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【シネルフル】
HP管理者:

河田 充規
河田 真喜子
原田 灯子
藤崎 栄伸
篠原 あゆみ

〒542-0081
大阪市中央区南船場4-4-3
心斎橋東急ビル9F
(CBカレッジ心斎橋校内)
cine1789@yahoo.co.jp


新作映画
 告発のとき
『告発のとき』 
〜一人の父親が教えてくれた“真実”を見据える勇気〜

(2007年 アメリカ 2時間1分)PG-12
監督・脚本・製作:ポール・ハギス
出演:トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、スーザン・サランドン、ジョナサン・タッカー、ジェームズ・フランコ
6月28日〜TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸ほか

公式ホームページ→ 
 戦争というものが、いかに人間をスポイルするかを痛烈にあぶりだした力作。
イラク戦争に従軍していた息子が、帰還するなり失踪、消息を絶つ。軍人警官だった父親ハンクが探し始めた矢先、息子は遺体で発見される。父は、地元警察の女刑事エミリーの協力を得て、息子の命を奪った犯人を捜し出そうとするが……。

 ブッシュ政権がイラクに軍事侵攻したのは2003年3月。同じ年の7月に起き、米プレイボーイ誌に掲載された実際の事件を元に映画化。
 ハンクは、息子の携帯電話に残された映像や履歴を手がかりに捜査を進め、犯人に近づいていく。事件の真相が明らかになるにつれ、見えてきたのは、父が知らなかった息子の一面。イラクの戦場は、戦争を体験したことのある父の想像を遥かに越えて、過酷で悲惨極まりないところだった。志願して入隊した息子も、その仲間の兵士達も、死の恐怖に苛まれ、人間らしい心を奪われていく。その記憶は、イラクを離れ、安全な母国に帰還してもなお、彼らの精神を執拗に痛め続けるほど、強烈なものだった。
 やがて真相が明らかになるが、ハンクの苦労は報われない。解き明かされたのは“望まざる真実”。息子からのSOSに気づくことができなかった自責の念にとらわれながらも、父は、決して悲しみに立ち止まりはしない。息子をここまで追い詰め、変えてしまった戦争そのものを見据え、勇気をもってイラク派兵の非を静かに訴える。

  妻の嘆きを受け止め、自分の感情は内に抑制し、寡黙に耐え抜く市井の父親をトミー・リー・ジョーンズが演じ、忘れがたい。

  暗闇が怖くて眠れないという、エミリーの幼い息子、デヴィッドにハンクが読み聞かせたのは、旧約聖書の中の、怪獣ゴリアテを倒すために、小さなダビデが送り込まれ、奇跡的に勝利した物語。その戦いの場が『IN THE VALLEY OF ELAH(エラの谷)』で、作品の原題ともなっている。未来ある多くの若者たちをイラクの戦場に送ったことの責任について広く問いかけると同時に、勇気を持ち続けてこそ恐怖に打ち勝つことができるというメッセージにも読み取れる。ラストのハンクの姿からは、果敢に問題に向き合っていこうとする力強い意思が伝わってきた。
(伊藤 久美子)ページトップへ
 JUNO/ジュノ(篠原バージョン)
『JUNO/ジュノ』  
〜少女の予期せぬ妊娠をコミカル&ハートフルに描いた物語〜

(2007年 アメリカ 1時間36分)
監督:ジェイソン・ライトマン
出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー、ジェイソン・ベイトマン
6月14日〜梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネカノン神戸 にて全国ロードショー
公式ホームページ→   
 人生のターニング・ポイントは、ある日突然やってくるもの。本作の主人公、ジュノは16歳にしてそのときを迎える。

  彼女は、男友達のポーリーと興味本位でした1度きりのセックスで、まさかの妊娠。中絶を考えるが、同級生に「赤ちゃんにはもう爪が生えている」と言われて思い止まり、出産を決意する。里親も決まり、家族と親友に支えられて、小さな「命」はジュノの中ですくすくと育っていくが…。
 シリアスでいてユーモアたっぷりの巧みな脚本と、エレン・ペイジのただならぬ存在感が、ちょっと生意気でオタクな「ジュノ」のキャラをとびきり魅力的なものにしている。ジュノは一見エキセントリックだが、親の離婚を経験したことから「愛」や「永遠」に対して懐疑的という繊細な一面もある。だからこそ“完璧な夫婦”を里親に選ぶのだが、そこでも“ままならない世界”に直面して悩む。ジュノは、赤ちゃんを手放すのか?そして、友達以上恋人未満の、ポーリーとの関係は…?

