターが登場する。この辺り、こだわりを感じさせて面白い。
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 バビロン A.D.
『バビロン A.D.』
〜ヴィン・ディーゼル、本格アクションの世界に再臨!〜
(2008年 アメリカ/フランス/イギリス 1時間30分 配給:20世紀フォックス映画)
監督:マチュー・カソヴィッツ
原作:モーリス・G・ダンテック 『BABYLON BABIES』(未邦訳)
脚本:マチュー・カソヴィッツ、エリック・ベナール
撮影:ティエリー・アルボガスト
出演:ヴィン・ディーゼル、ミシェル・ヨー、メラニー・ティエリー、ランベール・ウィルソン、
マーク・ストロング、ジェロム・レ・バンナ、シャーロット・ランプリング、ジェラール・ドパルデュー ほか
5月9日(土)〜 敷島シネポップ、TOHOシネマズ鳳、TOHOシネマズ二条、
MOVIX六甲、TOHOシネマズ西宮OS にて公開

公式ホームページ→http://movies.foxjapan.com/babylon-ad/
 『ワイルド・スピード』(2001)や『トリプルX』(2002)で新世紀肉体派アクション・スターとなったヴィン・ディーゼル。2004年の『リディック』を最後にコメディ路線で武者修行を続けていた彼が、5年振りに本格アクション映画に主演! まずはその凱旋を心から歓迎したい。おかえりなさい、ディーゼル兄貴っ!!
 【度重なる戦争で荒れ果てた近未来の地球を舞台に、一人の少女をモンゴルからアメリカまで送り届けるという仕事を引き受けた凄腕の傭兵トーロップ。血生臭い日常に疲れた彼は、この仕事を最後に引退して平穏な日々を送ろうと計画している。しかし、その少女は全人類の運命を握る特殊能力の持ち主だった。新興宗教団体ノーライトや国際マフィアの思惑が絡み合う地球横断の旅は難航を極める。危機に次ぐ危機を、百戦錬磨のトーロップは何とか切り抜けていくが、やがて究極の選択が彼を待ち受けていた……】というストーリー。
 巨額の製作費を投じたハリウッド大作だが、フランス色が強い。それもそのはず。原作はフランス人作家モーリス・G・ダンテックのSF冒険小説『BABYLON BABIES』で、監督もフランス人のマチュー・カソヴィッツだ。スタッフ・キャストにもフランス人が目立つ。

 そもそも、フランスはSF先進国である。バンド・デシネと呼ばれるフレンチ・コミックでは、メビウスやエンキ・ビラルといった漫画家が大人気を博し、その影響は世界中に及んでいる。例えば『ブレードランナー』(1982)。アメリカのSF作家フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を、イギリス出身のリドリー・スコットが映画化した“近未来SF”の金字塔的傑作だが、それまでの常識とは180度異なる“暗く猥雑な近未来像”の下敷きには“セリ・ノワール”(暗黒小説の意。フランス産の犯罪小説)の世界観があり、またエンキ・ビラルやメビウスのバンド・デシネを参考にしたという話は有名である。
  であるから、本作で色濃いフランス色は決して奇異なものではない。むしろ、SFファンとしては涙が出るほど嬉しいサイバーパンクSFの本流と言える。そこに、ハリウッドらしい大アクションが加わっているのだから更に嬉しい。
 ただし、噛み合わせが良くない。壮大な物語を語るには90分では到底足りず、脚色も失敗している。ストーリーの流れが理解し難いのはかなりつらいところだ。カメラが寄り過ぎの上、細かいカット割りによって寸断されてしまったアクションも爽快感に欠ける。
 シャーロット・ランプリングとジェラール・ドパルデューという2大俳優が余裕綽々の演技と、大画面に栄える近未来ビジュアルは見もの。

【喜多匡希の映画豆知識:『バビロン A.D.』】
・原作者のモーリス・G・ダンテックは日本未紹介だが、現代のフランス文学界で最も重要な作家の一人。映画界では、1993年に発表した処女長編『レッド・サイレン』が2002年に映画化されている。これも一人の少女を守る元傭兵が主人公。時代設定こそ異なるが、本作とよく似た物語である。尚、トーロップを演じるヴィン・ディーゼルは、ニューヨークでクラブの用心棒をしていた時期がある。その頃の経験が本作の役作りで役に立ったのではないだろうか?

