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新作映画
 ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢
『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』
〜「いま」を生きるダンサーたちの熱き戦い〜

(2008年 アメリカ 1時間33分)
監督:ジェイムズ・D・スターン、アダム・デル・デオ
出演:「コーラスライン」オリジナルキャスト&スタッフ、マイケル・ベネット
10/25〜梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸 他

公式ホームページ→
 ブロードウェイに立つことを夢みて、オーディションに集まった若者たちの心の葛藤と熱き“戦い”を描き、トニー賞9部門ほか数々の賞に輝いた伝説のミュージカル「コーラスライン」が、2006年に再演された。本作は、そのときのオーディションの様子を追った映像に、オリジナル版の原案・振付・演出を手がけたマイケル・ベネットの貴重なインタヴュー・テープなどを交えた“舞台裏ドキュメンタリー”。

 全身全霊で役を“生きる”ダンサーたちの姿が物語の登場人物たちと重なり、二重の感動が生まれる。そして、敗れてもなお「心」は決して負けず“いつか、きっと”と信じ、夢を諦めない彼らに、「いま」に賭ける情熱と勇気をもらえる作品だ。
(篠原 あゆみ)ページトップへ
 画家と庭師とカンパーニュ
『画家と庭師とカンパーニュ』
〜君が蒔いた種、僕のキャンバスでも花開く。〜

(2007 フランス 1時45分)
監督:ジャン・ベッケル
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジャン=ピエール・ダルッサン、ファニー・コットンソン
10月18日(土)〜梅田ガーデンシネマ、シネ・リーブル神戸、11月下旬〜京都シネマ

公式ホームページ→
 瑞々しい木々の緑と生命力溢れる藍色の湖、可愛らしい黄色い花々―。眩しいほどの光と心地良いそよ風を、あなたもきっと感じるだろう。フランスの田舎町・カンパーニュへようこそ! キラキラ輝く大自然とおじさん達の小粋な友情の物語である。

 成功をおさめるも都会生活に疲れ、故郷の屋敷に戻ってきた画家。荒れた庭に菜園を作りたいと、庭師を募集する。訪ねてきた庭師は、“無鉄砲”と呼ばれたかつての名コンビの幼馴染だった。再会した2人は、40余年の月日を一瞬のうちに取り戻す。   
 絵のモデルと大人の恋愛を楽しみ妻から離婚を迫られている画家と、妻のことを今でも“奥さん”と呼ぶ庭師。生活も性格も丸きり異なる2人が、それゆえに友達を超えたかけがえのない存在になってゆく。その、他愛もないのにエスプリの効いた会話が何とも心憎い。

  物語は「別れ」で幕を閉じるのだが、庭師が育んだものが野菜や花だけではなかったことに胸が熱くなる。
(原田 灯子)ページトップへ
 ICHI
『ICHI』
〜マイナス指向を吹き飛ばす新しい時代劇〜

(2008年 日本 2時間)
監督:曽利文彦
出演:綾瀬はるか、大沢たかお、中村獅童、窪塚洋介、柄本明
10月25日(土)〜梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー

公式ホームページ→

 座頭市と言えば,勝新太郎のイメージが強い。座頭とは,頭を剃った盲人で,按摩や鍼を職業とするものだ。最近は,映画でビートたけし,舞台で哀川翔が座頭市を演じていた。だが,今度の主人公・市は,座頭ではなく,瞽女(ごぜ),つまり三味線の弾き語りをする盲目の女芸人であり,綾瀬はるかが扮している。これまでとは違った新しいICHIが誕生した。ボロをまとっているけれど,美しい。その両目は,白眼ではなく,開いている。

 彼女の目は,何も見えていないというよりも,何も見ようとしていないかのようだ。その態度からも全てに背を向けて生きてきたことが窺える。彼女自身,目が見えないから境目が分からず,生きているのか死んでいるのかさえ分からないと言う。ただ自分に剣術を教えてくれた男が父親かどうかを確かめたくて生きてきたようだ。そんな市が大沢たかお扮する十馬と出会ったことから変化していく。生きていれば,チャンスがあり,希望がある。
 また,市は,左手に仕込み杖を持ち,右手では電光石火の逆手一文字斬りであっという間に相手を倒していく。これは勝新太郎によって確立されたスタイルだ。TVシリーズ化されたとき,子供は皆(?)マネをしていた。だから,これがなければ市ではない。もちろん,本作でも踏襲されており,十人斬りのシーンもある。編集ではカットを細かく繋いでいるが,実際には綾瀬はるかが十人を一気に斬り倒したそうだ。編集による妙味も捨て難いが,長回しでも観たかったという気がする。
 更に,中村獅童が万鬼という大悪党に扮し,圧倒的な存在感を示している。腰抜けのように見えて実は剣豪の十馬との一騎打ちがクライマックスだ。監督の曽利文彦は,CGを駆使した「ピンポン」のイメージが強い。だが,本作の殺陣のシーンには,生身の迫力が満ちている。しかも,2人が対決せざるを得ない状況がしっかりと描き込まれ,本作のテーマとも上手く結びついている。良質の時代劇だ。
(河田 充規)ページトップへ
 悪魔のリズム
『悪魔のリズム』
〜サスペンスとして組み込まれた
                グアンタナモ収容所の恐るべき実態〜


(2007年 イギリス・スペイン合作 R‐15指定作品 1時間28分)
監督・脚本:ヴィチェンテ・ペニャロッチャ
出演:ルパート・エヴァンス、ナタリア・ヴェルベケ、デレク・ジャコビ、エリカ・プリオール、ほか
10/11(土)〜  天六ユウラク座にて公開