 どんなアクシデントも、自分次第で“終わり”を“始まり”に変えることができる。不確かでも、自分らしく「愛」を育もうとするジュノの姿に、“自ら幸せを求める勇気”を与えられた気がした。   
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 アウェイ・フロム・ハー 君を想う (河田バージョン)
『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』
〜良質のサスペンスの香りが漂う夫婦のドラマ〜

(2006年 カナダ 1時間50分)
監督・脚本:サラ・ポーリー(1979年生)
出演:ジュリー・クリスティ(1941年生)、 ゴードン・ビンセント(1930年生)
オリンピア・デュカキス(1930年生)、 マイケル・マーフィ(1938年生)

6月7日(土)〜テアトル梅田、シネマート心斎橋、順次〜シネ・リーブル神戸、京都シネマ
公式ホームページ→
 フィオーナは,元大学教授で北欧神話を教えていた夫のグラントと44年間連れ添ったが,認知症のため施設に入所し,そこでオーブリーという男性と親しくなる。本作で描かれているのは認知症の問題ではない。フィオーナは,施設に向かう車の中で,グラントがかつて若い女子学生と不貞を重ねたという話をする。グラントに聞かせると同時に,観客にも状況設定の説明をする重要なシーンだ。その後,グラントとフィオーナ,グラントとマリアンという2つの関係が並行して描かれる。

 監督は,フィオーナとの関係をグラントの視点で,マリアンとの関係を第三者の視点で描いている。そのため,前者の関係では,観客は,グラントと同じ立場に置かれ,フィオーナが”フリをしている”,つまり演技し芝居をすることでグラントに罰を与えようとしているのかも知れないという疑いを,グラントと共有することになる。一方,後者の関係では,観客は,グラントがどのような経緯で,またどのような目的でオーブリーの妻マリアンを訪ねたのかを知らされないため,第三者的な立場で2人の会話を見守るほかない。カメラも,客観的な視線を保ち,向き合って座る2人を同じフレームに映し出した後,会話する2人の表情を交互に捉えていく。やがて2つの関係が交わり,多面的で複雑な様相を呈する夫婦,ひいては男女の愛のミステリアスな面について考えさせられることになる。

  グラントは,愛する妻が自分を忘れていき,自分の存在が妻の中から消えていくことを間近に感じて,その先には全くの静寂と深い暗闇が待っているのかも知れないという,想像できないほど大きな不安や孤独に包まれていく。しかも,彼女の心の中ではグラントではなくオーブリーが大きな位置を占めている。グラントの視線でフィオーナの姿を見ていると,彼にとっての44年間は一体何だったのかという思いが湧き上がり,焦燥感に駆られる。祖母を見舞いに来た娘がグラントの話を聞いて「私はまだ幸せね」と言うシーンがあり,その言葉がグラントの心に鋭く突き刺さる。
 グラントが施設を退所したオーブリーをもう一度フィオーナのもとに戻そうとする。それは,果たしてフィオーナのためだったのだろうか。グラントは,本当に妻の幸せのために自分を犠牲にしようとしたのか。意識的であったかどうかはともかく,マリアンから「自分が幸せになる決意をすべきだ」と言われ,その気になったという面はないだろうか。グラントとフィオーナの関係だけを描き続けると,観客が完全にグラントに感情移入してしまい,単調になりかねない。そこにグラントとマリアンの関係を第三者の視点から描き込むことによって,観客の知らないグラントの存在を示し,サスペンスを高めると同時に,心の深淵を感じさせる効果を生み出している。
 看護師は,フィオーナを含む重症患者について,記憶が戻ることもあるが,正常に戻っても長続きしないと説明する。ところが,フィオーナは,終始一貫してグラントから見られる存在として描かれている。彼にとっても観客にとっても,フィオーナの心の中は不透明なまま推移するというのが巧く,ラストでグラントと共に観客もまた複雑な思いに絡め取られることになる。まだ27歳の監督の恐ろしいまでの洞察力を感じさせるラストである。

  オーブリーを施設に連れて行ったグラントは,フィオーナから「私を捨てて立ち去れば良かったのに」「いいのよ,見捨てて」と言われる。グラントは,「できない」と答える。このとき,フィオーナは,看護師の説明するとおり,フリをしていたのではなく,病状がどんどん進行する中で,たまたま正常に戻っていただけだと受ける止めるのが素直だと思う。そうすると,正気に戻ったフィオーナがグラントを夫と意識しながら抱き合うという,ハッピーエンドで終わることになるだろう。

