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新作映画
 ロルナの祈り
『ロルナの祈り』
〜汚れてしまった悲しみに救いはあるのか〜


(2008年 ベルギー,フランス,イタリア 1時間45分)
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:アルタ・ドロプシ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンジョーネ
2009年1/31〜梅田ガーデンシネマ、3/11〜神戸アートビレッジセンター、5月〜京都みなみ会館 他にて順次公開

公式ホームページ→
 ダルデンヌ兄弟の新作は,「ロゼッタ」のときと同様,カメラが主人公に密着するように,その姿を追い続ける。ただ,本作では極端なクローズアップを意図的に避けているようだ。手が届きそうな距離から一歩引いた感じでロルナの姿を捉えていく。カメラは,ワンカットを除き,彼女自身又は彼女が直接認識できる範囲だけを映し出す。彼女の内面に入り込まないため,その心情の動きがミステリアスに感じられ,かえって惹き付けられる。
 ロルナは,ベルギー国籍を取得しようとしている。ブローカーの指示に従い,ヤク中の男と結婚して国籍を取得した後,夫が薬物の過剰摂取で死亡して”未亡人”になる算段だということが,徐々に明らかになる。その語り口が優れていて全く目が離せない。しかも,当初は道具に過ぎなかったはずの男が麻薬を断とうとしてロルナに頼ってくる。彼女の中で単なるヤク中がクローディという名前を持つ存在に変わっていくのが目に見えるようだ。
 これに対応するように,ロルナの気持ちが夫の暴力による”離婚”へと傾いていく。単に情が移るというだけではない。彼女が何かに突き動かされる迫力に満ちたシーンが続く。そして,彼女の人生に大きな転機が訪れる。自転車に乗ったクローディを見送るロルナの輝く笑顔。だが,次のシーンの彼女の表情は硬い。何が起こったのかと緊張を強いられる展開だ。「これがヤク中の末路さ」と言う恋人を見るロルナの目。彼女の中で何かが動く。
 ロルナは,恋人と電話で話しているとき,身体に異変を感じる。過去との断絶を思わせるシーンだ。彼女は,妊娠を告げられて堕ろしたいと言った直後,堕ろせないと言う。だが,妊娠の真偽さえ定かでない。しかも,カメラがロルナから離れるシーンがある。彼女の姿を見せないことで,不穏な空気を映し出す。その状況の下,彼女は姿の見えない胎児に「あなたは生きて」と話しかける。静謐なラストシーンには,魂の救済さえ感じられる。
(河田 充規)ページトップへ
 ご縁玉〜パリから大分へ
『ご縁玉 パリから大分へ』
〜出会いを通じて深まるいのち〜

(2008年 日本 1時間12分)
監督・撮影:江口方康
出演:山田泉、エリック−マリア・クテュリエ
2009年1月31日〜シネ・ヌーヴォ                  
(c Inter Bay Films)
公式ホームページ(山田泉さんのブログ)
 チェロの低く深い響きがお腹に響いてくる。とても不思議な映画だ。

 エリック・マリアはパリをベースに国際的に活躍するチェリスト。ベトナムで生まれ戦争中に孤児としてフランス人夫婦に引き取られて育った35歳の青年。山田さんは、乳ガンが発症して以来、いのちの大切さを伝える「いのちの授業」を小中学校や病院で続けてきた48歳の元養護教諭。

  乳ガンが再発した山田さんは、人生最後の旅行としてあこがれのパリへ。そこでエリック・マリアと出会う。そのとき扇子をもらったお返しに山田さんは「ご縁がありますように」と5円玉を渡す。2007年冬、その5円玉に引き寄せられるようにして、エリック・マリアは、山田さんに再会するためチェロを抱えて雪の降る大分を訪れる。これは、山田さんとエリック・マリアが共に過ごした数日間を記録したドキュメンタリー。

  山田さんは児童福祉施設やホスピスにエリック・マリアを連れて行く。彼の奏でるチェロの美しい響きに子どもも大人も皆、真剣に聴き入っている。バッハの「無伴奏チェロ組曲」やジブリのアニメの主題歌に胸が熱くなる。ホスピスでは「生きるエネルギーをもらいました」と感謝の言葉を述べる老人も。

  末期ガンで、残された毎日を懸命に生きようとしている山田さん。自分の育ての母を9年前に乳ガンで亡くしたエリック・マリアは、母に何もできなかったと、山田さんのためにチェロを弾き、少しでも心を楽にしてもらいたいと思いを尽くす。音楽と呼吸が一つになるひととき。

  カメラは淡々と二人と二人を囲む人たちの姿をとらえていく。縁とは向こうからやってくるもの。それを受け取り、また他の人に渡していく。自分にできることを考え続け、常に明るく前向きに生きようとしている山田さんのエネルギーは、エリック・マリアに伝わり、その音楽を深めていく。私たちはその軌跡を静かに見守り、感じ取る。

  山田さんは昨年11月21日、逝去された。精一杯生きた彼女の思いをエリック・マリアだけでなく、多くの人が受け継いでいくにちがいない。山田さんが作詞した「生きようよ」という歌のメロディがいつまでも心の中で響いている。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 誰も守ってくれない  (篠原あゆみバージョン)
『誰も守ってくれない』
〜モントリオール世界映画祭最優秀脚本賞受賞の
                 社会派エンタテインメント〜


監督・脚本:君塚良一 (2008年 日本 1時間58分)
出演:佐藤浩市、志田未来、松田龍平、石田ゆり子、佐々木蔵之介
上映劇場 

2009年1月24日(土)〜TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸 他全国ロードショー
公式ホームページ→
 「踊る大捜査線」シリーズの脚本を手掛けてきた君塚良一監督が、“容疑者家族の保護”というテーマに挑んだ本作は、マスコミやネット社会による過剰なバッシングなど、事件の“裏”で起こっている出来事を描いた衝撃の社会派ドラマだ。

 ある日突然、まだ未成年である兄が殺人事件の容疑者として逮捕され、平穏だった生活が一変してしまう15才の少女・沙織。そんな彼女の保護を命じられた刑事・勝浦。2人は、執拗に追ってくるマスコミから逃れようと東京を離れるが、今度は悪意に満ちたネットの書き込みという“見えない敵”に追いつめられていく…。
 手持ちカメラでの撮影や、リハーサルからカメラを回す“セミ・ドキュメンタリー撮影”という手法が用いられた本作の映像は、生々しいほどにリアル。特に、大勢の報道陣に取り囲まれた沙織が、勝浦に守られながら“脱出”するシーンは、わけも分からないまま写真を撮られ、心ない言葉を浴びせられ、得体の知れない恐怖の渦の中に放り込まれた沙織の心情を、観る者も実際に“体験”しているかのような気持ちにさせられるほどで、手持ちカメラの揺れと同時に、勝浦を演じた佐藤浩市、沙織を演じた志田未来の心の“揺れ”までが伝わってくるようだ。
 しかし、この映画が単なる“問題提起”作品であるかというと、決してそうではない。それは、“刑事が加害者の家族である少女を守る”だけの物語ではなく、“心に深い傷を抱えた者同士が出会い、互いに前を向いて生きていこうとする”「再生の物語」でもあるからだ。警察のミスにより、あるひとつの命を守れなかった過去を背負う勝浦は、罪の意識に苛まれ続け、自分の家族とも崩壊寸前だった。そんな勝浦が、ラストで沙織にかける言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようで、沙織と出会わなければ、勝浦の心が救われることはなかっただろう。これから一生、「犯罪者の妹」というレッテルを貼られたまま生きていかねばならない沙織もまた、勝浦と出会わなければ永遠に心を閉ざしたままだったかもしれない。
 答えのない重い題材ではあるが、答えがないからこそ、様々な立場の人の様々な「痛み」を、どれだけ自分のことのように感じられるか、理解できるかを、観る者それぞれの視点で感じ、考えさせられる作品だ。
(篠原 あゆみ)ページトップへ
 誰も守ってくれない  (河田充規バージョン)
『誰も守ってくれない』
〜これまでにない視点から見えてくる家族〜


