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 『接吻』万田邦敏監督
           インタビュー
  PART.1
  PART.2
★『接吻』万田邦敏監督インタビュー
『接吻』万田邦敏監督インタビュー

『接吻』 (2008年 日本 1時間48分)
監督:万田邦敏
脚本:万田珠実、万田邦敏
出演:小池栄子(遠藤京子)、豊川悦司(坂口秋生)、仲村トオル(長谷川弁護士)、篠田三郎
【あらすじ】
 28歳のOL、京子は、家族とも疎遠で友達もいない孤独な人生を歩んでいた。ある日、テレビに映し出された殺人犯、坂口に一瞬で恋に落ちる。新聞、雑誌を買いあさり情報を集め、彼こそが自分の同士だと確信。拘留中の坂口に面会を申し出る。坂口の国選弁護人、長谷川は、京子を不審がったが、坂口に手紙や差し入れをする京子に心を惹かれ、二人を面会させる。坂口の死刑が確定すると、二人は獄中結婚をする…。
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 昨年秋の大阪ヨーロッパ映画祭で、大阪を舞台に、ベルギーの名優ヤン・デクレールさんを主演に迎え、万田邦敏監督による新作短編映画『面影』が初上映され、監督の演出力に唸ったのは記憶に新しいところ。2009年6月に遡るが、神戸映画資料館(神戸市長田区)で『日本映画名画鑑賞会+映画講座 万田邦敏監督による「溝口健二論」』が催され、『近松物語』を題材に、溝口健二監督の演出について万田監督がじっくりと語ってくださいました。終了後、監督を囲んで、シネクラブ「映画(しゃしん)侠区」の方々と総勢10人ほどで、『接吻』を中心に、映画づくりについてお話をうかがうことができました。2回に分けてその内容をご紹介したいと思います。

PART.1

 ■溝口を選んで大変だった
――今回、溝口監督を取り上げられたのは?
講座のテーマとして、小津安二郎監督や増村保造監督、加藤泰監督なども候補として考えましたが、神戸映画資料館側と相談し、溝口健二監督の『近松物語』に決めました。選んでみて、やはり大変だったですけれどもね(笑)。溝口については本当に語りにくいんですよね。僕も溝口については、今まで書いたことも喋ったこともなく、学校の映画の授業でも取り上げたこともなく初めてで、この機会に勉強し直そうかな、というのもあって、選びました。
――先ほどの講演で、溝口と仰るべきところを増村と2回ほど仰ったんですが、これは増村への思いが出たのかなと思いました。
そうですか。実は、自分でも言い間違えるんじゃないかなと思いながら臨んだんですよ(笑)。増村は溝口の助監督もやっていましたし、縁がありますからね。増村と加藤泰とは、好きという感じ。凄いとなると小津とかいろいろあるでしょうけれど、観ていて本当に良い映画だなあと思うのは、加藤泰と増村と、ある時期の鈴木清順と言いますかね、大体この3人なんですね。

――増村監督の作品でしたら、何をやりたかったですか?
どれでもいいと言えばいいですけど、『「女の小箱」より 夫が見た』、『曽根崎心中』とか、『大地の子守歌』、『陸軍中野学校』、『赤い天使』もいいですね。

*講演の詳細については
神戸映画資料館の「映画講座万田邦敏監督による『溝口健二論』レポート」をご覧ください。
http://www.kobe-eiga.net/event/report/2009/08/post_5.php

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■階段と扉で芝居のイメージを膨らます
――弁護士事務所で、長谷川弁護士(仲村トオル)が京子(小池栄子)を呼び止めて話す場面での階段が印象的でした。
僕が好きなのは、階段と扉なんです。こういう場所で何かシーンを撮りなさいと言われると、まず段差を使って演出して撮るとかね。ただの水平なだけだと、ちょっと芝居のイメージが思いつかなくて、階段があれば必ず使いますね。
だから、ファーストシーンの豊川さんが階段を上ってくる場面でも、台本の段階では、階段の指定はなく、「男が街を歩いてくる」という感じでしたが、最初の場面を撮影する家の辺りで撮れないかと製作部に言われて、周辺の住宅街を回ったら、うまいことあの階段があったので、「じゃあここから撮りましょう」と言って使ったんです。

――死刑台に向かって一歩一歩、歩みを進めてゆくようにみえました。
結構、急で長い階段で、とても良かったです。あの階段のおかげで不穏な感じが出ましたよね。

――坂口(豊川悦司)が、すれちがうおばさんにする挨拶も凄いですよね。俳優さんには細かく演技の指導をされるのですか?