  だが,グラントと抱き合ったときのフィオーナの目が何とも言えない怖いような光を放っていたことに,グラントは気付かないが,観客は気付いてしまう。マリアンに関しては客観的な視点でしか描かれていないため,彼女が最後までフリをしていただけかも知れないという疑いを拭い去ることができない。妻は,昔年の夫に対する報復を果たしたと信じている。だが,夫は,昔と同じように,妻の目の届かないところでマリアンと新たな関係を築こうとしていたのだった。44年間の夫婦生活の基本的な部分に何も変化はなかったのだとすると,実に辛辣である。監督が意図しかどうかは分からないが,このラストの二面性をどう理解すればよいのだろうか。「悪い人生じゃなかったと思うのは男性であり,妻は違う」という看護師の言葉が頭に浮かぶ。
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 アウェイ・フロム・ハー 君を想う (原田バージョン)
『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』
〜忘れる愛、忘れない愛。〜

(2006年 カナダ 1時間50分)
監督・脚本:サラ・ポーリー(1979年生)
出演:ジュリー・クリスティ(1941年生)、 ゴードン・ビンセント(1930年生)
オリンピア・デュカキス(1930年生)、 マイケル・マーフィ(1938年生)

6月7日(土)〜テアトル梅田、シネマート心斎橋、順次〜シネ・リーブル神戸、京都シネマ
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 真っ白な雪景色に、離れて立ち尽くす一組の老夫婦の姿を、切ないと感じるか温かいと感じるか。2つの感情の狭間で揺れる。

  44年の歳月を連れ添ってきた、グラントとフィオーナは仲睦まじい老後の生活を楽しんでいた。しかし、知的でチャーミングだったフィオーナにアルツハイマー型認知症の症状が出始めたのだ。
『死ぬまでにしたい10のこと』のS・ポーリーが監督。20代にして、人生の終焉を目前にした夫婦の愛と葛藤とをじっくりと描き、観客の世代を選ばない。
 症状の進んだフィオーナは施設行きを決断するのだが、ここからより深い人間ドラマが展開されていく。グラントを襲ったのは、愛し合っていた妻が彼のことを忘れてしまい、同じ入所者の男性オーブリーに恋人のように接しているという、ショッキングな事実だった。浮気で妻を苦しめた過去が頭をよぎる。もうフィオーナに、自分を夫と認識できる日が来ないのだとしたら、彼女に何をしてやれるだろうか。傍で愛し続けるのか、それともオーブリーとの幸せを見守るのか。一方、オーブリーの妻マリアンは、グラントの存在に生きるハリを見出すようになる。

  夫婦の数だけ、愛の形がある。しみじみと味わい深い作品である。
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 幻影師アイゼンハイム
『幻影師アイゼンハイム』
〜予期せぬラストの爽快感に思わず拍手!〜

(2006年 アメリカ/チェコ 1時間49分)
監督・脚本:ニール・バーガー
出演:エドワード・ノートン、ポール・ジアマッティ、ジェシカ・ビール、ルーファス・シーウェル
6月7日公開、 敷島シネポップ、新京極シネラリーベ、OSシネマズミント神戸

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 19世紀末のウィーン。鮮やかな手さばきで、次々と奇術(トリック)を披露し、市民の人気を集めていた幻影師アイゼンハイム。かつての初恋の相手で、身分の差ゆえに無理やり別れさせられた公爵令嬢ソフィと、舞台の上で偶然、再会。15年の歳月を経て燃え上がる恋の炎。しかし、ソフィは皇太子の婚約者で、結婚を間近に控えていた。二人の逢瀬を知り、皇太子は激怒。喜びも束の間、ソフィはある日、遺体で発見される……。
 身分違いの恋の行方、舞台上で繰り広げられる不思議な幻影術、権力をふりかざす皇太子を相手の頭脳勝負と、幾つもの仕掛けが張り巡らされ、存分に楽しめる。サスペンス仕掛けのラブストーリーに仕立てた脚本が秀逸。
 皇太子の命によりアイゼンハイムの監視役を務めるものの、いつしかアイゼンハイムに心魅かれていくウール警部が物語の導き役となり、サスペンスを盛り上げる。『サイドウェイ』で、離婚の痛手から立ち直れない中年教師を演じたポール・ジアマッティが、複雑な思いに戸惑うウール警部を好演。寡黙で謎めいた幻影師アイゼンハイムを演じるエドワード・ノートンは、内に秘めた強い意思を感じさせ、観客を魅了する。恋の道を信じて突き進む純粋な心の持ち主のソフィ、憎々しげな皇太子と、役者もみな適役。
全ての謎が一気に解き明かされるラストは鮮やかな幻影を見せられたようで、まさに爽快。映像ならではの謎解きのおもしろさを十二分に味わえるにちがいない。
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 ぐるりのこと。
『ぐるりのこと。』
〜未来への希望は、信じあう二人の絆の中に〜


