アンナと過ごした4日間 |
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『アンナと過ごした4日間』 原題:Cztery
noce z Anna 〜報われることのない一方通行の愛〜
(2008年 フランス=ポーランド 1時間34分)
監督・脚本・製作:イエジー・スコリモフスキ
出演:アルトゥル・ステランコ、キンガ・プレイス、
10/31〜第七藝術劇場、11/14〜京都みなみ会館12/5〜シネ・リーブル神戸
・監督インタビュー⇒こちら
・公式サイト⇒ http://anna4.com/
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見つめ続けること、それが孤独な中年男のアンナへの愛の表現だった。しかし、あるとき、男は決意し、アンナのそばにもっと近づきたいと行動を始める。
どんよりとした曇り空の下、川面をゆっくりと牛の死体が流れてゆく。「オクラサ!」、「オクラサ!」と神経質な声が画面外から聞こえてくる。フラッシュバックのように挿入された映像の、不気味なまでの美しさに、わけがわからないまま、まるで魔法にかけられたように釘付けになった。 |
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71歳のポーランドの巨匠イエジー・スコリモフ監督の17年ぶりの最新作。『出発』で1967年ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞し、「ポーランドのゴダール」とも言われた。昨年の東京映画祭で審査員特別賞を受賞した本作が、待ちに待った公開となる。 |
レオン・オクラサは、病院の焼却場で働く中年の独身男性。夜、家の窓から双眼鏡で、看護師宿舎のアンナの部屋を覗くことが毎日の楽しみ。祖母が亡くなり、ひとりぼっちになり、レオンは大胆な行動に出る。アンナの部屋の砂糖の瓶に睡眠薬を混ぜ、夜半、アンナの部屋に忍び込む。美しい寝顔を見つめ、触れることさえできないまま、レオンがしたのは、看護服のボタンを繕ったり、ペディキュアを塗ったり、パーティの後片付けをすること。 |
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無口で、控えめなレオンは、ほとんどしゃべらない。観客は、映像からレオンの思いを読み解くしかない。過去が短いシーンで何度も挿入され、レオンがアンナに執着する理由が、次第にわかってくる。説明やセリフを省略し、観客の想像に委ねており、観終わってから、何度も思い返したくなる。 |
真夜中、いそいそとアンナの部屋を目指して歩き、一晩を過ごす、レオンのおどおどした表情と身振りは目を離せない。眠っているアンナの傍らにいるときの幸せそうな表情、一人で踊ったりする姿は、観ていて不思議な気持ちになる。ストーカーのようなレオンの行為に込められた、ただ一途な不器用な愛がじわじわと熱く伝わってくる。
闇の中に浮かぶ白いシーツ、アンナの部屋の鳥のさえずりが聞こえるオブジェと、魅惑的な映像や音響は、観客の心をとらえて離さない。映画は世界から美しい瞬間を切り取る装置だ。簡潔で繊細な映像で断片的に綴った本作は、画家でもあり詩人でもある監督の見事な構成力で、報われることのない一方通行の愛をどこまでも深く描き出す。
一見、難解にみえる構成だが、レオンの思いに耳を傾け、見つめることで、それぞれのシーンが響きあい、豊かに語りだすにちがいない。かみごたえのある映像の数々をぜひ堪能してほしい。 |
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母なる証明 |
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『母なる証明』 原題 mother
〜母と子の絆を通して人間の光と闇を描く衝撃作〜
監督・原案:ポン・ジュノ (2009年 韓国 2時間9分)
脚本:パク・ウンギョ、ポン・ジュノ
出演:キム・ヘジャ、ウォンビン、チン・グ、ユン・ジェムン、チョン・ミソン 2009年10月31日(土)〜梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、京都シネマ、シネ・リーブル神戸
他 公式サイト⇒
http://www.hahanaru.jp/
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私たちが「母」という存在に求めているものは何だろうか。安らぎ、叱咤激励、無償の愛…知らぬうちに様々なことを望み、そして母はいつだってそれに応えてきてくれたはずだ。では、母はどうだろうか。私たちに何かを期待するとかそういった次元ではなく、きっと、我が子が、永遠に“我が子”であってくれればそれでいいのだ。私たちが、母に“母”であることを要求し続けるように。だがそれは、ときに互いの心を“束縛”し、思いもよらぬ行動を引き起こすのかもしれない。 |
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“子供の心”を持ったまま成長した無垢で内気なトジュン(ウォンビン)に盲目的なまでの愛情を注ぐ母親(キム・ヘジャ)。田舎町での、母ひとり子ひとりのささやかな暮らしは、貧しくも幸せだった。だがある日、町で起こった女子高生殺害事件の容疑者としてトジュンの身柄が拘束されてしまう。母は無実を信じるが、頼りの警察や弁護士はいい加減で、まともに動いてくれない。このままでは、トジュンが本当に犯人にされてしまう…。ついに母は、息子の無実を証明するべく、自ら真犯人を追う決意をする―。 |