(2009年 日本 1時間58分)
監督:君塚良一
出演:佐藤浩市、志田未来、松田龍平、石田ゆり子、佐々木蔵之介、木村佳乃、柳葉敏郎
2009年1月24日(土)〜TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸 他全国ロードショー

公式ホームページ→
 中学3年生の沙織は,突然殺人容疑者の妹の立場に置かれ,家族がバラバラになる。彼女の保護を担当する刑事・勝浦も,家族を失いかけていた。前半は,この2人の逃避行が都内での車の追跡劇などを交えてスリル感たっぷりに描かれ,ロードムービーの様相を見せる。その合間に踏み荒らされた植木鉢の短いショットが挿入され,人間の所業の愚かさを映し出す。そしてまた,沙織の母の持っていた家族写真が要所で効果的に使われている。
 効果音のない映像にリベラの美しく澄んだ歌声がかぶさるオープニング。人間をあるがまま包み込むような崇高な存在さえ感じられる。その視線が過度の感情移入を抑制する効果をもたらし,程良い距離感,適度の客観性を保つのに役立っている。カメラも緩急自在に2人の思いを鋭く捉えていく。沙織に扮した志田未来の目は,何よりも雄弁に心情を吐露している。勝浦に扮した佐藤浩市は,その視線をどっしり受け止め,貫禄を示している。
 沙織は,家族も家も失い,マスコミの取材攻勢を受け,心ないネット社会でさらし者にされる。15歳の少女にとって,平穏に見える現代社会に潜む悪意に絡まれた凄惨な被害体験にほかならない。それにしても登場人物の造形が巧い。木村佳乃の精神科医が勝浦と沙織の状況を的確に観客に伝える。佐々木蔵之介の記者は息子がイジメに遭った体験から「犯罪者の家族は迫害されて当然だろう」と言い放つ。その目は尋常さを失っていて怖い。
 後半は,2人がたどり着いた伊豆のペンションを舞台に展開する。経営者夫婦の設定がまた巧く,勝浦のトラウマと関連させながら,加害者側も被害者側も大切な家族を失う点では変わりがないことを明らかにする。これが本作の揺るぎない視点であり,見応えのあるドラマを生み出す基盤になっている。人を守ることはその人の痛みを受け止めることであり,それが生きることだという,その温もりに包まれたエンディングが心地良く,明るい。
(河田 充規)ページトップへ
 ファニーゲーム U.S.A
『ファニーゲームU.S.A.』
〜“映画史上最も不快な傑作”がハリウッドでリメイク!〜

(2007年 アメリカ/イギリス/フランス/オーストリア/ドイツ 1時間51分 PG‐12指定作品 配給:東京テアトル)
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:ナオミ・ワッツ、ティム・ロス、マイケル・ピット、ブラディ・コーベット、デヴォン・ギアハート ほか
1/24(土)〜テアトル梅田、
2/21(土)〜シネ・リーブル神戸、
2/28(土)〜 京都シネマ にてロードショー

公式ホームページ→
 “映画史上最も不快な傑作”としてカルトな人気を誇るオーストリア映画『ファニーゲーム』(1997)のハリウッド版リメイク。監督・脚本はオリジナル版も手掛けた鬼才ミヒャエル・ハネケだ。

 【ある夏の日。ジョージ・ファーバーは、美しい妻アンと愛する息子ジョージと共にバカンスを満喫するため、湖畔の別荘へやって来た。そこに、隣家の使いを名乗る青年ピーターが来訪。卵が欲しいという。快く応じるアンだが、ピーターは貰った卵を落として割ってしまう。それも一度ならず二度までも。言い知れぬ不安を感じたアンはピーターを拒絶するが、そこにもう一人、ポールという青年がやってきて押し問答となる。卵を下さい。卵を。卵、卵…… 異変を感じたジョージが間に入るが、直後、2人組は残忍な本性を現し、ファーバー一家を拘束・監禁してこう告げる。「今から12時間後、あなたたちが生きているか死んでいるか、賭けをしよう」 凄惨な殺戮ゲームが幕を開ける!】というストーリー。
 アメリカに舞台を移した以外、ストーリー展開から画面設計・台詞に至るまで、ほぼ100%オリジナル版を再現している。そのため、オリジナル版初見時に感じた衝撃は著しく低下。鑑賞直後は些かがっかりしたことを覚えている。しかし、 「『ファニーゲーム』に限っては、他の監督や脚本家にリメイクさせない!」と、頑ななまでにセルフ・リメイクに拘って譲らなかったハネケの真意に気がついた時、その完全なコピー振りに合点がいき、同時に前作以上の衝撃を受けたものである。
 まず、注目したのは登場人物の名前だ。本作の登場人物には、全員前作と同じ名前が与えられている。例えば父親。本作ではジョージ、前作ではゲオルグと発音されるが、綴りは同じ<George>である。そのまま英語読みに置き換えただけなのだ。ここまでこだわるからには、そうでなければならない理由があるのだろう。次に気になったのが<12>という数字。この数字は本作に2度登場する。まず、凄惨なゲームに与えられた制限時間が12時間。そしてキッチンにあった卵も最初は12個である。この<同名>&<12>というキーワードで謎が全て解けた。
 残忍な若者の片割れであるピーターの綴りは<Peter>。オリジナル版ではペトロだ。ペトロと言えば、イエス・キリストを看取った12人の弟子=12使徒の内、そのリーダーである聖ペテロが連想される。そのペトロと同じ記念日(6月29日)を持つ聖人は誰かと言うと、新約聖書の著者であり初代ローマ教皇の聖パウロで、綴りは<Paul>。英語読みでポールである。この一致は決して偶然ではあるまい。悪魔を思わせる残忍なポール&ピーターは聖人、つまり隣家の使いならぬ神の使いなのである。
 この点に気が付くと、全編に散りばめられた宗教的刻印が浮き上がってくる。卵はイースター(聖誕祭)に欠かせないアイテムであり、<誕生><生命>の象徴だ。また、ポール&ピーターが着用している白手袋は<指紋を残さない>という現実的意味合いも有しているが、それだけではない。白手袋は聖職者がミサを行うときにのみ着用を許された聖衣の一つであるのだ。

 この聖なる関係が本作において最も重要な肝である。ハネケが自身によるリメイクにこだわったのは、安易かつ無神経な改変によって、作品の根幹を崩されることを危惧したからに他ならない。ハネケは、オリジナル版を「むやみに暴力的であるのに、子どもや主人公は決して死なないハリウッド映画の偽善性や安っぽいヒロイズムに対するアンチテーゼとして撮った」と語っている。その作品を当のアメリカでリメイクするからには、そっくりそのままでなければ意味が無いのだ。

 かくして本作は、アメリカで生まれた痛烈な反アメリカ作品となった。真の問題作である。
 オリジナル版を鑑賞済という方は、上記したような映像や台詞で説明されない部分に注目して御覧いただきたい。無論、前作を未見の方はもちろん必見である。ただ息を呑むしかない衝撃に戦慄すること間違いない。


【喜多匡希の映画豆知識:『ファニーゲームU.S.A.』】
・『ファニーゲーム』は1997年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品されたが、不快極まりない内容にショックを受けたヴィム・ヴェンダースを始めとする多くの観客が途中退場。イギリスではビデオの発禁運動まで巻き起こったという。これらのことが却って話題となり、当時ほとんど無名だったミヒャエル・ハネケ監督の名は一気に高まった。

・すこぶる残虐な作品だが、実は、暴力描写のほとんどはフレーム外で行われ、画面に映し出されることはない。音響や台詞で観客にフレーム外の惨状を想像させ、その恐怖は観客の心理・生理に根ざすものがある。このあたり、ウィーン大学で心理学・哲学を学んだミヒャエル・ハネケの真骨頂と言える。まことに意地が悪いが、天才・鬼才と呼ばれる由縁である。
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 フツーの仕事がしたい
『フツーの仕事がしたい』
〜現代版『蟹工船』、その衝撃と感動〜