(2008年 日本 2時間20分)
監督・原作・脚本・編集:橋口亮輔
出演:木村多江 、リリー・フランキー、倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵、八嶋智人、寺田農、柄本明
6月21日(土)シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、
初夏〜シネ・リーブル神戸

公式ホームページ→
 病気や事故、犯罪と予期せぬ不幸が、突然人を襲う。人の心はタフではない。悲しさや悔しさで感情をコントロールできなくなることがある。そんな時、自分を受け止めてくれる誰かが一緒にいてくれたら、きっと嵐のような辛い時を耐え抜き、凪が訪れるのを待つことができるはず……。
 バブル崩壊後の1993年から約10年間、一組の夫婦が数々の困難に向き合い、乗り越えていく姿を描く。しっかり者の妻翔子は、初めての子の死をきっかけに精神のバランスを崩し、心を病んでいく。職を転々とした末、法廷画家の仕事を得た夫のカナオは、妻を支え、見守りながら、様々な事件の裁判をみつめ、時代の空気を感じ取っていく。
 「ハッシュ!」で観客の心を魅了した橋口亮輔監督の6年ぶりの新作。自らのうつの体験を生かし、考え抜かれたオリジナル脚本は見事だ。

  ときに感情を爆発させ、泣きじゃくる翔子を演じる木村多江は迫真の演技を披露。頼りなげにみえるが、病に苦しむ翔子を全身で受け止め続けるカナオを、リリー・フランキー(小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」)が自然体の演技で好演。リリーの飄々とした存在感はカナオそのもの。夫婦の変わりゆく日常の姿を1年毎に淡々と描きつつも、苦悩から再生へと変わりゆく歳月の流れとして緩やかに感じられる。
 倍賞美津子、寺島進らベテラン俳優たちが熱演、現場の熱気がそのまま映像に刻み付けられた。登場人物が思いをぶつけあう修羅場では、それぞれが抱える悲しみ、痛みが迫ってきて圧倒される。役者にテンションの高い演技を求め、テストを重ね、緻密な演出をしていく監督の腕前は見事だ。とりわけ、最後の、翔子の母の家での長回しの場面の緊張感と会話の間合いは的確で、心に残る。
 監督は、裁判所で数々の事件の犯人や被害者の姿を見つめるカナオのまなざしを通じて、日本人のメンタリティの変化をも描き出そうとする。ラストシーンからは、どの人にも日常があり、平凡な毎日を生き抜くことの尊さが静かにしみわたってくる。

  人の心はもろく、壊れやすい。でも、人と人とがつながりあい、手をとりあっていくことで、どんな辛いことも乗り越えていけるという希望が力強く伝わってくる。カナオと翔子のおだやかな表情は、きっと観客の心に生きるエネルギーを届けてくれるにちがいない。
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 ぼくの大切なともだち
『ぼくの大切なともだち』
〜時には気を配ろう,他者から見た自分に〜


(2006年 フランス 1時間36分)
監督・脚本:パトリス・ルコント
出演:ダニエル・オートゥイユ、ダニー・ブーン、ジュリー・ガイエ、ジュリー・デュラン
6/28〜テアトル梅田、夏〜シネ・リーブル神戸、秋〜京都シネマ
公式ホームページ→
 パトリス・ルコント監督の新作は,起承転結のはっきりしたストーリー展開で,枝葉を要領よく刈り込み,スマートでバランスの取れた,素直で愛着の持てる作品となっている。ここで描かれるのは,人と人との触れ合いであり,決して忘れてはならない人の優しさだ。
 仕事一筋で他人の気持ちを考えたことのないような男フランソワが,他人に対する思いやりの大切さに気付いていく。ステレオタイプに演じると嫌みで傲慢な男になってしまいそうだが,ダニエル・オートゥイユが主人公のひたむきで誠実なキャラを前面に押し出して好演している。そのため,彼の仕事上のパートナーや娘,さらに偶然出会ったタクシー運転手のフランソワに対する態度に違和感が生じない。誰も彼を突き放したり彼に背を向けたりしないことに説得力が与えられる。映画が終わった後も,狐につままれたような唐突感や取って付けたような意外性がなく,素直にハッピーな気持ちに浸ることができる。
 フランソワは,タクシー運転手のブリュノから友情を得る方法を学ぼうとする。彼は,フランソワの娘の喘息の原因を即座に見付けるエピソードに端的に示されているように,相手に対する細やかな気配りを当たり前のように身に付けている。それだけでなく,彼が心に深い傷を負っているという設定がとても巧く,彼の人間像が豊かなものになっている。誰とも親しげに接することはできるが,誰とも心を開いた付き合いができない。彼は,クイズの答えがなかなか出て来ず,その周辺の知識ばかりしゃべっているように,心の中の最も大切な部分を表に出せないでいるのだ。
 また,仕事上のパートナーがカトリーヌという女性であるため,男同士の場合とは異なるソフトな感覚を生み出している。同時に,彼女を同性愛者と設定することにより,フランソワとの間に恋愛感情が芽生えないようにしているのがよい。彼女の「友だちになりたかった」という言葉は,彼女がフランソワに人間同士の触れ合いを求めていたことを示す。つまり,彼は,決して人間として嫌われているのではなく,むしろ気に懸けられている。娘も決して父親を避けようとはしていない。彼は,もともと人の立場や思いに配慮できない人間ではなく,ただ仕事にかまけているだけだったのかも知れない。だからこそ,本作は,現実社会を舞台とした寓話であり,現実を踏まえた一種のファンタジーとして面白い。
 フランソワが小学校の同級生とスーパーで偶然出会ったフリをするシーンは,やや紋切り型ではあるが,本作のテーマを際立たせるものとして効果がある。そして,ブリュノがTVのクイズ番組に出演するクライマックスでは,彼が緊張せずクイズに答えられるか,100万ユーロを手に入れられるかだけでなく,彼とフランソワがどのように信頼を取り戻すのかと,ハラハラドキドキの手に汗握る展開が味わえる。しかも,その後に微笑ましいエンディングが用意されているのが心憎い。
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 マンデラの名もなき看守
『マンデラの名もなき看守』
〜融和する世界をもとめて〜