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 沈黙を破る
『沈黙を破る』
〜ありのままを、ありのままに〜

(2009年 日本 2時間10分 配給:シグロ)
監督・撮影・編集:土井敏邦
製作:山上徹二郎(『映画 日本国憲法』『ぐるりのこと。』『ハッシュ!』ほか)
5月9日(土)〜  第七藝術劇場
5月23日(土)〜  京都シネマ
7月以降   神戸アートビレッジセンター にて公開

公式ホームページ→http://www.cine.co.jp/chinmoku/
 フリージャーナリストの土井敏邦は、1985年から20年以上に渡ってパレスチナ・イスラエル問題の取材を続けている。1993年からは、『届かぬ声−パレスチナ・占領と生きる人びと−』と題した全4部作構想のドキュメンタリー作品の製作を続けて来た。『沈黙を破る』はその第4部に当たる。

  2002年春、イスラエル国防軍は、バラータとジェニンの両パレスチナ人難民キャンプに侵攻し、2週間に渡る破壊と殺戮を繰り広げた。男性・女性、大人・子どもの別なく、多くの命が理不尽に奪われ、傷つけられた。同じ頃、イスラエルの都市テルアビブで『沈黙を破る』と名付けられた写真展が開催されていた。その内容は、“世界一道徳的”と称するイスラエル国防軍が、パレスチナ人民に対して行った行為の実態を、元兵士が内部告発するというもの。そこには占領地で絶対的な権力を得た若者たちが、次第に道徳心や倫理観を失い、次第に“怪物”へと変貌を遂げる様が克明に記録されていた―。
 映像の力が漲っている。土井の眼となったカメラが捉えたものは徹頭徹尾の“事実”。ただひたすらに、ありのままが記録されているのみである。膨大な映像素材=“事実”を、編集によって130分にまとめているが、そこには、民族闘争を政治的観点から議論・断罪しようという意図は微塵も感じられず、何らの作為も存在しない。
 と、ここで「いや、人間が撮り手である以上、全く作意のない作品など存在しない!」という反論する向きもあろう。もっともである。全ての表現に、作為の介入しないものはない。となれば、本作における作為は、“作為を排し、事実のみを伝えようという作為”である。その証拠に、パレスチナの人々から私が教えてもらったものは本当に大きい」と語る土井敏邦だが、「パレスチナの人々が可哀想だという視点で取材したわけでは決してない」と断言しているのだ。これぞ真のジャーナリズムであろう。

  それにしても“占領”というのは恐ろしい。目に見えない抑圧の恐怖を、その内と外から怜悧に捉えた映像は、パレスチナ・イスラエル問題に対して決して明るくない筆者にとっても衝撃的であり、その悲惨さについて考えさせるだけの力がある。
 本作は、パレスチナ・イスラエル問題のみを追求する作品ではない。これまでに存在した、あるいは現在行われている全ての戦争・紛争に重なる普遍性を有しているからだ。「遠い国の出来事だから」と、遠ざけて欲しくない。パレスチナ・イスラエル問題に詳しくなくても大丈夫。観る前に構えないで欲しい。決め付けないで欲しい。何も難しくない。事前に勉強なんてしなくていい。必要なのは“ただ、観ること”。それだけで十分に伝わってくるはずだ。言語も文化も距離も、全ての障壁を超える映像の力がここにある。偉大な仕事だ。
【喜多匡希の映画豆知識:『沈黙を破る』】
・前四部作構想の『届かぬ声−パレスチナ・占領と生きる人びと−』。この『沈黙を破る』が第4部にあたると書いたが、現在進行形の問題を捉えた作品である以上、決して完結編と捉えてはいけない。現に、土井敏邦は現在も取材を続けており、次作ではイスラエル国防軍における女性兵士の問題などに焦点を当てるという。尚、参考までに『届かぬ声−パレスチナ・占領と生きる人びと−』4部作全てのタイトルを御紹介しておこう。関西でも上映して欲しい!
第1部 『ガザ―「和平合意」はなぜ崩壊したのか―』
第2部 『侵蝕―イスラエル化されるパレスチナ―』
第3部 『2つの“平和”―自爆と対話―』
第4部 『沈黙を破る』
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 小三治
『小三治』
〜「“カタチ”じゃないよ、“こころ”なんだよ」という生き方〜

(2009年 日本 1時間44分 
配給:ヒポコミュニケーションズ+オフィスシマ
監督:康宇政
語り:梅沢昌代
出演:柳屋小三治、入船亭扇橋、柳屋三三、立川志の輔、桂米朝 ほか
5月 9日(土)〜 京都みなみ会館
5月23日(土)〜 第七藝術劇場
順次        神戸アートビレッジセンター にて公開

公式ホームページ→http://cinema-kosanji.com/
 当代随一の人気を誇る噺家・10代目柳家小三治に密着したドキュメンタリー映画。被写体が江戸前落語の重鎮であるだけに、東京では大いにヒットしたとか。ただ、その点、上方文化の関西では少し弱いか……、と思いきや、これがさにあらず。本作は、日本全国津々浦々、どこで上映しようが、誰が観ようが、変わらない感動を与えてくれる普遍性を持った逸品に仕上がっている。成功の秘訣は、芸道物のドキュメンタリーではなく、人間ドキュメンタリーを志向した点にある。よって、落語好きはもちろんのこと、別段そうではないという向きにもおすすめしたい。
 その証拠に、小三治の高座を真正面からじっくりと捉えたシーンはそれほど多くない。終盤で三遊亭圓生の作による『鰍沢(かじかざわ)』を講じはするものの、それも全編ではなく、断片的なもの。しかも『鰍沢』は小三治の持ち噺ではなく、噺家仲間である入船亭扇橋の十八番である。しかも、本作に収録されているのが高座での初披露というのだから、決して磨きに磨きをかけた芸というわけではない。けれども、それだけに本作の小三治は際立った輝きを放つ。なぜか? この段に至るまで、カメラが小三治の人となりをじっくりと見つめているからである。高座よりも、舞台裏や日常に重点を置いた構成が見事に活きた。

