topへ
記者会見(過去)
旧作映画紹介
シネルフレバックナンバー プレゼント
 

 未来の食卓

 あんにょん由実香

 BALLAD 名もなき恋のうた

 カムイ外伝

 TAJOMARU

 幸せはシャンソニア劇場から

 ウルヴァリン:X-MEN ZERO
 クリーン
 あの日、欲望の大地で
 男と女の不都合な真実
 ココ・アヴァン・シャネル
 正義のゆくえ
        I.C.E.特別捜査官
 火天の城
 キャデラック・レコード
            つづく・・
 
新作映画
 未来の食卓
『未来の食卓』
〜あなたの食卓は未来につながっていますか?
…小さな村の大きな挑戦〜

(2008年 フランス 1時間52分)
監督:ジャン=ポール・ジョー
出演:エドゥアール・ショーレ、ペリコ・ルガッス

2009年9月19日〜第七藝術劇場、近日〜京都シネマ、神戸アートビレッジセンター
公式サイト⇒ http://www.uplink.co.jp/shokutaku/
監督インタビュー⇒ こちら
 「あなたの家族や友人で、がんや糖尿病や不妊症にかかった人はいますか?」環境健康科学研究者の問いかけに挙手したのは、ユネスコ会議の出席者のほぼ全員。がんが増えていることを如実に伝える光景はインパクトがあり、今すぐにも農薬や化学肥料による食物汚染を止めるべきという、科学者の熱意のこもった発言とともに心に残る。
 映画は農業大国フランスの姿を映し出す。農家の人たちが宇宙飛行士のような、ものものしい装備をつけて、農薬を散布している。農薬を調合する時から、毒は空気中に広がり、人間の体を蝕んでいるのではと夫の身を案じる妻。家族をがんで亡くした女性の話は、農家で小児がんや神経系の病気が広がっている事態の深刻さを伝える。
 そんな危機感を切実に感じた村長が、南フランスの小さな村で、学校給食と高齢者の宅配給食をすべてオーガニックにするという試みを始め、映画は約1年かけて取材していく。コストの高い有機食品をどう負担するのか。村長と村の人たちの間で熱心な議論が行われる。この取組みの影響は、子どもたちの家庭の食卓だけでなく、近郊の農家、商店にも広がり、地産地消の新しいシステムを生み出し、村全体が有機農業に変わっていく。
 子どもたちが野菜や果物を植え、土いじりしながら、とれたてのいちごを食べたり、パセリの茎をかじったり、レタスを取って匂いをかいでみたりする姿がいい。給食の調理人が子どもたちに料理を配りながら、話しかける姿も印象的だ。

  振り返って、日本の食糧自給率はわずか40%と、先進国で最下位。パン用小麦に至っては、ほとんどを輸入に頼っている。インスタント食品や缶詰など多くの加工食品に含まれている食品添加物を、我々は毎日のように口にしている。本作を観て思わず不安を感じずにはいられなかった。
 「食」と「命」はつながっている。日本は個食化も進んでおり、豊かな食文化が失われようとしている。フランスの小さな村の子どもたちの生き生きした姿は、未来への限りない可能性を暗示する。原題は『子どもたちは私たちを告発するでしょう』。未来を担う子どもたちの健康について、大人たちが無関心のままでいいのか。食べることの大切さについて深く心に刻み込み、考える機会にしたい。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 あんにょん由実香
『あんにょん由美香』
〜若き監督のまっすぐな思いが伝わるドキュメンタリー〜

(2009年 日本 1時間59分)
監督・撮影・編集:松江哲明
音楽:豊田道倫
出演:林由美香、ユ・ジンソン、入江浩治、キム・ウォンボギ、カンパニー松尾、いまおかしんじ、平野勝之
シネ・ヌーヴォXで公開中(昼間のみ、9/18まで)、プラネット・プラス・ワンも公開中(レイトショーのみ、9/25まで)、神戸映画資料館では、10/2〜10/6(夜のみ)

公式サイト⇒ http://www.spopro.net/annyong_yumika/
 由美香さんって誰のことだろう。何も知らずに観始め、2005年に34歳の若さで急逝した、ピンク映画やアダルトビデオで主に活躍した女優さんと知った。女性の観客にもついていけるかなという一抹の不安をよそに、松江哲明監督は、死後に発掘された、由美香さん主演の韓国のビデオ作品『東京の人妻 純子』に関わる人々や、由美香さんの代表作を撮った映画監督たちに、次々と取材していく。

  松江監督をつき動かすのは、学生時代に自分の映画に出演してもらった由美香さんに言われた「松江君、まだまだね」の一言。「いつかちゃんと」映画をつくって観てほしい、由美香さん亡き今、もうかなうことのない思いを抱えて、松江監督の旅がはじまる。