公式ホームページ→
 【嵐の翌日、ハバナの浜辺で一人の男が目を覚ます。満身創痍の彼は、自分の名前すら思い出せない。記憶喪失――。男はある美人ダンサーに手厚く看護され、やがて二人は恋に落ちる。しかし記憶は戻らない。唯一の手がかりは時折フラッシュバックするグアンタナモ収容所での恐るべき拷問の記憶。彼は何者なのか?】というあらすじはありがちなものだ。通常、この手の作品の場合、観客の興味はただひたすらに“驚愕の真相”なるどんでん返し集中するものだが、本作は、実在するグアンタナモ収容所が重要な舞台として登場するため、自ずと告発めいた社会派サスペンスの様相も帯びてくる。
 そこで、まずはグアンタナモ収容所がどのような施設であるのか御紹介しておこう。9.11同時多発テロの後、アメリカ合衆国政府は、拘束したテロリスト容疑者をキューバのグアンタナモ湾にある米軍基地に収容した。グアンタナモ米軍基地はキューバ領内にあるため、アメリカの法律が適用されないという特殊な場所だ。その状況をアメリカ政府は悪用し、囚人たちは法律に従った手続きをとられることもなく、捕虜の保護を定めたジュネーブ条約が適用されることもなく、長期間の拘束が行われている。やがて日常的な拷問・暴行が行われているという実態が明らとなり、現在、世界的に収容所の閉鎖を求めるが声が高まっている。しかし、未だにグアンタナモ米軍基地は収容所としての機能を保ち続けている。
 本作は、このように悪名高きグアンタナモ収容所の非人道的側面を、サスペンスの枠組みに当てはめた作品ということになる。となれば、必然的に見せ場となるのは収容所内での拷問シーンとなる。拷問といえば、イーライ・ロス監督によるヒット・シリーズ『ホステル』(2005)&『ホステル2』(2007)が記憶に新しいが、この2作品が、どこか都市伝説を思わせる幻想性を有していたのに比べると、本作はフラッシュバックによる幻覚状の回想とはいえ、その凄惨な描写にリアリティが伴う。【椅子に体を縛りつけ、更に後ろ手に拘束した囚人の頭に布製の袋をすっぽりとかぶせ、その上から水をかける。同時に袋を後頭部の辺りで握りグイグイと絞っていけば、水をたっぷりと含んだ布が顔面に密着し、囚人は呼吸困難に陥る】 このような拷問の様子が、本作では何度も何度も繰り返されるのだ。人間は一体どこまで残酷になれるのか・・・・・・ 「これがアメリカの称揚する正義なのか!?」という義憤を禁じえない。

 惜しむらくは、演出がメリハリに欠け、全編が間延びしてしまった点。イギリス映画らしい陰鬱なトーンと、スペイン映画らしいけだるい映像美が上手く引き出せているだけに残念だ。とは言え、真相が明らかになっていく過程はなかなか見せる。俳優陣は少々地味だがいずれも熱演。中でもイギリスの名優デレク・ジャコビの圧倒的な存在感はいぶし銀の味と言え、一見の価値がある。
(喜多 匡希)ページトップへ
 ベティの小さな秘密
『ベティの小さな秘密』
〜勇気を持って扉の向こう側に踏み出そう〜


(2006年 フランス 1時間30分)
監督:ジャン=ピエール・アメリス
出演:アルバ=ガイア・クラゲード・ベルージ、ステファヌ・フレイス、ヨランド・モロー、マリア・ド・メデイルシュ、バンジャマン・ラモン、ロリアヌ・シール
10/25(土)〜テアトル梅田、シネカノン神戸
11/1(土)〜京都シネマ

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 ベティは,想像力が豊かで怖がりな10歳の女の子だ。彼女は,孤独や不安の中で奮闘しながら初めて体験する人生の危機を乗り越えていく。その様子が専ら彼女の視点から綴られるので,彼女自身の回想のような味わいがあるし,それに止まらない普遍的な懐かしさが感じられる。それと同時に,王子様のような青年が登場するので,おとぎ話のようなイメージもある。しっかり構築されたストーリー展開で,ベティのひたむきさが輝いている。
 ベティが親友のように思っていた姉が寄宿制の学校に入って家を出て行く。両親もいさかいを繰り返しており,母親が家を出てしまう。ベティが安楽死の期限の迫っている犬を引き取りたいと頼んでも,父親は関心を示さない。彼女は,檻の中に捕らわれた犬に自分の姿を投影していたのかも知れない。また,ベティが住む邸宅に隣接して父親の経営する精神病院がある。彼女は,そこから逃げた来た青年の世話をすることに生き甲斐を見出す。
 冒頭でベティは姉と一緒にお(化け)屋敷を探検しようとするが,その扉が勝手に開いたため一目散に逃げ出してしまう。その後も彼女が影や物音に怯えるシーンが何度か出てくる。そこには彼女が抱く不安感や恐怖心が投影されていなければならないはずだが,どうも客観的な現象としてのイメージしか湧いてこないのが残念だ。とはいえ,お(化け)屋敷をもう一度エンディングで登場させ,ベティの成長を視覚的に表現したところは巧い。
 ベティの家には精神病院から通ってくる家政婦がいる。彼女はクマのぬいぐるみを見て震えが止まらなくなる。また,姉から祖母が自殺したと聞かされたり,転校生のウソを信じてからかわれたりする。これらのエピソードは今一つインパクトに欠けるが,ベティが精一杯考えていることは伝わってきた。やがて閉じ込められていた二人と一匹が自分達の意思で歩き始める。そして,ベティが「エリザベスと呼んで」と宣言するラストは爽快だ。
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 私がクマにキレた理由(わけ)
『私がクマにキレた理由(わけ)』
〜自分を見付けたオンナが1人…いやもう1人〜

(2007年 アメリカ 1時間46分)
監督・脚本:シャリ・スプリンガー・バーマン&ロバート・プルチーニ
出演:スカーレット・ヨハンソン、ローラ・リニー、ポール・ジアマッティ、ニコラス・リース・アート、ドナ・マーフィ、アリシア・キーズ、クリス・エヴァンス
10/11(土)〜TOHOシネマズ梅田、敷島シネポップ、TOHOシネマズ二条、三宮シネフェニックス