どんなことをしてでも我が子を守ろうとする母親の姿を崇高に描きながらも、それが究極の愛であると同時に凄まじい狂気でもあるということを突きつけてくる。『殺人の追憶』の鬼才、ポン・ジュノ監督は、「母と子の絆」というありふれた題材をとことん掘り下げ、「人間とは?」という、永遠のミステリーへと見事に昇華させた。キム・ヘジャの鬼気迫る演技と、“子鹿のような目”をしたウォンビンが時折漂わせる不穏な空気。それを捉えるスリリングなカメラワークが一体となって映画の「表情」を巧みに変え、観る者を最後まで翻弄し続ける。 |
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また、キム・ヘジャ演じる母親に特定の名前がないという、監督の意図も効いている。この物語の母親が、走り、叫び、怒り、泣く姿は、母親であるすべての人の姿なのだ。だからこそ冒頭、草むらの中にひとり佇む母親がいきなり奇妙な踊りを始めるシーンは強烈で、母親という、全ての源のような存在が突然“壊れる”ことをほのめかし、観る者の胸をざわつかせる。 |
母親がたどり着いた真実の“その先”にあるものとは…?人間の「光」と「闇」が浮かび上がる、善悪で割り切ることのできない結末。あなたならどう受け止めるだろうか? |
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ハウエルズ家のおかしなお葬式 |
(C)2006 Sidney
Kimmel Entertainment,LLC.All Rights Reserved
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『ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式』
DEATH AT A FUNERAL
〜土壇場でみせる気弱な長男の底力にほろり〜
(2007年 アメリカ/ドイツ/イギリス/オランダ 1時間30分)
監督:フランク・オズ
出演:マシュー・マクファディン、アラン・テュディック、ユエン・ブレムナー、ピーター・ディンクレイジ
10/31〜シネマート心斎橋
公式サイト⇒ http://www.ososhiki.jp/ |
お葬式といえば、滅多に会わない親族が顔を会わせる場。遺産の話もあれば、結婚の話や恋愛話やら、それぞれ思惑を抱えてやってくる。ご老体から大学生まで個性的な面々が一堂に会し、思わぬトラブルが次々と起こり、大騒動のハウエルズ家のお葬式の一日を描いたブラック・コメディ。 |
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父親を亡くした長男のダニエル。気の弱いお人よしで、弔辞を読むという大役の上、葬儀代や、難題を抱え、緊張しっぱなし。アメリカで小説家として活躍中の弟フランクが帰ってきて、さらにダニエルのコンプレックスをくすぐる。 |
ダニエルの従妹マーサは、父親に婚約者サイモンを紹介しようと同伴するが、サイモンは誤って幻覚剤を飲み、一人ハイになってしまい、騒ぎの元に…。そこに、見知らぬアメリカ人ピーターがやってきて、意味ありげな視線をダニエルに送る。亡き父の秘密を握る謎の男の登場に、それまでの兄弟の確執や、ダニエル夫婦の喧嘩も一時休戦、協力して事に当たることになる。 |
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葬儀屋が運んできた棺の中の遺体が間違っていたりと、こんなことあるの!?と思いながらも、シチュエーションや間のとり方の上手さに、思わず噴き出してしまう。演技力のある役者が集まり、本来、厳粛な場のはずのお葬式が大混乱となる喜劇が、緊張感あふれるリアルなものとなった。 |
この最悪な状況で、今までになかった度胸をみせるのがダニエル。彼の人間味あふれた弔辞に、皆も思いやりと優しさを取り戻す。ダニエルの生真面目さ、マーサの婚約者との愛を貫こうとする意思の強さには思わず心熱くなる。映画をみながら、人間ってこんなものよねとうなずいたり、笑ったりして、最後には、人間の弱さも可笑しさも全部まとめて大きく受け止める度量のある物語として、心に暖かく溶け込んできた。 |
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カイジ〜人生逆転ゲーム〜 |
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『カイジ〜人生逆転ゲーム〜』
〜カイジは開次で,怪事の末には快事が…〜
(2009年 日本 2時間09分)
監督:佐藤東弥
出演:藤原竜也,天海祐希,香川照之,山本太郎,光石研 ,
松尾スズキ,佐藤慶,松山ケンイチ
2009年10月10日(土)〜全国東宝系ロードショー
公式サイト⇒
http://www.kaiji-movie.jp/index.html
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人生,七転八倒するより七転八起の方がいいに決まっている。転げ回って苦しんでいるだけでは余りに辛すぎる。底まで沈んでしまったら後は浮き上がるしかない。浮き沈みがあるからこそ人生だ。追い詰められても決して諦めてはならない。そうすれば,自分でも驚くほどの底力を発揮できるかも知れない。カイジ(藤原竜也)はどんな状況に置かれても柔軟さと冷静さを失わない。その前向きの姿勢をみていると,何だか自信が湧いてくる。 |