(2007年 仏・独・ベルギー・伊・南ア 1時間57分)
監督:ビレ・アウグスト
出演:ジョセフ・ファインズ デニス・ヘイバート ダイアン・クルーガー
6/21(土)〜テアトル梅田 京都シネマ シネカノン神戸
公式ホームページ→
 アパルトヘイト(人種隔離政策)真っ只中の1968年 南アフリカ。のちの大統領となるマンデラは、首都ケープタウンから12キロの大西洋上に浮かぶ刑務所島・ロベン島に収監されていた。そこへ一人の白人看守が着任する。ジェームス・グレゴリー(ジョセフ・ファインズ)だ。当時の白人社会がそうであったようにグレゴリーも差別意識の持ち主だったが、そんな意識が芽生える前の幼少期に黒人少年を幼馴染みに持っていた彼は、自然と南アフリカの公用語であるコーサ語を身につけていた。そこに目をつけた公安局からマンデラの監視役に抜擢されるのであった。
 アフリカ共和国初の黒人大統領として世界的に有名なマンデラが映画化を許したのは本作が初めて。しかも、その内容は輝かしい功績にスポットを当てたものではなく、ロベン島を皮切りに各地で収監・軟禁状態に置かれていた27年間の物語であった。演じたのはTVシリーズ「24 TWENTY FOUR」でも米大統領を演じたデニス・ヘイバート。終始、牢に繋がれた状態のなかで常に信念と誇りを捨てなかった闘士を、あくまでも脇役に徹して演じた。
 一方、グレゴリーと妻グロリア(ダイアン・クルーガー)も周囲の心ない中傷にさらされる一家族を確かな演技力で見せてくれた。とくに黒人をテロリストと信じて疑わなかったグロリアは、家族の生活向上を願う一心で夫の出世に一役買おうと必死に運動する妻の姿が痛々しい。現代の視点で見れば愚かで無知な発想も、当時からすればごく一般的なものだったのだろう。徐々にアパルトヘイトに疑問を持ち始めるグレゴリーを傍らからみつめる、その表情の変化には目を見張るものがある。

  グレゴリーが当時閲覧禁止となっていた“自由憲章”を密かに調べる場面こそが、人間が“刷り込み”を乗り越える瞬間だ。当時、不動産・投票・教育の自由を持たなかった黒人に自由を求め、人種差別撤廃を唱えた宣言だ。人は生まれた環境によって否応なく“刷り込み”を受けている。人種・宗教・戒律・・・目に見えるもの、見えないもの、数々の“常識”に縛られている。そして、多くの場合そのこと自体に気付かない。ビレ・アウグスト監督はこう語る。「融和だけが、人類が生き延びる道なのです」。解放後のマンデラが成し遂げた業績を一切描かず、一対一の人間同士の心の交流に焦点を絞ったのは、相容れないふたつの思想が融和してゆく過程を多くの人に示したかったからに他ならない。
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 ザ・マジックアワー
『ザ・マジック・アワー』
〜笑いあり、ショーあり、アクションあり 
         これぞ三谷マジックの決定版!〜