  由美香さんの代表作ともいえる傑作を撮った、カンパニー松尾(『硬式ペナス』’89年)、いまおかしんじ(『たまもの』’04年)、平野勝之(『由美香』’97年)ら、先輩監督たちは、口々に「気乗りしない」、「リスクは大きいよ」、「ごまかすような真似するなよ」と、由美香さんについての映画をつくろうとする松江監督にプレッシャーをかける。それは先輩監督たちの偽らざる本音の思いだろう。彼らは、松江監督の頼みにこたえ、由美香さんの作品を撮った現場を訪ね、案内する。当時の撮影風景を回想し、たどっていくうちに、監督たちの表情から緊張が解け、どこか生き生き、わくわくしているようにみえた。恋する青年の無邪気な横顔をふいにのぞきこんでしまったかのような思いにとらわれた。監督たちは、きっと撮影時には、カメラの向こうの由美香さんにぞっこんだったにちがいない。由美香さんは、ただのアイドル女優を越え、監督たちにとっての「ミューズ(女神)」だったのかもしれない。

  松江監督の取材の中で浮かび上がってくるのは、由美香さんの、映画に取り組む熱意あふれる姿勢だけではない。アダルトビデオに出演する男優たちの過酷な現実をも浮き彫りにする。韓国の男優は、『東京の人妻 純子』に出演したために、普通の作品への出演を断わられてしまったと語る。

  作品を選ぶことなく、劇場用映画だけでも200本以上、アダルトビデオではさらにそれを越える数の仕事をしてきた由美香さんという女優が、韓国と日本を結ぶかけはしになる。自身も在日三世である松江監督の壮大なる挑戦は、観客に映画を愛する心を呼び覚ますと同時に、確かな手ごたえをもって、生きる力を伝えてくれるにちがいない。これは松江監督から由美香さんにあてたラブレターであり、映画を愛する観客へのラブレターでもあるのだ。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 BALLAD 名もなき恋のうた
『BALLAD 名もなき恋のうた』
〜戦国の世の、かなわぬ恋の悲しさ〜


(2009年 日本 2時間12分)
監督・脚本:山崎貴
出演:草g剛、新垣結衣、大沢たかお、夏川結衣、筒井道隆、武井証

9月5日(土)〜全国東宝系ロードショー
公式サイト⇒ http://www.ballad-movie.jp/
 アニメ映画「劇場版クレヨンしんちゃん」シリーズの中に、大人を号泣させる感動的な作品がある。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(’01年)と『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(‘02年)。クレヨンしんちゃんといえば、お尻を出したり、言葉遣いが変だったり、いいイメージがなく、恐る恐るビデオを借りて、観終ったときの感激は今もリアルに覚えている。しんちゃんのギャグに、笑ったり呆れたりしながらも、いつのまにか映画の世界に入り込み、最後には、タオルを手に、一人テレビの前で大泣きした。『…オトナ帝国の逆襲』では、大人を説得しようとするしんちゃんの語りの熱さに、『…戦国大合戦』では、突然襲う運命のはかなさにただもう驚き、その後に広がる深い悲しみと静かな余韻に圧倒された。
 この映画史に残る名作『…戦国大合戦』の実写化に挑んだのは、『ALWAYS三丁目の夕日』の山崎貴監督。戦国時代にタイムスリップして、武将や姫に出会うという設定はそのままで、しんちゃんを小学生の真一に変えた。
 舞台は、天正2年、春日という小国。“鬼の井尻”と恐れられていた侍、井尻又兵衛は、国の姫君、廉姫とは幼なじみで、互いに思い合っていたものの、身分の差ゆえに、決してその思いを口にすることはなかった。現代から舞い込んだ真一は、偶然にも、合戦中の又兵衛の命を救い、城に連れられてくる。二人が相思相愛と知った真一は、携帯電話を使って二人をからかったり、二人の距離も自然、縮まっていく。しかし、春日を訪れた大国の大名が廉姫を見染め、縁談が成立。果たして又兵衛と廉姫の恋の行方は?二人は思いを伝え合うことができるのか。

  又兵衛と廉姫とが、ひそかに相手を思い、守りあう姿とともに、又兵衛が真一と心を通わせ、奇妙な友情を築いていく姿もみどころ。戦国時代と現代、時代を遠く隔てても、人間の思いは同じだと教えてくれる。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 カムイ外伝
『カムイ外伝』
〜色彩感が示すコミック原作時代劇の新スタイル〜