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カイジは,コンビニで適当にバイトをやっているだけの人生を送っていた。そこに悪徳金融会社の社長・遠藤凛子(天海祐希)が割り込んでくる。一人でアメとムチを使い分け,カイジを苛酷なゲームの世界に放り込む。紅一点とはいえ,ただ花を添えるだけではない凄みがある。しかも,利根川(香川照之)に含みがあるようで,何だか訳ありの感じだ。その清濁を併せたような両面性が,最後のどんでん返しをユーモラスなものにしてくれた。 |
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男優陣も多彩だ。山本太郎の狡さはカイジの誠実さを際立たせ,光石研の父親としての優しさはラストを明るくする。松尾スズキは,地獄の牢名主のようで,悪魔のような優しさを不気味に醸し出している。そして,藤原竜也がカイジに生命を吹き込んでくれた。中でも地獄の底で缶ビールを飲むときの幸せそのもの笑顔がいい。どんな苦しみもこの一瞬のためにあるのだ。そこに彼がどんな苦境にあっても生きていける原動力を見た思いがする。
圧巻はカイジと利根川の一騎打ちだ。ゲームのルールは単純だが,2人の心理戦がモノローグでスリリングに描かれる。遠藤がカイジに起死回生のための資金を貸し付ける。この2人のやり取りからカイジが何かを企んでいることは分かるが,その内容は明らかでない。その意味で観客も利根川と同じ立場に置かれる。同時に観客はこのとき既にカイジに感情移入してエールを送っている。こうして手に汗握る展開に引き込まれていくのだった。 |
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ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜 |
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『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』
〜どうしようもなく惚れちまった,さっちゃん〜
(2009年 日本 1時間54分)
監督:根岸吉太郎
出演:松たか子,浅野忠信,室井滋,伊武雅刀,広末涼子,妻夫木聡,堤真一 2009年10月10日(土)〜全国東宝系ロードショー
公式サイト⇒ http://www.villon.jp/ |
ラストシーンは,佐知(松たか子)と大谷(浅野忠信)の道行きの一場面のように見える。生きながらにして情死を遂げた輝きを放っているように感じられる。私たちはこのまま生きていくのだと,佐知は大谷に対する恒久の愛を宣言する。それは純化した愛の結晶にほかならない。心中と言えば,この世で遂げられなかった愛を貫く至高の瞬間だ。身につまされる悲哀の中に意志の強さがある。おそらくそれが佐知とダブって見えるのだろう。 |
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これに対し,大谷と秋子(広末涼子)の心中は趣が違う。置かれた状況から抜け出そうとするのではなく,流されていくイメージしかない。大谷は,一緒に死んで欲しいと秋子に甘える。だが,彼は佐知の許に戻らざるを得なかった。その彼を受け止める佐知がまたいい。私の知らないことがいっぱいあると言うときの“いっぱい”には渦巻く思いと固い決意が宿っている。たった一語でこれだけの表現ができる松たか子という女優もまた凄い。 |
大谷は,“タンポポの花一輪の誠実”を信じていた。その言葉に感銘した岡田(妻夫木聡)は,大谷に会いたくて飲み屋の椿屋に来ている。そこで佐知に出会って本物のタンポポに想いを寄せる。佐知の初恋の男・辻(堤真一)は,弁護士で婚約者もいるが,憂いを帯びている。かつて佐知を置いて立ち去った彼もまた,佐知に惚れる。失ったものは余りにも大きい。佐知という一輪の花に惹き付けられる男たちの姿は何となく儚げでさえある。 |
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佐知は無垢で逞しい。それは,辻のためマフラーを万引きしたときの交番での弁明に端的に表れている。そのときはまだ若さ故の一途さに溢れている。そんな佐知が大谷の放蕩を契機に椿屋の夫婦(伊武雅刀,室井滋)と出会って大きく成長する。要所を押さえた台本と演出,それを体現する松たか子を始めとする俳優陣のアンサンブルが佐知の美しさと強さを際立たせる。オールドファッションな装いながら,時代を超えて人間の深みに迫る。 |
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パリ、オペラ座のすべて |
(C) Ideale Audience - Zipporah Films
- France 2009 Tous droits reserves - All rights reserved |
『パリ・オペラ座のすべて』
〜丸ごとパリ・オペラ座の“今”をエンジョイ〜
(2009年 フランス 2時間40分)
監督:フレデリック・ワイズマン
出演:(芸術監督)ブリジット・ルフェーブル,(メートル・ド・バレエ)ローラン・イレール,(振付家)ピエール・ラコット,ウェイン・マクレガー,アンジュラン・プレルジョカージュ,(エトワール)エミリー・コゼット,オーレリ・デュポン,エルヴェ・モロー,マリ=アニエス・ジロ,レティシア・プジョル,ニコラ・ル・リッシュ,ドロテ・ジルベール,マニュエル・ルグリ,デルフィーヌ・ムッサン,アニエス・ルテステュ,マチュー・ガニオ
