東京の下町の印刷所を舞台に、観たことがあるような人情劇が展開するかと思いきや、ある男の登場を機に平凡な日常が一転していく。『東京人間喜劇』で平田オリザ主催の劇団「青年団」の俳優たちを起用し、日常の中の個と孤独を描き出す群像劇で話題を呼んだ新鋭深田晃司監督。本作では日本の家族やコミュニティー特有の問題を取り入れながら、喜劇の要素たっぷりの見ごたえあるヒューマンドラマに仕立て上げた。ロッテルダム国際映画祭、サンフランシスコ国際映画祭をはじめとする多数の海外映画祭から招待され、大きな反響を呼んでいる作品だ。
親の代から印刷所を営む小林(山内健司)は、若き妻夏季(杉野希妃)、前妻の娘エリコ(オノエリコ)、出戻りの妹清子(兵藤公美)と一見穏やかな日々を送っていた。ある日、父親の知り合いと名乗る加川(古館寛治)が訪れ、成り行きで住み込みの従業員として働くことに。外人妻を呼び寄せ、その一方で小林家の秘密を次々と握っていく加川は、家主のごとく振る舞うようになり、どんどん態度をエスカレートさせていく。
若い後妻というだけでも好奇の目で見られるところに、外国人妻まで現れて小林家の人のみならず町までざわめき立つ様子が滑稽さを交えて描かれる。演技派の青年団俳優たちに混じって小林家の若妻を演じる杉野希妃は、下町風情が似合う登場人物の中で、最初からどこか違和感を与え、好奇心をくすぐられる存在だ。一方、善人ぶりながら、実は虎視眈眈と狙いを定めていた加川演じる古館寛治のうさん臭さにブラックな笑いがこみ上げる。そして小林印刷所がまんまと“乗っ取られる”展開の先に待ち受けるのは、想定外の「歓待」なのだ。
皮肉なことに、小林家に非常事態が訪れたとき、小林と夏季はお互いの本音を初めてぶつけあう。冒頭の穏やかに、ぶつからないように過ごした日々は平和な家族のように見えて、実は仮面夫婦だとしたら、物語の終盤に不貞を告白し、顔を殴られ、殴り返す心を剥き出しにした二人は、本当の夫婦への壁を乗り越えたように見えた。
3月に開催された大阪アジアン映画祭特集企画「深田晃司という才能」のディスカッションで深田監督は、本作の裏テーマは「本物とは何か。偽物とは何か。」であり、「あれが偽物の家族かもしれないけれど、偽物と思ったときに差別が生まれてくるのではないか。」と語っている。日本映画であまり触れられる機会のない外国人違法滞在者の問題をコミカルに取り込みながら、受容性と排他性、本物と偽物といった普遍的なテーマを表現した意欲作を是非堪能してほしい。
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