(2009年 日本 2時間)
監督:崔洋一
出演:松山ケンイチ、小雪、伊藤英明、小林薫、佐藤浩市、イーキン・チェン、土屋アンナ、大後寿々花

2009年9月19日(土)〜丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー、梅田ピカデリー、梅田ブルク7、MOVIX京都、神戸国際松竹ほかにて全国公開
公式サイト⇒ http://www.kamuigaiden.jp
 TVアニメ・シリーズが1969年に劇場版アニメとなって公開されたが、アニメで見られたあのクールな感覚が、実写になるとどうなるのか、とても興味深かった。予定された完成日よりいろいろあって遅れたものの、ようやく完成した本作は構図、脚本、構成、演技を含め、コミック原作を実写で描くことの映画的意味を、崔洋一監督が観客に問いかけるような問題作となった。
 本作が大ヒットする要素は、確かにいっぱいある。映画宣伝関係者が語る、松山ケンイチと小雪の順調な交際ぶりとか、エンディングで掛かる倖田來未のオーケストレーション入りのポップス・バラードとか。しかし、それらはあくまで外装にすぎない。崔監督の緻密さは冒頭のショットからいきなり示される。
 コミックのセピアの手書きシーンから、粗い粒子の絵柄へクローズアップし、松山ケンイチのモノクロ・シーン、赤い色彩感から急転し草のグリーンを配色した、小雪アクション・シーンへと畳み掛けていく。この冒頭の色彩感の流れからすでに、この映画の結末までを暗示するシークエンスになっていたのには、驚きを隠せなかった。また、群青の海洋シーンでは、できるだけ空をスクリーンの上部3分の1、2分の1に組み込んでいる。それは海の臨場感を最大限に引き出す最適の構図なのだ。過去のシーンだが、物語における現在と差を付けるために脱色も施している。
 そして、人物のアップ、クローズアップが極端なくらいに少ない。主演の松山ケンイチで3〜4カット程度である。ミディアム・ショット、引きの絵柄、全体構図を見せるロングショットにより、多彩な登場人物たちが「その場」にいて、動いているという物語性を強調しているのだ。物語を観客のみなさんに語っていく風の、山崎努のナレーションぶりも渋い。馬の骨が魚のエサとしていいと言う漁師役の小林薫、怪演技を披露する佐藤浩市など、名脇役たちの渋(シブ)演技にも魅せられる。
 『あずみ』(‘03年)『SHINOBI』(‘05年)などの忍者・くのいち映画とは違う、忍者界から逃げる元忍者の話だが、忍者もの時代劇アクションのテイストはしっかりと入っている。さらに、サメが暴れる『ジョーズ』(‘75年)的な、隠し味アクションもあるのでお楽しみに。
(宮城 正樹)ページトップへ
 TAJOMARU
『TAJOMARU』
〜一大エンタ時代活劇のお楽しみはコレからだ〜

(2009年 日本 2時間11分)

監督:中野裕之
出演:小栗旬、柴本幸、田中圭、やべきょうすけ、池内博之、本田博太郎、松方弘樹、近藤正臣、萩原健一

2009年9月12日(土)〜丸の内ルーブル、梅田ブルク7、なんばパークスシネマほかにて全国公開
公式サイト⇒ http://www.tajomaru.jp
 21世紀になってからも『あずみ』(‘03年)『クローズZERO』(‘07年)などを大ヒットさせている、ベテラン・プロデューサーの山本又一朗。彼がこの映画企画を市川森一の脚本と共に、某大手映画会社に持ち込むと、「カンヌ国際映画祭」で賞が狙えそうな作品だが、全国300館以上の映画館で上映するだけの、スケール感がないのではとジャッジされたという。それで、もちろん修正を施した上で作られたのが本作なのだが、実は本作を鑑賞すると、その修正前バージョンもぜひ作ってもらいたいと思えてくる。つまり、カンヌやアカデミー賞を狙える作品と、そうでない作品の違いはどこにあるのか、みなさんに比較して観てもらいたいからだ。
 しかし、黒澤明の一大娯楽時代劇が海外で高い評価を得ているのと同様に、本作は時代劇エンターテインメントの粋を凝縮した作品となった。その黒澤時代劇でベネチア国際映画祭グランプリを受賞した『羅生門』(‘50年)の、三船敏郎が演じた「多襄丸」を「TAJOMARU」として新装しクローズアップ。『羅生門』事件を新たな視点から描き抜いてみせる。藪の中で発生した事件で死んだ松方弘樹扮する彼が、最期に「俺を殺した人間に俺の名を継いでほしい」と頼み、それを承知した小栗旬が新「TAJOMARU」になるのだ。
 小栗旬と松方弘樹の共演とくれば、NHK大河ドラマ『天地人』の石田三成と徳川家康を思い出させる。しかし、こちらは有名な戦国時代の戦国武将役ではない。戦国時代をさらにさかのぼった室町時代の、銀閣寺で有名な第8代将軍足利義政(萩原健一)の時代だ。しかも本物の盗賊役と、盗賊にならざるを得なかった名門一族の次男坊役というキャラクター設定が、みんなが知っているような歴史の実話ではないだけに、物語に起伏と波乱万丈をもたらす効果を呼んでいる。
 また、桜、紅葉、雪景色など四季折々の美しい日本の風景に加え、セピアの夕景シーンなど、思わずうっとりする目に優しいシーンの挿入や、ヒップホップを流す田楽シーンほか、大娯楽時代活劇という内容に、見事なアクセントを加えている。
(宮城 正樹)ページトップへ
 幸せはシャンソニア劇場から
『幸せはシャンソニア劇場から』原題:Faubourg36
〜劇場に夢馳せる仲間たちの熱き思い〜

(2008年 フランス・チェコ・ドイツ 2時間0分)
監督・脚本: クリストフ・バラティエ
製作: ジャック・ペラン、ニコラ・モヴェルネ
出演:ジェラール・ジュニョ、カド・メラッド、クロヴィス・コルニアック、ノラ・アルネゼデール、ピエール・リシャール
2009年9月5日からシネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸
公式サイト⇒ http://www.chansonia.jp/
 映画を観た帰り道、映画の中の歌を口ずさみながら、ステップを踏んでみたくなったことはありませんか?
パリ下町の小さな劇場を愛する人々の熱い思いが、歌や音楽とともにあふれだし、ちょっぴりの哀しみと、たっぷりの喜びと楽しさで胸がいっぱいになる、そんなすてきなフレンチ・エンターテインメント。