(2008年 日本 1時間10分)
配給:『フツーの仕事がしたい』の普及がしたい会
監督・撮影・編集・ナレーション:土屋トカチ
出演:皆倉信和
1/24(土)〜 大阪:第七藝術劇場 
※上映初日に土屋トカチ監督の舞台挨拶あり
2/14(土)〜 兵庫:神戸アートビレッジセンター 
※2/20(金)迄の上映&上映初日に土屋トカチ監督の舞台挨拶あり
2/21(土)〜 京都:京都みなみ会館 にて上映

公式ホームページ→
 「このまま死んじゃったら、この人の人生は一体何だったんだろう……、って思いましたよね」
 インタビュー時、土屋トカチ監督が思い出したように放った一言である。“この人”とは、彼が追いかけた生コン車運転手・皆倉信和さんを指す。
 皆倉さんが置かれていた状況はあまりにも惨い。1か月の労働時間が最高で552時間超。残業手当も有給休暇もなく、社会保険にさえ未加入。その上、断続的な賃下げが続いた。明らかに労働基準法違反である。しかし、皆倉さんは「ウチらの業界ではこれがフツーだと思っていた」と言う。
 しかし、一旦仕事に出れば、一週間ほども家に帰れず、入浴や睡眠さえままならないという異常さに心身共に疲れ果て、藁にもすがる思いで労働組合の門を叩く。すると、会社関係者を名乗る工藤という男が現れ、組合脱退を強要。カメラの前で臆面も鳴く振るわれる暴力、飛び交う暴言に慄然とさせられる。暴力団員さながらの工藤は、連日、皆倉さんの自宅にまで押しかけたという。その心労からか、ほどなく皆倉さんの母が死亡してしまうが、こともあろうに工藤はその斎場にまで押しかけて組合脱退を迫るのだ。その後、遂に皆倉さんまでもが病に倒れてしまう。集中治療室に入るほど危険な状態であった。冒頭の言葉は当時を思い返してのものである。そして、ここで病床の皆倉さんは「フツーの仕事がしたい……」と呟く。冒頭の「フツーだと思っていた」から「フツーの仕事がしたい」に至る変遷が本作のポイントだ。
 不謹慎を承知で言わせてもらえば、本作は面白い。目の前で繰り広げられる“嘘のような事実”には、原一男監督の『ゆきゆきて神軍』や森達也監督の『A』にも通じるアクション・ドキュメンタリーの面白さがある。その反面、監督自らが担当したナレーションがしっくりと作品に溶け込んでおらず、また、編集が性急なため、後半の問題解決に至るプロセスが明瞭でなく達成感に欠けるという難点が惜しい。とは言え、完成度だけが映画の全てではない。この作品が撮られなければ、皆倉さんの人間性は踏みにじられていたことだろう。ともすれば、過労死に至った可能性も大いにある。
 「(会社側の人間の)肖像権の問題も脳裏をよぎりましたが、皆倉さんの生存権と天秤にかけた時、私は命の重さを優先したのです」 この土屋監督の決断が一人の人間を救ったのだ。生気に乏しかった皆倉さんの表情が、次第に力強さを増し、感情を取り戻していく様に打たれた。感動的な共闘のドキュメンタリーである。
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 ワンダーラスト
『ワンダーラスト』
〜優しさと温かさに溢れた映画作家・マドンナ誕生!〜

(2008年 イギリス 1時間24分 配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ)
監督・脚本・製作総指揮:マドンナ
出演:ユージン・ハッツ(GOGOL BORDELLO)、ホリー・ウエストン、ヴィッキー・マルクア、 リチャード・E・グラント ほか
1/31(土)〜 シネマート心斎橋、京都シネマ
2/7 (土)〜 シネリーブル神戸
  にてロードショー

公式ホームページ→
 “ポップス界の女王”マドンナの初監督作品は、予想を遥かに上回る青春映画の秀作に仕上がっていて驚いた。この才能は本物だと確信した。音楽ファンのみならず、映画ファンにとっても必見の作品である。

 イギリス・ロンドンの下町が舞台。ウクライナ移民でミュージシャンとしての成功を目指すAK。ロイヤル・バレエ団で踊ることを目標に、長年バレエに打ち込んできたホリー。アフリカに渡って、恵まれない子供たちを助けたいと夢見るジュリエット。主人公である3人の若者は、同じ部屋に暮らすルームメイトだ。それぞれの夢を胸に、青春の日々を生きている。しかし、その生活は決して順風満帆とは言い難い。AKは生活のために男性相手のSM調教師をしているし、ホリーは家賃が払えなくなり、ストリップクラブのポールダンサーとして働くことを決意する。ジュリエットは勤務先の薬局で、旅立つ日に備えて時折薬を盗み出している。
 そんな3人の姿に、社会は眉をしかめることだろう。しかし、マドンナが提示するこの青春像は、決して映画のためにいたずらに誇張されたものではない。ここにあるのは清濁併せ呑んだ若者たちの現実だ。なぜ言い切れるのか? この3人は、それぞれ若き日のマドンナの分身であるからだ。
 複雑な家庭に生まれたマドンナは、幼少時よりバレエに打ち込んできた。その後、19歳の時、僅か35ドルを握り締めて長距離バスに乗り込み、単身ニューヨークへ。無論、スターへの道程は決して順調ではなく、時には成人映画にも出演して生計を立ててきた。そして、現在。スーパー・スターとなった彼女は、エイズ孤児支援運動に力を入れている。こういった実経験が、先述した主人公たち3人に分割して振り分けられているのだ。つまり、本作はマドンナにとって半自伝的作品なのである。
 ここで本作の原題である『FILTH AND WISDOM』(堕落と知恵)が輝く。堕落と知恵は、言わばコインの表裏のように一体であり、その総体こそ“人間”なのだ。マドンナは、こういった生き方を否定しない。綺麗事だけでは生きられない若者は実際にいる。それでも夢を諦めきれない若者も、だ。マドンナは、ただ単に自己肯定を行っているわけではなく、過去の自身と同じ境遇にある若者たちに、現実を提示しながらも、慈愛に満ちたエールを送っているのである。

 そこにある温かさと優しさが、クライマックスのLIVEシーンで見事に弾ける。溢れる人間賛歌&人生賛歌に胸が熱くなった。
【喜多匡希の映画豆知識:『ワンダーラスト』】
・AKを演じるユージン・ハッツは、劇中にも登場するGOGOL BORDELLOという多国籍バンドのメンバーであり、同バンドのフロントマン。このバンドが有名になったのは、マドンナのバック・バンドを務めたことによる。マドンナはユージン・ハッツとGOGOL BORDELLOにとって恩人と呼べる存在なのである。
 
【『ワンダーラスト』公開記念イベント情報@大阪』

<ONZIEME MEETS MADONNA’s 『WONDER LUST』キックオフパーティー>
話題沸騰!! 
マドンナの初監督作品『ワンダーラスト』の公開に先駆けて、前夜ミュージックPARTYが実施!
映画をインスピレーションさせるダンス/ROCK MUSICの中、きらびやかなポールダンサーも出演!!

