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新作映画
 ハーヴェイ・ミルク
『ハーヴェイ・ミルク』
〜“ミルク死せども自由は死せず” 意義ある再公開に拍手!〜

(1984年 アメリカ 1時間27分 配給:パンドラ 日本初公開:1988年9月 再公開:1997年11月)
製作・監督:ロバート・エプスタイン、リチャード・シュミーセン
ナレーション:ハーヴェイ・フィアスタイン
出演:ハーヴェイ・ミルク ほか
・1984年 第57回アカデミー賞 長編ドキュメンタリー映画賞受賞
・1984年 第17回ニヨン映画祭(現:ビジョン・デュ・レール) グランプリ受賞
・アメリカ・フィルムライブラリー協会ブルーリボン賞受賞
【上映スケジュール&サービス情報】
4月25日(土)〜5月8日(金) 京都シネマにて、『MILK』公開記念リバイバル上映!
〜『ミルク』公開記念 特集上映&相互割引サービス実施!〜
・当日特別料金:一般1,500円/大学生1,000円/他は通常料金。前売り券なし。
・『MILK』の前売券・当日券、『イントゥ・ザ・ワイルド』当日半券を御提示頂くと、更に当日鑑賞料金が200円引き!
注:割引対象作品は上記3作品のみとなります。他の作品には適用されませんのでご注意下さい。
【詳しくは劇場ホームページでご確認下さい】→http://www.kyotocinema.jp/index2.html
 

5月1日&2日(金・土)のみ シネマート心斎橋にて、『MILK』公開記念 2日間限定アンコール上映!
※5月1日(金)は20:30からレイトショー   この日は映画サービスデイ。一般・学生1,000円均一!
※5月2日(土)は10:30からモーニングショー 当日特別料金:一般1,500円/学生1,000円/前売り券なし。
【詳しくは劇場ホームページでご確認下さい】→http://www.cinemart.co.jp/theater/shinsaibashi/index.html

5月16日(土)〜 シネ・ヌーヴォ にて、『MILK』公開記念リバイバル上映!
※シネ・ヌーヴォに引き続き、シネ・ヌーヴォXでも上映!
※当日特別料金:一般1,500円/大学生1,300円/高校生以下・シニア・会員1,000円
【詳しくは劇場ホームページでご確認下さい】→http://www.cinenouveau.com/
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 1978年11月27日、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ市庁舎内で“2人の市長”が射殺された。一人はサンフランシスコ市長のジョージ・マスコーニであり、もう一人は“カストロ通りの市長”の異名で知られた市政執行委員、ハーヴェイ・バーナード・ミルクである。カストロ通りはアメリカ最大のゲイ・タウン。同性愛者であることを公言していたミルクは、アメリカ最大のゲイ・タウンとしてこの地を拠点に支持を集め、4度目の立候補によって、アメリカ合衆国史上初めて公職に就いたオープンリー・ゲイとして有名な人物だ(※)

  犯人は数日前までミルクの同僚だったダン・ホワイト。市政執行委員の職を自ら辞したにも関わらず、数日後に復職を嘆願して断られたことを逆恨みしての犯行であった。
 1984年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を始め、数多くの映画賞を受賞し、“ドキュメンタリー映画史上、指折りの傑作”とまで言われる『ハーヴェイ・ミルク』は、事件食後の記者会見から幕を開け、そこから一旦時制を遡り、約1時間かけてミルクの生い立ちから暗殺に至る過程を、その後、残りの約30分で殺害事件の裁判を通したアメリカにおけるジェンダー差別の実態を描く。ニュース映像やインタビュー映像を交えたオーソドックスなスタイルではあるが、この時制をシャッフルした編集が抜群の効果を挙げており、上手い。
 筆者は、1997年のリバイバル公開時に初めて本作を鑑賞して大いに感動。パンフレットはもとより、ビデオソフトや関連書籍まで購入し、以来、折に触れては再見・再読している。ここで、ゲイであるとかヘテロであるとかいったジェンダー意識を超越した、“人間としての尊厳の保持”が如何に重要であるかと言う問題を深く考える機会を得たことは我が人生において大変有意義な事と確信して止まない。

  今回のリバイバル上映の背景に、ガス・ヴァン・サント監督の『ミルク』公開が契機として存在していることは明白だが、真に重要なこの傑作が広く鑑賞の機会を再び得たことは、はっきりと喜びである。

 ハーヴェイ・ミルクの死から30年が経ったが、彼の遺志は決して色褪せることなく、現代に影響を与えている。板垣退助の有名な言葉のもじりになるが、“ミルク死せども自由は死せず”と言いたい。
(注)ミルクがアメリカ合衆国史上初めて公職に就いたオープンリー・ゲイであることは事実だが、ここには「ゲイ(男性同性愛者)として」、あるいは「大都市の公職」という注釈が必要である。先駆者としては、1974年にミシガン州アナーバー市議会議員となったキャシー・コザチェンコと、1975年にマサチューセッツ州議会下院議員となったエレイン・ノーブルがいる。2人は共にレズビアン(女性同性愛者)である。

【喜多匡希望の映画豆知識:『ハーヴェイ・ミルク』】
・『ハーヴェイ・ミルク』をリチャード・シュミーセンと共に監督したロバート・エプスタインは、1995年に『セルロイド・クローゼット』というドキュメンタリー映画を発表しており、日本でも公開された(ソフトリリース済)。こちらは、ハリウッドの映画史において、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)がどのように描かれてきたのかを映画関係者へのインタビューを通して検証していく作品で、これまた大変興味深い内容の傑作である。トム

・ハンクス、ウーピー・ゴールドバーグ、スーザン・サランドンなど、多数の有名人が出演し、インタビューに応じている。尚、『ハーヴェイ・ミルク』、『セルロイド・クローゼット』のどちらも、日本ではパンドラという会社が配給している。こういった地道な意義ある活動の存在をお伝えすることは、決して無駄ではあるまい。
(喜多 匡希)ページトップへ
 グラン・トリノ (伊藤 久美子バージョン)
『グラン・トリノ』
イーストウッドがみせた男の生き様〜

(2008年 アメリカ 1時間57分)
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ビー・バン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー

2009年4月25日(土)〜梅田ピカデリー 他全国ロードショー

公式ホームページ→

 イーストウッド演じるウォルトの最後の生き様にうちのめされた。玄関のポーチで愛犬を傍らにひとり缶ビールを楽しむ、ごく平凡な老人の内に秘めた、強さと知恵に、ただもう涙があふれるばかりだ。

  妻に先立たれ、一人暮らしのウォルトは、孫を含め息子家族たちからも疎んじられていることが冒頭に描かれる。きっと家族のいうことをあまりきかない昔気質の父親だったにちがいない。ウォルトは、72年製の愛車グラン・トリノが自慢で、庭の芝生の手入れを怠らず、家の修繕ならなんでも自分でこなせる、器用で几帳面な元自動車組立工。黒人やアジア系の民族をみると、人種差別意識を隠そうともせず、悪態をつく、偏屈で無礼な、誇り高き頑固者だ。
 そんなウォルトが、ある出来事をきっかけに隣家に住む、アジア系少数民族、モン族のの娘スーと関わることになる。スーの人懐っこい笑顔にほだされ、弟のタオとの交流も始まる。文化の違いに戸惑いながらも、逆に、アジア文化の懐の深さを知り、少しずつ心を開いていく。ウォルトとタオがしだいに心を通わせていく様子がユーモアを交えて描かれ、楽しい。それまで憎たらしい爺さんにみえたウォルトが、いつしか、身近で、愛すべき存在に変わっていく。缶ビール、煙草、民族料理と、日常的な題材が効果的。とりわけ床屋での会話のなんと粋なこと。
 しかし、世の中には必ず悪が存在する。最近のイーストウッドの映画では、悪か悲運が容赦なく主人公を襲うのが常だ。ここでは、アジア系のギャングの若者たちが、タオやスーにつきまとう。二人を守ろうとしてウォルトがとった行為は、逆に二人の命を危険にさらすことになり、それを知ったウォルトは、自分なりのやりかたで決着をつけようとする……。

  黙々と働くタオをまぶしそうに見つめるウォルトの優しそうな眼差しがいい。若者たちの未来を守るため、自分がしたことの責任をとるため、逃げることなくしっかと踏みとどまり、運命に立ち向かった勇気と覚悟。ウォルトとタオ、スー、民族を超えた心の架け橋は、人が人を思うことの尊さを、よりかけがえのないものとして深く伝える。ウォルトが迷うことなくとった決断には、父性、男性性としての人間の強さがみなぎり、その心の象徴が名車グラン・トリノといえる。老人の心意気、ありようは、新しい時代を担う若者に受け継がれてゆく……。映画の余韻は、いつまでも消えることなく、観る者の心に深く刻みつけられるにちがいない。
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 グラン・トリノ (河田 充規バージョン)
『グラン・トリノ』
〜グラン・トリノに象徴される男の輝き!〜

(2008年 アメリカ 1時間57分)
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ビー・バン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー

2009年4月25日(土)〜梅田ピカデリー 他全国ロードショー

公式ホームページ→

 ウォルトは,朝鮮戦争での体験が枷となり,周囲の人々に罵声を浴びせるなど,自分の世界を狭くしている。息子からも煙たがられている。そんな彼の愛車がグラン・トリノだ。それは,彼が永年勤めていたフォードの自動車工場で手掛けた72年製ヴィンテージカーで,ガレージで大切に保管されていた。だが,自動車は運転されて路上を走らなければ意味がない。エンディングで道路を走るグラン・トリノは,ウォルトの分身のように輝いている。
  彼の隣にはモン族の少年タオが姉や母,祖母と一緒に生活していた。モン族は,東南アジアに居住する少数民族だ。ラオスのモン族は,ベトナム戦争時に米軍に協力し,戦後はアメリカに移住したという。「モン族の真の姿を伝えたかった」という監督の意向で,タオの家族もモン族の不良グループの少年たちも全てモン族の人々によって演じられている。モン族の義理堅さなど,その文化の一端に触れられるだけでも,一見の価値がある映画だ。
  ウォルトは,たまたま不良グループからタオを助け,彼やその姉と親しく接するようになる。そして,モン族の祈祷師に心の底をズバリと指摘されて彼の中に変化が起こり,タオを一人前の男にしようとする。仕事を紹介して大切な工具を使わせる。まるでウォルト自身の心が解放されていくようだ。ウォルトがなじみの散髪屋にタオを連れて行き,そこの主人と一緒になって”男らしい言葉遣い”を教えるシーンは,ユーモラスで潤いがある。

  クリント・イーストウッドは,前作「チェンジリング」では人間の弱さと強さを見詰めていた。ウォルトにも同様の視線を注いでいる。自らウォルトに扮し,過去の所業と正面から向き合う彼の心を体現している。しかも,本作の構成はシンプルだが,ウォルトを通じて色々なものが見えてくる。アメリカ社会における人種や宗教の問題はもとより,将来への不安の中に光明を見出そうとする姿勢が明らかだ。ただ,その代償は余りに大きかった。
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 ミルク
『ミルク』