 本作は、ストイックな人柄で知られる小三治の素顔を、一貫して映し出していく。口数は少なく、サービス精神が旺盛というわけでもない。端的に言えば、寡黙である。それだけに、時折発する一言を聞き逃すまいと、観客の耳に神経が集中することになるのだが、これがまあ、金言の宝庫であるから、ますます興味を惹かれることとなる。
【遊びは、真面目にやらなきゃ遊びにならない】
【(弟子に)教えることは何もない。ただ見ているだけでいいんだよ】
【自分が楽しまなくちゃ、人は楽しめないよ】
【“形”なんか関係ない。“こころ”なんだよ】


  “声色の魔術”とさえ呼ばれる口跡の素晴らしさたるや、その内容の豊かさと相まって“眼福”ならぬ“耳福”と言いたくなるほどである。そして、これが要であるのだが、本作を通して、小三治が観客に差し出す至芸は“生き方・生き様”である。“噺家である前に、人間である”ということを小三治は忘れない。技術よりも生き方が芸に磨きをかける、高める。そのことを、長い年月をかけて肌で学んできた。そのことを、いかにも江戸っ子らしいカラリとした気風によって軽やかに教えてくれる。この軽やかさもまた、小三治の信条だ。チラリと登場する上方落語の重鎮・桂米朝が漂わせるまろ味との対比も面白い
 演出はオーソドックスで、ゴテゴテと無駄に飾ることをしない。基本に忠実で、かっちりと丁寧にまとめている。そこがまたイイ。肉付けは柳屋小三治その人が持つ体験に裏打ちされた人間味だ。上質の肉は、サッと焼いて少量の塩だけで食べるのが一番美味しい。芸も同じである。素晴らしい素材に、過剰な味付けは無用なのだ。小三治という素材を見事に活かした、シャキンとさせられる秀作である。
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 四川のうた
『四川のうた』
〜虚実入り混じった記憶のメカニズムに
             俊英ジャ・ジャンクーが挑む!〜

(2008年 中国/日本 1時間52分 配給:ビターズ・エンド+オフィス北野)
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
撮影:ユー・リクウァイ、ワン・ユー
音楽:半野喜弘、リン・チャン
出演:ジョアン・チェン、リュイ・リーピン 、チャオ・タオ、チェン・ジェンビン
・2008年 第61回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門正式上映作品
5月2日(土)〜 テアトル梅田
近日予定     京都みなみ会館、神戸アートビレッジセンター にて公開

公式ホームページ→http://www.bitters.co.jp/shisen/
 記憶は必ずしも事実に忠実であるとは限らない。意識的、あるいは無意識的に脳内で創造された物語が紛れ込んでいることがままあるものだ。となれば、その記憶は事実ではない。しかし、その創造された物語には意味がある。なぜならば、記憶の内容が架空のものであれ、その存在自体は事実であり、そして、そこに当人にとっての“真実”が刻み込まれているからである。“嘘から出た真”という言葉があるが、この言葉こそ、人間の記憶が有する曖昧さを孕んだメカニズムの機能を厳然と指し示している。“中国映画界の若き巨匠”と呼ばれるジャ・ジャンクーは、この複雑な記憶のメカニズムの存在に気付き、映画作家として果敢な挑戦を試みた。そうして生まれたのが本作『四川のうた』である。
 『四川のうた』でジャ・ジャンクーが見つめるのは、50年の歴史に幕を降ろそうとしている四川省・成都の巨大な国営軍需工場・420工場だ。1956年の設立以来、中国の歴史と共に在った大工場が、現在、二十四城と名付けられた商業施設+住宅地へと姿を変えようとしている。最盛期は三万人がこの工場で働き、その家族は10万人を超えたという。時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、工場閉鎖によって何万人もの失業者を生み出したという事実の痛ましさこそ、議論されるべきではないか。そういった思いが本作の根底に流れているのだ。
 ジャ・ジャンクーにとって、工場は大きなモチーフで在り続けている。本作に始まったことではない。2006年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(グラン・プリ)に輝いた『長江哀歌<エレジー>』にも、それ以前の作品にも、工場の影は至るところに見られた。工場を凝視すれば、そこに近代中国の縮図を見えるからである。つまり、消え行く420工場は近代中国の栄華と衰退を示しているのだ。そして、これまでと同じく、ジャ・ジャンクーの視線は、歴史の波に晒される人々の営みに向けられており、その視線は厳然としていながら、常に優しい。
 当初、純然たるドキュメンタリー作品として企画していたそうだが、取材を重ねるに従って、冒頭で記した通り、人間の記憶に創造の物語が潜んでいることに気付いたジャ・ジャンクーは、そのメカニズムを極めて映画的な手法によって表現し、作品に組み込むことにした。その手法とは、ジョアン・チェンら名だたるスター俳優に労働者を演じさせ、ドキュメンタリー映像に織り交ぜるというもの。このアプローチは、決して有名なスターを使わず、素人中心のキャスティングによってセミ・ドキュメンタリー的な劇映画を作り続けてきた、これまでの作風とは真逆のものである。ドキュメンタリーと劇映画の境界を軽やかに融和させることで、ジャ・ジャンクーは更なる極みへとその歩を進めたのだ。
【喜多匡希の映画豆知識:『四川のうた』】
・記憶の虚構性に対し、ドキュメンタリー映画に劇映画パートを内在させるという手法は、アクション・ドキュメンタリーの旗手として知られる原一男監督による大傑作『全身小説家』(1994)で既に見られる。こちらは、小説家・井上光晴に密着し、その晩年から癌との闘病、そして臨終までを捉えた作品。“虚”によって彩られた記憶のベールを、カメラが剥ぎ取っていく真実希求の旅路は、見方によっては残酷に思えるが、その幻想性を突き破った果てに屹立する人間の存在性には圧倒される。