・当日はshu uemuraから来場者にプレゼントあり(先着500名様 女性限定)
・その他、劇場鑑賞券や映画グッズが当たる抽選会も開催
・当日のイベントフライヤーを『ワンダーラスト』上映劇場に持参/提示すれば、映画鑑賞料金を前売り価格に割引!
日時:1月23日(金) OPEN 21:00〜LATE
場所:ONZIEME LIVE&BAR 11
大阪市中央区西心斎橋1-4-5 御堂筋ビル11F(http://www.onzi-eme.com/)
料金:\2,500(with 1ドリンク)
DJ:久保田コージ、BAN‐CHAN、KO‐TARO and more
VJ:GORAKU
VISUARIZE:Eiri KAWAKAMI
Pole Dancer:烏來Kyoto
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 プライド
『プライド』
〜歌に恋に、女のプライドをかけたバトルの火花が散る!〜


(2008年 日本 2時間6分)
監督:金子修介
出演:ステファニー、満島ひかり、渡辺大、高島礼子、及川光博
公開日:1月17日〜なんばパークスシネマ、梅田ブルク7、TOHOシネマズ西宮OS,MOVIX京都

公式ホームページ→
 「君はプライドが高い」「あなたってプライドがないの?」どちらを言われてもほめられた気がしない。いわゆる「プライド」というものは、あってもなくてもめんどくさいものだ。何もかもなくしてもプライドを捨てられない人と、すべてを手に入れるためプライドを捨ててしまう人。正反対の二人のヒロイン、どちらの生き方に共感できるだろうか。
 少女マンガ界の大御所一条ゆかりの原作を『あずみ』『デスノート』の金子修介監督が映画化。境遇も性格も正反対の二人が、オペラの世界でしのぎを削る。華やかな世界とその裏側に渦巻くドロドロの世界を描く。そのプライドは価値があるものなのか。恋と歌の勝利はどちらの手に輝くのか。

 豪邸に住み、苦労知らずのお嬢様の史緒。飲んだくれの母親を抱え必死に生きる萌。奇しくも二人は「プリマドンナ」という同じ夢を持っていた。ある日、萌は史緒と出会う。同じ人間なのに、世の中にはこんなに何もかもに恵まれている人種がいるなんて…とショックを受けた萌は、高価なオペラのチケットを「どうせ捨てるんだから」と史緒から譲られ、自分の中で何かが変わっていくのを感じる。そして父親が事業に失敗し、無一文になった史緒はイタリア留学をかけたコンクールで萌と再会する。萌は健気に生きるだけの女の子ではなくなっていた…
 少女マンガの世界観を見事に映像に持ち込んだ作品だ。ステファニーはゴージャスな金髪縦巻きロールのヒロインのイメージにぴったり。対する満島ひかりは、明るく健気にふるまう裏で人の顔色を探り策略をめぐらせる、二つの顔の対比が鮮やかだ。そして二人とも本格的に声楽のレッスンを積んだようで「5オクターブの歌姫」ステファニーは勿論、満島ひかりも劇中で見事な歌を披露し、聴きごたえ十分だ。ただ、せっかくオペラの世界を舞台に持ってきたのに、後半オペラの曲を歌うシーンがないのはいかにも残念だった。
 なりふり構わず夢を手に入れようとする萌にはプライドのかけらもないように見える。だが、そうだろうか。彼女の中には「歌だけは誰にも負けない」という気持ちだけは揺るぐことはない。一点輝くその気持ちこそが「プライド」なのではないだろうか。そのことに気づき、お互いの中に同じ輝きを見出した時、二人の歌はさらに輝きを増し高みへと昇ってゆく。  
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 その男 ヴァン・ダム
『その男 ヴァン・ダム』
〜ヴァン・ダムがヴァン・ダムを演じる異色作〜

(2008年 ベルギー、ルクセンブルク、フランス, 1時間36分)
監督:マブルク・エル・メクリ
出演:VCVD ジャン=クロード・ヴァン・ダム

2009年1月10日(土)〜シネマート心斎橋、京都みなみ会館、109シネマズHAT神戸 他にて公開
配給:アスミック・エース

公式ホームページ→

 その男、ジャン・クロード=ヴァン・ダム。御年48歳。名前を聞けばアクション俳優として数々の作品に出演していたことを覚えておられる方も多いだろう。そういえば最近見かけないけどどうしてるんだろう、と。そんな彼が「最近の自分」を演じるというちょっと変わったドキュメンタリータッチのフィクションだ。
 俳優としては落ち目、私生活では娘の親権争いが泥沼状態。経済的にも苦しく、アクションシーンの長回しに息も絶え絶え。身も心も疲れ果てて帰ってきた彼を、故郷のベルギーの人たちは「この街からハリウッドに出て行って苦労してハリウッドで成功した」と今でもスター扱いしてくれる。そんな中、立ち寄った郵便局で強盗事件に巻き込まれ、犯人扱いされる。果たして、映画の中のヒーローのように事件を解決することができるのか…。
 「ジョン・ウーなんて、お前がハリウッドに連れて行ってやらなかったら今ごろまだ香港でハトを撮ってたさ」と強盗の一味に慰められるシーンは誰しも吹き出してしまうだろう。 ハリウッドに対する思い、八方ふさがりの現状へのボヤキなど、フィクションとはわかっていても、もしかして本音もちょっと混じってるんじゃないかと思わせるところが絶妙に うまくて、くすりと笑わせてくれる。しょぼくれた中年男の素顔まで見せるヴァン・ダム、ひとつ間違うと見ていて「イタい」と思わせられてしまうだろうが、恥じることなく真正面から演じているところが映画への愛を感じさせて潔い。
 終盤、鏡に向かって過去の出来事や今の想いを切々と語る長いモノローグは、まさに現実と虚構の交差点のようだ。アクションスターから栄光と挫折を味わった等身大の人間にな って帰ってきたヴァン・ダムはこれからどんな俳優人生を送るのだろうか。この作品はきっと彼にとって新たなる出発点となるだろう。
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 永遠のこどもたち

『永遠のこどもたち』
〜息子への深い愛の力で、恐怖を乗り越えた母の姿〜


(2007年 スペイン=メキシコ 1時間48分)
監督:J・A・バヨナ
脚本:セルシオ・G・サンチェス
出演:ベレン・ルエダ、ジェラルディン・チャップリン、フェルナンド・カヨ、ベル・リベラ
原題EL ORFANATO 英題THE ORPHANAGE

公式ホームページ→

J・A・バヨナ監督舞台挨拶→
 突然、行方不明になってしまった息子を探し出すため、悲しみと辛さに耐え、古い屋敷に隠された謎を明かし、死者の世界に近づこうとする母の愛と勇気を描いたファンタジー仕掛けのサスペンス。

  ラウラは、かつて自分が過ごした孤児院を買い取り、障害を持つ子供たちのための施設にするため、夫と7歳の息子シモンを連れて移り住む。海辺の広大な屋敷で遊び相手もなく、空想ごっこをして遊び始めるシモン。しかし、施設のオープンを控えたパーティの最中、シモンは忽然と姿を消してしまう。ラウラは手当たり次第調べていくうちに、かつてこの屋敷で悲惨な事件があったことを知る。
 屋敷の謎を解き明かし、シモンを見つけ出すために、ラウラは自分の30年前の少女時代の記憶を思い出してゆく。隠れんぼなどの遊びが郷愁を誘い、ラウラが自分の過去に遡っていこうとする姿はどこか共感を呼ぶ。現在と、30年前と、惨劇が起きた時と、同じ屋敷内での3つの時間が交錯して描かれ、観客は、妖しい迷路に迷い込んだ面持ちで、シモンを見つけるための謎解きにはまりこむ。
 『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロ監督が製作者として参加。スペイン最北端でロケした海辺の大きな暗い洞窟、荒涼たる海岸、どこまでも続く砂浜と、物語の舞台となる自然が陰影に富んで美しく、ドラマを盛り上げる。庭にある遊具が、人もいないのに、キイキイと音をたててわずかに動く。その向こうに屋敷が見えるシーンが何度も挿入され、不気味さを醸し出し、観客の想像力をかきたてる。ドアの向こうに何があるのか、屋敷内の張り詰めた空気がリアルに伝わり、手に汗にぎる展開。
 屋敷に隠されていた死者の気配に気付き、恐怖に震えていたラウラが、息子に会いたい一心で、恐怖に打ち勝ち、行動してゆく姿からは、母の息子に対する愛の強さと絆の尊さを感じずにはいられない。

  喜劇王チャップリンの娘、ジェラルディン・チャップリンが霊媒師役で出演。見えないものを信じる力が希望につながることをラウラに伝え、好演。
 最後にラウラがとった決断からは母の熱い愛があふれだす。冒頭の少女たちが「だるまさんがころんだ」に似た遊びをしているシーンは美しく、ぜひ見落とさないようにしてほしい。
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 感染列島
『感染列島』
〜ただのパニック映画では終わらせない!〜