(2008年 アメリカ 2時間8分 PG-12指定作品 配給:ピックス)
監督:ガス・ヴァン・サント
製作総指揮・脚本:ダスティン・ランス・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ショーン・ペン、エミール・ハーシュ、ジョシュ・ブローリン、ディエゴ・ルナ、ジェームズ・フランコ ほか
・2009年 第81回アカデミー賞 主演男優賞(ショーン・ペン)&脚本賞(ダスティン・ランス・ブラック)2部門受賞!
・2009年 第81回アカデミー賞 8部門ノミネート 
【作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞(ジョシュ・ブローリン)、脚本賞、編集賞、衣装デザイン賞、作曲賞】
・他、全世界41映画賞受賞

公式ホームページ→http://milk-movie.jp/enter.html


【関西上映スケジュール】
4月18日(土)〜 梅田ブルク7、シネマート心斎橋、京都シネマ、ワーナー・マイカル・シネマズ草津 ほかにて公開
4月25日(土)〜 三宮シネフェニックス、MOVIX六甲 ほかにて公開
5月16日(土)〜 MOVIX橿原 にて公開
6月 6日(土)〜 ジストシネマ和歌山 にて公開


【初日プレゼント情報】
下記2劇場に限り、『ミルク』オリジナルDECOチョコをプレゼント! 
提供:MACスタイル→http://www.decocho.com/
 ・梅田ブルク7:初日初回来場者限定!
・シネマート心斎橋:初日先着20名様限定!
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 “I have a dream”(私には夢がある)に始まる演説で有名なキング牧師は、アメリカ公民権運動の立役者として黒人差別と戦い、志半ばにして1968年に暗殺された。

 “And you, and you, and you, and you have got to give them hope.”(あなたも、あなたも、そしてあなたも、彼らに希望を与えなければ!)と締めくくる演説で有名なハーヴィー・ミルクは、LGBT(注)に対する差別に立ち向かい、1978年に暗殺された。

 キング牧師の“Dream”(夢)と、ミルクの“Hope.”(希望)が目指したものは“Freedom”(自由)。それも野放図なものではなく、民主主義の根幹であり、法の下に保障されるべき、当然の権利としての“平等の自由”である。
 ミルク暗殺から30年目、キング牧師暗殺から40年目にあたるこの年、2人の理念は一つの結実を見た。第44代アメリカ合衆国大統領にバラク・フセイン・オバマ・ジュニアの就任が決定したのである。
 アメリカ史上初の黒人大統領誕生という快挙に世界中が沸き立つ中、『ミルク』の公開がスタートした。全米36館という小規模公開が徐々に拡大し、翌年のアカデミー賞で8部門のノミネートと2部門の受賞を成し遂げた様は、長年に渡るアメリカ・マイノリティ解放運動の縮図に見える。
 ガス・ヴァン・サントがハーヴィー・ミルクの伝記映画を企画したのは、実に10年以上も昔。オリバー・ストーンがロビン・ウイリアムズ主演で進めていた企画が頓挫し、それを引き継ぐ形であった。サントはすぐさま自身で脚本を執筆し、ショーン・ペンやトム・クルーズに主演のオファーを出した。しかし、この時も企画は流れ、実現を見なかった。けれどもサントは諦めなかった。この不屈の精神に、ミルクの「今回ダメだったら、また次に立ち上がればいい!」というポジティブな理念が被る。その後、ダスティン・ランス・ブラックがサントに脚本を持ち込んだ。素晴らしい脚本だった。映画化の熱が再燃し、そこに時代がGOサインを出した。主演は2度目のオファーを快諾したショーン・ペン。彼はミルクが名を上げたカリフォルニア州の出身だ。他、ジョシュ・ブローリン、ジェームズ・フランコ、エミール・ハーシュもカリフォルニア州生まれである。
 かくして完成した『ミルク』は、サントの集大成的傑作となった。ペンの抑制が効いた素晴らしい熱演も素晴らしい。ここには志というバトンがある。キングやミルクが差し出したバトンを受け継いだ者たちが作り上げた映画だ。そして、これからは本作そのものがバトンとなる。問題が全て片付いたわけではない。今年に入って、イスラエルで6人のゲイが射殺された。理不尽なマイノリティ差別はまだまだ世界中に根深く存在している。
 アカデミー脚本賞を受賞したブラックは、『ミルク』のことを“命を救う物語”だと言った。本作は、偉大で勇敢な先達たちへのレクイエムであり、同時にその遺志を受け継ぐ者たちの意思表示でもあるのだ。

(注)LGBT=レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの総称。尚、トランスジェンダーとは、性同一性障害:トランスセクシュアルやトランスヴェスタイト:異性装(クロス・ドレッシング)の総称である。


【喜多匡希の映画豆知識:『ミルク』】
・監督のガス・ヴァン・サントも脚本家のダスティン・ランス・ブラックも、共にオープンリー・ゲイ。余談だが、『ミルク』がエントリーされた2009年2月のアカデミー賞授賞式を演出したビル・コンドン(『ゴッド・アンド・モンスター』『愛についてのキンゼイ・レポート』『ドリームガールズ』などの監督でもある)もオープンリー・ゲイである。そのため、「2009年のアカデミー賞はゲイの祭典だ」などと揶揄する者もいた。

・ハーヴィー・ミルク没後30年ということで、『ミルク』の他にも企画は存在した。『カストロ通りの市長』(『The Mayor of Castro Street』)である。監督に『ユージュアル・サスペクツ』『X−MEN』シリーズで知られるブライアン・シンガーが決定していた。彼もオープンリー・ゲイである。しかし、全米脚本家組合のストライキによって製作が遅れ、シンガーは『ワルキューレ』に専念することとなった。無事に完成した『ミルク』がマスターピースとしての高評価を得たため、こちらの企画はこのまま流れる可能性が高い。

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【京都シネマ 『ミルク』公開記念特集企画の御紹介】
●『ミルク』公開記念 特集上映&相互割引サービス実施!
・Part.1 4月4日(金)〜4月24日(土):『イントゥ・ザ・ワイルド』をアンコール上映!
・Part.2 4月25日(土)〜5月8日(金):『ハーヴェイ・ミルク』をリバイバル上映!
・特集上映の2作品は、当日特別料金:一般1,500円/大学生1,000円/他は通常料金。前売り券なし。
・『MILK』の前売券、若しくは3作品いずれかの当日半券を御提示頂くと、更に当日鑑賞料金が200円引き!
注:割引対象作品は上記3作品のみとなります。他の作品には適用されませんのでご注意下さい。

●『ミルク』公開記念 連続ミニレクチャー開催!
・4月19日(日) 15:20の回上映前
【テーマ】「ミルクの政治的インパクト」
【ゲスト】河野八代氏(立命館大学法学部教授)

・4月25日(土) 12:50の回上映前
【テーマ】「アメリカ史の中のマイノリティ」
【ゲスト】中川成美氏(立命館大学文学部教授)

・5月2日(土) 開始時間未定 
【テーマ】「対談・ゲイコミュニティ古今東西」
【ゲスト】鬼塚哲郎氏(京都産業大学文化学部ラテンアメリカ文化専攻教授)
山田創平氏(京都精華大学教授人文学部都市社会学講師)     
※詳しくは京都シネマのホームページから御確認下さい→http://www.kyotocinema.jp/index2.html

(喜多 匡希)ページトップへ
 アンティーク−西洋骨董洋菓子店−
『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』
〜目で楽しみ心で味わうケーキ・ムービー〜

(2008年 韓国 1時間51分)
監督・脚本:ミン・ギュドン
出演:チュ・ジフン、キム・ジェウク、 アンディー・ジレ、ユ・アイン、
チェ・ジホ

4月18日(土)、恵比寿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町1丁目ほか全国ロードショー!
関西では、4/25(土)〜梅田ガーデンシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、三宮シネフェニックス にて公開

公式ホームページ→

 主人公ジニョクは,甘いものが嫌いだが女性客が多いとうそぶきながら,洋菓子店「Antique」を開く。彼が実はケーキ好きのあの男が遠くからでも買いに来る店を作ろうと思っていたことが明らかになる。彼は,9歳で誘拐され,そのときの記憶を失っていた。彼の記憶は戻るのか,約2か月後に家に戻れたのはなぜか,犯人の目的は何だったのかといった疑問が湧いてくる。これらを解き明かすクライマックスの展開が鮮やかで、印象的だ。
 コントラストの妙が隠し味になっている。アンティークは時代を重ねて味わいが深まるが,ケーキは時間を経ると味わいが失われていく。この対照的なもの同士が違和感なく併存し,しかも互いに補完し合って輝いている。女が怖いソヌと女が恋しいジニョクの2人も,近付こうとしても反発し合う磁石のような距離感を保ちながら,互いになくてはならない存在となっている。ジニョクと彼を誘拐した犯人もまた,互いに意識しないまま遭遇する。
 主な舞台となる洋菓子店の外観は愛らしく,インテリアも洒落ている。ショーウインドーは,声高に自己主張せず,こぢんまりして風情がある。食器は,高価なコレクションであると同時に,実用品の役割をきちんと果たしている。何という贅沢さだろう。ジニョクがケーキを食べては駆け込むトイレの内装も高級ホテルのような感覚だ。絵皿や写真を貼り付けたコラージュのような壁面も楽しそうで,カメラにはもっと近寄って見せて欲しかった。
 映像も楽しい。ミュージカル仕立てのコメディの味がある。鼻の下を伸ばしたジニョクの頭の中の情景を挟みながらのレビューには映画ならではの楽しさがある。ホラーの趣も少しある。彼が見る悪夢のシーンは,怖くはないが,人生の影の部分が視覚化されたような感じだ。人生は消えない傷と忘れたい記憶ばかりだから,人は幸せなときにケーキを求めるのかも,という台詞がいい。怖い体験をしたのに元気な顔で過ごすジニョクがすごい。
(河田 充規)ページトップへ

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【お知らせ】
 韓国人俳優チュ・ジフン(26)が麻薬管理法違反の疑いでソウル地方警察庁により書類送検された。
日本の映画配給会社・株式会社ショウゲートは、チュ・ジフンの出演映画2作品の配給を手掛けており、4月18日(土)から『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』を公開中であり、5月30日(土)から『キッチン〜3人のレシピ〜』の公開を予定していたが、事態の重要度及び社会への影響の大きさを鑑み、各劇場と協議を重ねるなど、迅速かつ真摯な対応を行った。その結果、上記2作品について、関西地区の劇場公開は以下のように決定した。