2009年10月31日(土)〜テアトル梅田、11/14(土)〜京都シネマ、11月21日(土)〜シネ・リーブル神戸 にて公開
公式サイト⇒ http://www.paris-opera.jp/ |
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パリ・オペラ座と言えば,近代的なバスチーユではなく,やはり豪奢なイメージのガルニエが思い浮かぶ。本作は,現在のガルニエの全貌をタイトにまとめ上げて,わずか160分の上映時間となった。バレエ団のリハーサルや舞台を中心として,それを支える人的,物的な設備をも的確に映し出す。全てを見てやろうという意欲が伝わってくると同時に,ストイックな姿勢が保たれて高潔さが感じられる。安定感のある端麗な映像が素晴らしい。 |
これは,2007年秋から12週間にわたってパリ・オペラ座で撮影されたドキュメンタリーだ。2007/2008シーズンのバレエ団の様子が映し出される。演目を見ると,古典の全幕ものが「くるみ割り人形」と「パキータ」の2本だけで,他は「ジェニュス」「メディアの夢」「ロミオとジュリエット」「ベルナルダの家」「オルフェオとエウリディーチェ」というコンテンポラリー作品となっている。大きく変貌し始めたオペラ座が目の前に現れる。 |
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カメラは,ダンサーの細かな表情や筋肉の動きには興味を示さず,全身の動きを追い続ける。リハーサルのシーンは,「スプーンみたいに手を曲げるな」という指示が飛ぶなど,ダンサーの動きを解説付きで見ているような面白さがあって楽しめる。また,愛し合いたいが危険な運命が待ち受けているので愛せないという「メディアの夢」の話の中で,いきなりXメンやシザーハンズが出てくる。映画の影響力の大きさが感じられて聞き逃せない。 |
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リハーサル中の苦労が舞台で花開く瞬間は体験できなかったものの,舞台シーンの見応えは十分だ。サシャ・ワルツ振付の「ロミオとジュリエット」では,ベルリオーズ作曲の美しい音楽に包まれて,惹かれ合う2人の感情が高まっていく。タクトを取っていたのは,何とマリインスキー劇場の首席指揮者ワレリー・ゲルギエフだ。また,ウェイン・マクレガー振付の「ジェニュス」では,ダンサーのシャープな動きの美しさに目が釘付けになる。 |
次に,アンジュラン・プレルジョカージュ振付の「メディアの夢」では,血糊が使われ,子供2人の頭にバケツを被せるなど,凄惨なシーンが演じられ,ダンスと演劇の境界が曖昧になる。マッツ・エック振付の「ベルナルダの家」では,舞台の上に棺桶が置かれ,喪服を着た人々が奇声を発し,脈絡はよく分からなくても,その迫力には圧倒されてしまう。このように,観る機会の少ないパリ・オペラ座バレエ団のコンテンポラリーを堪能できる。
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ダンサーの姿だけではなく,それを支える芸術監督ブリジット・ルフェーブルの奮闘振りもフィルムに収められている。彼女は,バレエ団の高い質を保つため,内部問題の処理,対外的な交渉などを精力的にこなしていく。その他,衣装や小道具の製作現場,メイク,照明のテストなど,裏方の働きにも目が配られる。そんな中,舞台の緊迫感から解放されてホッと一息というコーヒー・ブレイクのようなシーンが絶妙のタイミングで挿入される。
人が生きる原動力となるのは,やはり食事だ。食堂の様子は,ありふれた感じで,そこだけを見ると,とてもオペラ座とは思えない。唐突に映し出される養蜂のシーンも,そこがオペラ座の屋上であることに気付くには,しばしの時間が必要だ。小道具係の人が趣味で始めたもので,オペラ座製ハチミツが販売されているそうだ。花の都パリの花の蜜のブレンドは,一体どんな味だろうか。また,オペラ座には,怪人が住むという地下水路もある。
実際にオペラ座の地下には水が溜まり,何年かに一度は汲み出しているという話を聞いたことはあるが,その中で魚が泳いでいるとは知らなかった。こんなトリビア的な光景も取り入れながら,最後は舞台シーンで締めくくる。アニエス・ルテステュとマチュー・ガニオのパ・ド・ドゥだ。エンディングのアングルもなかなか洒落ている。題名からイメージする煌びやかさはなく,いい意味で裏切られる映画で,観れば観るほど味わいが深まる。 |
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戦慄迷宮3D
THE SHOCK LABYRINTH |
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『戦慄迷宮3D THE
SHOCK LABYRINTH』 〜多種多様な3D映画登場の先駆けとして〜
(2009年 日本 1時間35分)
監督:清水崇
出演:柳楽優弥,蓮佛美沙子,勝地涼,前田愛,水野絵梨奈,
松尾スズキ
2009年10月17日(土)〜 梅田ブルク7 MOVIX堺 109シネマズHAT神戸ほかにて全国ロードショー
記者会見レポート⇒こちら
公式サイト⇒ http://3d-shock.asmik-ace.co.jp
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日本人で初めて興収全米bPに輝いた清水崇監督の最新作で,日本映画初のデジタル3D実写長編映画という触れ込みだ。2009年には既に何本か3Dアニメが公開されたが,更に「アバター」「クリスマス・キャロル」等のハリウッド発3D映画が公開を控えている。これらに先駆けて公開することを目指して,世界最長の“お化け屋敷”として実在するアトラクションを映画のセットに借用し,オリジナル・ストーリーが作り出されたという。 |