・ジャ・ジャンクーの映画制作を支えているのは、日本のビターズ・エンドとオフィス北野である。かつて、イギリスの映画作家デレク・ジャーマンを日本のアップリンクが資金的・精神的の両面でサポートしたのと同様の豊穣な関係がここにある。
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 GOEMON
『GOEMON』
〜徹底的な作り込みが楽しい大型アクション・ファンタジー〜

(2009年 日本 2時間8分 配給:松竹+ワーナー・ブラザース映画)
監督・原案・撮影監督:紀里谷和明
プロデューサー:一瀬隆重、紀里谷和明
脚本:紀里谷和明、瀧田哲郎
撮影:田邊顕司
美術:林田裕至
衣装デザイン:ヴォーン・アレキサンダー、ティナ・カリバス
編集:紀里谷和明、横山智佐子
音楽:松本晃彦
主題歌:VIOLET UK 『ROSA』
出演:江口洋介、大沢たかお、広末涼子、ゴリ(ガレッジセール)、要潤、玉山鉄二、中村橋之助、寺島進、
チェ・ホンマン、佐藤江梨子、戸田恵梨香、鶴田真由、りょう、藤澤恵麻、佐田真由美、福田麻由子、
小日向文世、平幹二朗、伊武雅刀、奥田瑛二 ほか

5月1日(金)〜 梅田ピカデリー、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、イオンシネマ久御山、
神戸国際松竹、MOVIX六甲、109シネマズHAT神戸、TOHOシネマズ西宮OS ほか

公式ホームページ→http://www.goemonmovie.com/
 天下の大泥棒・石川五右衛門を主人公に、豊臣秀吉・徳川家康・石田三成・霧隠才蔵・服部半蔵・猿飛佐助といった歴史上の有名キャラクターが入り乱れる、奇想天外かつ豪華絢爛な戦国アクション・ファンタジー。監督は、本作が『CASSHERN』(2005)以来5年振りの新作となる紀里谷和明。

 石川五右衛門は安土桃山時代に実在した盗賊。1594年(文禄3年)に捕らえられ、三条河原にて息子と共に釜茹での刑に処された。しかし、それ以外は、生年や出身地・経歴に至るまで全てが謎に包まれたミステリアスな人物である。後に、天下の大義賊として“東の鼠小僧次郎吉、西の石川五右衛門”として英雄視されるようになるが、これは処刑後に創作された歌舞伎や浄瑠璃、落語の力によるもの。謎だらけの生涯は自由な脚色が可能であり、豊臣秀吉の圧制に対する反抗者として描いたことが、大衆の支持を集めたのである。

 本作も、既存の“抜け忍説”や“秀吉暗殺未遂説”などをベースに、英雄としての石川五右衛門像を追求しているが、そのいでたちや世界観はいまだかつてない斬新なもの。徹頭徹尾一から作りこんだビジュアルによって、全く新しいGOEMONワールドが展開される。ゴシック様式の大坂城やパルテノン様式の安土桃山城、その他アール・ヌーヴォーを採り入れた建築様式を始め、和洋折衷による煌びやかな衣装の数々が大画面を彩る様は圧巻の一語に尽きる。史実に拘泥しない自由な創作姿勢を細部まで徹底したことが成功の鍵となった。山田風太郎とウィリアム・シェイクスピアが手を組んだような面白さがここにある。