(2008年 日本 2時間18分)
監督・脚本:瀬々敬久
出演:妻夫木聡、 檀れい、 佐藤浩市、 藤竜也、 国仲涼子
田中裕二、 池脇千鶴、 カンニング竹山
 【2009年1月17日(土)全国東宝系ロードショー】

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 WHOに2008年までに報告されたヒトの高病原性鳥インフルエンザ感染確定症例数は合計391(うち死亡例数は247)だそうだ。インドネシアやタイでの症例数が多い。そのウイルスが人から人へと感染するようになったものが,新型インフルエンザウイルスだ。このウイルスが出現すると,ほとんどの人が免疫を持っていないため,急速な世界的大流行(パンデミック)を起こす危険があると言われている。その意味でタイムリーな作品だ。
 2011年1月,医師の松岡が風邪のような症状の患者を診察したのが始まりだった。インフルエンザ検査の結果は陰性で,タミフルも効かないことが分かってくる。前半は,原因不明の疾病が蔓延していく怖さが描かれ,その病原体は何か,どこから運ばれてきたのかという疑問が膨らみ,見えない敵を求めて未知の独立国へと至る。異生物が破壊した都市の状況や異様な空気に包まれた南洋の孤島など,往年の東宝特撮映画の記憶が蘇ってくる。
 後半では,かつて恋人同士だった松岡(妻夫木聡)と栄子(檀れい)の関係が前面に押し出される。栄子は,WHOから松岡の勤める病院へ派遣されてきた医師だ。彼女が初めて登場するシーンで松岡との関係が暗示され,その後も2人の過去と現在が要領よく説明される。併せて,看護師とその夫,若い恋人同士などのエピソードも挿入される。大勢の人が亡くなるが,ラストでは明日への希望と大切な人への想いが浮かび上がるという寸法だ。
 妻夫木聡は,2007年12月の初舞台「キル」や2009年NHK大河ドラマ「天地人」でも主演し,役者としてどんどん大きくなっていく。タカラヅカ出身の檀れいは,中国公演で楊貴妃の再来と絶賛された。オペラ「アイーダ」に基づく「王家に捧ぐ歌」の王女役で貫禄を見せ,退団後は山田洋二監督「武士の一分」で映画女優に開眼したようだ。本作では,医師としての強さと松岡への想いをしっかりと見せてくれた。この2人の共演は見逃せない。
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 きつねと私の12か月
『きつねと私の12か月』
〜大人のための寓話,そして同時にお伽話〜

(2007年 フランス 1時間36分)
監督:リュック・ジャケ
出演:ベルティーユ・ノエル=ブリュノー、 イザベル・カレ
トマ・ラリベルトゥ
【2009年1月10日、新宿ピカデリー、丸の内ピカデリー、恵比寿ガーデンシネマ他全国ロードショー】 

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 少女リラが野生のキツネに魅せられ,テトゥと名付けて心を通わせていく。その出会いと別れがフランス南東部の大自然の中に収められている。リラ10歳の秋に始まる1年間の体験が,冬から春,そして夏を迎え,再び秋に至る季節の移り変わりに包まれるように綴られていく。その体験は彼女を大きく成長させたようだ。大自然とそこに生きる動物たちの世界から見れば,人間の営む生活は余りに小さい。そのことがじんわりと伝わってくる。
 大人になったリラのモノローグに誘われ,少女リラと共に少しずつ大自然に溶け込んでいく。外から自然を見るのではなく,自然の内側で風を感じるという,珍しい体験ができる。目の前に広がるゆったりとした風景の中で,柔らかな光に包まれていると,時間の波が穏やかに感じられる。ただじっと木の上でキツネを待ち続けるリラがごく当たり前の風景となる。時間に追われる日常生活とは全く違った世界でリフレッシュすることができる。
 やがてリラとテトゥとの距離が縮まっていき,物語が動き始める。リラは,森の中で色んな体験を重ねていく。脇役にクマやカエルなども登場する。中でも,テトゥがオオカミに追われて木の上で身動きできなくなるシーンは,迫力満点だ。リラはどうやってテトゥを救うのかとハラハラさせられる。また,崖上からリラの家を見下ろすシーンが強い印象を残す。人間の住む世界の矮小さ,そして動物たちの世界との間の隔絶感が伝わってくる。
 リラがテトゥの首にスカーフを巻く。嫌がるテトゥ。リラがテトゥを自室に招き入れる。走り回るテトゥ。そこには,心が通じたように見えても,埋めようのない違いがある。人間同士でも,文化や価値観が異なると,互いに完全には理解し合えない。自分と相手との違いを意識することの大切さを改めて痛感させられる。もっとも,その後にはファンタジックな展開が用意されている。これは母親から息子へと伝えられるべきお伽話でもあった。
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 エレジー
『エレジー』
〜男は刹那的に生き,女は確かな未来を求める〜


(2008年 アメリカ 1時間52分)
監督:イサベル・コイシェ
出演:ペネロペ・クルス、ベン・キングズレー、デニス・ホッパー、パトリシア・クラークソン、ピーター・サースガード、デボラ・ハリー
【2009年1月24日(土)〜TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、三宮シネフェニックス 他】

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 イサベル・コイシェは,「死ぬまでにしたい10のこと」や「あなたになら言える秘密のこと」で記憶に残る監督だ。彼女の新作は,日本題名からも前2作とは全く違うイメージになっており,内容的にも上質のサスペンス感を漂わせた男女の心理ドラマに仕上がっている。典型的とも言える男女の心のすれ違いを描きながら,決してステレオタイプに陥っていない。監督の鋭い洞察力と2人の俳優の卓抜した表現力によって生み出された傑作だ
 デヴィッドとコンスエラは,大学の教授と学生で,30歳の年齢差がある。デヴィッドは,結婚による束縛を拒絶し,かつて学生だったキャロラインと互いに束縛しない関係を続けている。そんな彼がコンスエラの端麗な容姿に恋をした。カメラは,初めて彼女とキスをしたときの彼のうっとりとした眼差しや,彼女にまつわる男たちに対する嫉妬に駆られた表情を捉える。”外見の美しさに目がくらみ内面を理解できない”彼の姿が映し出される。
 本作は,デヴィッドを主観と客観の両面から描いていく。物語は,まずデヴィッドの一人称で語られる。しかも,幻想シーンが巧みに挿入され,彼の心象が視覚化される。彼は,コンスエラの過去や未来の男たちとの情景を思い浮かべて苦しむ。観客も,彼と一緒に彼女に対する焦燥感や喪失感を募らせることになる。また,カメラは2人の現実の姿をバランス良く映し出していく。その結果,観客には2人の意識のズレがはっきりと見えてくる。
 デヴィッドは刹那的で現在の快楽しか信じていないが,コンスエラは未来の確かさを求めている。また,デヴィッドの未来図には,彼自身がコンスエラと一緒にいるシーンが抜け落ちている。このようなギャップに気付いていないデヴィッドと気付いているコンスエラの対比がまた哀しい。その結果,ラストの「会えなくなるわ」「私はそばにいる」という会話に深みが増したと思う。女は未来,男は現在を語っている。実に辛辣な感触がある。
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 禅 ZEN
『禅 ZEN』
〜あるがままを見つめた男、道元〜

(2008年 日本 2時間7分 配給:角川映画)
監督・脚本:高橋伴明
原作:大谷哲夫 『永平の風 道元の生涯』
出演:中村勘太郎、内田有紀、藤原竜也、テイ龍進、高良健吾、哀川翔、笹野高史、高橋惠子 他
1/10(土)〜 梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、三宮シネフェニックス 他にて一斉ロードショー

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“春は花 夏ほととぎす 秋は月  冬雪さえて すずしかりけり”