 1936 年、第二次大戦前の不況の最中、ミュージックホール「シャンソニア劇場」は借金のために閉鎖。35年間、幕引きなど裏方として仕事一筋だったピゴワルは、職を失い、愛する息子ジョジョとも離ればなれに。仲間たちと力をあわせ、劇場の再開に向け奮闘し、再び劇場に灯がともる。しかし、喜んだのも束の間、次々と難題がふりかかり……。
 日本でも大ヒットした『コーラス』(04年)の製作者ジャック・ペランとクリストフ・バラティエ監督が組み、何年も暖めていたミュージカル・コメディの構想をついに映画化。ラブストーリーあり、サスペンスありと盛りだくさんの群像劇で楽しめる。

 『コーラス』で音楽教師を演じたジェラール・ジュニョがピゴワルを好演。遠く離れていても、父が息子を思い、息子が父を思う深い愛情が、息子の奏でるアコーディオンの調べに乗せて客席まで届けられる。
 舞台に立てることの喜びや意気込みが、歌や芸や踊りに結晶し、まるで本物の舞台を観ているかのよう。とりわけミュージカルの場面は、陽気でテンポもよく、躍動感にあふれている。劇場の新しい歌姫を演じる新人女優ノラ・アルネゼデールの歌声も絶品。

 優しさとぬくもりでいっぱいの人情味豊かなドラマを、すてきな歌とメロディーが盛り上げ、観客の心に、希望と夢が送り届けられる。劇場に集う人々と、音楽の楽しさをともにし、ほっこり心が温かくなる。その楽しさをぜひ映画館で味わってほしい。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 ウルヴァリン: X−MEN ZERO
『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』
〜『スター・ウォーズ』や小説『1Q84』へ通じる快作〜

(2009年 アメリカ 1時間48分)
監督:ギャヴィン・フッド
出演:ヒュー・ジャックマン、リーヴ・シュレイバー、ダニー・ヒューストン、ウィル・アイ・アム、リン・コリンズ、テイラー・キッチュ
2009年9月11日(金)〜TOHOシネマズ梅田、梅田ブルク7、なんばパークスシネマほか全国ロードショー
公式サイト⇒ http://www.xmen-zero.jp
 アメコミ原作による『X-メン』(第1弾は2000年製作)シリーズの最新作が登場する。しかも、本作は重要キャラクターのウルヴァリンの、『スター・ウォーズ』(‘77年作)のダース・ベイダー誕生の軌跡を描いたサーガ編のように、遡(さかのぼ)り系の面白さに満ちた極上のエンターテインメント作品になった。
 1845年から物語は始まる。幼少の時に、兄弟としての絆を確認し合ったヴィクター&ローガン。だが、数年後の兄弟ゲンカを超えた、凄まじい対決をメインにしてストーリーは転がっていく。この兄弟だが、その後、南北戦争や太平洋戦争などの戦争でのアクションを経て、ストライカーなる男のスカウトにあい、『X-メン』チームの原点となる7人組の「チームX」を組む。そして、アフリカのナイジェリアへ行き、宇宙から降ってきた隕石をベースにした合金、これはミュータントたちをさらに強力に変えていく素材となるのだが、それを奪取する作戦が展開される。しかし、ヒュー・ジャックマン演じる主人公のウルヴァリンことローガンは、意味のない人殺しを続けることに疑問を感じ、チームを離脱する。
 そうして6年後、ウルヴァリンはカナディアン・ロッキーで妻のケイラと暮らして、林業に従事していた。だが、かつての仲間をなぜか殺し続ける実兄のヴィクターが、ローガンの妻を殺して弟の前に現れる。2人は激闘するが、勝敗は決しない。もちろん弟は妻の復讐に燃えて、その後兄貴を追い続けることになる。兄弟だけでなく、ミュータント同士のディープ・インパクトな対決シーンが、クライマックスを含めて、2〜3バージョンにわたって繰り広げられる。この映画的壮絶さはぜひ映画館にてご覧いただきたい。大画面でしか味わえない、アクション・シーンの連続だから。
 でも、アクション以外にも妙味はある。主人公と妻との会話で交わされる月の逸話についてだが、恋人にフラれたという孤独な月のイメージは、村上春樹のベストセラー小説『1Q84』で語られる「月の純粋な孤独と静謐」へとリンクする渋さがある。クライマックスとなるスリーマイル島を舞台にした大決戦だが、原発事故もあり、また『チャイナ・シンドローム』(‘79年作)でも取り上げられたあのスリリングな感覚が、見事な形で反映されている。さらに、『X-メン』第1弾へと通じるラスト近くのエピソードを始め、ウルヴァリン・ドラマのシリーズ化への伏線がいくつも出てくるので、ぜひお見逃しなきよう。
(宮城 正樹)ページトップへ
 クリーン
『クリーン』