 『CASSHERN』が不評だったことから鑑賞を躊躇する向きもあろうが、心配は無用。前作はCG技術の限界から、ほとんど画面に動きが無く、静止画による電動紙芝居という趣だったが、本作では動く、動く!! 5年間という時の流れが、紀里谷和明の脳内イメージの完全映像化を可能にした。冒頭、テレビゲームのような画面の質感に戸惑いを覚えはしたものの、すぐに慣れる。時代考証がどうのとケチをつけることこそ野暮というもの。ここは一つ、ファンタジー世界への招待状を快く受け取り、眼前で繰り広げられる冒険譚に身を委ねていただきたい。

 人工的な画面の作り込みも凄いが、俳優陣による生身の演技も負けてはいない。五右衛門を演じる江口洋介が体現するヒロイズムに惚れ惚れする一方、ケレンの塊の如き大芝居で豊臣秀吉を楽しそうに怪演する奥田瑛二にニンマリした。出番こそ少ないが、千利休を演じた平幹二朗の口跡の美しさと圧倒的な存在感も素晴らしい。服部半蔵に寺島進を配するなど、ドンピシャリのキャスティングも冴えに冴えている。玉山鉄二など、これまでで一番のハマりっぷりだ。

 物語の底は浅いが、2時間強を飽きずに見せ切る手腕はなかなかのもの。
 いや、絶景、絶景!!

【喜多匡希の映画豆知識:『GOEMON』】
・本能寺の変で織田信長に対して謀反を起こした明智光秀。「あれ? これ、誰?」と思ったが、これがなんと監督の紀里谷和明!! けっこうサマになってるじゃないの。
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『GOEMON』CDプレゼント情報&大阪舞台挨拶情報


★『GOEMON』主題歌「ROSA」スペシャルCD劇場プレゼント情報!
5/1(金)の公開初日から、『GOEMON』の公開劇場310館で、VIOLET UKによる主題歌「ROSA」を収めた特製スペシャルCDの観客プレゼントがスタートする。それも、先着5万名という超大規模な仕掛けである。「ROSA」はX JAPANのリーダーであるYOSHIKIが、本作のために書き下ろしたことで話題の一曲だ。

実は、このVIOLET UKはYOSHIKIのソロ・プロジェクトである。VIOLET UKとして、映画主題歌を手掛けるのは、フレンチ・ホラー『カタコンベ』に続いて2度目。日本映画としては初となる。しかも、これまでに単体でのCDリリースがなされておらず、今回がなんと初のCD化というのだから凄い! 曲の後半からはYOSHIKIと紀里谷和明監督のスペシャルコメントが収録されているとか。ファンの間でマスト・アイテム化することは確実だ。

★『GOEMON』大阪舞台挨拶情報! (予定ゲスト:江口洋介&広末涼子)
 
 5月5日は「GOEMON」DAY!
  この日、日本全国5大都市(北海道・東京・名古屋・大阪・福岡)にて、監督や出演者による舞台挨拶が行われる。
中でも、関西在住の映画ファンが大半という本誌読者なら、真っ先に知りたいのは大阪会場のスケジュールに違いない。
そこで、大阪会場のスケジュール&チケット購入方法を併せて御案内しよう(他会場の情報は公式HPを御覧下さい)

【大阪会場スケジュール】
会 場:なんばパークスシネマ
日 時:5月5日(火・祝) 12:45の回上映終了後
登壇者:江口洋介、広末涼子(予定)

【チケットご購入方法】
■購入方法1.<チケットぴあ>店頭でのご購入
販売場所:<チケットぴあ>各店舗、又はファミリーマート&サークルK・サンクスの各店舗
販売開始:4月30日(木) ※コンビニエンスストアでの取り扱いは、販売初日午前11:00からとなります。
Pコード:555-278
※<チケットぴあ>は店舗により営業時間が異なりますので、下記<チケットぴあ>ホームページ内、店舗検索にてご確認下さい。
<チケットぴあ>店舗検索→http://search.pia.jp/pia/spst/spst_map01.do

■購入方法2.<チケットぴあ>インターネットでのご購入
PC・携帯電話を通じて、下記<チケットぴあ>ホームページよりお手続き下さい。
PC→http://t.pia.jp/index          
携帯用→http://pia.jp/t/
※会員登録(無料)が必要です。クレジットカードでの決済となります。
※お一人様4枚までご購入いただけます。
※本イベントは<チケットぴあ電話サービス>による予約販売はございません。
※転売目的でのご購入は固くお断りいたします。
※売切れ次第、販売は終了となります。
注:『GOEMON』大阪舞台挨拶付き上映のチケットは、劇場窓口販売&劇場オンライン販売では取り扱いがございません。

【舞台挨拶時&本編上映時のご注意】
・場内での、カメラ(携帯電話含む)やビデオによる撮影・録画・録音は固くお断り致します。
・当日は大変な混雑が予想されますので、お早めにお越し下さいませ。
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 テラー トレイン
『テラートレイン』
〜80年代スプラッター+『ホステル』+大陸横断特急なサバイバル・ホラー〜