★『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』について
・劇場との協議を重ねた末、ほとんどの劇場が当初予定していた期間までは上映する意向。
・また、万一、上映の中止により作品をご鑑賞いただくことが困難になったお客様につきましては、
ご要望により前売鑑賞券を払戻す。

<関西地区の公開状況(4月30日時点)>
【大阪】
●梅田ガーデンシネマ 劇場ホームページ→http://www.kadokawa-gardencinema.jp/umeda/
上映期間:当初の予定通り5月15日(金)まで上映

●なんばパークスシネマ 劇場ホームページ→http://www.parkscinema.com/
上映期間:5月初旬までの上映
※以降の上映に関しては検討中。
※5月2日以降のチケット販売は、劇場窓口のみ。インターネットでのオンライン販売なし。
※明確な上映期間等が明らかになれば、随時劇場HPにて掲載
なんばパークスシネマのホームページはコチラ→http://www.parkscinema.com/

【京都】
●MOVIX京都 劇場ホームページ→http://www.movix.co.jp/app/SMTT000000055_CALENDAR.html
上映期間:5月30日(土)〜6月12日(金)に縮小
※当初の公開予定を2週間限定上映に縮小。
※4月28日(火)をもって劇場前売鑑賞券の販売を自粛。販売終了。

【兵庫】
●三宮シネフェニックス 劇場ホームページ→http://www.cine-phoenix.jp/
上映期間:6月6日(土)公開予定だったが、現在協議中

『キッチン〜3人のレシピ〜』の日本劇場公開について
(関西は梅田ブルク7、三宮シネフェニックスが予定されていた)

・公開を予定していた全劇場で、当面の間延期すると決定
・引き続き各関係先と協議を続け、公開開始、若しくは公開中止を決めたいと発表。
・既に劇場前売鑑賞券を購入された方に対しては、上映の開始・中止に関わらず払戻しを行う。
・ただし、その方法等については近日中に作品公式ホームページ等で改めて告知。


その他、詳細については下記URLを参照下さい。
配給会社ショウゲートのリリース
『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』『キッチン〜人のレシピ』の上映について→http://www.showgate.jp/release.html
『アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜』公式ホームページ→http://blog.excite.co.jp/antiquenws
『キッチン〜3人のレシピ〜』公式ホームページ→http://www.kitchen-movie.com/
 今度の日曜日に (伊藤久美子バージョン)
『今度の日曜日に』
〜なんだか気になる、変わった“おじさん”〜

(2009年 日本 1時間45分 配給:ディーライツ)
監督・脚本:けんもち聡
主題歌:ユンナ 『虹の向こう側』
出演:市川染五郎、ユンナ、ヤン・ジヌ、チョン・ミソン、大和田美帆、中村俊太、上田耕一、竹中直人 ほか
・2007年上期 第9回日本映画エンジェル大賞受賞作品
4月11日(土)〜 シネ・リーブル梅田
順次        京都みなみ会館 にて公開
公式ホームページ→
 市川染五郎といえば、背も高く、端整な容姿で、歌舞伎界の枠を超え、映画、演劇にも大活躍。劇団☆新感線の演劇『朧の森に棲む鬼』での、滅びゆく中でも威厳を失わない立ち姿は強烈だった。本作では、一転して、大学で用務員として働く、おっちょこちょいで、どじばかり踏んでいる、一風変わった中年男を演じ、意外にはまっている。水色の用務員服も、灰色のスウェットジャンパーもよく似合い、どこにでもいる普通のおじさんにみえて、なぜか不思議な魅力にあふれている。借金の返済のため幾つも仕事をかけもちし、時に居眠りはしていても、いつも懸命に働いているからだろうか。

 韓国の女子学生ソラは、あこがれの先輩を追って日本に留学にくるが、先輩は家の事情で、すれちがいに韓国へ帰国。ひとりぼっちになったソラが出会うのが染五郎演じる松元さん。ソラと松元さんの最初のユーモラスな出会いのシーンにご注目。松元さんは意外なところから登場する。
 ソラが学んでいるのは映像学。実習課題は「興味の行方」。ソラは、どこか秘密めいた松元さんを被写体に選び、密着取材を始める。ソナの一途さは、松元さんの心を動かし、年の離れた二人の間に、いつしか暖かい友情が育まれてゆく。松元さんの誠実な姿は、ソナだけでなく、観る者を励まし、勇気づけてくれる。
 松元の趣味がガラスびん集めという設定が効果的。キラキラ光るガラスびんの美しさと、簡単に壊れてしまうもろさは、まるで若くて感受性の強いソラの心を象徴しているかのよう。ソラを演じるのは韓国の人気歌手ユンナ。透明な存在感が魅力。ソナが撮った課題作品を最後まで観てみたかったし、あこがれの先輩である韓国の男子学生の存在を、いまひとつ生かしきれなかったのは残念。

  美しい長野県松本市の街を舞台に、国境を越え、年齢の離れた二人の間に芽生えたほのかな友情に心温まる。松元さんには、夢の中で何度も出会ったことがあるような、不思議に身近な親近感がある。シャボン玉のように、きらきら輝いて、すぐ消えてしまいそうなはかなさを秘めつつも、いつでも相談できそうな優しい存在感は忘れられない。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 今度の日曜日に (喜多匡希バージョン)
『今度の日曜日に』
〜“袖触れ合うも他生の”縁〜

(2009年 日本 1時間45分 配給:ディーライツ)
監督・脚本:けんもち聡
主題歌:ユンナ 『虹の向こう側』
出演:市川染五郎、ユンナ、ヤン・ジヌ、チョン・ミソン、大和田美帆、中村俊太、上田耕一、竹中直人 ほか
・2007年上期 第9回日本映画エンジェル大賞受賞作品
4月11日(土)〜 シネ・リーブル梅田
順次        京都みなみ会館 にて公開

公式ホームページ→
 映像を学ぶために日本の大学に留学した憧れの先輩ヒョンジュンを追って、同じ長野県の信濃大学へ留学すると決めた韓国の女子高生ソラ(ユンナ)。しかし、いざ留学してみると、ヒョンジュンがいない…… なんでも家の事情で休学し、ソラと入れ違いに帰国してしまったのだという。とは言え、今更帰るわけにもいかない。しかし、日本の生活になかなか馴染めず、気が付けば季節はもう秋だ。マズい! 『興味の行方』と題された映像実習課題の提出期限が迫っているというのに、まだ被写体さえ決まっていないという有様。
 そんなある日、ソラは大学のトイレで、ドジな用務員・松元(市川染五郎)と出会う。しかし、松元の仕事は大学の用務員だけではなかった。他に、ピザのデリバリーと新聞配達をしている。3つの仕事を掛け持ちしながら、昼間は居眠りばかりしている松元をだらしなく感じるが、どこか憎めない。もっと見ていたくなる。知りたくなる。道端に落ちている平凡なガラスびんを持ち帰っては、丁寧に洗ってコレクションしているのは何のため? どんな意味があるの? 興味が尽きないソラは、実習課題の被写体を彼に決め、取材を開始する。
 取材を進めるにつれて、松元が抱える事情が徐々に明らかになっていく。借金が原因で離婚したこと。小学生の息子がいること。その息子のことをとても愛していること…… 不器用ではあるが、彼なりに現状を打破しようと懸命に努力を重ねているのだ。

 ソラは、いつしか松元を見直しており、心の中で「頑張れ!」と祈るようになっていた。松元も、異国の地で戸惑いながら踏ん張っているソラを優しく励ます。ここで、ソラと松元が同じ感情を共有するわけだが、それは決して愛情ではなく、また、友情とも少しニュアンスが異なる。“思いやり”という言葉がしっくり来る。
 “相手を思いやることの大切さ”を、けんもち聡はスッと観客の前に呈示してみせる。押し付けがましさとは無縁の、柔らかくてサラリとした演出が実に心地良い。文化や言葉の違いといったギャップについて殊更に強調することなどせず、心と心の向き合い方次第であるとする。描き方によっては、模範的になり過ぎて、逆に嫌味になりかねないところも、上手く回避してまとめており、演出の手綱捌きもお見事。実に清々しい気分にさせてもらえる1作だ。
<『今度の日曜日に』情報Part.1:シネ・リーブル梅田 舞台挨拶実施>
   【日時】4月12日(日) 12:50の回上映前
   【場所】シネ・リーブル梅田
   【登壇者】ユンナさん(予定)
【チケット購入方法】
[販売日時] 2009年4月11日(土)午前10:30より、劇場窓口での販売となります
[料金]一般1,800円、学生1,500円、中小シニア1,000円、会員1,500円 (前売券もご利用いただけます。)


※チケットの販売開始時間は混雑状況により早まる可能性がございます。
※登壇者は予告なく変更する場合がございます。
※前売鑑賞券は、劇場窓口でお引き換え頂けます。
※全席指定席となります。
※お電話でのご予約、ご購入は承っておりません。
※特別興行につき、ご招待券はご利用頂けません。
※お列での待ち合わせ(横はいり)は、他のお客様のご迷惑となりますのでご遠慮下さい。
※チケット受付後のお時間の変更・払い戻しは致しかねますので、予めご了承下さい。
※売切れ次第販売終了となります。
※場内でのカメラ(携帯カメラ含む)・ビデオによる撮影、録音等は固くお断りいたします。

<『今度の日曜日に』お得情報Part.2:シネ・リーブル梅田 海外留学生割引サービス実施>
・海外からの留学生の方は、『今度の日曜日に』に限り、当日鑑賞料金が1,000円に割引となります。
・劇場窓口にて、「外国人登録証」を提示ください。「在留の資格」の項に“留学”と表記されている方、ご本人様に限り、割引となります。(関西ではシネ・リーブル梅田のみの実施となります)

(喜多 匡希)ページトップへ
 ある公爵夫人の生涯
『ある公爵夫人の生涯』
〜悲しみの人生を、華麗な映像で〜

(2008年 イギリス・フランス・イタリア 1時間50分)
監督・脚本:ソウル・ディブ
出演:キーラ・ナイトレイ、レイフ・ファインズ、シャーロット・ランプリング、ヘイレイ・アトウェル、ドミニク・クーパー
2009年4月11日(土)〜テアトル梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、OSシネマズ神戸 他

公式ホームページ→
 18世紀後半のイギリス。貴族の娘ジョージアナ(キーラ・ナイトレイ)は、17歳で裕福なデヴォンシャー公爵(レイフ・ファインズ)に嫁ぐ。結婚生活に期待を膨らませるジョージアナだが、夫が彼女に期待していたのは、後継者の男の子を生むことだけ。冷たい夫との結婚生活の不安から逃れるように、美しく頭のいいジョージアナは、社交界の華となり、政治にも関わっていく。