(2004年 フランス,イギリス,カナダ 1時間51分)
監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス
出演:マギー・チャン,ニック・ノルティ,ベアトリス・ダル,ジャンヌ・バリバール,ジェームズ・デニス

公式サイト⇒ http://www.clean-movie.net/
2009年8月29日よりイメージ・フォーラムほか全国にて順次公開
◎9月下旬 京都駅ビルシネマ(特設ミニシアター)にてプレミア上映!!
◎9月下旬〜神戸アートビレッジセンター
◎10月中旬〜シネマート心斎橋
◎11月上旬〜京都みなみ会館

★2005(平成17)年1月10日(月・祝),動物園前シネ・フェスタで,オリヴィエ・アサイヤスへのオマージュとして,12時30分から「感傷的な運命」,16時30分から「デイモン・ラヴァー」,19時30分から「クリーン」が上映された。以下は,その際に書き留めていたものである。
 オリヴィエ・アサイヤス監督の最新作「クリーン」を観る機会があった。マギー・チャンが,母親の息子に対する情愛と人生のパートナーに対する想いを体現し,実にいい表情を見せる。カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞したのは,当然であろう。また,彼女を支えるニック・ノルティの存在も忘れ難い。
 エミリーは,息子ジェイに会いたい一念に支えられ,突然パートナーを失ったとまどいや哀しみを克服する。マギー・チャンが自然体で,エミリーの心情を的確に表出し,確かな存在感で迫る。彼女は,最後には息子と心が通じ合い,自らの長年の夢をも実現する。このラストが予め用意された安直なものにならず,説得力を持ち得たのは,スクリーンの世界をマギー・チャンが一人の女性としてしなやかに生き抜いたからにほかならない。
 エミリーが泣き,エミリーが笑う。その表情は実に雄弁である。エミリーが,間借りした部屋で泣く。そして,最後のレコーディングの休憩中に泣く。人は,ふと虚しさに耐えられなくなって泣くこともあれば,達成感や充実感に包まれて泣くこともある。また,ホテルのロビーでようやく息子と再会できたときの表情や,バンセンヌ動物園で見失ってしまった息子の姿を見付けたときの表情など,悦びの表情も決して一様ではない。彼女の表情の豊かさと奥深さには驚嘆させられる。
 また,エミリーが,息子に会いたくて,ドラッグを断ち切り,中華料理店のウェイトレスやデパートの婦人服販売といった,自分の夢と懸け離れた仕事に就く。このように息子に対する想いを最優先しながらも,その一方で,ロック歌手だったリーと二人で追い求めた夢を手放すことができない。揺れ動く内面が何気ない言動の中で切なく胸に迫る。
 ジェイは,リーの母親からエミリーに対する憎しみをすり込まれている。エミリーがどのようにしてジェイの心を開くかが,一つのサスペンスとなっている。しかし,ジェイがエミリーを受け入れるまでに多くの時間は必要ではなかった。簡単すぎて少し物足りない感じがしないでもないが,マギー・チャンを通じてエミリーのジェイに対する想いの強さを体験させられているため,ジェイの心情の変化は,決して不自然ではなく,むしろ当然のこととして受け止めることができる。
 彼女の義父に扮するニック・ノルティもまた,地味とはいえ渋い味わいの演技で,ストーリーに深みを与えている。初老の男が,息子だけでなく,最愛のパートナーである妻にも先立たれるかも知れない予感の中で,自分の将来を見据えている。彼は,エミリーが息子を死なせたとして憎しみを募らせる妻の心情に精一杯の配慮をしながら,同時に亡き息子の妻エミリーに対する慈しみを失わない。ニック・ノルティが,妻とエミリーの間で微妙なバランスを保って,秀逸である。
 更に,本作品の世界は,生きることの大切さを実感させ,人間が愛おしく思えるような設定になっている。エミリーは,香港で生まれ,パリに移住してフランス国籍を取得し,パートナーとなるリーとロンドンで出会い,バンクーバーに住む彼の両親に息子ジェイを預け,ハミルトンでパートナーを失い,パリに戻り,サン・フランシスコでシンガーになる夢を実現する。このグローバルな設定の中ではエミリーの存在は小さいが,それがかえって大きな世界の中で懸命に生きる人間の健気さを実感させ,愛しさを募らせる。

 カメラは,全編を通じて技巧に溺れることなく,エミリーとの距離を適度に保ち続ける。特に実験的なシーンはなく,比較的オーソドックスな編集で,手持ちカメラによる撮影が陥りがちな息苦しさはない。音楽も無視できない。輸入盤のサントラが販売されていたが,本作品の劇場公開は未定のようであり,残念でならない。このような傑作は,「誰も知らない」と同じように,カンヌでの受賞発表後速やかに公開してもらいたかったと思う。
(河田 充規)ページトップへ
 あの日、欲望の大地で

(c)2008 2929 Productions LLC, All rights reserved.
『あの日,欲望の大地で』
〜燃え上がる炎の先に安らぎが見えてくる〜

(2008年 アメリカ 1時間46分)
監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ
出演:シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガー、ジェニファー・ローレンス、ジョン・コーベット、ヨアキム・デ・アルメイダ、ダニー・ピノ、ホセ・マリア・ヤスピク