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 アニーは,ビジネススーツに身を包み,大手銀行の採用面接を受ける。そこでアニーとはどんな人間かと聞かれて簡単な質問だと思うが,言葉が出て来ない。大学を卒業したばかりの彼女は,まだ自分自身のスタンスがはっきりせず,進むべき方向が見えていない。それは,自分のスーツ姿を友人に見られて面映ゆげな仕草を見せるシーンにも端的に表現されている。この自分に対する違和感をどうやって解消していくのか,興味が湧いてくる。
 アニーは,ナニー(幼児保育のプロ)と間違えられ,ニュージャージーからハドソン川を渡ってマンハッタンに移り住むことになる。そのときから彼女のマンハッタン族の観察が始まる。彼女の目に写った映像が自然史博物館のジオラマのようにスクリーンに映し出されて面白い。しかも,このように観察している自分を冷静に見詰めているもう1人のアニーの存在が浮かび上がってくる。これによりラストの彼女の選択に説得力が生み出された。
 また,アニーの雇主ミセスXと母親ジュディが対照的だ。これにより映画の世界観が広がった。ジュディは,最初から名前が与えられ,確固とした自分を持った存在だ。金融界での娘の活躍を期待しながらも,自分の意見を押しつけないでアニーの人格を尊重している。これに対し,ミセスXは,名前のない抽象化された存在として登場する。何とかステータスを維持しようとして自分を押し殺して外見を取り繕っているような,寂しい女性だ。

 ミスターXは仕事や不倫に忙しそうだ。アニーが世話をするミセスXの5歳の息子は孤独感を深めている。その中で,彼がアニーと一緒に瓶から直接スプーンですくって食べるシーンは,人間的な温かさが感じられる。その感触がラストでも活かされているのが巧い。アニーは,ナニーの経験を基に別の世界へと踏み出していく。ミセスXもアニーの思いをしっかりと受け止め,自分自身を取り戻す。こうして彼女にもやっと名前が与えられた。

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 ハロウィン
『ハロウィン』
〜30年の時を経て新世紀に蘇ったスラッシャー映画の金字塔〜

(2007年 アメリカ R‐15指定作品 1時間49分)
監督・製作・脚本:ロブ・ゾンビ
出演:マルコム・マクダウェル、シェリ・ムーン・ゾンビ、タイラー・メイン、スカウト・テイラー=コンプトン
ブラッド・ドゥーリフ、ダニエル・ハリス、ウィリアム・フォーサイス、ウド・キア、ダニー・トレホ、ほか
10/25(土)〜 敷島シネポップ、新京極シネラリーベ、109シネマズHAT神戸にて公開

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 ジョン・カーペンター監督の『ハロウィン』(1978)は、『悪魔のいけにえ』(1974)と並んでスラッシャー(殺人鬼)映画のエポック的名作として知られている。単なるゲテモノとして片付けることは出来ず、その証拠に、前者はアメリカ国立フィルム登録簿にて、後者はニューヨーク近代美術館にて、フィルムの永久保存作品に指定されているほどだ。両作品が開拓した新たなマーケットは、ほどなく『13日の金曜日』(1980)の世界的大ヒットにより爆発的な広がりを見せたのである。『羊たちの沈黙』(1990)『スクリーム』(1996)も、70年代に発表されたこの2作品が存在しなければ生まれなかったと断言して良い。
 2000年代に入り、『悪魔のいけにえ』は、『テキサス・チェーンソー』(2003)としてリメイクされ、続編の『テキサス・チェーンソー ビギニング』(2006)も製作された。続けとばかりに製作されたのが本作である。日本ではオリジナル版製作30周年記念となる今年の公開となった。ハロウィン・シーズンの公開というのも心憎い。
 とは言え、リメイク版に、オリジナル版を知る者ならば、期待と同時にそれ以上の不安を感じるはず。名作の誉れ高い『ハロウィン』となればより一層のことだ。しかし、そこは御安心あれ! 嬉しいことに、ホラー映画ファンならば一人残らず満足すること間違いなしと言える作品に仕上がった。
 それもそのはず。監督・製作・脚本を兼任したのが、自他共に認めるホラー映画マニアのロブ・ゾンビ。人気ロック・バンド“ホワイト・ゾンビ”のボーカリストとして有名だった彼だが、ホラー映画監督としての手腕も高く評価されており、本作でも実力を伴ったホラー映画愛が存分に炸裂している。ツボを押さえた緩急自在の演出でサスペンスを高めながら、パワフルな畳みかけで見せるところは存分に見せてくれるのが嬉しい。加えて、単なるリメイクではなく、これまでに詳しく描かれなかった殺人鬼マイケル・マイヤーズ誕生の過程を映画の前半を丸々使ってたっぷりと描いているのが新味で、オリジナル版を知る者もそうでない者も楽しめる。

 残酷描写が苦手という方にはおすすめできないが、ホラー映画好きなら迷わず必見と言える出来栄えに快哉を叫んだ。
【喜多匡希の映画豆知識:『ハロウィン』】

★ 殺人鬼マイケル・マイヤーズのトレード・マークとなっている白いマスクはシャトナー・マスクと呼ばれる既製品で、これはオリジナル版の製作時にスタッフが「安価で作品にぴったりなマスクを……」と用意したものだが、実はこのマスク、『スター・トレック』のカーク船長役で有名な俳優ウイリアム・シャトナーのライフマスク(顔型)なのである。SF映画史に名を残すシャトナーだが、ホラー映画史では顔を残しているのだ!

★エンド・クレジット中、名曲『Singin' In The Rain』(『雨に唄えば』)が流れるが、これは本作でマイケル・マイヤーズを追うルーミス医師を演じたマルコム・マクダウェルと、彼が主演した不朽の名作『時計じかけのオレンジ』へのオマージュ。こういったさりげないクスグリも、ロブ・ゾンビ作品の大いなる楽しみの一つだ。
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 人情噺 文七元結 (河田バージョン)

『人情噺 文七元結 (にんじょうばなしぶんしちもっとい)』
〜今度は落語がルーツの山田版歌舞伎で大笑い〜

(2008年 日本 1時間27分)
監督:山田洋次
出演:中村勘三郎(長兵衛)、中村扇雀(お兼)、村勘太郎(文七)、中村芝のぶ(お久)、片岡亀蔵(伊兵衛)、坂東彌十郎(清兵衛)、中村芝翫(お駒)
10/18(土)〜 梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、
MOVIX京都  ほか全国順次ロードショー