(2008年 アメリカ 1時間34分 R-15指定作品 配給:ムービーアイ)
監督・脚本:ギデオン・ラフ
出演:ソーラ・バーチ、ギデオン・エメリー、ケイヴァン・リース ほか
5/2(土)GW、銀座シネパトス他全国順次ロードショー
関西では、5月9日(土)〜 シネ・リーブル梅田 にてレイトショー公開
 

公式ホームページ→ 
 旅先で“恐怖の殺人列車”に乗り込んでしまった若者たちの絶叫が響き渡るサバイバル・ホラー。
 アメリカ・インディアナ大学のレスリングチーム“インディアナ・キラーズ”に所属する女子選手アレックス(ソーラ・バーチ)は、チームメイトやコーチと共に6人で世界大会に参加するため、東欧遠征に出発し、リトアニアにやって来た。試合を終えた夜、異国の地で浮かれる5人の学生は、コーチの目を盗んで街に繰り出しドンチャン騒ぎ。挙句に翌朝発のウクライナ・オデッサ行きの列車に乗り遅れてしまう。コーチに叱責されて慌てふためくが、言葉の通じない見知らぬ土地では成す術も無い。と、そこに医師を名乗る女性が通りかかり、別のオデッサ行き列車があると教えてくれる。ホッとしたチームの面々は、渡りに舟とばかりに意気揚々と乗り込む。それが恐怖の始まりだとも知らずに…… その列車に乗った旅行者は、決して生きて帰ることが出来ない。チームメイトが次々と餌食にされる中、一人残ったアレックスは、その裏に潜む驚愕の真相を知り、復讐を決意する!
 “能天気な若者たちが、血しぶきを上げながら次々と殺されていく”というプロットは、80年代に大流行したスプラッター映画の王道であり、目新しさはない。そのため、本作では、2000年代エッセンスを採り込むという努力をしている。具体的にどこが今風かと言えば、東欧という舞台設定とハードなゴア描写の2点が挙げられる。ここに、過激な拷問描写が話題となり全米大ヒットを記録した『ホステル』(2005)の影響が垣間見える(『ホステル』の舞台はスロバキアだった) 作り手が、あの手この手を駆使して創意工夫している様には好感が持てる。
 開巻直後、いきなり人体解剖シーンがドドーンと展開。早くもここで観客はふるいにかけられることになる。「このノリについて来られる人だけどうぞ。そうでない人はゴメンナサイ」というわけだ。事件の真相に関して、ドラマを練って無理に引っ張ろうとすることもなく、比較的早くネタを割っておき、以降は容赦ない残酷描写を繋いで見せ切ってしまおうという力技も含めて、この辺りの割り切りぶりは潔い。

ただし、レスリングの選手たちがあっさりサクサクと殺されてしまうのはあまりにも呆気無く、走行中の列車内という舞台の特性を活かし切れていないのがつらい。もっと面白く出来たはず。惜しい。 
 本物の列車・線路を使用したブルガリア・ロケの雄大さも見ものだが、一番は『アメリカン・ビューティー』(1999)や『ゴーストワールド』(2001)で知られるソーラ・バーチの熱演! スタントなしで生傷だらけになったというが、その体当たりぶりがしっかり伝わってくる。楽しげな表情が徐々に険しくなり、やがて無表情になっていく過程がリアル。チェーンを使って敵を絞首刑にしてしまうところなど、レスリングではなく最早女子プロレスだ。クライマックスの能面フェイスなど、まるでグレン・クローズか、はたまたデビル雅美か、といった具合である。ホラー映画ファンのみならず、プロレス・ファンも見るべし!
【喜多匡希の映画豆知識:『テラートレイン』】
・本作『テラートレイン』は、当初リメイク企画であった。基となったのはカナダ=アメリカ合作のスラッシャー映画『テラー・トレイン』(1980年10月全米公開)だ。『13日の金曜日』(1980年5月全米公開)の大ヒットによって生まれたスプラッター・ブーム最初期の一本で、主演は“スクリーミング・クイーン(絶叫の女王)”として一世を風靡していたジェイミー・リー・カーティス。アカデミー賞俳優ベン・ジョンソンや、世界最高のマジシャンとして有名なデビッド・カッパーフィールドが共演している他、撮影監督がスタンリー・キューブリック作品常連のジョン・オルコットであるなど、不思議なほどに豪華。『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)を手がけることになるロジャー・スポティスウッド監督のデビュー作でもある。本作は、1980年版に大幅なアレンジを施しており、その結果、別物と言える作品に仕上がっている。本作と見比べてみるのも一興だ。