2009年9月、Bunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマほかにて全国公開 
関西では、9月〜テアトル梅田、シネマート心斎橋、シネ・リーブル神戸、順次〜京都シネマ にて公開 

公式サイト⇒ http://yokubou-daichi.jp/

 スクリーン一面に映し出された砂漠の真ん中で何かが燃えている。燃え上がる炎に包まれているのはトレーラーだ。すべてを呑み尽くす情念が視覚化されたようで,印象に残るシーンだ。そして,場面が切り替わり,主人公シルビアの職場と私生活のギャップが描かれていく。しかも,彼女の様子をじっと見ているメキシコ人の男がいる。その他,何の脈絡もなさそうなシーンが重ねられ,どんどん疑問が膨らんでいくので,目が離せなくなる。
 シルビアは,まだ10代でマリアーナと呼ばれていたとき,母ジーナの挙動に不信感を抱く。それがすべての始まりだった。やがて,シルビアには長年にわたって音信不通のマリアという娘がいることも明らかになる。そして,2つの時代に生きる3人の女性の4つの断面が,現在のシルビアに軸足を据えて描かれていく。これらがクロスオーバーしていく手際は鮮やかというほかない。しかも,ラストではシルビアの視線の先に安らぎが見える。
 何かから目をそらすようなシルビアの生活と彼女が回想するマリアーナの体験が,ジーナの哀しみやマリアの怒りを絡めて立体的に描かれる。そこから浮かび上がってくるのは,シルビアのジーナやマリア,ひいては自身に対する屈折した思いだ。燃え上がる炎を見詰めるマリアーナの表情の変化が彼女の心情を雄弁に物語っている。彼女は,そのときジーナに対する愛憎の渦巻きにからめ捕られて,そこから逃れられないままシルビアとなった。
 ところが,彼女は,マリアとの再会というより新たな出会いを通じて,それまで避けてきた問題に直面する。ラスト近くで,前方の扉をじっと見つめているシルビアの姿が映される。続けて4人の女性それぞれの短いショットが重ねられる。そこではシルビアの知らない情景が映し出され,客観的な視点が保たれるので,安易な感情移入が拒絶される。そのため,扉の中に入っていくシルビアの再生への決意が,より一層印象深いものとなった。
(河田 充規)ページトップへ
 男と女の不都合な真実

(c)2009 Sony Pictures Digital Inc. All Rights Reserved.

『男と女の不都合な真実』
〜古い革袋に新しい酒を入れたようなラブコメ〜

(2009年 アメリカ 1時間35分)
監督:ロバート・ルケティック
出演:キャサリン・ハイグル、 ジェラルド・バトラー、 エリック・ウィンター

2009年9月18日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー関西では、9/18(金)〜TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条)、OSシネマズミント神戸 他にて公開
公式サイト⇒ http://www.sonypictures.jp/movies/theuglytruth/

 アビー(キャサリン・ハイグル)は、サクラメントのTV局のプロデューサーだ。忙しい日々を送りながら、理想の彼氏を求めてデートを繰り返していた。そんな彼女の隣家にハンサムな整形外科医コリンが引っ越してくる。一方、マイク(ジェラルド・バトラー)は、男の本音トークで人気を得ている他局のパーソナリティだ。アビーは、たまたま彼の番組を見てその発言に反発し、視聴者として電話を掛けるが、逆にやり込められてしまう。
 その後、アビーは、皮肉にも自分の番組でマイクを起用することになる。しかも、コリンをゲットするためマイクのアドバイスを受ける。そして、誰もが思い描くとおりのストーリーが展開する。その意味で典型的なハリウッド製ラブコメだ。彼女は、最初は嫌っていたマイクと本音でやり取りするうち、最後にはコリンのことがどうでもよくなる。初めは表面の美しさに惹かれても、結局は醜い本音(不都合な真実)が男女を結びつけるのだ。
 アビーが初めてコリンと対面するシーンは、本作の特色が端的に表れているようで、強烈な印象を残す。それは、決してアビーが思い描くようなロマンチックなものではなかった。彼女の飼い猫は、本能の赴くまま金魚を食ってしまったことから、彼女がコリンを見初めるきっかけを作り出す。何とも意味深長な感じで面白い。しかも、木に逆さ吊りになったアビーの目の前には、彼女を助けに来たコリンの…というフツーあり得ない出会いだった。
 ジェラルドが「オペラ座の怪人」や「P.S.アイラブユー」とは違って、逆の意味で女性の目を引く。見た目は決してスウィートではなく、口を開けば放送禁止用語を連発する。だが、露骨すぎず、下品になってしまわないぎりぎりのところで踏みとどまる。そのため、からっとした喜劇に仕上がっている。男女の機微を笑い飛ばすようなブラックな一面もある。また、熱気球のシーンが美しく、そのイメージのまま迎えるエンディングは爽やかだ。
(河田 充規)ページトップへ
 ココ・アヴァン・シャネル
『ココ・アヴァン・シャネル』
〜シャネルの原点,それは修道院と厩舎!?〜