公式ホームページ→
 シネマ歌舞伎第六弾「人情噺文七元結」が2008年10月18日に公開される。昨年10月の新橋演舞場での公演を撮影したものだ。今回は「男はつらいよ」シリーズを始め,松竹を代表する映画監督・山田洋次が台本を改訂して自ら舞台の演出も手掛けており,文字通りシネマと歌舞伎が合体したといえる。”笑いと涙の人情喜劇”なら右に出る者はない。しかも,演目は歌舞伎の中で世話物と言われる庶民の生活を題材としたものだ。期待は高まる。
 大の博打好きだが,人柄が良くて憎めない左官の長兵衛が主人公。序幕第一場では博打に負けて帰ってきた長兵衛が女房お兼から娘お久が家を出たと聞かされ,第二場では吉原の妓楼・角海老の女房お駒からお久が両親のために身を売ろうとした話を聞かされる。第三場では長兵衛がお駒が貸してくれた50両を人の生命には代えられないとの思いから,身投げしようとしていた和泉屋手代文七に投げ与えてしまう。そして,いよいよ大詰となる。
 まず始めに開幕直前の客席の様子が映し出され,そこにいる人々を羨ましく思う。が,すぐに優越感が湧いてくる。かぶりつきでも味わえないほど勘三郎の豊かな表情をスクリーンで堪能できるからだ。たとえば,第二場では,不惑を迎えた長兵衛が17歳の娘の前で,嬉しいけれど情けなくて,気恥ずかしい思いをしている。前半の大きな山場だ。また,第一場での長兵衛とお兼のやり取りは,まるで落語を聞いているような面白さに溢れている。
 今回の演目の元は,明治時代に三遊亭円朝が口演した落語だ。それを落語にも造詣の深い山田洋次がセリフを練り上げたというのだから,面白いだけでなく,奥が深い。大詰では,和泉屋清兵衛が文七を伴って長兵衛の家を訪ねてくる。思いがけない展開に長兵衛は状況を理解できず,放心している。その様子にも勘三郎ならではの巧さがにじんでいる。その勘三郎と勘太郎,七之助による「連獅子」が今年の12月27日に公開。これも楽しみだ。
(河田 充規)ページトップへ
 人情噺 文七元結 (喜多バージョン)
『シネマ歌舞伎 人情噺文七元結
            (にんじょうばなしぶんしちもっとい)』

〜クスクスゲラゲラ→しんみり→ほっこり 至芸の人情劇〜
(2008年 日本 1時間27分)
監督:山田洋次
出演:中村勘三郎、中村扇雀、中村勘太郎、中村芝のぶ、片岡亀蔵、坂東彌十郎、中村芝翫、ほか
10/18(土)〜 梅田ピカデリー、なんばパークスシネマ、MOVIX京都
ほか全国順次ロードショー

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 「映画館で歌舞伎を!」という『シネマ歌舞伎』は、「映画館で演劇を!」という『ゲキ×シネ』と並んで松竹が打ち出した新機軸だ。第1弾『野田版 鼠小僧』(2004)以後、『鷺娘(さぎむすめ)/日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』(2006)『京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)』(2006)、『野田版 研辰(とぎたつ)の討たれ』(2007)、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』と順調に作を重ね、本作が第6弾となる。
 歌舞伎と聞いて、「敷居が高そう」「言葉がわからない」という先入観が邪魔をして、ひるんでしまうという人、多いのではないだろうか? しかし、実際に観劇してみれば、その魅力にどっぷりとハマる人が少なくない。そのため「まずは第一歩を」と願って止まない。そこでおすすめしたいのがこのシネマ歌舞伎だ。人気演目をじっくりと味わうことが出来て価格もお手頃と来れば、歌舞伎入門編として絶好の機会と言える。もちろん以前からの歌舞伎ファンにとっても必見で、映画ならではの編集・構図・高画質で一等席以上の臨場感を味わうことができる。
 今回の演目である『人情噺文七元結』は、三遊亭円長の創作落語が原作。【良い腕を持った左官屋だが、酒と博打で借金まみれの長兵衛が主人公。見るに見かねた娘のお久が、ある日、吉原の遊郭に身売りの決心をするが、その心意気に打たれた遊郭の女将お駒は、長兵衛に50両を貸すという温情を見せる。長兵衛は感激して改心するが、ひょんな巡り会わせからその50両を文七という若い男に渡してしまう・・・・・・】という筋立て。とっつきにくさとは無縁の庶民の物語には、身構えていた言葉の壁もなく、とても親しみ易いものだ。開巻からクスクスゲラゲラと笑い、続けてしんみりとさせられ、やがてほろりとした心情に。そして大詰めではほっこりとなり、大変気持ちが良い。
 長兵衛のだらしなさと憎めない軽さの中に、キラリと男気を光らせる中村勘三郎の好演もさることながら、当たり役である長兵衛の女房お兼を演じ、まさに水を得た魚の如き中村扇雀や、お駒を演じる人間国宝・中村芝翫(なかむらしかん)の至高の女形振りは眼福の一言。勘三郎と勘太郎の親子共演も見ものだ。
 
  監督は松竹が誇る名匠・山田洋次。人情喜劇を撮れば当代随一の腕前は、初登板となるシネマ歌舞伎でも存分に発揮されている。サラリとしていて、その実シッカリという見せ方の安定した上手さが、本作にピッタリだ。
 気負うことなく、気楽にフラリと足を運んで欲しいおすすめの1本。
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 ルー・リード/ベルリン
『ルー・リード/ベルリン』
〜スクリーンから溢れ出る音と光の世界へ〜


(2007年 アメリカ 1時間25分)
監督:ジュリアン・シュナーベル
出演:ルー・リード、エマニュエル・セニエ
10月25日〜シネ・リーブル梅田(レイト)、
11月中旬〜シネ・リーブル神戸