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かつて一緒に遊園地のお化け屋敷に入った5人の子供のうち少女ユキが行方不明になっていた。10年後,ユキ(蓮佛美沙子)と名乗る女性が,主人公ケン(柳楽優弥),その友人モトキ(勝地涼),目の見えないリン(前田愛),そして妹ミユ(水野絵梨奈)の許に現れる。彼女は,本当にユキなのか,どこから現れたのかといったナゾを孕みながら,他の4人をあの10年前のお化け屋敷に引き込んでいく。最後に生き残るのは一体誰だろうか。 |
以前にも3D映画として「ジョーズ3」がロードショー公開されている。そのころのイメージは,いつ何が飛び出すかというドキドキ感,ワクワク感だ。だが,今回はちょっと感じが違っている。例えば樹海のシーンに見られるように,奥行き感たっぷりで,その中に入り込んだような感覚が生まれる。ただ飛び出すだけでなく,逆に引き込むのだ。これが本作のストーリーと良くマッチし,螺旋階段の下に吸い込まれる不安を生み出している。 |
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「幽霊見たり枯れ尾花」というように,人間の心が不思議な体験をもたらす。例えば,ミユには,姉ちゃんなんか消えちゃえと願ったことが負い目となっていた。現在と10年前をリンクさせることで,スリリングに登場人物の心の奥底を炙り出し,ユキが現れた理由を明らかにする。魂が籠もったようにウサギの人形が浮遊するシーン等,3D映像を巧みに利用し,不安を増幅させていく。その秀でたドラマ構築力と映像感覚には脱帽するしかない。 |
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私の中のあなた |
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『私の中のあなた』
〜大切なのは人生の意味ではなく、
生まれてきたという事実〜 監督:ニック・カサヴェテス (2009 アメリカ 1時間50分)
出演:キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン、アレック・ボールドウィン 2009年10月9日(金)〜TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条)、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸 他全国ロードショー
公式サイト⇒
http://watashino.gaga.ne.jp/
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白血病の姉・ケイト(ソフィア・ヴァジリーヴァ)のドナーになるという運命を背負って、アナ(アビゲイル・ブレスリン)は遺伝子操作によって生まれてきた。そこにはケイトをなんとしてでも救いたいという、父・ブライアン(ジェイソン・パトリック)と母・サラ(キャメロン・ディアス)の揺るぎない思いがあった。
アナは、その両親の思いを母の妹のケリーおばさん(ヘザー・ウォールクィスト)、兄のジェシー(エヴァン・エリングソン)と分かち合い、そして何より大好きな姉のためにこれまでやってきた。しかし、ケイトの状態は悪化。そんな時、アナが突如「もう姉のドナーにはならない」と両親を提訴したのだ。11歳の少女の衝撃の決断、そこに秘められた真実が徐々に明らかになって…。 |
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過酷な病に侵されながらも、家族の愛に包まれ、恋をし、「生」の喜びを感受しているケイト。彼女は、なんとしてでも生きてほしいという悲痛なまでの母の思い、家族一人ひとりの胸の奥にしまっている寂しさ、悲しみも知っている。そして、命の灯が細く揺らいでいることをも受け入れていく。 |
壮絶な闘病生活と笑顔がこぼれるキラキラとした瞬間、緩急のある一家の日常は気がつけばいつだって柔らかな光に包まれているようだ。そうケイトだけではない、家族みんなが闘っていたから。それまで気丈に明るく振舞っていた母親が初めて涙を見せるシーンがある。ケイトが「いい人生だった」と心から伝えたのだ。娘から母へ、切なさ、悲しさを超越した愛に満ちた光景は、いつでも取り出せるよう心の引き出しにしまっておきたい。 |
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また、アナの訴訟を受け持つデ・サルヴォ判事を演じるジョーン・キューザック、こちらも抑えた演技で母親の深い情愛を際立たせ、脇を締めていた。
生まれてきたその訳と人生の意味を、まるで落とし穴にはまったかのように考えてしまうことがある。しかし、もうその問いかけは必要ないかもしれない。アナは言う「重要なのは、私には素晴らしい姉がいたということだ」と。大切なのは人生の意味ではなく、生まれてきたという事実、ただそれに尽きるのではないだろうか。 |
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エスター |
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『エスター』
〜養女に迎えた無邪気な少女は、
家族を崩壊させる悪魔でした〜