  夫との間に愛情は無く、関係は悪化するばかり。おまけに、成り行きで夫の愛人と同居することになってしまい、いびつな愛憎関係がはじまる。 
 出産と流産を重ねるジョージアナ。家のために子供を生む道具のように扱われる彼女の姿は凄く悲しい。だが、女の幸せと言っても、時代や文化によって微妙に違ってくる。まして政略結婚が当たり前の貴族階級。18世紀という時代。実在したデヴォンシャー公爵夫人が、どのくらい不幸だったかと言うと、一概には言い切れないものがある。主人公の姿に英国王室での、ダイアナ妃の面影が重なって見えるように描いたのは、18世紀の物語に現代的な光を当てるための、うまい演出だったと思う。
 一見華やかな生活の裏で苦悩する主人公。画面にさほど悲壮感が漂わないのは、やはり繊細で華麗な衣装のせいだろう。夜会でのミステリアスなグレイのドレス。選挙運動に肩入れするジョージアナのマニッシュな出で立ち。どれを取ってもコスチューム・プレイとして、申し分の無い楽しさだ。原作はベストセラーとなったアマンダ・フォアマンの伝記本。イギリスの新鋭、ソウル・ディブ監督・脚本。
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 buy a suit スーツを買う
『buy a suit スーツを買う』
〜“今こそ別れめ いざさらば”‐仲間と作った映画を遺して‐〜


(2008年 日本 47分 配給:市川準事務所+スローラーナー)
監督・脚本:市川準
出演:砂原由起子、鯖吉、山崎隆明、三枝桃子 ほか
・2008年 第21回東京国際映画祭 日本映画・ある視点部門グランプリ受賞

●併映作品:『TOKYO レンダリング詞集』
(2008年 日本 27分 配給:市川準事務所+スローラーナー)
監督・撮影・編集:市川準
音楽:松本龍之介

4月11日(土)〜 梅田ガーデンシネマ
順次予定      京都みなみ会館、神戸アートビレッジセンター にて公開

関連ホームページ(スローラーナー・ブログ)→http://d.hatena.ne.jp/slowlearner_m/
関連ホームページ(市川準監督のこと)→http://d.hatena.ne.jp/ijoffice/

  『buy a suit スーツを買う』は市川準の遺作である。しかし、この味わい深い中編に、遺作としての意味合いを求めてはならない。というより、そんなものは存在しない。確かに、昨年9月にもたらされた市川準の訃報は余りに唐突なものであったし、死の数時間前に新作を完成させていたことも劇的に感じられる。だが、その死が作品に与えたのは“図らずも遺作になってしまった”という事実にしか過ぎず、このことを直視せずに書かれた批評は何の意味も成さない。
 本作は、市川準にとって初のプライベート・フィルム=自主制作映画だ。既に17本もの商業用長編映画を発表しているベテラン監督が敢えて自主制作に挑戦する理由については、自身の弁で明らかにされている。

「映画を撮り始めた頃の気持ちを思い出したい、自分が撮りたいものを撮る」


  なるほど。動機は“初心への回帰願望”だったのだ。しかし、現在の日本商業映画のフィールドで、この願いが叶えられるとは思えない。そこで、全てのリスクを自身で負う代わりに自由を得られる自主制作というスタイルに光を見出したことは、ごく自然な流れであり、大いに合点のいくところだ。更に、本作は「その(試みの)1本目」と位置付けられていた。これだ! これこそが重要なポイントだ。遺作として“終点”と捉えてはいけない。真相はまるで逆である。本作は“始点”になるはずの作品だったのだ。
 『buy a suit スーツを買う』は東京を舞台とした劇映画。行方不明の兄・ヒサシを探すため、大阪から上京して来た妹・ユキの道行きを通じて浮き上がってくるのは“東京の現在(イマ)”だ。秋葉原と浅草の対照的な風景や格差社会の厳しい現実に、市川準が抱く寂しさや怒りが込められている。ユキだけでなく、登場人物全員が関西弁を話すことも重要。この設定だからこそ、無機質な都市・東京の中で生きる人々の繋がろうとする姿がじんわりと心に染みてくるのだ。『東京兄妹』『東京夜曲』『東京マリーゴールド』『ざわざわ下北沢』などで東京を描き続け、『大阪物語』で大阪を描いた市川準。東西に向けられていた2つのベクトルがここに融合し、豊かに結実したのである。
 出演者は全員が素人。CM制作で知り合った人達ばかりだという。商業映画の制約から解放され、親しい仲間に囲まれて撮った本作は、実に活き活きとした印象を与える。それだけに、意表を突くラストが際立つ。

  併映の短編『TOKYO レンダリング詞集』は、同時期に撮られた一層ミニマムな作品。市川準が東京の街を歩きながら撮りためたHDVカメラによる映像に、詩的な響きを持つ言葉をコラージュしている。映像による詩と、言葉による詞のモンタージュ。まるでゴダールだ。なるほど、この試みは市川準流のヌーヴェルヴァーグだったのだ。それなのに、新しい歩みは、その第一歩を踏み出したところで死によって断ち切られたことになる。この静謐な小品から溢れる情緒が優しく温かいものであるだけに、市川準の死が現実感を伴って競り上がって来た。
“出会わなければよかったなんて 言わないでくれ”という締めのフレーズは、『buy a suit スーツを買う』にも繋がるテーマとなっている。言わば、この2作品は双生児。意義深い併映である。
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 レッドクリフ Part.U ―未来への最終決戦―(河田充規バージョン)

『レッドクリフ Part.U ―未来への最終決戦―』
〜何はともあれクライマックスは観ないと〜


(2009年 アメリカ/中国/日本/台湾/韓国 2時間24分 配給:東宝東和+エイベックス・エンタテインメント)
監督:ジョン・ウー    製作:テレンス・チャン
主題歌:alan(アラン) 『久遠の河』(avex trax)  音楽:岩代太郎
出演:トニー・レオン(周瑜)、金城武(孔明)
チャン・フォンイー(曹操)、チャン・チェン(孫権)
ヴィッキー・チャオ(尚香)、フー・ジュン(趙雲)
中村獅童(甘興)、リン・チーリン(小喬)
『レッドクリフ Part.T
』の作品紹介はこちら→

・エイベックスグループ創立20周年、テレビ朝日創立50周年、東宝東和創立80周年記念作品
4月10日(金)〜 TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、なんばパークスシネマ、TOHOシネマズ二条、 MOVIX京都、OSシネマズミント神戸、神戸シネモザイク、MOVIX六甲 ほか全国超拡大ロードショー
※TOHOシネマズ梅田は2スクリーン体制で公開

公式ホームページ→
 PartUも,PartTと同様,スケールが大きく内容の豊かなエンターテインメントに仕上がっている。内容的には,いよいよ赤壁の戦い(水上戦)に向けて大きく動き始める。そして,PartTに引き続き,劉備軍の孔明と孫権軍の周瑜が互いに敬愛し友情を育んでいく様子が描かれる。また,PartTでも重点が置かれていた孫権の妹・尚香と周瑜の妻・小喬が連合軍のために大活躍する。2人とも自らの意思で動いているというのがとても爽快だ。
 曹操軍80万人と対岸でにらみ合う孫権・劉備連合軍はわずか5万人にすぎない。PartUでは,この戦力の差をどうやって克服していくのかが大きな見所になっている。しかも,曹操の無慈悲ともいえる策略で連合軍の兵士の間に疫病が広がり,劉備軍が撤退してしまう。だが,孔明が一人だけ孫権軍の中に残っている。それには一体どんな意味があるのか。曹操が屈辱の結末を迎えるまでの顛末が非常に興味深く描かれているので,目が離せない。
 孔明は3日で10万本の矢を調達すると誓い,周瑜は曹操軍の中で水上戦に長けた武将2人を排除してみせると言う。彼らは,どのような方法でそれを実現するのか。孔明は自然の力を巧みに利用し,周瑜は人間の心理を操る。智略をめぐらす点では共通する2人だが,その方法論の違いが端的に表れているようで面白い。しかも,2人が琴を共演するシーンがあるうえ,互いに友情を深めた2人の姿が浮き出るようなエンディングが用意されている。
 一方,尚香は男装して敵陣に紛れ込んでいた。彼女を仲間だと信じて疑わない曹操軍の兵士が登場する。2人が戦場で再会する悲劇的なシーンは,戦いの虚しさがにじみ出る効果を上げている。また,小喬は,自分が戦いの一因となったことを知り,単身で曹操のもとに乗り込み,連合軍に有利な風向きに変わるまでの時間稼ぎをする。戦闘シーンでは,連合軍の創意工夫に興味を惹かれるほか,周瑜が小喬を救い出せるかが一つの焦点となる。
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 THIS IS ENGLAND
『THIS IS ENGLAND』
〜イギリス青春映画に特有の辛味を体験!〜

(2006年 イギリス 1時間42分)
監督・脚本:シェーン・メドウズ
出演:トーマス・ターグース、スティーヴン・グラハム、ジョー・ハートリー
アンドリュー・シム、ヴィッキー・マクルーア、ジョセフ・ギルガン
2009年4月4日(土)〜シネ・ヌーヴォ、
      5月9日(土)〜京都シネマ にて公開

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 本作は,1983年7月から始まる少年ショーンの物語で,イギリスはイングランドのミッドランド地方が舞台となっている。イギリスは,サッチャー政権下の1982年3月から約3か月にわたり,イギリス領フォークランド諸島の領有を巡ってアルゼンチンと武力衝突した。彼の父親は,このフォークランド紛争で死亡した。ショーンは,父親のいた頃に戻りたいと言っていたが,ウディやコンボとの出会いを通じて大人へと成長していくのだった。
 ショーンは,父親が買ってくれたベルボトムのズボンをはいて学校へ通っていた。ある日,ウディと出会ってその仲間に入り,頭を刈ってもらうなど,外見を変化させる。程なくしてウディの代わりに3年余り刑務所に入っていたというコンボが戻ってから,仲間内の空気が一変する。ウディは,その彼女ロルらを連れてコンボから離れていく。そのとき,ショーンが選択したのはウディではなくコンボだった。何とも言い難い不安に包まれる。
 本作では,イギリスの移民問題にも触れられる。パキスタン人に対する差別が露骨に描写される。多数の国民が安い賃金で雇える移民に仕事を奪われ,失業して路頭に迷っているという。暮らしは厳しくなる一方であるが,サッチャーは高見の見物でフォークランドに兵士を送っている。罪もない人々が大義のために戦って命を落としている。コンボがパキスタン人をナイフで脅しているのをショーンが笑いながら見ているシーンは,戦慄が走る。
 暗い話ばかりではない。ショーンは年上の女性スメルと恋をする。身長差はあっても,いっぱしの会話を交わす。一方,コンボは,刑務所に入る前に一夜を過ごしたロルを忘れられない。だが,彼女は,記憶から消し去りたい最悪の夜だったと言う。そのときのコンボの悔しさがミルキーを相手に暴発する。コンボがミルキーに暴力を振るえば振るうほど,その痛みがコンボに跳ね返ってくるようだ。ショーンは,コンボと決別して大人になった。
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 おっぱいバレー
『おっぱいバレー』
〜この脱力感,もしかして割といいかも!?〜