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 これはフランス映画だと言われても何の疑問も感じない「潜水服は蝶の夢を見る」−この映画の監督を務めたジュリアン・シュナーベルは,1951年ニューヨークのブルックリン生まれだそうだ。一方,ルー・リードは,1942年に同じ場所で生まれ,1973年にアルバム「ベルリン」を発表したが,商業的には失敗に終わり,その収録曲のライブでの演奏を33年間も封印してきた。だが,2006年12月これが彼自身により初めてステージで演奏された。
 そのステージセットを担当し,コンサートの模様をフィルムに収めたのが,ジュリアン・シュナーベルだ。アーティストたちの指先の動きや息遣いをじっくりと繊細に捉えていく。コンサート・フィルムとしてはカット数が比較的少ない方ではないだろうか。それがかえって,ドラマ風味の「ベルリン」の味を引き立てている。ドラマと言っても,明確なストーリーが展開されるわけではなく,キャロラインを巡る情景が点描のように示される。
 幕開けはキャロラインの誕生日パーティだ。続いて”ベルリン”の素敵な夜,小さなカフェでの出会いが歌われる。”キャロラインのはなし(1)(2)”では性と暴力の中から気丈なイメージが湧き出るが,”子供たち”では,悪い母親だからと娘を奪われ,彼女の瞳が涙で溢れる。そして,宿命の夜,彼女がいつもの”ベッド”で手首を切る。彼女への追悼の”悲しみの歌”は,賑やかに高鳴るレクイエムだ。振り返ると,そこに喜怒哀楽があった。
 監督が創り出す映像は,豊かなイメージにに溢れ,揺らめいたり瞬いたりしながら,時代も場所も限定されない独特の世界を生み出している。コンサートシーンの間には,エマニュエル・サニエが扮するキャロラインのショートフィルムが挿入される。ささやかな幸福感と共に,そこはかとなく孤独感や喪失感が漂う。これらの映像がルー・リードの声の響きとマッチしており,脳髄が酔い痺れるような感覚の中にすっぽりと浸ることができる。
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 容疑者Xの献身
『容疑者Xの献身』
〜推理ドラマに見せ掛けて実は愛のドラマ〜

(2008年 日本 2時間08分)
監督:西谷弘
出演:福山雅治、柴咲コウ、北村一輝、松雪泰子、堤真一
2008年10月4日(土)〜日劇PLEXほか ロードショー

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 湯川学(福山雅治)と内海薫(柴咲コウ)の「ガリレオ」の世界がそのまま飛び出したようなオープニングに続き,アパートの一室で隣の物音を聞いている石神哲哉(堤真一)の顔がアップで映され,その顔に被さるようにタイトルが浮かび上がる。TVドラマと原作小説のエッセンスが鮮やかにすくい取られ,容疑者Xの世界が幕を開ける。そして,冒頭で内海が湯川に投げかけた”愛”という非論理的な命題の中に,湯川が吸い込まれていく。
 本作では,まず死体発見現場の状況が示され,次いで花岡靖子(松雪泰子)が突発的に前夫を殺害せざるを得なかった状況が説得力を持って描かれる。彼女のその後の言動に大きな影響を及ぼすことになる重要なシーンだ。また,彼女とその娘を警察の追及から守るため,石神が事細かにアドバイスをする。初めて公衆電話で花岡と話した後の石神の笑顔が実にいい。後に明らかになる石神の花岡に対する心情がすべてこの笑顔に集約されている。
 映画化のポイントは,石神の存在にどれだけリアリティを与えられるかという点にある。本作では,数学に掛けては天才でも風采の上がらない石神が,確かに堤真一の肉体に宿っていた。また,彼がその生命力の源泉となった花岡と初めて出会うシーンも重要だ。予想していた幻想的なイメージとは少し違うが,花岡が石神の内部に明るい光をもたらした雰囲気は感じられた。そして,石神のあり得ない愛が少しずつ具体的な姿を見せ始めるのだ。
 また,石神と湯川が雪山に登るシーンでは,石神が湯川の視界から消えていき,湯川が斜面を転がっていく。人生の転換点に立って進むべき方向を見据えた石神と,事件の核心に近付いて苦悩する湯川の,それぞれの思いが具象化されているようで,映画のスケール感が味わえる。ただ,石神は,真相を知った花岡の行動まで予測できなかった。エンディングで湯川と並んで座った内海が見せる表情は,まるで人生の苦渋を噛みしめているようだ。
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 ブーリン家の姉妹
『ブーリン家の姉妹』
〜イギリス王室で展開される姉妹の心模様〜

(2008年 アメリカ,イギリス 1時間55分)
監督:ジャスティン・チャドウィック
出演:ナタリー・ポートマン、スカーレット・ヨハンソン、エリック・バナ、ジム・スタージェス、クルスティン・スコット・トーマス、デビッド・モリッシー
10月25日(土)〜TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸 他全国ロードショー

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 イングランド王ヘンリー8世は,1509年に即位するが,王妃キャサリン・オブ・アラゴンとの間に女の子(後のメアリー1世)しかいなかった。彼は,どうしても男の後継者が欲しかったのか,単なる浮気性に過ぎなかったのか,いずれにせよ,愛するアン・ブーリン(ナタリー・ポートマン)を王妃にするため,離婚を禁止するローマ・カトリック教会と決別する。このように歴史は往々にして為政者の個人的な事情に左右されるのだろうか。
 本作では,メアリー(スカーレット・ヨハンソン)がアンの妹として登場するが,逆に姉に見えるときもある。アンの生年に諸説があり,本当はメアリーが姉かも知れないが,姉妹には違いない。2人は,叔父のノーフォーク公爵の権力欲に翻弄され,王室との関わりを持つようになる。その中で,アンがメアリーに裏切られたとの思いを募らせるが,最後までアンを信じていたのはメアリーだという,姉妹の確執や強い絆が描き込まれていく。
 それに引き換え,ヘンリー8世は,その存在そのものが背景に退き,国王としての威厳さえあまり伝わって来ない。歴史を変えたことよりも,姉妹の運命を左右したことの方がクローズ・アップされる。しかも,メアリーがもうけた男の子が婚外子だったからだろうか,アンの手練手管に眩惑された結果とはいえ,メアリーを宮廷から追い出してしまう。そして,アンが男の子を生まないとなると,また別の女性を王妃にするという身勝手さだ。
 遡れば,アンがどんなに聡明でも,フランスで2か月ほど過ごしただけで貴婦人に変貌し,ヘンリー8世を夢中にさせるという,史実と異なる設定に無理がある。また,アンとメアリーの立ち居振る舞いにどうしても現代的な空気を感じてしまい,アンが王妃に見えて来ない。が,それでも十分満足のできる映画だ。コスチュームを含めたイギリス王室の歴史に目と好奇心が潤され,姉妹の心模様を軸とするスリリングな展開が味わえるからだ。
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 わが教え子、ヒトラー
『わが教え子,ヒトラー』
〜真実すぎるウソの中に見るやるせない悲しみ〜