(2009・アメリカ/123分)R-15
配給 ワーナー・ブラザース映画
監督 ハウメ・コジェ=セラ
脚本 デイビッド・レスリー・ジョンソン
出演 ベラ・ファーミガ ピーター・サースガード イザベル・ファーマン
10月10日(土)〜全国ロードショー
公式サイト⇒
http://wwws.warnerbros.co.jp/orphan/
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2009年の夏は、恐怖映画が少なく「ちぇっ」と拗ねていたホラー&スリラー好きの皆さま、お待たせしました。ワンクール押しで10月〜11月にホラー映画ラッシュがやってまいります。富士急ハイランドのお化け屋敷を舞台にした日本初の3D映画『戦慄迷宮3D』を筆頭に、『ホースメン』、『実験室KR-13』、『スペル』。そして『ファイナル・デッド・サーキット3D』、『ディセント2』、『RECレック2』、『ソウ6』といった人気作の続編シリーズまで目白押し。その中でも群を抜いて完成度が高くおススメしたいのが『エスター』です。 |
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【STORY】
3人目の子供を死産してしまったケイト・コールマンは、悲しみを乗り越えるため新しく家族を増やすことに決める。夫のジョンと孤児院を訪れた彼女は、絵の才能があり、笑顔のかわいい9歳のエスターを養子に迎え入れた。すぐに家族にも溶け込むエスター。そんなある日、彼女のクラスメイトが滑り台から何者かに突き落とされ、重症を負う事件が起こる。怪我をした本人はエスターにやられたと証言。にわかに信じられないケイトだったが、それから次々と奇妙な事件が多発し始める。その現場にはいつもエスターが側にいた−! |
ある“特別”な少女を養子にしたコールマン家の悲劇を描くサイコ・サスペンス。監督は『蝋人形の館』のハウメ・コジェ=セラ。製作は俳優のレオナルド・ディカプリオ。
子供というものは、大人が思う以上に親の顔を読んで行動する世渡り上手な生き物だが、エスターの欺き方は規格外! まず、耳の不自由な末っ子マックスを子分に選出。イタズラをあえて目撃させ「ばらしたら家族を殺す」と言いくるめて秘密を死守させます。父親にはぶりっこに振る舞い、絶大なる後援者として確保。そうして、脇を固めたあと、母親には徐々に“本性”を見せ始めるのです。 滑り台事件を発端にした、孤児院のシスター殺害事件、車の坂道転がり事件、ツリーハウス炎上事件。それが、すべてエスターの仕業と気付き始めたケイト母ちゃんは大パニック! しかし、時すでに遅し。「エスターは危険」と忠告しても夫は聞く耳をもたないし、マックスは母のために何も知らないと言う。孤児院に問い合わせても出生の謎は深まるばかり。果たしてエスターとは何者なのか−?
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どこか、ジョン・キューザック似のエスターは、地球外生命体にも見えなくない。もしや二重人格者か、はたまた“オーメン”か。雪だるま式に膨れ上がる恐怖に肝は冷えっぱなし!驚愕のラストまで、緊張感を途切れさせない脚本力と、エスター役のイザベル・ファーマンの堂々たる熱演は一見の価値あり。本当に子役?と疑いたくなる彼女の“笑顔”と“真顔”のギャップは、メリル・ストリープ級の貫禄だ。 |
ネタバレになるので多くは語れないが、エスターがケイトに向ける執拗な悪意はすさまじいものがある。特に、彼女が死産した子供を偲んで植えた花を、ママへのプレゼントと言って切り取ってしまうシーンには絶句。味方もなく、過去のトラウマまで溢れ出し、どんどん心理的に追い込まれていくケイトが不憫でならない。
ホラーと言ってもミステリー系なので、『シックス・センス』『ミザリー』『ゆりかごを揺らす手』などお好きな方は必見。最後に言えることは、子供を侮るな。そして、子供の“SOS”は早い段階で察知しようということ。親が見ていない所で被害を食い止めようとする長男のダニエル、末っ子のマックスの奮闘は、いじらし過ぎて心が痛んだ。
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空気人形 |
(C) 2009業田良家 / 小学館 /
『空気人形』製作委員会 |
『空気人形』
〜息、命を吹き込むこと〜
(2009年 日本 1時間56分)
監督・脚本・編集: 是枝裕和
原作: 業田良家
撮影監督: リー・ピンビン
出演:ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、オダギリジョー、富司純子、高橋昌也、余貴美子 10月3日〜梅田ガーデンシネマ、
シネマート心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸 公式サイト⇒ http://www.kuuki-ningyo.com/index.html
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ある日、「心」を持ってしまった空気人形は、偶然、街で出会った青年に恋をする……。人形を演じるペ・ドゥナがすばらしい。生まれたばかりの初々しい心を抱え、家の外に出て、ちょこちょこ街を歩いてゆく。初めて見る世界におどおどしながらも、いろいろな人に出会う。戸惑いつつも懸命なペ・ドゥナの姿は、幼げで愛くるしい表情と、たどたどしい日本語の声、自然体の演技で、観客の心をすっかり魅了する。そこにいるような、いないような、ふわふわした透明な存在感は忘れられない。