(2009年 日本 1時間42分)
監督:羽住英一郎
出演:綾瀬はるか、青木崇高、仲村トオル
2009年4月18日(土)〜梅田ブルク7、なんばパークス7、MOVIX京都、三宮シネフェニックス 他全国ロードショー

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 最初のカットで片方の掌がアップで映し出される。指の関節がビミョーに屈折している。見ていると,何かの感触を探るようにやんわりと動いている。その何かこそ,おっぱいだ。中3で一応バレー部の5人組。彼らは,その手の感触を味わうためなら,どんな危険も決していとわない。このアヴァンタイトルに映画全体の空気があっさりと集約されている。彼らが一つの目標に向かっていく姿は,一途であるけれど,テキトーに力が抜けている。
 23歳の教師寺嶋美香子が彼らのいる中学校に赴任してくる。初々しいというより,周囲の状況が見えていないような感じがある。当然ながら,ちょっとワケありだ。転居したばかりの彼女には,前の学校で授業中に一人の女生徒から「ウソツキ」と言われた苦い体験があった。ライターに関するエピソードは中途半端な感じを否めないが,彼女が最初に朝礼で話す高村光太郎の「道程」のエピソードは,後で涙腺を緩められる伏線となっている。
 一方,おっぱい命の5人は,彼女の口から出てくる単語に敏感に反応する。女教師はドーテーがお好き?などとあらぬ妄想に浸っている。バレー部なのにバレー経験のない彼らは,ふとしたきっかけで美香子のおっぱいのために奮闘を始める。中1のバレー経験のある生徒をゲットするためには,コワーイ先輩にも果敢に立ち向かっていく。そんな愛すべき奴らのダメさ加減とピュアな欲望が,ホントウだけどウソのような世界を本物に変えた。
 美香子は,西部劇の主人公よろしく,ある日突然やって来て,バレー部6人の人生に大きな痕跡を残して去って行く。その彼女もまた,中3の自分や恩師と向き合い,改めて自分の進むべき道を確かめるのだった。彼女は,おっぱいを見せたくないが,生徒らには試合に勝って欲しいというジレンマに陥る。彼らは,美香子のおっぱいを見られるのか。到底勝てそうにない試合を前に,彼らに秘策はあるのか。何だかいい気分になれる映画だった。
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 花の生涯〜梅蘭芳〜
『花の生涯〜梅蘭芳〜』
〜知らないでは済まない京劇俳優,見逃せない〜

(2008年 中国 2時間27分)
監督:チェン・カイコー(陳凱歌)
出演:レオン・ライ(黎 明)、 チャン・ツィイー(章子怡)
スン・ホンレイ(孫紅雷)、 チェン・ホン(陳 紅)
ワン・シュエチー(王学圻)
2009年4月11日(土)〜なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 にて公開

公式ホームページ→
 1894年生まれの京劇俳優(女形)メイ・ランファン(梅蘭芳)の生涯を描いた作品だ。陳凱歌監督と言えば思い出す”覇王別姫”は,梅蘭芳のレパートリーの一つだそうだ。本作は,前作「さらば,わが愛/覇王別姫」とは異なり,実在の人物の生涯を取り上げている。時間や費用がかかっているように思うが,残念ながら前作ほどの豪華さは味わえない。具体的な人間を対象とすると,美という抽象的な観念は背後に退いてしまうのかも知れない。
 本作は,梅蘭芳と元司法局長チウ・ルーパイ(邸如白)との交流を軸として展開される。梅蘭芳は,古いしきたりに縛られないで生きた人間を演じるべきだという邸如白の話に感銘を受ける。一方,邸如白は,舞台で演じる梅蘭芳に見惚れてしまう。また,本作の展開を見ると,大きく3部に分けられる。@師匠のシーサン・イェン(十三燕)との対決,Aモン・シァオトン(孟小冬)との出会いと別れ,B日本軍による占領政策への抵抗である。
 @では,前述の邸如白の話を受ける形で,現代的な表現を取り入れる梅蘭芳が伝統を重んじる師匠と演技を競い合う。ただ,2人の演じる演目に関する知識がないからかも知れないが,手に汗握る痛快さが感じられなかった。だが,Aになると,話の内容が分かりやすく面白くなる。京劇の男役である孟小冬が舞台で梅蘭芳と共演する。性別を変換させてなお情をを深めていく。ここには演じる役と役者が二重写しになる劇中劇の面白さがあった。
 Bの時代背景は暗い。その中で,安藤政信が京劇を愛する日本軍少佐に扮し,上官役の六平直政との対比で人間味を示してくれた。だが,梅蘭芳は,日本軍が占領政策に京劇を利用しようとしたため,いったん役者生活に終止符を打ってしまう。もっと鋭く彼の内面に肉薄しておれば,その絶望と孤独の向こう側に京劇とそれに全てを捧げた役者の輝きが見えたに違いない。ただ,監督の念頭にあったと思われるその輝きを感じることはできた。
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 マルセイユの決着
『マルセイユの決着(おとしまえ)』
〜今は昔,ゆったりと流れる時間の豊かさ〜


(2007年 フランス 2時間36分)
監督・脚本:アラン・コルノー
出演:ダニエル・オートゥイユ、モニカ・ベルッチ、 ミシェル・ブラン、
ジャック・デュトロン、 エリック・カントナ、ニコラ・デュヴォシェル
2009年4月11日(土)〜第七藝術劇場、 以降順次公開:京都シネマ
 本作は,監督ジャン=ピエール・メルヴィル,原作ジョゼ・ジョヴァンニの「ギャング」(1966年)のリメイクだそうだ。ラストでは,原作者に対する献辞が記されていた。決して1960年代の映画を懐かしむようなノスタルジックな作品ではない。カラー作品だが,全編にわたってフレンチ・フィルムノワールの感覚が横溢している。光と影や色彩のコントラストが鮮やかで,スローモーションも用いられており,香港ノワールの影響も感じられる。

 60年代のフランスを舞台として,大物ギャングのギュスターヴ・マンダが破滅へと向かう姿が描かれる。ギュは,脱獄して10年のムショ暮らしからおさらばする。その際,脱獄を試みた男一人が塀の上から墜死する。次の場面に移ると,マヌーシュの情夫がハチの巣にされる。冒頭からいきなり死のイメージに包まれる。しかも,ギュは,死ぬまでサツに追われる身だが,ムショには戻らないと言う。隘路に踏み込んだような閉塞感が漂ってくる。

  マヌーシュは,4年前に未亡人となり,ギュが戻ったときに情夫を殺される。彼女は,典型的なファム・ファタールではなく,ギュを救おうとするのだが,結果的に彼を破滅へと導いてしまう。一方,オルロフは,ギュの昔馴染みだが,誇りや名誉に捕らわれたギュを冷静に見ている。また,ブロ警視は,ギュを追う立場であり,その行く末を見届ける役割を担っている。この2人は,ギュの最期の悲壮さと虚しさを際立たせる存在だといえる。

  ギュの最後の言葉は「マヌーシュ…」だった。が,ブロ警視は「何か言ってた?」と尋ねるマヌーシュに「何も」と答える。「さよならマヌーシュ,こんにちはシモーナ」というオルロフの言葉もまた辛い。マヌーシュとはジプシーの意味で,彼女の本名はシモーナだ。2人が車で走り去った後,夜が明けて普通の市民の日常生活が始まる。道は賑わい,子供らの姿が見え,教会の鐘が鳴る。まるでフィルムノワールを追悼するようなラストだ。
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 Beauty うつくしいもの
『Beauty うつくしいもの』
〜戦争に全てを潰された男の80年〜

(2007年 日本 1時間49分 配給:ジョリー・ロジャー)
監督:後藤俊夫    振付:藤間勘十郎
タイトル題字:片岡仁左衛門
出演:片岡孝太郎、片岡愛之助、麻生久美子、嘉島典俊、眞島秀和、大西麻恵、二階堂智、赤塚真人、高橋平、大島空良、兼尾瑞穂、井川比佐志、串田和美、北村和夫 ほか
4月11日(土)〜 第七藝術劇場 ※4月11日(土)は、主演の片岡孝太郎さんによる初日舞台挨拶を予定! 5月上映予定 京都みなみ会館
公式ホームページ→
 “村歌舞伎(地芝居)”なる伝統芸能の存在は以前から耳にしていたが、目にするのは初めてのこと。歌舞伎座や南座といった劇場で公演される歌舞伎は“本歌舞伎”といい、筆者のように通い慣れない身にとっては、「水を打ったような静けさの中で、神妙に観るもの」というイメージがあり、少し敷居が高いように感じられる。その点、村歌舞伎を包む空気は実に賑々しい。年に一度の村祭りで披露され、演者も観客も共に村人である。当然、会場は親近感に溢れ、はしゃぎながら声を掛ける観客の姿を見ているだけで、思わずこちらの頬も緩んでしまう。“エンジョイ歌舞伎”と名付けてしまいたいほど楽しげだ。
 本作は、昭和10年の長野県伊那路村から始まる。村歌舞伎を初めて観劇した少年・半次が、村に伝わる舞踊『天竜恋飛沫(てんりゅうこいしぶき)』を舞う雪夫の姿に感動。雪夫は半次に声を掛け、共に歌舞伎の稽古に勤しむことに。初舞台の演目は悲恋物『新口村』。大成功を収めた2人は村の看板役者となるが、昭和19年、召集令状が彼らの運命を変えてしまう。終戦後、シベリア強制収容所での過酷な労働の日々。そして雪夫の死。一人帰国した半次は、相方の不在を埋めるが如く、かつて雪夫が演じた役に打ち込むようになる……
 『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993・中国)を連想させる、80年に及ぶ一大メロドラマ。主題は、タイトルからもわかるように“美しさ”だ。自然や風景の美しさ、村歌舞伎という伝統芸能の美しさといった日本ならではの美が清冽な印象を与える。その対極にあるものが戦争だ。極めて醜悪で忌まわしい大過が、美を蹂躙し、破壊していく。朽ちていく美。打ちひしがれる人々。その悲劇を半次に集約して描く。雪夫を失った半次の喪失感は、およそ半世紀に及ぶ執着を生み、その姿は時に狂気を感じさせもするが、クライマックスで彼は精霊たちのために『天竜恋飛沫』を舞う。そこに漂う凄味に圧倒された。全てを潰された半次が到達する極限の境地に“美しい心”が映え、“人”という言葉が体温を伴って胸中にせり上がって来る。
 半次役に片岡孝太郎。雪夫役に片岡愛之助。本歌舞伎の名門役者が村歌舞伎役者を演じているのが面白い。
 語り口は正攻法でオーソドックスなもので新味はなく、説明的な台詞も多い。しかし、ハリボテのセットやお涙頂戴の脚本による安易でペラペラなドラマが幅を利かせる中、信州伊那谷にじっくりとした長期ロケを敢行。風景だけでなく、家屋の壁や柱の一つ一つに本物の歴史が染み込んでいる。心の目で観て欲しい。真摯な日本映画である。
【喜多匡希の映画豆知識:『Beauty うつくしいもの』】
・監督は後藤俊夫。実にお久しぶりの感がある。美しくも厳しい自然の中で力強く生活する人間の姿を描いて、右に出る監督はいない。代表作に、西村晃の初主演作『マタギ』(1981)や、興収24億円の大ヒットを記録した日本・ソビエト連邦合作作品『オーロラの下で』(1990)がある。『Beauty うつくしいもの』は反戦映画でもあるが、後藤俊夫はかつて山本薩夫監督の下で助監督として修行した経験の持ち主。この時に携わった作品に『戦争と人間』三部作や『華麗なる一族』、『金環蝕』、『不毛地帯』があり、戦争や政治腐敗といった巨悪に対する信念はこの頃に培われたと思われる。現在は出身地である長野県伊那市飯島町を拠点に映画製作を行っている。
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 レッドクリフ Part.U ―未来への最終決戦―(喜多匡希バージョン)
『レッドクリフ Part.U ―未来への最終決戦―』
〜天下分け目の大決戦! 
    孔明扇の一振りで、今宵、長江が燃え上がる!!〜