(2007年 ドイツ 1時間35分)
監督・脚本:ダニー・レヴィ
出演:ウルリッヒ・ミューエ、ヘルゲ・シュナイダー、ジルヴェスター・グロート、アドリアーナ・アルタラス、シュテファン・クルト
10/11〜シネ・リーブル梅田、10月下旬〜シネ・リーブル神戸、
10/18〜 京都シネマにてロードショー

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 原題の「わが指導者」は、本作では、アドルフ・ヒトラーではなく、彼の演説の指導者を務めたユダヤ人のアドルフ・グリュンバウムを指している。ここに表れているように、本作は史実に基づいたコメディだ。しかも、気弱になったナチス・ドイツの総統と、強制収容所から連れて来られたユダヤ人俳優が,1つの部屋で2人だけになる。そこから個人の憎しみを超えて国家や民族の運命を左右しかねない緊張感が生まれるので,目が離せなくなる。
 1944年12月,ナチス・ドイツでは首都ベルリンも空爆のため廃墟となっていた。宣伝相ゲッベルスは,ベルリンでのヒトラーの演説シーンを演出して国威を発揚しようと計画する。問題は壊れてしまったヒトラーを1939年当時の状態に戻すことだった。そのため雇われたのがグリュンバウムだ。ナチス・ドイツ再生のためユダヤ人がヒトラーを指導するということ自体が壮大な皮肉となっている。また,サスペンス風味で喜劇調の語り口も巧い。
 プロローグではグリュンバウムの顔がアップで映し出され,その顔に頭から血が流れてくる。一体何があったのかという疑問が湧き上がる。そして,その顛末が主に彼の視点から語られていく。そのため自然と彼に感情移入することになり,ユダヤ人として何をすべきか,あるいは何ができるのかと思い悩むことになる。また,ゲッベルスが”報酬”の約束を守らなかったことに気付いたときのグリュンバウムのむかつきが痛切に伝わってくる。
 このようにグリュンバウムの心情がよく理解できるため,クライマックスの演説シーンへの期待と不安が高まっていく。しかも,全編を通じて一人称で語られるわけではなく,2人を監視する隣室の様子,ゲッベルスの大いなる陰謀,ヒトラーの髭の秘密など,グリュンバウムの知らないシーンも挿入される。これが効果的なスパイスとなり,シニカルな笑いが生まれ,スリルが膨らむ。そして迎えるラストは,どこかユーモラスだが,悲しい。
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 トウキョウソナタ
『トウキョウソナタ』
〜ほんのりホラー風コメディの家族ドラマ〜


(2008年 日本 1時間59分)
監督:黒沢清
出演:香川照之、小泉今日子、小柳友、井之脇海、井川遥、津田寛治、役所広司
10月4日(土)〜梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、京都シネマ
10月11日(土) 〜三宮シネフェニックス

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 黒沢清は,「ドレミファ娘の血は騒ぐ」や「地獄の警備員」などを経て,「CURE」で飛躍的に知名度が上がった。その後も「回路」などホラー映画の印象が強い。前触れがないまま唐突に衝撃的なシーンが描写されるし,感傷を排除した鉱物っぽいモノクロームのような色彩感覚に覆われている。本作では,その黒沢ワールドの中に夫婦と子2人の家族のドラマがすっぽりと収まっている。しかも,我が国の現代社会の状況が投影されている。
 父親は,リストラされたことを家族に打ち明けられない。だが,父親の権威に拘泥しているのは当の父親だけだ。小学6年の二男は,両親に内緒でピアノ教室に通い始める。そのことを知った父親が二男を叱責する姿は,矛盾に満ちて滑稽そのものだ。大学生の長男は,勝手に米軍への入隊を決め,中東へ派遣されるが,アメリカだけが正しいわけではないことに気付く。現在の日本が抱える問題を的確に取り込んだ監督の表現力は,鮮やかで鋭い。
 母親は,その役割を演じる傍ら,家族に内緒で自動車の運転免許を取得していた。これが押し入ってきた強盗との奇妙なドライブに連なっていく。打ちひしがれる強盗に引き換え,バラバラになった家族は収束に向かう。ラストでは,ピアノを弾き終えた二男が両親と並んでスクリーンの左下方へと歩き去っていく。長男の姿は見えないけれど,家族の明るい未来を予感させるシーンであり,現実的な手応えのあるハッピーエンドになっている。
 本作は,家族の表層をなぞっただけの軽薄なドラマではなく,確かな現実の重さが感じられる。ホラーやコメディの要素を含む家族ドラマであると同時に,家族を取り巻く現実社会がしっかり描き込まれている。2時間弱の長さの中で,明らかなフィクションをも交えて,日本の現代社会の様相を凝縮したものと言えるだろう。夫婦に扮した香川照之と小泉今日子の好演もあり,幅広く,かつ奥行きのある作品となった。紛れもない傑作である。
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 P.S.アイラヴユー
『P.S.アイラヴユー』
〜彼はあの時の私を思い出させてくれた!〜

(2007年 アメリカ 2時間06分)
監督:リチャード・ラグラヴェネーズ
出演:ヒラリー・スワンク、ジェラルド・バトラー、キャシー・ベイツ、ハリー・コニックJr.、リサ・クドロー
ジーナ・ガーション、ジェフリー・ディーン・モーガン
10月18日〜全国拡大ロードショー