空気を入れて膨らませる空気人形に宿った心のことを、是枝監督は命と呼ばず、あえて心と呼んだ。ナイーブで傷つきやすい心は、やっかいで大変だけれど、だからこそ、喜びや、生きる力も輝きも感じ取ることができる。
映画には、都会で一人孤独に生活し、寂しさや虚しさをため込む人たちが登場する。ぽっかりあいた心の穴を埋めることなく生きている人たち。心があることさえ忘れてしまい、自分の心とも、他人の心とも向き合おうとしない人もいる。空気人形は、そんな人たちの心に優しく吹き込む風のような存在。
東京の下町の風景がいい。一人ひとりが一生懸命生きているという気配が伝わる街。たんぽぽの種が風に運ばれ、やがて大地に根を下ろし、花咲くように、「心」の種もまた風に運ばれ、誰かのところにそっと着地するのだろうか。
観終わった時、観客の心の中に、いつのまにか、それぞれの心の穴ぼこにあわせた形をした、あなただけの空気人形が生まれているかもしれない。その人形は、きっともう一人の寂しがりやのあなた自身。だから、あなたの息を吹き込んで、ゆっくり言葉を交わしてみませんか。世界と関わること、他者と関わることのすばらしさを思い出させてくれるにちがいありません。 |
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パイレーツ・ロック |
(C)2009 Universal Studios. All Rights
Reserved. |
『パイレーツ・ロック』
〜音楽と心中してもいい人たちによる音楽愛映画〜
(2009年 イギリス 2時間15分)
監督:リチャード・カーティス
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、ビル・ナイ、リス・エヴァンス、ニック・フロスト、ケネス・ブラナー、トム・スターリッジ
2009年10月24日(土)〜TOHOシネマズみゆき座、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、三宮シネフェニックスほかにて全国公開
公式サイト⇒ http://www.pirates-rock.jp |
ウットリなれるラブ・ストーリーが、いくつも繰り広げられた群像劇『ラブ・アクチュアリー』(‘03年)のリチャード・カーティス監督が、またまたステキな群像劇を撮り上げた。さらに、極上の音楽ムービーというスタイルで繰り出される。 |
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若いみなさんが聴かれる音楽は、おそらくJポップが多いかと思うけど、それらのルーツ的となる1960年代の洋楽が、映画の全編にフィーチュアされた心地よい作品が本作なのです。1960年代の洋楽となれば、みなさんがまず思い出されるのは、ザ・ビートルズやボブ・ディラン、ローリング・ストーンズかもしれない。しかし、本作では当時大活躍したザ・キンクスら、イギリスのバンドたちを中心に、現在では隠れ名曲となっている曲が、次々にレッツ・プレイされていく。 |
個人的には、ザ・ビートルズのピアノ・バラードの名曲「レット・イット・ビー」よりも、早く作られたメロディアス・バラードのプロコル・ハルム「青い影」に鳥肌モン。舞台となる1966年にはなかった、デヴィッド・ボウイのダンス・ミュージック「レッツ・ダンス」を流して以降に、ロック史をレコード・ジャケットで振り返るラストのシークエンスなどは、オールド音楽ファンにもたまらないカットだ。ユニバーサルミュージック社から、10月7日より発売されるサウンドトラック盤も、ぜひ愛聴盤として購入したくなる作りになっている。 |
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さて、映画の内容について見ていこう。当時イギリスでは、ラジオ放送が1日45分に限定されていたと、法律で決まっていたらしい。そんな45分では、数々の素晴らしいロックは流し切れない。そこで、登場したのが、海上の船から24時間放送する海賊ラジオ局だ。しかもこの船はDJ始め、「女の園」ならぬ、むくつけき「男の荒野」となっていて、DJ同士のマストのぼり対決アクションなど、活劇としての見どころもある。その一方で、特定のDJの女性ファンを始め、お客さんも来訪する。そのビジターとなる10代の男の子の、音楽を愛するDJたちとの生活を経て成長していく、青春映画としてのサブ・ストーリーも展開する。 |
そして、最後は『タイタニック』(‘97年)的パニック・ムービーへと進行するが、ここで披露される、音楽と心中してもいいという、音楽愛へのさまざまな各人の行動には、夢を追いかけることを忘れた現代のいろんな人たちへ、前向きな衝撃を与えるに違いない。 |
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ホースメン |
(C)Horsemen Productions, LLC All Rights
Reserved. |
『ホースメン』
〜『セブン』に優るとも劣らないサイコ・サスペンス〜
(2008年 アメリカ 1時間30分)
監督:ジョナス・アカーランド
出演:デニス・クエイド、チャン・ツィイー、ルー・テイラー・プッチ、クリフトン・コリンズJr.、バリー・シャバカ・ヘンリー
2009年10月24日(土)〜梅田ブルク7、11月7日(土)〜京都シネマ、三宮シネフェニックスほか公開
公式サイト⇒ http://WWW.HORSEMEN.JP |