(2008年 日本 2時間16分)
監督:三谷幸喜
出演:佐藤浩市 妻夫木聡 深津絵里 綾瀬はるか 西田敏行
6/7(土)〜全国東宝系にてロードショー
公式ホームページ→
 ここは架空都市・イリノイ市・守加護(スカゴ)。街を牛耳るギャングのボス天塩(西田敏行)の愛人マリ(深津絵里)と密かにつきあっていた劇場支配人(妻夫木聡)は二人の仲がボスの知るところとなり、窮地に立たされる。追い詰められた支配人はボスが探していた謎の男・デラ富樫を知っていると嘘をつく。嘘が嘘を呼び、事態は収拾のつかないところまで混乱してゆくのだが・・・・・・
 そのデラ富樫にまつりあげられたのが、コメディ初挑戦の佐藤浩市だが、まじめくさって演じれば演じるほどおかしい。三谷ワールドでは誰もがコメディアンになれる。設定といい妙な名前といいまるでミュージカルの世界だが、これをスクリーンで違和感なく見せてくれるのが三谷流。特に今回は、戸田恵子、梶原善、近藤芳正、浅野和之など三谷組常連のほか、キャストを見れば主役級の人たちがズラリ。これほどの人数をどうやって!?と心配になるが、そこは劇中劇などを使い個性派たちもうまく配した。唐沢敏明、天海祐希、鈴木京香、今は亡き市川崑監督も。こんなところにこんな人が!と探すのもまた一興。
 西田は前作『THE有頂天ホテル』とはうって変わって、終始シブイ演技。何でも、アドリブを出さないよう監督からお達しがあったとか。佐藤とのやり取りは絶品。二人とも大まじめなのに、あるボタンの掛け違いからズレてゆく会話が観客にはたまらない。丁々発止とやりあう二人の会話の応酬に場内は爆笑の渦になること間違いなし。
 「四本目にしてようやく思い通りの作品が出来ました」と語る監督の言葉に、今までの作品もあんなに面白かったのに?と首を傾げたが、観終わって納得。これは三谷さんにしか作れない世界だろう。舞台劇ならどんな突拍子もない設定であろうと金髪のカツラをかぶろうと「サァ、今から虚構の世界へ入ります」と観客にも心構えができている。しかし、1800円でふらっと入れる映画館では人の意識はけっこう冷めている。それをここまで飛ばすことができるのが三谷マジック。
 “マジックアワー”の元々の意味は本編で紹介されるが、三谷さんはその言葉に“誰の人生にも輝く瞬間がある”という思いを込めた。そして、三谷マジックに体を委ね、心地よい笑いに身を包む時間もまた、“マジックアワー”なのです。
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 ミラクル7号
『ミラクル7号』  ★ 試写会プレゼントあり
〜ビンボー+親子愛+地球外生物=やられたーッ!!〜

(2008年 中国 1時間28分)

監督:チャウ・シンチー
出演:シュー・チャオ チャウ・シンチー キティ・チャン
6/28〜梅田ブルグ7 なんばパークスシネマ MOVIX京都 109シネマズHAT神戸ほか

公式ホームページ→
 『少林サッカー』で映画ファンの度肝を抜き、『カンフーハッスル』では真骨頂を見せてくれたチャウ・シンチーが、またまたニューキャラを引っ提げて登場!今度の主役はなんと地球外生物だ。E・Tかグレムリンか!?いや、どう見てもこれはぬいぐるみだ。クリクリした黒目がちの目にふさふさの頭、体は緑色のプラスティック粘土みたいな、そう!まるでスライムのよう。2頭身の小さな体を駆使して不思議な力を発揮する、その名も「ミラクル7号」、略して“ナナちゃん”だ。
 オープニング―またもボロボロの靴が大写しになる。真っ黒に汚れてワニのようにパックリと口を開けた靴を黙々と修繕するチャウ・シンチー。この人にとってビンボーの象徴はきっと靴なのだ。このシーンを観ただけでワクワクする。今度はどんな荒唐無稽なドラマが繰り広げられるのだろう?と思う間もなくミラクルワールドにどっぷりだ。
 早くに妻を亡くしたティー(チャウ・シンチー)は工事現場で働きながら、息子のディッキー(シュー・チャオ)と二人、廃屋のような家で身を寄せ合うように暮している。資産家の子弟が多い私立の名門小学校で、教師からも生徒からも冷遇されているディッキーだったが、そんなことはどこ吹く風、今日も明るく学校へ通う。そんなある日ティーがゴミ捨て場から拾ってきたあるモノが光を放ち始め・・・・・。
 E・Tやらドラえもんやら、色んなものが大胆にミックスされて訳のわからない魅力を放っている。シンチーの作り出す笑いは小学生が大好きな笑いだ。これでもか!と畳み掛けてくるし品も何もあったものではない。こうなったら斜に構えても仕方ない、ゲラゲラ笑う、これが一番。個人的に気に入っているのはゴキブリのシーンだ。よく考えれば気持ち悪いのに、どこかファンタジック。全編ギャグかと思いきや、親子がじゃれ合うシーンなどはスクリーンいっぱいに幸福感が漂っているし、グッと目頭が熱くなるシーンもある。
 子供同士の小競り合いは容赦もないが後腐れもない。要所、要所できっちり見せてくれるのだ。だから、大笑い+ちょっといい気分。ラストシーンには、やられたーッ!
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 パーク・アンド・ラブホテル
『パーク アンド ラブホテル』
〜ほっと一息つきたいときに見よう,この一本〜