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 冒頭でホリーとジェリーの夫婦の情景が鮮やかに示される。夫婦の間に子供がいないこと,ホリーが転職を繰り返していること,そしてジェリーがホリーを丸ごと愛していること…。が,次のシーンでは,もうジェリーはいない。ホリーの姿には現実を受け入れられない心の空洞が見える。そして,一人で家に籠もるホリーのやるせなさが迫ってくる。生きる目標を失って同じ場所をぐるぐる回っているだけの彼女の姿が網膜に焼き付けられる。
 ここまで観ただけでも,よく練られた脚本とヒラリー・スワンクの好演で,いい映画に出会ったことを実感させてくれる。夫婦を取り巻く人物設定にも厚みがある。母親パトリシアは,夫に捨てられた体験を引きずっている。友人のシャロンとデニースは,それぞれの人生を歩んでいる。アイルランド男ウィリアムは,原作には登場せず,映画オリジナルのキャラクターだそうだ。彼の存在が大きなアクセントとなり,画面が引き締まっている。
 本作は,ホリーの一人称で語られ,現実の間に回想や幻想が巧みに挟み込まれる。とりわけ,アイリッシュ・パブ「ホェーラン」のシーンが印象に残る。ジェリーが歌い,そしてウィリアムが歌う。この回想と現実のシーンが交互に描かれる中で,彼らを見詰めるホリーの表情がくっきり浮かび上がってくる。湧き上がる歓びと込み上げる悲しみ。この2つの表情のコントラストが鮮やかであればあるほど,胸を締め付けられる思いが強くなる。
 また,ウィックロー国立公園でホリーがジェリーと初めて出会う回想シーンが時間をかけて描かれる。なだらかな丘陵が美しく,そこには心を和ませてくれる草木の緑が広がっていた。そのような場所で,過去のホリーは,アーティストとしてオリジナルな作品を創造しようと輝いていた。本作は,ラブストーリーというよりも,ホリーの心の旅を描いている。彼女は,自分の原点を見つめ直し,母親や友人との結び付きを強めていくのだった。
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 キヲクドロボウ
『キヲクドロボウ』
〜車が空を飛び,他人の記憶が移植される〜

(2007年 日本 1時間33分)
監督:山岸謙太郎,石田肇
出演:正木蒼二、木村有、森川椋可、小山剛志、柴木丈瑠、上山克彦
京都映画祭にて特別上映
    2008年10月10日(金)17:05 MOVIX京都

監督・出演者による舞台挨拶あり!
公式ホームページ
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 2007年11月に本作の予告編を初めて観たときには驚いた。「ブレードランナー」を思わせるようなSF映画で,空中カーアクションがある。しかも,記憶を巡ってストーリーが展開するというのだから,「トータルリコール」も思い浮かぶ。正にこれはフィリップ・K・ディックの世界ではないか,と期待させられる。そして何と,制作費は300万円だという。そんなのは絶対にウソだと思うほど,本格的な近未来の映像世界が展開している。
 監督は2人とも映画制作の経験があるが,本職はデザイナーだそうだ。まず自分達が観たいと思うプロットを作ることから始めたという。小説やマンガの映画版とは違う,舞台でも演じられそうなオリジナルストーリーが出来上がった。CGの大半はパソコンで作り上げたというが,その完成度の高さにはビックリさせられる。武闘(≒舞踏)シーンも専門家の指導でみっちり稽古したというだけあって,かなりの迫力が画面から伝わってくる。
 近未来社会では,脳障害の問題に対応するため,人間の記憶を取り出して保存する技術が開発された。だが,その実用化のためには記憶を脳に戻す必要がある。その移植技術が自殺したリーサ・グレツキー博士の記憶に残されていたという。そこで,タロウとスラッシュが彼女の記憶データを盗み出そうとする。大企業に侵入して記憶を盗み出すシーンの展開には緊迫感がある。2人の会話も面白く,意味深長な感じが漂っていて,聞き逃せない。
 スリリングなストーリー展開が堪能できるだけでなく,人間の記憶を巡るドラマも冴えている。アイデアと工夫,そして地道な努力と入念な準備があれば,こんなに面白いSF映画ができるのだ。特にカズマと呼ばれるオンナの設定が秀逸で,他人の記憶を移植された人間の虚無感や絶望感が増幅される。ラストでタロウとスラッシュの秘密や苦悩も明らかになる。エンドロールが流れるとき,自分の記憶が存在することを確かめてホッとする。
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 コドモのコドモ

『コドモのコドモ』
〜大人と子供の立場が逆転する小気味よさ〜

(2008年 日本 2時間02分)
監督・脚本:萩生田宏治
出演:甘利はるな、伊藤梨沙子、宮崎美子、谷村美月、塩見三省、麻生久美子
9月27日(土)〜渋谷シネ・アミューズ、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
関西では、10月25日(土)〜テアトル梅田、京都みなみ会館、シネカノン神戸にて公開
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 小学校5年の少女・春菜が妊娠し,大人の手を借りず,同級生らに助けられて出産する。あり得ないような話が現実感豊かに描かれていく。春菜が同級生のヒロユキに「くっつけっこ」をしようと言うシーンがアッケラカンとしている。そのため,お腹が膨らんでも,出産シーンを目にするまで,食べ過ぎ?それとも妄想?という思いを拭えない。これにより,深刻になりすぎず,絵空事になってしまうこともなく,絶妙なバランスを保っている。
 大人はコドモのことを分かったつもりだが,実際には何も分かっていない。春菜のクラスの児童たちは,担任教師・八木には従わず,学級委員長・美香を中心にまとまり,学芸会を成功させる。春菜の母親は,春菜の姉・秋美が家から5万円を勝手に持ち出したとき,春菜や秋美のことは何でも分かると言うのだが,春菜の妊娠には全く気付かない。コドモたちは大人を見限って自分たちだけで考え行動するようになる。その様子が実に清々しい。
 大人の様子も手を抜かず描き込まれているので,説得力がある。特に,春菜の祖父母が良い。祖母は,春菜を咎めることなく,あるがまま受け入れる。そして,祖父は,惚けているようでいても,しっかり赤ちゃんを抱いている。生命の重さをしっかりと受け止めているのだ。ここでは,冒頭で秋美の友人が妊娠し中絶したことが思い起こされ,それとの対比から命を大切にすることの美しさが見えてくる。エピソードの取捨選択の巧さが光る。
 もちろん,負の側面にも目が向けられる。PTAは,親の責任を考えず,学校の責任を追及する。ヒロユキは,両親に連れられてひっそり転校していく。だが,そこで終わらず,エピローグで1年後の様子が描かれており,そこに救いがある。一度はクラスから除け者にされた八木も,改めてコドモたちに受け入れられている。教育を受けたのは,コドモたちではなく,教育していると錯覚している大人の方ではないか,という思いが残る作品だ。
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 僕らのミライへ逆回転