・走行中の列車は“動く密室”であり、スリルとサスペンスを描くに格好の舞台となる。その証拠に“ミステリーの神様”と呼ばれたアルフレッド・ヒッチコックは、『三十九夜』(1935)、『間諜最後の日』(1936)、『バルカン超特急』(1938)、『疑惑の影』(1942)、『見知らぬ乗客』などなど、多くの作品で列車を登場させている。最近では『スリープレス』(2001)の冒頭で、列車内サスペンスがスリル満点に描かれていたが、監督のダリオ・アルジェントは大のヒッチコキアン(ヒッチコック信奉者)として有名。ヒッチ先生はやはり偉大だ! しかし、ホラー作品で列車内部を舞台としたものは意外なほど少なく、太鼓判を押せる作品となると、クリストファー・リーとピーター・カッシング共演の快作『ゾンビ特急“地獄”行』(1972)くらいか。ここは北村龍平監督のハリウッド・デビュー作となる『ミッドナイト・ミート・トレイン』(2009年内公開予定 配給:アスミック・エース)に期待したい。
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 チェイサー
『チェイサー』
〜エネルギッシュで力強い映像には脱帽!〜

(2008年 韓国 2時間05分)
監督・脚本:ナ・ホンジン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ
2009年5月1日(金)〜テアトル梅田、京都シネマ、109シネマズHAT神戸 他にて公開

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 女を助けることができなかった男が人を殺さずにいられなかった男を追い掛ける。ジュンホは,デリヘル嬢の斡旋をしている元刑事で,ゴミと呼ばれている。ヨンミンは,斡旋を受けたデリヘル嬢のミジンを建物内に監禁する。その建物は,町の中にあるのに携帯電話の電波が届かないという,日常から遊離したような存在で,猟奇的な空気が充満している。ホラー映画のような舞台だが,超自然現象は生じないし,霊的な存在も感じられない。

  ヨンミンは,連続殺人を自白してソウルの警察署に連行される。だが,その身柄の拘束を続けるためには12時間以内に物証を発見しないといけないという。このようにタイムリミットが設定された割には,それが緊迫感を盛り上げるためにフルに活用されていない嫌いがある。だが,彼が釈放された後の展開は圧巻だ。そこから見えてくるのは日常の社会内にぽっかりと空いた虚無感である。その闇の世界に引きずり込まれるような衝撃が走る。

  2003〜04年,イラクでは韓国人殺害事件,韓国内では連続殺人事件が発生し,いずれの被害者も拉致され殺害された。被害者らが助かりたいと願う一方,周囲からほとんど忘れられていたのではないかという落差が,創作の契機になったと監督は言う。その着眼点から生み出された本作は,単に被害者の個人的な心情だけでなく,社会内の組織や制度,ひいては人間の内面的な限界まで射程内に捉えている。その力量には驚嘆すべきものがある。

  本作には,人糞を投げつけられる市長が登場する。警察は,物証を発見できず,犯人を尾行しても犯行を阻止することができない。市民は,無力な市長や警察に頼ることなく,自衛するほかない。この点で「グエムル・漢江の怪物」と似ているが,戦う相手が日常生活や人間の内面に潜む闇に向けられている。しかも,人間の力には限界があるし,努力が報われるとも限らない。その空虚さが悲しい。

  ジュンホは,完全無欠なヒーローではない。警察に利用された面があるとはいえ,ヨンミンから虚偽の供述を引き出して悲劇の一因を作ってしまう。ヨンミンも,冷酷非情な殺人鬼として完成された存在とはいい難い。ミジンの人の良さは涙を誘う。閉塞感の中で不完全な人間が生息している。そんな社会の中でジュンホが必死に追い掛けたものは何だったのか。ラストで映し出された町の風景に彼は一体何を見ていたのか。それを確かめるため,少なくとも一度は直視すべき壮絶な映画だ。
 
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 ウォーロード/男たちの誓い
『ウォーロード/男たちの誓い』
〜戦乱の清朝で吼える3人の男たち‐その友情と悲哀の決斗‐〜

(2008年 香港/中国 1時間53分 PG-12指定作品 配給:ブロードメディア・スタジオ)
監督・製作:ピーター・チャン
共同監督:レイモンド・イップ
アクション監督:チン・シウトン
オリジナル作品:『ブラッド・ブラザーズ』(1973年 原題『刺馬』)
出演:ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武、シュー・ジンレイ ほか
・2008年 第27回香港電影金像賞 8部門受賞
最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞(ジェット・リー)、最優秀撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、音響効果賞、視覚効果賞
・2008年 第45回台湾金馬賞 3部門受賞 最優秀作品賞、最優秀監督賞、視覚効果賞
・2008年 第2回アジア映画賞 最優秀視覚効果賞受賞

5月8日(金)〜 TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、
TOHOシネマズ西宮OS、OSシネマズミント神戸 ほかにて公開