(2007年 日本 1時間41分)
監督・脚本:熊坂出
出演:りりィ、梶原ひかり、ちはる、神農幸、光石研
6月28日〜第七芸術劇場、順次、京都シネマ、神戸アートビレッジセンターにてロードショー
公式ホームページ→ 
 4人の女性が都会のオアシスのような公園で家族を感じて自分をじっくりと見詰めていく。映像的には完璧とまでいえない面が残るが,脚本が素晴らしく,深い味わいがある。

 艶子(りりィ)は,ラブホテルを経営し,その屋上に公園を作って開放している。父親とその新しい家族の中に入っていけずホテルの前を通りかかった美香(梶原ひかり),孤独を抱えながら16年間歩き続けてやっと公園の存在に気付いた主婦の月(ちはる),なぜか精子を採取するためにいつも違う男を連れてラブホテルに通い続けているマリカ(神農幸)。そんな4人の女性の人生が交錯する。
 美香は,13歳にして,もう十分生きたとうそぶくが,艶子と出会ったことで目が開かれていく。そして,髪を黒く染めてもらいながら,父親と自分自身の関係を見つめ直して涙を流す。新しい家の写真を撮る父親の姿を,その後ろから美香がそっとフレームに収めた写真が,彼女の心を映し出したように,効果的に使われている。また,美香が公園から去っていくシーンも元気いっぱいで清々しい。
 美香が去った後は,月のエピソードが始まる。彼女は,寒々とした家の中で,一人で料理したり風呂に入って雑誌を見たりしている。その生活状況が淡々と描かれることで,かえって彼女の孤独が迫ってくる。夫とはすれ違いの生活が何年も続いているようだ。デジタル時計が示す時刻は,動き続ける秒針がないため,時間が凍り付いて静止したようなイメージで,彼女の孤独が一層胸に迫ってくる。この巧さは,長編第1作とは思えないほどだ。
 月は,月の裏側まで歩くのだと言って,16年前から歩き続けてきたが,その歩数を記録したノートを紛失する。これが切っ掛けとなり,いくら歩き続けても,月の裏側に人がいるわけではないことを悟り,自分の人生を見つめ直す。その生まれ変わっていく彼女の様子を静かに捉えていく映像は,人は自分の人生をほんのちょっとした切っ掛けで変えられるのだと,力強く訴えているように思える。
 また,艶子と美香や月とのエピソードの間に,艶子の部屋に飾られた写真や,艶子に掛かってくる事務的な口調の電話など,艶子の過去が明かされる伏線となるシーンが挿入され,興味を惹かれる。そして,最終章となるマリカのエピソードでは,彼女の抱えるやり場のない悲しみが明らかにされる。これと並行して艶子が抱える過去を浮かび上がらせるストーリー展開は,なかなか巧みで心憎い。
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 JUNO/ジュノ(河田バージョン)
『JUNO/ジュノ』   試写会プレゼントあり
〜ジュノのプラス思考から元気をもらおう〜