(2009年 アメリカ/中国/日本/台湾/韓国 2時間24分 配給:東宝東和+エイベックス・エンタテインメント)
監督:ジョン・ウー    製作:テレンス・チャン
主題歌:alan(アラン) 『久遠の河』(avex trax)  音楽:岩代太郎
出演:トニー・レオン、金城武、チャン・フォンイー、チャン・チェン、リン・チーリン(映画初出演)、 ヴィッキー・チャオ、中村獅童(特別出演)
・エイベックスグループ創立20周年、テレビ朝日創立50周年、東宝東和創立80周年記念作品
4月10日(金)〜 TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、なんばパークスシネマ、TOHOシネマズ二条、 MOVIX京都、OSシネマズミント神戸、神戸シネモザイク、MOVIX六甲 ほか全国超拡大ロードショー
※TOHOシネマズ梅田は2スクリーン体制で公開

公式ホームページ→
 “赤壁の戦い”は、およそ100年に及ぶ壮大な『三国志』の中でも最大規模の一大合戦である。かねてより『三国志』の映画化を熱望していたジョン・ウーは、その全体を映画化するのは無謀と判断し、この一戦に照準を絞った。それでも尚、上映時間は約5時間に及び、急遽、前・後編の二部構成となったことに、スケールの大きさが窺える。
 構想18年。総制作費100億円は中国映画史上最高となる超大作。その内、10億円がジョン・ウーの個人資産だというから、入れ込みようも半端ではない。
 前編『レッドクリフ Part.T』では、208年夏(8〜9月)の“長坂の戦い”から、赤壁前哨戦での孫権・劉備連合軍の勝利までが描かれた。2つの戦いを繋ぐドラマ部分では、劉備軍が誇る天才軍師・孔明と孫権軍の水軍大都督・周瑜の駆け引きを軸とした同盟締結劇を展開。【アクション→ドラマ→アクション】という流れには、観客を飽きさせないための熟達した手練手管が存分に発揮されていた。流石である。特に、クライマックスで炸裂するアクションのつるべ打ちは凄まじく、“九官八掛の陣”を実写で見られたことに対する満足感も相まって、思わず息を呑んだ。そして、ジョン・ウー作品のトレードマークである白い鳩が飛び、一旦の幕。
 言わば、『Part.T』は“赤壁の戦い”に至るまでの物語だった。そこで驚いたのは締め方だ。「つづく」とは、本来、テレビの連続ドラマに向いた手法である。翌日や次週といったごく近い日に続きが見られる場合に有効な手段であり、映画には向かない。ここに、ジョン・ウーの自信が垣間見える。そして、現に約半年もの間、興味を持続させたのだから恐れ入る。
 そして、待ちに待った後編『レッドクリフ Part.U ―未来への最終決戦―』が、そのベールを脱いだ。唐突に冠された副題が果たして必要なのかどうかはさておくとして、これこそが正真正銘の“赤壁の戦い”本戦。遂に本番である。
 “十万本の矢”、“連環の計”、“東南の風”といった有名エピソードを詰め込みつつ、ジョン・ウー版オリジナルのアイデアを随所に織り込んだ物語は、三国志ファンでなくとも楽しめる一大エンターテインメント。弓の弦をギリギリと引っ張るようにドラマを積み重ね、アクションという矢の狙いを定めていく。焦らず、じっくりと観客の興味を限界まで惹き付けておき、ここぞというところまで溜めに溜めてから一気に放つ。アクション演出を巡るジョン・ウーの采配は、やはり天下一品の素晴らしさだ。金城武が涼やかに演じる孔明が、雄大な長江を眺めつつ愛用の羽扇を一振りした直後、堰を切ったように怒涛の猛襲が展開する。緊張を高める静と瞬きさえも許さない動のコントラストが素晴らしい。“赤壁の戦い”の代名詞である火計の凄まじさをこれほどまでに完璧に映像化するとは! 漆黒の闇を朱に染める猛火によって、世界有数の大河・長江が火龍と化す様は圧巻の一語に尽きる。
 ただ一点、トニー・レオンが証言する通り、ジョン・ウーは女性の心理を描くとやや鈍い。リン・チーリンの美貌を演出が活かしきれなかったことは否めず、ヴィッキー・チャオ演じる孫尚香の行動に至ってはかなりの無理を感じた。そこが難である。 とはいえ、問答無用の超大作。そのアクションを見るだけでも充分に価値はある。

【喜多匡希の映画豆知識:『レッドクリフPART.T』&『レッドクリフ Part.U ―未来への最終決戦―』】
・『レッドクリフPART.T』は、2008年7月に中国公開がスタート。史上最大の興行成績を記録するスーパー・メガヒットとなった。日本でも興行収入50億円を突破。チャン・イーモウ監督の『HERO』(2002)を抜いて、日本以外のアジア映画として史上最高となる興行記録を打ち立てた。

・本編前のナレーションや、本編中の人名・役職に関する字幕は、本作に出資もしている日本の配給元エイベックス・エンタテインメントによるオリジナルである。『三国志』に詳しくない映画ファンでも楽しめるようにという配慮である。また、特別出演として、同社所属の中村獅童が甘興(かんこう)という将軍を演じているが、盗賊出身にして周瑜の腹心というこのキャラクターのモデルとなったのは中国では絶大な人気を誇る仁義の名将・甘寧(かんねい)である。“呉に甘寧あり” “曹操には張遼、孫権には甘寧”とまで言われた猛者だが、赤壁本戦で活躍した事実はない。本作ではかなりの脚色を施し、役柄を膨らませているため、架空の名が与えられたという。

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 遭難フリーター
『遭難フリーター』
〜“ダメな若者”が織り成す青春模様に見る煌き〜

(2007年 日本 1時間7分 配給:バイオタイド)
監督・出演:岩淵弘樹
プロデューサー:土屋豊
アドバイザー:雨宮処凛
挿入曲:豊田道倫 『東京ファッカーズ』
エンディング曲:曽我部恵一 『WINDY』
メインヴィジュアル・イラスト:真鍋昌平(『闇金ウシジマくん』 週刊ビッグコミックスピリッツ連載)

★山形国際ドキュメンタリー映画祭2007 ニュードックスジャパン招待作品
★香港国際映画祭2008招待作品
★ロンドン・レインダンス映画祭招待作品
4月11日(土)〜 シネマート心斎橋、 順次 京都みなみ会館 にて公開

公式ホームページ→
 「まったく、近頃の若者ときたら……」と眉をひそめがちな中高年層にこそ見て欲しい! 本作には、世の良識ある(とされている)大人たちがこぞって唾棄する“ダメな若者の生活と主張”が在りのままに記録されているからだ。しかも、監督自身が被写体である。近頃、しきりと目にするようになったセルフ・ドキュメンタリーというヤツだ。社会を構成する最小単位は“個人”であるから、本作の構造はこれ以上ないほどミニマムなものと言える。

 であるのに、本作は“社会派作品”として認知されている感がある。マスコミがそのように紹介しているからだ。昨年末から、派遣社員の大量解雇や派遣村を巡る報道が盛んとなった。その中で、“若者が派遣社員の実情を抉った映画”と何度も紹介されたのだ。

 しかし、実際は社会派でもなければ、問題提起がどうこうという作品ではない。そういったエッセンスが無いわけではないが、それはある一面にしか過ぎない。本作は、まずなにより青春映画である!
 2005年、600万円(奨学金400万円+サラ金200万円)に上る借金返済のため、工場勤務の派遣社員となった23歳の青年・岩淵弘樹が、漠然と『何かしなくちゃ』と思い立ち、自身の生活を撮り始める。しかし、人はそうそうガラっとは変われるものではない。以前と変わらぬであろう、ウダウダダラダラとした生活振りを目にして溜息が漏れた。借金は一向に減らず、それでいて「俺は東京に行きたい!」と夢にばかり思いを馳せ、挙句には「俺をカテゴライズするな!」とマスコミ批判を繰り広げつつ、「俺は誰の奴隷だ?」と叫ぶ。あー、嫌だ、嫌だ。辟易する。甘い!! 何でもかんでも社会や時代といった漠然とした大きなものに責任転嫁して逃避する、ダメな若者の典型じゃないか。この青さ、身勝手さはまさしく遅れてきた反抗期だ。ただ、素直ではある。一切繕ってはいない。
 彼と同年代だった頃の筆者は、「近頃の若い人」なる言い回しにたまらない嫌悪を感じたものだ。個人を見ずに“若年層という世代全体”を否定的に語られて、「一緒にしてくれるな!」と抗った。そんな大人たちの視線には“理解しようとする意思”など見えなかった。感じたのは、先入観と偏見だけだ。そういう大人を“ダメな大人”と認識した。“ダメな若者”と“ダメな大人”、どちらも大嫌いだった。互い拒絶し合い、どちらも心を開くことなどない。となれば、“オヤジ”“オバサン”と尖る若者だけの責任にしてはいけないだろう。だから、まずはその生き方を目にして欲しい。「受け入れろ」とは言わない。けれど「受け止める」くらいは出来るだろう。本作に写る若者の生き方を擁護する気など更々ないが、現実として彼は生きているし、これからも生きていく。その中で、何かに気付いたり、気付けなかったり、見つけたり、見つけられなかったりするだろう。どうなるかはわからないが、基本的には人生なんて自己責任だ。

  その点、ラストで、岩淵はあるものを見つける。それが正しいものかはまだわからない。けれど、この瞬間の煌きには感じ入ることが出来るはずだ。なぜなら、その煌きは誰もが経験する“青春”の発露だからである。