 鎌倉時代に生きた日本曹洞宗の開祖・道元が詠んだ一首である。四季折々の美しさに触れ、そのありのままを愛でたこの歌は、日本人が持つ心の機微を表現しており素晴らしいが、時の若き執権であった北条時頼は「当たり前のことではないか!!」と嘲笑ったという。そのエピソードは本作にも盛り込まれているが、この時頼の愚かしい姿が、現代の日本に生きる私たちの姿に重なり、身につまされた。道元が悟った“只管打坐(しかんたざ)”の精神とは、自然の流れに身を任せて心を無にし、ひたすら座り続けることである。それに比べ、日頃、時間に追われ、落ち着く間もなくあくせくと動き続けている身としては、道端に咲く花に目を留め、季節の移ろいに心を動かされる機会に乏しい。カレンダーを目にした時、「ああ、もうこんな季節か……」と愕然としてしまうことも珍しくないほどだ。
 そんな中にあって、最近、密かに禅ブームだという。なるほど、スロー・フード&スロー・ライフに代表される癒しブームの中にあって、禅が注目されるのは必然のことと言え、大いに合点がいくところだ。同じ仏僧ではあるが、親鸞や空海と比べて、スペクタクル史劇には成り難い道元の生涯が映画化されるのも、今だからこそと言える。
 えもいわれぬ風景描写の美しさに息を呑んだ。中国・蘇州ロケによって捉えられた険しい山岳地帯や広大な大地の荘厳さもさることながら、一府九県に及んだという日本ロケの素晴らしさは筆舌に尽くし難い。1ショット・1ショットがまるで絵画のように美しく、心が洗われる。

 しかし、語り口に難がある。次から次へとパッチワーク的に繰り出される数々のエピソードが、蓄積されることなくバラバラのまま放り出されてしまっているのはいただけない。メリハリに欠ける演出・編集が些かの間延びを招いてしまっている。点が線として繋がっていかないもどかしさを感じた。今の時代にこそふさわしい企画だと思うだけに残念でならない。

 道元を演じる中村勘太郎の堂々とした主演振りと、史実にはないオリジナルの役柄を演じた内田有紀と高良健吾の熱演は見もの。
【喜多匡希の映画豆知識:『禅 ZEN』】
仏教映画は数あれど、禅宗を描いた作品となると極端に少ない。近年では、松本幸四郎主演の『良寛』(1997)が思い浮かぶ程度…… あ、いや、ありました、ありました! 風変わりな作品が1本!! ドイツ映画『MON‐ZEN[もんぜん]』(1999)。ドイツ人兄弟が日本に禅修業にやって来るというコメディで、石川県にある曹洞宗の総持寺が撮影に全面協力した作品。監督・脚本は、『愛され作戦』(1994)、『アム・アイ・ビューティフル?』(1998)で知られる女性監督ドーリス・デリエ。これが実は知られざる快作! 爆笑ではなく、クスクスとした笑いを誘うユーモラスな和みの1本。
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 アンダーカヴァー
『アンダーカヴァー』
〜“第二のマーティン・スコセッシ”、ジェームズ・グレイに注目!〜

(2007年 アメリカ PG‐12指定作品 1時間57分)
監督・脚本:ジェームズ・グレイ
出演:ホアキン・フェニックス、マーク・ウォルバーグ、エヴァ・メンデス、ロバート・デュヴァル ほか
・2007年 第60回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品
1/10(土)~ 敷島シネポップ、ユナイテッド・シネマ岸和田、109シネマ箕面、新京極シネラリーベ、 109シネマズHAT神戸にてロードショー

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 ジェームズ・グレイの名にピンと来る方、決して多くはないだろう。是非、この機会に彼の名を覚えていただきたい! 彼こそ、現代アメリカ映画界における第二のマーティン・スコセッシと呼ぶに相応しい逸材であるからだ。グレイとスコセッシは、共にニューヨーク市クイーンズ区出身。グレイがユダヤ系、スコセッシがイタリア系という違いこそあれ、犯罪映画を得意とする作風も共通している。その力量は、監督デビュー作である『リトル・オデッサ』(1994)で、いきなりヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞したことでも明らかだ。まだ24歳の若さだった。しかし、いかんせん寡作である。本作がようやっと3作目。13年間で3本は寂しいが、これはグレイが徹底した完璧主義者で、綿密なリサーチを怠らないためだ。本作も、一見すると地味で目立たないが見応えは満点。重厚な物語を着実に組み立て、じっくりと見せる演出力に唸らされることは必至である。
 【1988年のニューヨーク。父(ロバート・デュバル)も兄(マーク・ウォルバーグ)もエリート警察官という家庭に生まれた青年・ボビー(ホアキン・フェニックス)は、そんな境遇に反発し、母方の姓を名乗ってロシアン・マフィアが経営するナイトクラブのマネージャーをしている。しかし、市警に新設されることとなった麻薬捜査班は、そのナイトクラブに入り浸る売人に照準を定めていた。父・兄から潜入捜査官=アンダーカヴァーとして協力するように要請されるが、ボビーは即座に拒否。しかし、父はそんなボビーにこう言い放つ。「いつかお前は、警察か麻薬組織かどちらかの味方につく。これは戦争だ!」と……】
 完璧に再現された80年代末期のニューヨークが素晴らしい。サントラや衣装・美術など、偏執狂的なまでにこだわった緻密な時代考証が、当時の空気を丸ごと蘇らせているのだ。見せかけではない本物のリアリズムがここにある!

 ジリジリとした物語の中に、山場は3つ。麻薬取引現場への潜入、マフィアの報復による雨中のカー・チェイス、クライマックスとなる草むらでのマフィア包囲作戦だ。いずれも全身が硬直するような緊張感に息を呑んだ。特にカー・チェイス・シーンは映画史に残る名場面だと断言しよう。。少々テンポが悪いのが玉に瑕だが、充分におすすめできる秀作に仕上がった。実力派キャストの共演もたまらない。
【喜多匡希の映画豆知識:『アンダーカヴァー』】
ホアキン・フェニックスとマーク・ウォルバーグは、前作『裏切り者』に続いての連続登板となるが、今回は製作も兼任している。2人がどれだけジェームズ・グレイの才能を高く評価しているかが伺えよう。マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロ&ハーヴェイ・カイテルの黄金タッグを思い起こさせる絆の強さだ。尚、これまで寡作だったジェームズ・グレイだが、嬉しいことに2008年にはホアキン・フェニックスを三度主演に起用したロマンス映画『Two Lovers』(日本公開未定)を発表。続けてブラッド・ピットとタッグを組む大型スパイ・アクション『Lost City of Z』(2010完成予定)の製作に入っている。ジェームズ・グレイ大ブレイクの予感!
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 007/慰めの報酬

『007/慰めの報酬』
〜世に連れて移り変わっていく「殺しの番号」〜

(2008年 イギリス,アメリカ 1時間46分)
監督:マーク・フォースター
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、ジュディ・デンチ、ジェマ・アータートン
公開:2009年1月24日(土)〜丸の内ルーブルほか全国ロードショー
1月17日(土)、18(日)先行上映あり
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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 007シリーズも本作で第22作目となる。ジェームズ・ボンドは前作に引き続き6代目ダニエル・クレイグだ。ストーリーも前作の続編となっている。前作で愛する女性ヴェスパーを亡くしたボンドは,彼女を操っていた組織の幹部グリーンを追い詰めていく。本作では,英国諜報員としてのボンドが今まで見せなかった人間らしい側面が描かれる。その表情は相変わらずクールだが,復讐心に取り憑かれ,個人的な感情に突き動かされている。
 開巻いきなり壮絶なカーチェイスが目に飛び込んでくる。何がなんだか分からないまま,007の世界に引きずり込まれる。その後,アクションとドラマが交互に展開していく。空中でのバトルにボートや町中での追跡シーンなど,陸海空とバラエティに富んでいる。これらのアクションの合間に復讐の固まりとなったボンドの冷酷非情さが描かれていく。しかも,本作ではもう一人同じような立場の人物が登場し,復讐の色が濃いものとなった。
 ところで,ボンド・ガールの1人目はジェマ・アータートンだ。彼女は,M16のエージェントのフィールズに扮し,気の毒な役割を担わされている。出番は少ないが,シリーズ3作目の「ゴールドフィンガー」を思い出させるシーンが目に焼き付く。2人目がカミーユ役のオルガ・キュリレンコだ。「ヒットマン」のニコ役のキュートなイメージとは全く異なる役柄だ。本作では,女優として一回り大きく成長した彼女の姿を見ることができる。
 カミーユは,タフな面を見せながらも,目には愁いを湛え,その心には深い哀しみを抱えている。彼女が元諜報員だという設定がクライマックスで生きている。そして彼女もまた,ボンドとはターゲットが違うとはいえ,復讐を心の支えに生きてきた。単に彼女の生い立ちが語られるだけでなく,その存在そのものが深い過去を感じさせる。従来のボンド・ガールとは異なり,その役柄に奥行きがあり確かな存在感がある。本作の見所の一つだ。
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 エグザイル/絆
『エグザイル/絆』
〜香港ノワールの旗手が紡ぐ、運命と絆のせめぎあい〜