(2007年 アメリカ 1時間36分)
監督:ジェイソン・ライトマン
出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー、ジェイソン・ベイトマン
6月14日〜梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネカノン神戸 にて全国ロードショー
公式ホームページ→   
 元気いっぱいの16歳の女の子ジュノが魅力的な映画だ。彼女は”性的に活発”で妊娠し,一度は堕ろそうとするが,同級生から胎児にも爪が生えていると言われたことが切っ掛けとなって思い止まる。そして,自分で養親を探した後,両親に妊娠したことを打ち明けようとする。両親は,退学処分,ドラッグ,飲酒運転…などと考えたようだが,妊娠と聞いたときのフツーとはちょっと違ったリアクションが面白い。ジュノをあるがまま受け入れ信頼している両親の姿がよく伝わってくる。
 そしてまた,ジュノは,妊娠という女性ならではの体験を通して,大人の不可解な世界を垣間見ることになる。ジュノが養父母として選んだ夫婦は,完璧なはずだった。ところが,ジュノのキャラに触発されてマークの様子が変化していく。ジュノが父親と一緒に初めて彼らの家を訪ねたシーンで,既にその兆しが示されている。2階でマークがジュノとロックやギターの話で意気投合する様子を見せた後,1階にいたヴァネッサらの何とも居心地の悪そうな雰囲気を絶妙のタイミングで映し出して笑わせる。同時に,ヴァネッサとマークの関係が盤石でないことも見せている。
 人生において”自分で選択する”というのはなかなか難しいものだ。自分の選択であっても,そうではないフリをして逃げ道を残そうとすることさえある。ところが,ジュノは,真正面から物事を考え,全て自分で選択していく。産むと決めたのも,養親を探したのも,彼女自身だ。その潔さには爽快感がある。彼女は,真剣に立ち向かうが,深刻に考え込まないところがよい。かなりシビアな出来事をを扱いながらも,カラッとしたコメディに仕上がっている。だからこそ,最後のシークエンスで,ジュノが以前にも増して輝いている。
 ラストでは,色々な前向きの選択が行われる。フツーなら恋愛してから妊娠するが,ジュノは,妊娠し出産した後,その相手のブリーカーと付き合い始める。その選択をしたのはジュノ自身だ。ジュノの義母は,それまでアレルギーのジュノに遠慮していたが,犬を飼い始めている。ヴァネッサは,マークとは関係なく,一人でジュノの子を養子として育てていく決意をした。ジュノは自分自身だけでなく,周囲の人たちをもプラス思考に変えていく。自分の意思で能動的に行動するのは女たちであり,男たち(ブリーカー,マーク,ジュノの父親)はこれに追随するほかない。
 また,ジュノの両親や親友は,彼女との間に適度の距離感を保ち,一人の人間として彼女を尊重している。親友は,養親探しを手伝うなど,ジュノをしっかりサポートする。養親宅の訪問に同行する父親はもちろん,義母もまた,ジュノを前にして10代の親の養育環境は劣悪だと知ったような口を利く超音波検査士を痛快に遣り込める。そんな中で,ジュノは元気いっぱいの女の子から美しく輝く女性に近付いていく。彼女を包む温かい空気感をハツラツと表現した監督の手腕が鮮やかだ。
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 美しすぎる母
『美しすぎる母』
〜母親と息子が織りなす哀しきミステリー〜

(2007年 スペイン,フランス,アメリカ 1時間37分)
監督:トム・ケイリン
出演:ジュリアン・ムーア、スティーブン・ディレイン、エディ・レッドメイン、エレナ・アナヤ
6月7日〜シネ・リーブル梅田、京都シネマ、シネカノン神戸 にて公開
公式ホームページ→
 
 母親バーバラが息子アントニーに刺殺されるという悲劇で,実話に基づく原作「SAVAGE GRACE」の映画化だ。この原作の題名を絵に描いたような母親にジュリアン・ムーアが扮していて,見応えのある演技を見せてくれる。

  表面的には上流社会の仲間に入ってセレブな生活を楽しんでいるように見えるが,アントニーが生まれたころから既に夫ブルックス(合成樹脂「ベークライト」を発明したレオ・ベークランドの孫)との関係にボタンの掛け違いのようなアンバランスなものを感じさせる。夫婦のやり取りの中だけでなく,バーバラの表情や挙措からも危うさが漂い,ミステリアスな雰囲気を発している。また,彼女は,少年時代のアントニーに詩の朗読を強いるシーンや,マジョルカ島の空港で若い女性ブランカと一緒にいるブルックスを認めたシーンでは,口汚く粗野な一面を見せるが,それは同時に内側に隠された脆さが露わになったようで,一抹の不安や怖ささえ感じさせる。
 一方,エディ・レッドメインは,アントニーの儚さや弱さを見事に表出している。去っていった父親に対する甘えのような感情を抱きながら,1人でバーバラを支えざるを得なくなったことの負担に押し潰されていく様子が痛々しい。とりわけバーバラを刺した後のシーンが胸に迫る。彼は,自分を取り巻く環境に耐えられなくなり,自分自身の言動を他人事のように受け止めることで,何とか精神のバランスを保っていたのだろう。その意味で,アントニーがバーバラを刺したのではなく,逆にバーバラがアントニーに自分を刺させたのだ,という印象を受ける。もちろん,それが意図的であったかどうかは疑問だが。
 時間の経過に従って徐々に近親相姦の色合いが濃くなっていくが,その直接的な表現は違和感があり,避けた方が良かったかも知れない。だが,全体的にドライな印象のある繊細なタッチの映像の中で,壊れていく2人の姿が的確に捉えられており,なかなか良い。
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