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 中国映画史上歴代NO.1となる興行記録を樹立し、香港金像賞を始めとするアジア圏の映画賞を総舐めにした『ウォーロード/男たちの誓い』が、満を持して日本公開される! “ジェット・リー×アンディ・ラウ×金城武共演の歴史アクション超大作”として企画発表されたのが2006年秋のこと。以来、2年半に渡って待ち続けた甲斐があった。素晴らしい仕上がりだ。傑作である。
 清朝末期の中国を舞台に、厚き友情で結ばれた3人の男たちを主人公とした愛と友情と裏切りの物語が描かれる。下敷きとなっているのは1851年の太平天国の乱勃発から1870年の両江総督殺害事件に至るまでの史実。そのため、荒唐無稽な伝奇物とは一線を画す、リアリズム重視の作品となっている。
 宗教組織・太平天国の先導による反乱は大衆を加えて勢いを増し、アヘン戦争で疲弊した清朝正規軍を次々と打ち破った。太平天国軍との激しい戦闘の中で、清軍の将軍パン(ジェット・リー)は配下の兵の全てを失った。絶望にまみれながら放浪を続けるパンだが、その中で2人の盗賊と出逢い、意気投合。パンを長兄、アルフ(アンディ・ラウ)を次兄、ウーヤン(金城武)を三兄とする義兄弟の契りを結び、共に戦うことに。凄腕の仲間を得て勢いを取り戻したパンは次々と太平天国軍を打ち破り、やがて南京奪還にも成功する。その活躍は、時の権力者・西大后も認めるところとなる。しかし、次々と戦を命じられる3人の間に亀裂が走り、その溝はとめどなく深みを増していく。新しい国づくりを目指して戦うパン、あくまで仲間のために戦うアルフ、ひたすらに義兄との友情のためだけに戦うウーヤン。三者三様の苦悩が行き着く果てとは……
 最大の見所は、何といっても大スケールの戦闘シーンだ。銀残しという特殊な現像方法によってコントラストを増した画面内で繰り広げられるのは、圧倒的な迫力に満ちた凄惨極まる地獄絵図。胸元を貫く槍、肩に食い込む刀、飛び散る血潮、転がる手足、そして生首…… しかし、決して悪趣味ではない。目を覆うようなリアリティが本作には必要だったのだ。それゆえの残酷さである。今や世界に名を轟かせるアクション監督となったチン・シウトンがまたまた素晴らしい仕事をしている。
 その酸鼻極まる戦争描写を活かし、深いドラマを生み出したのが監督のピーター・チャンだ。『月夜の願い/新難兄難弟』や『君さえいれば/金枝玉葉』『ラヴソング』など、友情や愛情を描けばアジア随一の冴えを見せる感情の魔術師が、作品に血を通わせることに成功した。

 三大スター共演も、見逃せないポイントだ。互いに遠慮することなく、かといって食い合うこともない。ジェット・リーの超絶アクション、アンディ・ラウの深みある熱演、金城武の眼力。それぞれの個性が存分を活かした脚本に拍手。お見事の一語である。


【喜多匡希の映画豆知識:『ウォーロード/男たちの誓い』】
・原題は『投名状』。兄弟(=仲間、義兄弟の意)の契りや組織への忠誠を示す証のことである。字面から書面を連想しがちだが、文書ではない。敵対する人物を討ち、その生首(首級)を信頼の印とするのだ。16世紀に書かれたとされる『水滸伝』に登場するのが最初と言われる。尚、その『水滸伝』の映画化企画が現在進行中! 『インファナル・アフェア』シリーズのアンドリュー・ラウ監督が製作を務め、3部作構成になるとか。第1部の監督としてアンドリュー・ラウ自身が登板し、第2部はジョニー・トー、第3部はフォン・シャオガンに依頼するとか。

・本作、実はリメイク作品である。オリジナルは1973年製作の香港映画『ブラッド・ブラザーズ』(日本劇場未公開&DVDあり 原題:『刺馬』)だ。監督は、香港アクション映画の巨匠と呼ばれ、ジョン・ウー監督の師匠としても知られるチャン・チェ。出演は『男たちの挽歌』で知られるティ・ロンの他、デヴィッド・チャン、チェン・カンタイ、チン・リーと、当時大人気を誇ったイケメン&美女ばかり。尚、『ウォーロード/男たちの誓い』も、当初はオリジナルと同じ『刺馬』というタイトルを予定していたが、史実の映画化であるため、関係者の遺族に配慮して、急遽『投名状』というタイトルに改めた。同時に、登場人物の名前も実名から架空のものに変更されている。では、『刺馬』とは何か? その由来は、1870年に殺害された両江総督の名前にある。両江総督とは江蘇省・安徽省・江西省を統治する地方長官を指す役職名で、時の総督は馬新貽(バ・シンイ)という人物であった。「『馬』という人物が『刺』された事件」の映画化だから『刺馬』なのである。決して「馬刺」ではない(笑)

・『ブラッド・ブラザーズ』の助監督を務めたのが若き日のジョン・ウーである。彼はこの物語に相当魅せられたようで、実は1990年にリメイクしているのだ。トニー・レオン主演の『ワイルド・ブリット』である。舞台をベトナム戦争に揺れる1967年のサイゴンに変更しているため、ジョン・ウー版『ディア・ハンター』などと言われるが、違う。『ブラッド・ブラザーズ〜ベトナム戦争篇〜』である。あまり知られていないが、ホントである。
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