父子の絆へと着地するサイコ・サスペンスの逸品。『羊たちの沈黙』(‘91年)や『セブン』(‘95年)などでサイコな緊張感を味わった方はもちろん、それらの名作の余韻にはなかったであろう、絆に満ちた感動がやってくる快作になった。その貢献度合いは、スウェーデン出身のジョナス・アカーランド監督による演出もあるだろうけど、『アルマゲドン』(‘98年)『パール・ハーバー』(‘01年)など、大ヒット作にして多彩なエンタの後に人間的感動を示す、マイケル・ベイ(本作では製作)の手腕もかなり効いている。
さらに、それらに100パーセント応えた、演技陣の心に残る演技ぶりを挙げなければならない。まずは、今回初めての英語セリフと悪役にチャレンジしたチャン・ツィイー。『グリーン・デスティニー』(‘00年)『ラッシュアワー2』(‘01年)の元気印なヤンチャ娘、『初恋のきた道』(‘99年)の純情カレン娘などの演技を、巧妙にブレンドさせた上に、ほくそ笑みアップの不気味さなどを足して、ツィイー流悪女演技を披露する。アジアン・ビューティーのイメージとは、まさに対極に位置する怪演技だ。2010年1月9日に新宿ピカデリーを皮切りに、全国順次公開予定の中国・韓国合作『ソフィーの復讐』では、コミカルな役柄を演じているらしい。本作の演技とは180度違うに違いない、ツィイーのコメディエンヌぶりにも注目したい。
刑事役として、妻亡き後の息子2人の家庭を顧みずに、連続猟奇殺人事件を追いかけるデニス・クエイド。父子絆演技としては、『オーロラの彼方へ』(‘00年)などへ通じ、また宇宙飛行士役だった『ライトスタッフ』(‘83年)の頃の、イキの良さも示してくれる好演技ぶり。悪役は悪役らしく、ヒーローはヒーローらしくというギャップある図式が、映画を面白くさせる要素になっている。
また、照明を始め、映像の色使いにも目を見晴らさせられた。洋画では日本映画のように照明監督はいず、撮影監督がそれも担当するのだが、それゆえに、えてして照明による色使いよりも、撮り方や美術に重点が置かれがちだ。しかし、本作は違っていた。赤やセピアの暖色と緑、白の寒色・冷色の、対比効果を踏まえた照明使いが、観客を感動へと導く隠し味となっている点は見逃せない。 |
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バーダー・マインホフ 理想の果てに |
(c) 2008 CONSTANTIN FILM PRODUKTION
GMBH NOUVELLES EDITIONS DE FILMS S.A. G.T. FILM PRODUCTION
S.R.O. |
『バーダー・マインホフ 理想の果てに』
〜いつになったら暴力の連鎖を断ち切れるのか〜
(2008年 ドイツ,チェコ,フランス 2時間30分)
監督:ウリ・エデル
出演:マルティナ・ゲデック、 モーリッツ・ブライプトロイ
ヨハンナ・ヴォカレク、 ブルーノ・ガンツ 2009年7月25日(土)〜シネマライズ
他全国順次公開
関西での公開は未定です。 公式サイト⇒ http://baader-meinhof.jp/ |
フランスでは五月革命が起こり,ベトナムでは米国による空爆が激化していた。そのような世界情勢を背景に,西ドイツではアンドレアス・バーダーとウルリケ・マインホフを中心とする地下組織が形成された。彼らは,反帝国主義,反資本主義を標榜し,バーダー・マインホフ・グループと呼ばれ,1970年5月にはドイツ赤軍(RAF)と称するようになった。この2人を軸に据えて,1967年6月から77年10月までのドイツの一断面が描かれる。 |
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幕開けは,ドイツ北部のリゾート地・ジルト島のビーチだ。そこには,バーダーらの反政府活動に傾斜する前のマインホフがいた。1967年6月にはベルリンでデモ隊と警官隊が衝突し,一人の学生が警官によって射殺される。その学生のセーターの赤がモノトーンの中に浮かぶ。博愛の精神が血で染まり,革命の炎が燃える。マインホフは,警察とメディアの脅威を感じる。畳み掛ける展開は,個人を呑み込んでいく大きな時代の流れのようだ。 |
今回はヒトラーの時みたいに黙っていられない,抵抗する歴史的な責任があるとインタビューで答えるシーンがある。彼女の中には両親の世代と同じ轍を踏むまいとの思いがあったに違いない。彼女がバーダーを脱走させる手助けをするシークエンスが象徴的だ。彼女は,驚いたフリをするだけで良かったはずだが,バーダーらの後を追って窓から飛び出す。その意を決した行動を捉えた映像は,飛翔ではなく落下のイメージを映し出していた。 |
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バーダーらがヨルダンで軍事訓練を受けるシーンでは,彼らの行動が当時のカルチャーの一部だったことが見えてくる。女性の解放と反帝国主義が同じ土俵に乗っている。資本主義者の金を没収するという銀行強盗さえ,まるでモードのようだ。ところが,警官との銃撃の末に一人の女性が射殺される。そのときの呆然とした警官の表情を捉えたショットも見落とせない。冷酷に撃たれたと憤るRAFとの間には,埋めようのない深い溝がある。 |
また,捜査側の視点が盛り込まれることによって客観性が保たれている。賛同はしなくても動機を理解することが一番大切だという言葉は,今もなお傾聴に値する。30歳未満のドイツ人の40%(700万人)がRAFに共鳴しているという台詞もあった。それだけに2人が逮捕された後の展開は暗然として痛ましい。彼らだけでなく組織全体が追い詰められていく姿はやるせない。エンドロールで流れるボブ・ディランの「風に吹かれて」が染みる。 |
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