【喜多匡希の映画豆知識:『遭難フリーター』】
・岩淵弘樹は、本作に『不発の日々』というタイトルを考えていたそうだ。しかし、それを聞いたアドバイザーの雨宮処凛は「ブッチ、それ90年代の感覚だよ。古いよ!」としてダメ出し。色々とアイデアを出し合う中、『遭難フリーター』という現在のタイトルに決まったという。確かに『不発の日々』はちょっとねえ……(笑)

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 ニセ札
『ニセ札』
〜“キム兄”こと
、木村祐一の職人気質が漲る長編監督処女作〜


(2009年 日本 1時間34分 配給:ビターズ・エンド)
監督:木村祐一
製作:山上徹二郎、水上晴司
脚本:向井康介、井土紀州、木村祐一
主題歌:ASKA 「あなたが泣くことはない」
出演:倍賞美津子、青木崇高、板倉俊之、木村祐一、段田安則、村上淳、西方凌 ほか
・2009年 第1回沖縄国際映画祭 YOSHIMOTO SPECIAL PLESENTATION部門参加作品
4月11日(土)〜 テアトル梅田、敷島シネポップ、新京極シネラリーベ、三宮シネフェニックス にてロードショー

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 “キム兄”こと、木村祐一がメガホンを取った社会派風刺劇である。既に、吉本興業所属の芸人100人による短編映画競作プロジェクト『YOSHIMOTO DIRECTOR'S 100』内の1本、『助監督、橋井 〜ある撮影現場より〜』
(2007)で監督デビューを果たしているが、長編作品を手がけるのは今回が初めて。それにしても、木村祐一の多才ぶりには、改めて驚いてしまう。お笑い芸人、放送作家、コラムニスト、料理愛好家と来て、更にここに映画監督・脚本家の肩書きも加わったわけだ。このように、幾つもの顔を持つ木村祐一の長編監督デビューとなれば、それだけでもう必見と言えるだろう。
 本作は、戦後間もない昭和26年に、山梨県下で実際に発生した“ニセ札偽造事件”に材を採り、その主犯グループに焦点を当てながら、現在の拝金主義国家=日本を笑い飛ばす痛烈かつ爽快な1本だ。奇を衒うことなく、実にかっちりとした演出で、この社会派風刺劇をオーソドックスにまとめ上げている。決して向こう受けを狙うことなく、それでいてエンターテインメントであることを忘れない。その見事な匙加減を一言で表すと“職人芸”となる。

 この“職人芸”というのが、実に木村祐一らしい。と言うのも、その資質はにわかな付け焼刃ではなく本物。“職人気質”こそ、彼の本質と言って良い。芸人になる前は、父の下で修行を積み、染物職人をしていたという。この経歴に、映画監督・木村祐一のルーツがあるとみて間違いないだろう。

 軍国主義から民主主義に変わりつつある日本。そんな激動の時代を、山間の小村に暮らす人々はどのように見つめ、そしてどのように順応していったのだろうか? その一端を本作で垣間見ることが出来る。小学校教頭として村人から信頼されているかげ子(倍賞美津子)が、かつての教え子からニセ札作りに誘われる。一旦は断るかげ子だが、やがて意を決して加入。最初は強張っていた表情が、やがて笑顔に満ちた楽しげなものになっていく過程がリアルだ。
 “御国のため”と、国家のために生き、国家のために死ぬことが当たり前だったかげ子らにとって、敗戦で生じたギャップはアイデンティティの喪失をもたらした。そこに降ってわいた新千円札発行を受けてのニセ札作りは反骨精神漲るもの。そう、“新千円札=権力の象徴”なのである。しかし、本作は無闇に社会派ぶることなく、笑いを交えつつ、軽快で陽気な、それでいて鋭い風刺を展開する。風刺というナイフが、千円札を折って作った紙飛行機に姿を変えてスクリーンを舞う瞬間の躍動たるや!
 惜しむらくは、演出が少々硬く、弾けきれていないこと。ここに柔軟さが出てくれば、凄い監督に成長するはずだ。倍賞美津子、段田安則が共に好演。

【喜多匡希の映画豆知識:『ニセ札』】
・本作の基となった事件は、「チ−5号事件」と呼ばれる戦後最大のニセ札偽造事件。かつて、ドキュメンタリー映画作家の土本典昭(故人)が映画化を熱望し、綿密な調査を行っていたそうだ。しかし、実現することなく、企画は頓挫。土本も急逝してしまった。しかし、その志はプロデューサー・山上徹二郎に受け継がれ、形を変えながらも本作に結実したのである。
  尚、本作の脚本には井土紀州が参加している。「おっ!」と気がついた方もいらっしゃるだろう。そう、彼は過去にニセ札を題材とした『ラザロ -LAZARUS-』三部作(2007)を発表しているのだ。先日、御本人にお話を伺う機会があったので、『ラザロ-LAZARUS-』の存在が、本作の脚本を担当する上で影響したのかどうかを伺ってみたところ、「もちろんあると思いますよ。『松ヶ根乱射事件』(2006)の脚本を担当したのが向井康介さんで、製作が『ニセ札』の山上徹二郎さんでした。そこで、『また一緒に映画を作ろう』ということで、この企画が持ち上がったのですが、向井さんが『これはちょっと一人では手に負えない』ということで、旧知の仲である私に話があったというのがきっかけなんです」とのこと。やはりつながっているのだ。

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 マリア・カラスの真実
『マリア・カラスの真実』
〜オペラのような時間を生きたオペラ歌手〜

(2007年 フランス 1時間38分)
監督:フィリップ・コーリー
出演:マリア・カラス、 アリストテレス・オナシス
ルキーノ・ヴィスコンティ、 ピエル・パオロ・パゾリーニ
グレース・ケリー、 ジャクリーン・ケネディ
2009年3月28日よりユーロスペースほか全国にて順次公開
関西では年4月4日(土)〜テアトル梅田、
4月下旬〜京都みなみ会館、順次神戸アートビレッジセンター
 
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 彼女に関する映画には「永遠のマリア・カラス」や「マリア・カラス最後の恋」などがある。前者はマリアがオペラ映画に主演して自らの全盛期の録音を使うという架空の話で,後者は海運王アリストテレス・オナシスとの恋模様に焦点を当てたものだった。本作は,これらとは全く趣の異なるドキュメンタリーだ。1958〜59年の出来事で幕を開ける。マリアは,オナシスと出会い,その富の象徴クリスティーナ号でのクルージングに招待される。
 その上で彼女の出生前に遡る。1923年,両親がギリシアからニューヨークにやって来て,12月にマリアが生まれる。そのときから既に母親との確執が生じていた。そして,自分を醜いと思っていた少女時代から,オペラ歌手としての絶頂期を経て,過去に埋没して孤独に生きる晩年に至るまで,時間の流れに沿って彼女の53年余にわたる生涯が描かれていく。その語り口は実に坦々としている。その客観的な視線は,時に残酷だとさえ思えるほどだ。
 監督は,追憶や音楽批評ではなく,「一人の女性の人生におけるあらゆる側面を描こうとした」という。ドキュメンタリーでは関係者のインタビュー映像を中心に構成したものが少なくないが,本作は全く異なる手法を用いている。主にナレーションとマリア自身の映像で綴られていく。ライブ映像やスチール写真が活用されるほか,劇場の様子や舞台衣装等を映し出して雰囲気を盛り上げる。もちろん,マリアの歌声も存分に聴かせてくれる。
 彼女は,歌うフレーズを思い浮かべ,それを表情で示してから歌い始めるという。そして実際に,彼女が表情でカルメンの内面を示す映像が映される。トスカの1シーンにも目を奪われる。だからこそ,後に彼女自身が社会から必要とされない存在だと言うのが哀しい。更に,遺品は全てオークションで処分され,記念館を設立する計画も消える。残ったのは彼女の素晴らしい歌声だけだった。だが,その歌声には彼女の人生が凝縮されている。
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 ゼラチンシルバーLOVE
『ゼラチンシルバーLOVE』
〜写真家が紡ぐ濃厚な愛とエロス〜

(2008年 日本 1時間27分 配給:ファントム・フィルム)
監督・撮影監督・原案:操上和美 (くりがみ かずみ)
主題歌:井上陽水 『LOVE LILA』
出演:永瀬正敏、宮沢りえ、水野絵梨奈、SAYAKA、天海祐希、役所広司 ほか
4月 4日(土)〜 梅田ブルク7
4月11日(土)〜 京都シネマ にてロードショー

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 広告写真の第一人者として知られる操上和美が、73歳にして放つ映画監督デビュー作。写真だけでなく、PVなどの映像作品も数多く手がける操上にとって、映画監督は20年以上前からの夢であったとか。しかし「一枚の写真もきちんと撮れないのに、映画はやれない」として、これまで手をつけられなかったというから、満を持しての挑戦と言えよう。
 無機質な部屋に暮らす美しい女(宮沢りえ)。彼女は毎日、静かに本を読み、きっかり12分30秒茹でた卵を食べ、そしてどこかへ出かけていく。その様子を見つめる一人の男(永瀬正敏)。運河を隔てた向こう側の、打ちっぱなしのコンクリートに囲まれたジメジメとした部屋で、男の目となった一台のビデオカメラが24時間回り続けている……。
 実に写真家らしい作品である。極端に少ない台詞――初めて人物が口を開くのは、上映開始からなんと24分経ってからである!――や、ほとんどカメラをパンしない長回し映像が与える印象は、さながら“動く写真”である。それでいて、本作は間違いなく“映画”だ。台詞以上に人物の感情を表現する“音”と、濃厚なエロスを立ち上らせる“映像”が互いに絡み合うことで、そこに紛れも無い“物語”が生まれているからである。
 ゆで卵の殻を剥く細くしなやかな指、柔らかな白身に立てられる歯、溢れ出る黄身やソフトクリームを掬い上げる舌、真紅のマニキュアとルージュ…… “食べる”という行為が、ねっとりとした映像によって濃厚なエロスを喚起する。その様に男は惚れたのだ。かつて新進気鋭のカメラマンとして脚光を浴びたことがあるにも関わらず、いつしか情熱を失い、今や盗撮などという裏仕事を引き受けている男が、この美女に出逢ったことで再び情熱を取り戻す。その原動力となるのが“愛”という感情である。そして、その愛の極めて刹那的な在り方に、瞬間を切り取ることに長けた写真家らしさが窺える。
 タイトルになっている「ゼラチンシルバー」とは、フィルムに塗られている銀塩のことだという。デジタルカメラの隆盛に伴い、フィルムを使用することが少なくなりつつある現代に、操上和美は抗っているのだろう。銀塩写真への愛着が、本作の根源にあるとみた。昭和人としてのこだわりは、『網走番外地』の高倉健がフィーチャーされていることにも現れている。永瀬正敏に投影されているのは、操上和美自身の姿だ。
ただし、宮沢りえの演技が、ファム・ファタール(運命の女)の内面を表現するまでに及んでいない点が惜しい。加えて、象徴的な存在である卵だが、そのゆで時間が12分30秒に設定されているのは疑問。恐らく、写真の現像時間を重ねているのであろうが、これだと間違いなく固ゆで卵になってしまう。無為な粗探しをするつもりは無いが、ここはどうしても気になった。とは言え、随所に光るものを感じたのも事実。早くも次回作に期待してしまう。

【喜多匡希の映画豆知識:『ゼラチンシルバーLOVE』】
・“盗撮”を描いた映画では、ジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』(1998)が素晴らしい。シャロン・ストーン主演のセクシュアル・サスペンス『硝子の塔』(1993)もあった。“覗く男”なら『仕立て屋の恋』(1989)や『ボディ・ダブル』(1984)。おっと、アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』(1954)も忘れちゃいけない!