(2006年 香港 PG‐12指定作品 1時間49分)
監督・製作:ジョニー・トー
出演:アンソニー・ウォン、フランシス・ン、ニック・チョン、ジョシー・ホー、ロイ・チョン、ラム・シュ、ほか  特別出演:サイモン・ヤム
1月17日(土〜 第七藝術劇場、シネマート心斎橋
順次公開〜 京都みなみ会館、神戸アートビレッジセンター
そのほか、全国順次ロードショー

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 ジョン・ウーの出世作『男たちの挽歌』(1986)は、カンフー映画やコメディ映画が主流であったそれまでの香港映画界に多大なる衝撃を与え、“香港ノワール”と呼ばれるスタイリッシュな犯罪映画を続々と生み出した。最近では、『インファナル・アフェア』三部作(2002〜2003)や『ベルベット・レイン』(2004)といった秀作が記憶に新しいところだ。その中で、“香港ノワールの旗手”として、世界中が注目している映画監督がジョニー・トーである。そんな彼の43本目の監督作が本作だ。尚、「エグザイル」とは「亡命者」「放浪者」の意である。
 男泣き必至の傑作である。返還前のマカオを舞台に紡がれるのは、強い絆で結ばれた5人の男たちを巡る熾烈で悲壮なドラマ。問答無用で胸中にせり上がってくる深い感動と興奮に酔いしれた。
 香港マフィアのボス・フェイ(サイモン・ヤム)を襲撃して逃亡していたウー(ニック・チョン)が、安らぎの場を求めてマカオに戻ってくる。彼を待ち構えていたのが4人の男たち。ブレイズ(アンソニー・ウォン)とファット(ラム・シュ)はウーを殺すために、タイ(フランシス・ン)とキャット(ロイ・チョン)はウーを守るためにやって来た。緊張感溢れる静寂がしばらく続いた後、唐突に始まる銃撃戦が素晴らしい。スローモーションを多用したアクションは、傑作『ワイルドバンチ』(1969)を連想させる激しさだが、同時にバレエを思わせる美しさに満ちており、ただただ見惚れるしかない。かつてジョン・ウーが“バイオレンスの詩人”として名声を博したが、今やその称号はジョニー・トーが継承した。
 その後、なぜか彼らは壊れた家具を修理し、共に食卓を囲んで記念撮影。一見、不可解に思えるが、ここで彼らが幼い頃からの親友同士であったことがわかるという寸法だ。理屈では語れない複雑な人間の情を、セリフに頼らず、間(ま)を活かした演出と演技で見事に表現する語りの妙味に舌を巻いた。
 しかし、選択肢は一つ。“使命”か“友情”か、二つに一つだ。果たして、彼らはどちらを選ぶのか? そして、その決断の先には何が待ち受けているのか? 多くは語るまい。ただ、鑑賞後の満足感は保証しよう。冷たさと熱さ、静けさと激しさが同居した必見作!!

【喜多匡希の映画豆知識:『エグザイル/絆』】
5人のリーダー格であるブレイズは、重要な決断を全てコイントスに委ね、他の4人はその決断に従う。一見、行き当たりバッタリに見えるが、このコイントスは5人の“絆”の強さの象徴でもあるのだ。尚、本作は、なんと脚本なしで撮影が進められたという。まるで劇中のコイントスを思わせる出色のエピソードだが、ここに、ジョニー・トーに対して、スタッフやキャストが寄せる絶大な信頼が見て取れる。ジョニー・トーは香港映画界のブレイズなのだ!
“フィルム・ノワール”とは、フランス語で“黒い映画”を意味する犯罪映画の一ジャンル。フランスの映画評論家・脚本家のニーノ・フランクが、『マルタの鷹』を始めとするアメリカ製犯罪映画群を指して1946年に定義したのが始まりだ。フランス語であるため誤解されがちだが、本来はアメリカ映画を指す映画用語なのである。尚、現在、ノワール映画には3つの潮流が存在する。“アメリカン・ノワール” “フレンチ・ノワール”、そして “香港ノワール”である。
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 戦場のレクイエム
『戦場のレクイエム』
〜戦場での体験に貫かれたある男のドラマ〜

(2007年 中国 2時間04分)
監督:フォン・シャオガン
出演:チャン・ハンユー、ドン・チャオ、ユエン・ウェンガン、ダン・ヤン、リアオ・ファン、ワン・バオチアン
2009年1月24日(土)〜敷島シネポップ、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸にて公開

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 中国では,蘆溝橋事変から数えても8年にわたる抗日戦争の後,毛沢東率いる人民解放軍(共産党軍)と蒋介石率いる国民党軍の間で再び内戦(解放戦争)が始まった。中華人民共和国の設立は内戦終了後の1949年10月になる。本作は,人民解放軍の連隊長であったグー・ズーティの姿を通して内戦下の悲劇を捉えた映画だ。前半はグーが47名の部下全員を失った壮絶な戦闘シーンが描かれ,後半は彼が部下の名誉回復に努める様子が描かれる。
 韓国では朝鮮戦争を描いた映画として既に「ブラザーフッド」等がある。本作の前半は,その韓国人スタッフが多数参加して撮影されたそうで,戦場の苛烈な状況がリアルに描写される。そして後半は一転してグーの内面を描写した人間ドラマが展開される。両者がうまくリンクすれば胸に迫る作品となっただろう。グーと観客の視点が微妙にずれてしまったのが惜しまれる。前半は客観性,後半は主観面を重視したため,焦点がぶれたようだ。
 グーは,集合ラッパによる撤退命令があるまで旧炭坑を死守せよと命じられる。激戦で瀕死の重傷を負った小隊長はラッパが鳴っていたと言うが,部下の間で意見が分かれる。ラッパの音が聞こえなかったグーは,撤退しないという決断を下す。その状況が第三者の視点から描かれ,実際にラッパは鳴っていなかったのだろうと思わせる。しかし,後半のグーの様子からは自分がラッパを聞き逃したとの自責の念に苛まれていることが明らかだ。
 このようなズレが生じていることに加え,グーが一人だけ生き残った理由がきちんと説明されないため,卑劣な方法で一人だけ生き延びたのかも知れないという印象が頭から離れない。前半でのグーの苦渋の決断を観客が彼と共有できるように,その状況を彼の視点から描写した上,一人生き残った理由を分かりやすく説明して欲しかった。そうすれば,違和感を覚えることなく,素直にグーと一体となって悔恨や憤りを体験できたに違いない。
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 ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う
『ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う』
〜大ヒット映画のパロディが目白押し!〜

(2008年 アメリカ 1時間28分)
監督・脚本・製作:ジェイソン・フリードバーグ、アーロン・セルツァー
出演:マット・ランター、ヴァネッサ・ミニーロ、ゲイリー・G・サング・ジョンソン、ニコール・パーカー ほか
1/10(土)〜 なんばパークスシネマ、MOVIX京都にて、ロードショー
★作品情報HP
 “パロディ”というのは、既存の作品を模倣しながら、茶化したり、皮肉ったりしながら笑いを産み出すこと。アメリカのコメディ映画には“パロディ映画”というジャンルがあり、『フライングハイ』『ホットショット』『裸の銃(ガン)を持つ男』といったシリーズがその代表格だ。では、現在、最も有名なパロディ映画作家は誰かというと、それは間違いなくジェイソン・フリードバーグ&アーロン・セルツァーである。