(2009年 フランス 1時間50分)
監督:アンヌ・フォンテーヌ
出演:オドレイ・トトゥ、ブノワ・ポールブールド、アレッサンドロ・ニボラ、マリー・ジラン、エマニュエル・ドゥボス

2009年9月18日より全国にて公開
公式サイト⇒ http://wwws.warnerbros.co.jp/cocoavantchanel/#/top

 ココ・シャネル,ビギンズという趣の作品だ。”シャネル”というブランドが誕生する前のココ・シャネルに焦点が当てられている。彼女は,1883年に生まれ,母が亡くなった後,12歳のとき父により修道院の運営する孤児院に預けられる。そこを出てから1910年パリに帽子店を開くまでの間,エチエンヌ・バルサンやボーイ(本名アーサー)・カペルと出会って親しくなる。”シャネル”のスタイルの基礎が確立されるまでの過程が丁寧に描かれる。
 監督は,ココの素養は知識だけで成り立ったものではなく,観察から生まれたものだったと言っている。その言葉を具象化したようなオドレイ・トトゥの黒い瞳が印象的だ。視線の先にあるものを見据え,じっと観察するような目をしている。そんな彼女の様子が何度も映し出される。彼女が見た帽子は羽飾りが多すぎるし,スカートの裾はあまりにも長い。彼女にとって,帽子や服は女性を飾るものではなく,実用品でなければならなかった。
 孤児院でのココを描いたシーンでは,父が迎えに来ると言い続けていた彼女の姿が強調される。だが,それが”シャネル”の形成にどのような影響を与えたのかは明らかでない。彼女が後に厩舎のファッションに着目する萌芽は孤児院時代にあったのではないか。そうであれば,修道女や孤児の服装をココがどのように見ていたかを映し出して欲しかったと思う。また,父への思いは,その後の彼女の人生にどのような影響を及ぼしたのだろうか。
 映画は,ココの姿とその目に映る情景をひたすら追い続ける。エチエンヌやその親友のボーイとの関係も,特にドラマ性を高める役割を果たしていない。厩舎や競馬場,そしてまたドーヴィルの海岸での彼女の体験が客観的に綴られていく。彼女の一人称的な視点がもっと取り入れられていたら,観客が感情移入しやすくなり,ラストで”シャネル”に変身した彼女がなお一層輝いただろう。見掛けの美を強調せず,冷静な態度で貫かれている。
(河田 充規)ページトップへ
 正義のゆくえ

(c)2008 The Weinstein Company,LLC All Rights Reserved.  

『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』
〜サスペンスに満ちた社会派群像劇を堪能〜

(2008年 アメリカ 1時間53分)
監督・脚本:ウェイン・クラマー
出演:ハリソン・フォード、レイ・リオッタ、 アシュレイ・ジャッド、
ジム・スタージェス、 クリフ・カーティス、アリシー・ブラガ

2009年9月19日〜TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
関西では、今秋〜敷島シネポップ、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条 にて公開

公式サイト⇒ http://www.seiginoyukue.jp/

 監督は,1965年に南アフリカで生まれ,86年に渡米し,2000年に米国市民権を取得したそうだ。本作は,ずっと移民問題について考えさせられてきたという監督による移民に関する映画だ。ロサンゼルスを舞台として,メキシコの母子,南アフリカの青年,オーストラリアの女性,ナイジェリアの孤児,韓国の高校生,バングラデシュやイランの家族という,それぞれ国籍や民族を異にする人々がCrossing Over-交差する模様が描き上げられる。
 これらの人々の群像劇を引き締める役割を果たしているのが移民・関税執行局(ICE)の捜査官(ハリソン・フォード)であり,移民弁護士(アシュレイ・ジャッド)や移民審査官(レイ・リオッタ)の存在だ。捜査官は,生き別れになったメキシコの母子のために尽力する。移民弁護士は,イランの家族が置かれた過酷な状況に心を痛める。これに対し,移民審査官は,自らの欲望のために職務上の地位を利用するという心の弱さをさらけ出す。
 米国では,2001年の9.11米国同時多発テロを未然に防止できなかったことへの反省から,03年にテロ対策に関わる政府機関・部門が統合され国土安全保障省が新設され,その内局の一つであるICEが移民法の執行や人身売買等の犯罪捜査を担当しているという。そんな状況を背景として,本作は,市民権や永住権を取得できる者と自主的な国外退去を余儀なくされる者を描き,米国の外国人に対する寛容と不寛容の二面性を浮き彫りにしていく。
 その手際が鮮やかで,イランの家族の行く末はどうなるのか,南アフリカの青年は永住権を取得できるのか,韓国の高校生は市民権を取得できるのかなど,サスペンスに満ちた展開に引き込まれる。ストーリー展開の合間には,ロサンゼルスの街やフリーウェイを真上から俯瞰するシーンが何度も挿入される。そこに映されるビルや道路は,互いに信頼し合えない人間の哀しさを内包しているようだ。それでも人々は生きていかなければならない。
(河田 充規)ページトップへ
 火天の城
『火天(かてん)の城』
〜家族や仲間の絆で結ばれる大プロジェクト映画〜