『僕らのミライへ逆回転』
〜映画のミライは昔懐かしい手作り風味〜

(2008年 アメリカ 1時間41分)
監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー
出演:ジャック・ブラック、モス・デフ
ダニー・グローヴァー、ミア・ファロー、メロニー・ディアス
10月11日(土)〜シネマライズ、シャンテ シネ、新宿バルト9ほかにて全国ロードショー
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 マイクは,VHSしか置いていないレンタルビデオ店の店員で,店長から留守番を頼まれる。マイクの親友ジェリーは,発電所に忍び込んで身体に磁気を帯び,マイクの店にあったビデオの中身を全部消してしまう。そんなとき,常連客がビデオを借りに来たため,2人は一計を案じる。何と,自分たちで適当にビデオ撮影して映画を”リメイク”するというのだ。まず「ゴーストバスターズ」,そして「ラッシュアワー2」を完成させるが…。
 日本題名からのイメージでは,登場人物がタイムスリップするのかと思ってしまう。だが,ミライへ逆回転するのは,実は映画の方だ。CGを活用したハリウッド超大作が目白押しの今日この頃,町の人々はハンドメイドな映画を渇望していた。即席スーツの「ロボコップ」に,切り絵の「ライオン・キング」など,リクエストに応じて次々に”リメイク”していく。その様子を見ていると,これまでに観た映画の記憶が蘇って,楽しさ百倍だ。
 本作では,プロローグでモノクロのフィルムが映し出される。1930年代に活躍したジャズ・ピアニストのファッツ・ウォーラーに関するものだ。彼の生涯が手際よく,しかも興味深く映し出される。店長の話では,ビデオ店の建物にそのピアニストの生家があるという。その後,彼のことは忘れたように映画は進行していく。だが,”リメイク”が差し止められ,建物も1週間後に取り壊される運命となったとき,彼の伝説が大きく羽ばたく。
 マイクは,リメイクがダメなら,オリジナルを作ろうと,町の人々にも登場してもらって撮影を始める。その完成した作品を上映するシーンが圧巻だ。映画への愛に溢れているだけでなく,開発によって失われていく地域社会(コミュニティ)への讃歌でもあることが明らかになる。手作りの良さ,人と人との繋がりの温かさが伝わってきた。そして,本作の中で作られる映画だけなく,本作そのものからも,温もりと懐かしさが浮かんでくる。
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 真救世主伝説 北斗の拳 ZERO ケンシロウ伝

『真救世主伝説 北斗の拳 ZERO ケンシロウ伝』
〜完全オリジナル・ストーリーで贈る新生5部作、遂に完結!〜

(2008年  日本 上映時間:1時間30分

原作:武論尊、原哲夫
声の出演:阿部寛、石田ゆり子、ほか
10/4(土)〜  東京:池袋シネマサンシャインにて先行ロードショー
10/11(土)〜 敷島シネポップ、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、109シネマズHAT神戸  その他、全国一斉ロードショー

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【作品紹介】
 1983年9月13日『週刊少年ジャンプ』誌上で『北斗の拳』の連載がスタートした。核戦争後の終末世界を舞台に、一子相伝の暗殺拳法“北斗神拳”の伝承者である“胸に七つの傷を持つ男”ケンシロウを主人公としたこの一大叙事詩は、すぐさま大人気を博した。その人気は日本国内に留まらず、アメリカ、ヨーローッパ、アジア、南米など全世界で熱狂的に受け入れられ、これまでの原作コミック総発行部数はなんと一億冊を超える!

 その人気を証明するように、『北斗の拳』は、TV用アニメーションや劇場用アニメーション、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)、TVゲーム化がなされたほか、1995年にはハリウッドで実写映画化される快挙も成し遂げた。以後もパチンコ・パチスロ化され、こちらも大ヒットし、その人気の健在振りを示した。


(C)武論尊・原哲夫/NSP 1983, (C)NSP 2008
 そんな中、2006年、完全オリジナル・ストーリーによる五部構成新アニメーション計画『真救世主伝説 北斗の拳』が始動した。映画業界初となる一般参加型投資ファンド「北斗ファンド −英雄伝説−」を設立して製作費の一部である5億円を公募したことが大きな話題となった。また、ケンシロウの声を目下人気絶頂の阿部寛や、石田ゆり子、柴咲コウ、宇梶剛士といった俳優陣が声優として参加しているのも見どころの一つ。また、ファン・イベントとして、ケンシロウ最大の強敵にして兄であるラオウの葬儀<昇魂式>が執り行われたほか、本年9/13にはケンシロウと最愛の恋人ユリアの<結魂式>の開催が決定するなど、多くの話題を生み出しつつ、これまでに4作品が製作・公開・ソフトリリースされて来た。
第一部『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章』(全国劇場公開)
第二部『真救世主伝説 北斗の拳 ユリア伝』(OVA)
第三部『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』(全国劇場公開)
第四部『真救世主伝説 北斗の拳 トキ伝』(OVA)
である。


 そして遂に、連載開始25周年を超えた2008年10月、この壮大なプロジェクトの完結編である第五部『真救世主伝説 北斗の拳ZERO ケンシロウ伝』が全国劇場公開となる。愚弟と呼ばれたケンシロウが何故、伝承者になれたのか?  そして救世主と呼ばれるまでに成長したのか? 原点の謎がここに明かされる! これを観ずして北斗ファンを名乗ることなかれ!

【物語紹介】
“北斗神拳”の伝承者でありながら、ケンシロウは“南斗弧鷲拳”伝承者のシンに敗れた。胸に七つの傷を穿(うが)たれ、最愛の女(ひと)ユリアをも奪われたケンシロウ。彼の心には胸の傷よりも深く惨めな敗北の傷が残った。一年後、暴力の巨大な波に翻弄され、ただ奇跡を待ち続けるしかない人々の前にケンシロウは再び現れた。死神という名の救世主として…… ユリアとの愛に生きていたケンシロウが、地上の愛のために生きることに覚醒した一年。今、明らかにされる物語の空白の真実を目撃せよ!
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