  大ヒットシリーズ第1作『最終絶叫計画』の脚本を担当し、新世紀パロディ映画ブームの火付け役となった2人は、以来、『最‘愛’絶叫計画』の脚本・製作や、『鉄板英雄伝説』、『Meet the Spartans』の監督・脚本と作を重ね、いずれも全米大ヒットに導いてきた。そんな彼らの最新作が、この『ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う』である。

 今回は天災・人災など、様々な災害がテーマ。そのため、『デイ・アフター・トゥモロー』『アルマゲドン』などのディザスター・パニック映画がベースとなっている。その中で、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』『紀元前1万年』『ダークナイト』『アイアンマン』『ノーカントリー』『JUNO/ジュノ』といった、日本でもおなじみのビッグ・タイトルから、『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』(1/9〜日本公開)、『ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー』(2/7〜日本公開)といった、これから日本公開が予定されている作品まで、ビッグ・タイトルばかりが次から次へとパロディの餌食になっていくのだ。また、本作を鑑賞すれば、全米ショウ・ビズ界のトレンドが手に取るようにわかるという面白さもある。
 繰り広げられるギャグはナンセンス・ギャグが中心で、シモネタか汚物ネタ、あるいは差別ネタがほとんど。そこは好き嫌いが分かれるところだろうが、ここで目くじらを立ててしまっては楽しめない。敢えて笑い飛ばすくらいの気持ちで鑑賞に挑むことをおすすめする。その上で「あっ! これはアノ映画!!」「おっ! こっちはアノ作品!!」と、ゲーム感覚で元ネタ探しを楽しむのも一興だ。お正月映画中、最も力を抜いて楽しめる1本。
【喜多匡希の映画豆知識:『ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う』】

・ 劇中、シマリス三匹(CGでなくぬいぐるみであるのが、またイイ!)が凶暴化して主人公たちを襲う。これはCGアニメーション映画『アルビン/歌うシマリス三兄弟』のパロディであり、同時に『グレムリン』のパロディでもあるが、その一匹が「レッドラム!」と叫ぶ。これはスタンリー・キューブリック監督&スティーブン・キング原作のホラー映画『シャイニング』が元ネタ。「レッドラム」を英語表記にすると「REDRUM」となるが、これを逆から読んでみよう。すると「MURDER」となり、「殺人」の意である。


隕石の下敷きとなった女性が延々とマイク・パフォーマンスをするシーンがあるが、これはディズニー製作のTVドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』が元ネタ。マイリー・サイラス演じる架空のアイドル歌手ハンナ・モンタナは大人気を博し、コンサート・ツアーまで開催。その模様は、3D映画『Hannah Montana & Miley Cyrus: Best of Both Worlds Concert Tour』(2008年2月全米公開・日本未公開)となり、まさかの全米大ヒットを記録した。
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 PARIS パリ

『PARIS パリ』
〜いま生きていることの幸せに乾杯しよう〜


(2008年 フランス 2時間09分)
監督・脚本:セドリック・クラピッシュ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ロマン・デュリス、ファブリス・ルキーニ、アルベール・デュポンテル、フランソワ・クリュゼ、カリン・ヴィアール、メラニー・ロラン
2009年1月10日(土)〜梅田ガーデンシネマ、
1月下旬〜京都シネマ、2月下旬〜三宮シネフェニックス にて公開

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 エリック・サティは,モンマルトルのカフェでピアノを弾いていたという。その「グノシェンヌ第1番」が印象に残る。ピエールのテーマ曲のように3回ほど使われていた。彼は,心臓病であることが分かり,成功率40%の心臓移植しか助かる方法がないと言われ,これを機に3人の子を抱えたシングル・マザーの姉エリーズと同居することになる。この姉弟を軸として,彼らが住むパリという街を背景に様々な人生の断章がコラージュされる。
 古くて新しいパリの多様な表情が映されていく。そこでは人々が人生を楽しんだり悩みを抱えたりしながら生きている。ピエールが自室のベランダからパリの街並みを眺めるシーンがいい。限りある生命を意識することは,すなわち生きていることの幸せを実感することである。ちょっと疲れ気味のエリーズは,健康な体があるんだから謳歌しろとピエールに励まされる。パリに生きる人の数だけの幸せが見えてきて,活力が湧いてくるようだ。

 歴史学者で大学教授のロランは,物憂げな気分に陥っているが,女子学生レティシアと関係を持つことで元気を取り戻す。その彼女は,日常の中にちん入してきた初老の男を自分の人生の一部として受け止める。建築家のフィリップは兄ロランの一言からふと自分の人生に疑問を感じる。離婚後も同じマルシェで働く元夫婦が切なさを醸し出す。文句ばかり言っているパン屋の女主人も憎めない。カメルーンでは青年がフランスに憧れている。

 様々な人生が幅広く捉えられており,クラピッシュ監督作品としてこれまでにないスケール感がある。正に現時点での集大成だといえよう。登場人物の人生が交錯して何か事件が起こるというわけではない。ニアミスのように行き交う人生の色々な表情を,愛おしく包み込むような感覚が素晴らしい。社会の側面を切り取るといった硬さはなく,それぞれの人生に注がれた優しい眼差しがある。その柔らかな感触にずっと包まれていたいと思う。
(河田 充規)ページトップへ
 マンマ・ミーア!
『マンマ・ミーア!』
〜あなたにもハッピーエンドが待っている!〜

監督:フィリダ・ロイド (2008 アメリカ 1時間48分)
出演:メリル・ストリープ、アマンダ・セイフライド、ピアース・ブロスナン、コリン・ファース、ステラン・スカルス・ガルド

2009年1月30日(金)〜日劇1他全国ロードショー
公式ホームページ→
 世界的な大ヒットミュージカルが映画になった。誰もが一度は耳にしたことのある親しみの持てるABBAのナンバーの数々と、母と娘がドタバタ織り成すハートフルな物語。
 舞台は、愛の女神アフロディテの泉の伝説が残るギリシャのリゾート、カロカイリ島。明日、結婚式を控えたソフィー(アマンダ・セイフライド)には、母親のドナ(メリル・ストリープ)にも婚約者のスカイ(ドミニク・クーパー)にも秘密にしていることがあった。父親を知らずに育ったソフィーだが、どうしてもバージンロードを一緒に歩きたい!と、20年前のドナの日記を手がかりに父親候補の3人の男性に結婚式の招待状を送っていたのだ。何も知らないサム(ピアース・ブロスナン)、ハリー(コリン・ファース)、ビル(ステラン・スカルスガルド)は、自分こそが父親だと思い込み、それぞれの思いを胸に島を訪れる。それを知ったドナは大慌て。ソフィーの父親探しも難航して…。さぁ、結婚式の始まり始まり!
 実際にギリシャの島でロケが行われたという、その景色はうっとりするほど美しい。宝石のような空と海の青さ、太陽の暖かさ、緑の鮮やかさ、大地のぬくもり―澄み切った空気が、どこまでもイキイキとした自然のきらめきを生み出しているかのようだ。この島では人もイキイキしている。喜び、悲しみ、愛の告白も、自然と体が動き出すリズムとストレートな歌詞が、登場人物の気持ちを奥深くまで浸透させてくれる。
 しっかりものの娘と天真爛漫な母親。理解できないこと、衝突することだってある。でも、結婚式当日、寄り添う二人の姿があった。ドナはソフィーを抱き寄せ、老眼鏡をかけて爪の手入れを始める。「あなたがいたから頑張れた」、その思いを共有しあう濃密でやさしい時間のどれだけ心地良いことか。
魅力的なキャスティングの中でも、母として、女として、何よりもドナとして、圧倒的な輝きを放っていたメリル・ストリープが素敵!

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