(2009年 日本 2時間19分)
監督:田中光敏
出演:西田敏行、福田沙紀、椎名桔平、大竹しのぶ、寺島進、山本太郎、水野美紀、笹野高史、夏八木勲、緒形直人

2009年9月12日(土)〜梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、全国東映系にて公開
公式サイト⇒ http://www.katen.jp
 NHKの大河ドラマ「天地人」などもそうだが、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らが出てくる映画となれば、これまではどうしてもチャンバラ、合戦入りという定番の時代劇になりがちだ。しかし、この時代劇は大いに違う。新生面を打ち出した作品となった。安土城を造るプロセスをメインに見せていくのだ。まさに、黒四ダム建設の『黒部の太陽』(‘68年)や、霞ヶ関ビル建設の『超高層のあけぼの』(‘69年)などの、映画的ダイナミズムがあふれている爽快作品である。さらに分かりやすくたとえてみると、そう、コレは安土桃山時代版「プロジェクトX」だ。
 加えて、もっともっと感動的な新しいところがある。その映画的醍醐味だが、さまざまな登場人物たちの数々の深い絆描写シーンによって支えられている点を見逃してはいけない。まずは、夫・西田敏行を支える妻役・大竹しのぶの、胸を打つ泣ける演技を挙げねばならない。同じ妻役でも『GO』(‘01年)のイケイケ演技とは、丸っきりの対極演技。父から教えられた「微笑み・笑いを絶やさない」表情を見せ、夫から「おまえはいつも笑っている。そんなに俺がおかしいのか」となじられても、「その笑いの裏には、悲しみを押し込めているのです」と答える。いや、このセリフは凄い。鳥肌ものです。
 城の屋台骨となる敵方の木曾檜(きそひのき)を手に入れる段階で、今で言う営林監督署の人に当たる杣人(そまびと)役の緒形直人と、西田敏行の間に生まれる絆も快い。木曾義昌に背いて緒形は、檜を西田の元へ配送するのだが、それによって討ち首で殺されてしまう。その後、西田は「いい夢を見させてもらった」と書く緒形の、遺書的手紙をもらって泣くのである。
 父と娘の絆、娘と若き不器用な男の絆、大工たちの絆などもさわやかだ。クライマックスでは、それらの絆が大きなうねりとなっていく。西田敏行が主演した、VHSを作り上げる『日はまた昇る』(‘02年)や動物園を立て直す『旭山動物園物語』(‘09年)などに通じる、熱き感動と余韻に包まれるに違いない。
(宮城 正樹)ページトップへ
 キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語〜
『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』
〜映画史上初の音楽会社のトゥルー・ストーリー〜

(2008年 アメリカ 1時間48分)
監督:ダーネル・マーティン
出演:エイドリアン・ブロディ、ジェフリー・ライト、ビヨンセ・ノウルズ、コロンバス・ショート

2009年9月12日〜梅田ガーデンシネマ、シネ・リーブル神戸、京都シネマ
にて公開

公式サイト⇒ http://www.cadillac-record.jp
 映画史上初となる、レコード会社の歴史を描いた群像劇で、これまで多々あったミュージカル映画スタイルではなく、音楽そのものを映画という人間ドラマで表現してみせることの意味を、深く追求した傑作が誕生した。これまでプリンス、マイケル・ジャクソン、マドンナ、マライア・キャリーらのミュージシャンが映画作りに挑んだが、製作・出演のシンガーのビヨンセ・ノウルズが関わった本作ほどの、純音楽映画は生み落とされなかった。
 モータウン・レコードを仮想設定した『ドリームガールズ』(2007年)に続き、モータウンより以前から実在したチェス・レコードの変遷を描き、1941年から現在までの、ブラック・ミュージックの流れとロックの殿堂入りまでを展開していく構成。黒人社長だったモータウンと違い、エイドリアン・ブロディ扮する、ポーランド系移民の白人アメリカ人が社長になり、黒人差別の風潮など全く気にせず、前半は黒人のブルース歌手マディ・ウォーターズやリトル・ウォルター・ジェイコブズを発掘し、売り出していくプロセスが綴られていく。この3人が突き放したり結び付いたりする絆は、本編のさまざまなシークエンスに散りばめられている。
 さらに、エルヴィス・プレスリー以上に、ローリング・ストーンズに影響を与えたロックンローラー、チャック・ベリーのハツラツとした登場に続き、後半からはエタ・ジェイムズを演じるビヨンセが真打ちの形でシーンに出現する。レコーディングで涙を浮かべてソウル・バラードを熱唱し、バイオリンをバックにスタンダード・タッチを表情豊かに歌い上げ、社長が会社を辞めて去る日には、絶妙な歌い回しとパフォーマンスで魅せる。
 一方で、レイ・チャールズを描いた『Ray/レイ』(2004年)や、ジョニー・キャッシュを描いた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)のように、いろんなミュージシャンが麻薬に溺れていく裏の一面も見せていく。ヤクチュウのビヨンセと社長のここぞという時の、交互のクローズアップのやり取りによる、心理描写のドラマ・リズムなどが、キュ〜ンと胸にきた。黒人女性監督のダーネル・マーティンの、気をてらわない演出ぶりも光る。
(宮城 正樹)ページトップへ
 
 
HOME /ご利用に当たって