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 彼女の名はサビーヌ

『彼女の名はサビーヌ』
〜こんなことがあってはならないとの思いから〜

(2007年 フランス 1時間25分)
監督・脚本・撮影:サンドリーヌ・ボネール
共同脚本・撮影:カトリーヌ・キャブロル
出演:サビーヌ・ボネール
2009年4月4日(土)〜シネ・ヌーヴォにて公開
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 フランスの女優サンドリーヌ・ボネールが監督をしたドキュメンタリーだ。2008年12月29日付け朝日新聞の「ひと」欄で既に紹介されていた。1歳下の妹サビーヌを控え目な感じでフィルムに収めている。28歳で精神科病院に入院する前の姿と5年間の入院生活を経た後の38歳のときの姿とを,交互に映し出していく。同一人物とは思えないほどの大きなギャップに驚かされる。やがて,深い悲しみとやり場のない怒りが静かにこみ上げてくる。
 入院前の彼女は,ちょっと変わっていたかも知れないが,楽しそうで生き生きしていた。ピアノでバッハを弾きこなし,自分でも作曲していた。飛行機に乗って,憧れの場所であるニューヨークへも行くことができた。だが,退院時には,体重が30キロも増えていただけでなく,動作が緩慢で一人では何もできず,よだれを垂らしていた。彼女の表情から全く笑顔が失われている。ニューヨークにいる自分の映像を見て涙を流すシーンが胸に染みる。
 彼女は,統合失調症様の症状を呈することがあっても,正確には広汎性発達障害(広い意味での自閉症)だった。3歳頃までに社会性の障害(対人関係の問題),コミュニケーションの障害(言葉の問題),イマジネーション(想像力)の障害(特定の興味とこだわり)という3つの基本的な症状が見られるが,診断は容易ではないようだ。環境を調整し対応を改善することが最良の治療であり,薬物治療は必要最小限にすべきだと言われている。

  現在では発達障害が広く知られるようになり,サビーヌに適切な医療が施されなかったことは明らかだ。残念ながら,彼女が入院した1996年ころは専門家の間でもまだ理解が不十分で,入院により不安が増大して自傷行為に及ぶ彼女に向精神薬が投与された。不適切な対応は,彼女から人生を奪ってしまった。彼女が回復し,薬から解放され,再び旅をする日は来るのだろうかという,姉としてのサンドリーヌのナレーションで幕が閉じられる。
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 スラムドッグ$ミリオネア

『スラムドッグ$ミリオネア』(Slumdog Millionaire)
〜ジャマールがクイズ番組に出演した理由は?〜

(2008年 イギリス 2時間)
監督:ダニー・ボイル
出演:デーヴ・パテル、アニル・カプール、イルファーン・カーン、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピント
2009年4月18日(土)より TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
関西では、梅田ガーデンシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、TOHOシネマズ西宮OS、シネリーブル神戸 他

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 スラム出身で18歳のジャマール。彼が四択のクイズ番組で正解を続けられたのはどうしてか。A:インチキをした,B:ツイていた,C:天才だった,D:運命だった。正解は映画の最後で明らかになる。そんな茶目っ気のある枠組で展開する映像世界は,疾走感があってパワフルだ。警察での過酷な取調べのシーンに始まり,これとTVスタジオでの番組のシーンが交錯する。そこに挿入される彼の回想シーンには目を見晴らされるものがある。
 ジャマールが憧れの大スターであるアミターブ・バッチャンのサインをもらうエピソードは,何ともユニークで微笑ましい。しかも,そこにはジャマールの才気が描き込まれ,その後の展開を説得力のあるものにしている。それだけでなく,兄サリームの弟に対する羨望や嫉妬が頭をもたげていた。また,兄弟が母を亡くして孤児となった事情が描かれるシーンからは複雑な宗教問題が窺われる。あっという間に本作の虜にされる鮮やかな展開だ。
 本作は,ジャマールがクイズの正解を知っていた理由は何かという視点で貫かれているが,これと併せて,ジャマールのラティカに対する思いを中心に据えている。ジャマールは,ラティカを心の支えとしているが,彼女とは二度にわたって生き別れることになる。その原因となった出来事もまた,兄弟の将来に大きな影響を及ぼすものだった。そして,クイズの最後の問題が振るっている。あの少年時代がもう戻らないことを痛感させられる。
 脚本(脚色)は「フル・モンティ」が印象に残るサイモン・ビューフォイだ。複雑に絡み合うエピソードが手際良く整理され,スリリングな展開の中から希望が湧き上がってくる。そして,監督は「トレインスポッティング」などのダニー・ボイルで,その卓越した映像感覚にますます磨きが掛かっている。兄弟がスラム街を逃げ回るシーンなど,斬新で鋭いカメラ・アングルに魅了される。「パルプ・フィクション」以来の衝撃が走る作品だ。
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 トワイライト〜初恋〜
『トワイライト〜初恋〜』
〜正にいま,新生ヴァンパイア伝説の輝き〜


(2008年 アメリカ 2時間02分)
監督:キャサリン・ハードウィック
出演:クリステン・スチュワート(ベラ)
ロバート・パティンソン(エドワード)
ビリー・バーク、 アシュリー・グリーン、 ニッキー・リード
ジャクソン・ラスボーン、 ケラン・ラッツ
2009 年4月4日(土)〜 梅田ピカデリー ほか全国ロードショー
配給:アスミック・エース、角川エンタテインメント

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 ヴァンパイアに関する映画は数多く作られてきた。古典的なF・W・ムルナウの「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922・独)やそのリメイクであるヴェルナー・ヘルツォークの「ノスフェラトゥ」(1979・西独)では,怪奇な存在で,恐怖の対象だった。トニー・スコットの「ハンガー」(1983・英)では妖しい魅力を放ち,花堂純次の「羊のうた」(2001・日)では異形の哀しみに満ちていたが,どちらも人間世界と相容れない存在であることに変わりはなかった。
 その中で本作は異彩を放っている。ヴァンパイアに「ロミオとジュリエット」ばりのティーンの純愛をリンクさせた映画がこれまでにあっただろうか。シェイクスピアの時代には親同士のいがみ合いが若い2人の恋愛の妨げとなっていた。これに対し,本作では,エドワードはヴァンパイアで,ベラは人間だという,本人たちの生まれ持った属性が障害となっている。エドワードがベラを愛すれば愛するほど苦しみが増し,切なさが募っていく。
 キャサリン・ハードウィック監督の映像からは,ひんやりと謎めいた感触が伝わってくる。そして,主人公の名前からは「シザーハンズ」(1990米)が思い出される。ハサミの両手を持つ主人公エドワードの哀しみがファンタジックに綴られ,どこか郷愁が漂っていた。本作もファンタジーに違いないが,もっと現代的でクールな感覚に満ちている。エドワードの素早い動きがコミカルに描かれ,アクションも盛り込まれているなど,結構楽しめる。

  ベラとエドワードが睦み合う情景が健康的で魅力的に描かれる。互いに惹かれ合う心情で満ちあふれている。エドワードは,ベラに咬みつきたい衝動に駆られるが,それを思いとどまる。おそらく生きる歓びを感じられないまま,ただ生命を長らえてきたのだろう。彼は,愛するベラをヴァンパイアにはできないという思いに苛まれる。この2人に感情移入しながら,同時に第三者的視点から薄氷を踏む思いで見守っている自分に気付かされる。
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 バーン・アフター・リーディング

『バーン・アフター・リーディング』
〜愛すべき冴えない男たちのために乾杯!〜

(2008年 アメリカ 1時間36分)
監督・脚本:ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン
出演:ジョージ・クルーニー、 フランシス・マクドーマンド
ブラッド・ピット、 ジョン・マルコヴィッチ、 ティルダ・スウィントン
2009年4月24日(金)〜TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条)、
なんばパークスシネマ、MOVIX京都、109シネマズHAT神戸 
他 全国ロードショー

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 またまたコーエン兄弟のケッサクがやって来た。前作「ノーカントリー」とは打って変わって,今回はコーエン兄弟の得意技(?)というべき,かなりブラックな展開を見せるコメディだ。しかも,主な登場人物5人のキャスティングとそのキャラクター設定は,絶対に見逃せない。ティルダ・スウィントン以外の4人の役柄はあて書きで,役者を想定して脚本が作られたという。そのアンサンブルが絶妙で,5人が滑らかに絡み合う様は爽快だ。
 男の頭の中にはこれしかないというように,オズボーン(ジョン・マルコビッチ)は酒に溺れ,ハリー(ジョージ・クルーニー)は女を追い掛ける。オズボーンは,酒が原因で失職した元CIA職員。彼が書いた他愛のない回想録も,色眼鏡で見ると機密文書に見えてくる。ハリーは,ダブル不倫を楽しむ財務省連邦保安官。けん銃の扱いは手慣れたもの。ブラッド・ピットは,iPodにハマってるノーテンキで憎めないキャラに見事ハマっている。
 一方,フランシス・マクドーマンド扮するリンダは,全身整形しか念頭にない。その資金欲しさにロシア大使館まで乗り込んでいく。しかも,監督ジョエル(兄)の妻だけに(?)かなりトクな役回りだ。それに引き換え,ブラッド・ピット扮するチャドは,リンダに振り回され,実に可哀想な運命をたどる。考えてみれば,と言うより考えるまでもなく,本作に登場する男たちは,女性陣とは正反対で,みんな何とも憐れな結末を迎えることになる。
だが,ここには女性への賛歌も男性への憐憫も存在しない。この世に棲まう男と女,それぞれの欲深さや欲のなさがもたらす顛末が綴られていく。CIAにも到底理解できない珍妙なクライム・コメディが展開する。しかも,政府の機関にまつわる秘密と言えども,取るに足らないものがいっぱいあるというシニカルな視線さえ感じられる。何より,従来のコーエン兄弟の作品と同様,場面転換が巧みでツボを押さえているので,見応え十分だ。
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