ケースバイケースですね。こっちに動いてもらってこうなって、という、いわゆる動線(注)は、あらかじめ指示しますけど、それで最初にやってもらってOKなら、ほとんど何も言わずに、それでいきましょうとなります。見るからに、そうじゃないよな、とか、ものすごく濃い芝居をしちゃう時には、細かく言う時もあります。『接吻』に関しては、豊川さんも仲村さんも、特に小池さんですけど、ほとんど何も言わず最初から、あのお芝居でやってくれたという印象があります。あまり細かく言いませんでしたね。

――小池さんが歌う「ハッピー・バースデー」の歌い方もですか?
はい、ゆっくり歌って下さいと言って、こういうふうにずっと動いて、また戻ってくる、その距離をあの歌で持たせるんです。かなりゆっくり動いてもらおうとは事前に思っていましたが、小池さんにはそのことだけ伝えて、特に歌い方がどうこうとかは何も言いませんでした。やってもらったら上手かったので、ほとんどそのまま、ということだったと思います。
*注:動線とは、出演者がどのように動いて演技するのか、その動きの軌跡のこと
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 ■拘置所をリアルにみせるには?
――室内での撮影が多かったと思いますが、『接吻』で苦労されたことは?
拘置所ですよね。拘置所で向かい合って座ると、その姿勢、そのままになっちゃんです。ヘタに動かす芝居を考えても不自然なので、座っているしかありません。それで、ああいうふうに向かい合って座っちゃうと、その場所の狭さも出さなきゃいけません。
セットで作りましたけど、ボーンと引いた画というのも撮りづらい。しかも向かい合っているので、切り返しを単独で撮るか、なめてツーショットで撮るかのどっちかしかなくて。それで拘置所が多いので、バリエーションをつけるというか、大変でしたね。

――黒沢清監督の『アカルイミライ』にも面会室が出てきます。オープンセットで、自然光が入ってくる何か妙な感じで、画面の真ん中に仕切りを挟んで左右から人が喋ったりします。面会室の撮り方について、何かこだわりはありましたか?
 『アカルイミライ』みたいなのは、ああいう映画だからああいうふうにできるというのがあって、『接吻』であれをやっちゃうと途端に話が嘘になっちゃいますよね。あり得ない話になってしまう。『アカルイミライ』のあの拘置所というのもありえないですけど、僕は黒沢さんを昔から知っていて、そういうことをやりたがる人だということも知っているので(笑)。

『接吻』の場合は、ある程度リアルに、不自然さのないものをやらなければいけないので、そのためには、さっき言ったように座っていなければならない、狭くなければならない。しかも困ったことに、刑務官というのが必ず付き添わないといけないんです。あれが邪魔なんですよね(笑)。映画の中ではちょっと端っこにそっぽ向いてますけど、本当は、隣に座るとかして、見ていなければいけないわけです。言ってみれば、もう少し画面に入ってくる位置にいるんですけど、そこは少し嘘をつかせてもらって…という具合に、考えなければならないことがありましたね。

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■仲村トオルは『UNLOVED』とは違う感じにしたいと思っていたんです
――最後の「僕が弁護するから」と叫ぶ仲村さんがすごいです。この場面は何テイク位撮られたのですか?
撮って2テイクぐらいだったと思います。基本的には1テイク目で良ければ、1テイクOKで撮っています。
――テイクを重ねるよりは、1テイクで撮れるものを重要視されるということですか?
そうなんですよ。『UNLOVED』(02)のときは結構テイクを重ねたんです。けど、撮影が終わって編集に入ると、テイクがいっぱいあって、明らかにNGなのは置いておくにしても、キープでもう一本撮っておき、さらにもう一本と、キープが3つくらいあると、なんでこれが駄目でこっちをOKにしたのか分からなくなるんですよね(笑)。

現場の時は、何かそのときの雰囲気で、違うと思って、それこそ何か細かいことが違うんですよね。それでもう一回と言っているんですが、編集の時には、一切忘れていて、見るとどこが違うのか全然分からないということがあって…(笑)。それならもう、現場でちょっと駄目と思ってもOKにしようと思い、ちょっとくらいイメージが違ったり、テストの時「これ良いな」と思って、本番をやったら少し微妙にずれていたとかいうのも、今は、大体OKにしていますね。

――仲村さんには、演技とかある程度任せていたんですか?

『UNLOVED』の時はものすごく細かくやってもらいましたので、仲村さんは、『接吻』の時、『UNLOVED』のイメージで来られていたみたいです。でも、僕の中では、『UNLOVED』とは違う感じにしたいなと思っていて、具体的にどう違うのか、自分でもつかんでいなかったのですが、それだけは伝えて、やってもらいました。

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■『接吻』では絵コンテを描かなかった
――『接吻』ではコンテを描かれたのですか?
『UNLOVED』は、ほとんど全カット、簡単とはいえ、絵コンテを描きましたし、それまでもコンテは描いていました。でも、自分の中で絵コンテを描くことの限界みたいなものを感じていて、それ以降、コンテを描くことを止めたんです。『ありがとう』も、特撮が絡むようなシーンは事前にコンテを切りましたが、その他のシーンは絵コンテを描かず、『接吻』も全く描きませんでした。

――カメラ位置とかは現場で演技をつけながら決めてゆくのですか?
現場で演技を見ながら、ここからここまでは大体こっちで、そのあとはこっちで、というふうに決めていきました。『ありがとう』(06)も『接吻』も、カメラを2台から3台使っていて、しかも同じ芝居をアングルを変えてもう一度繰り返しやってもらうことにして、とにかくカット割りに関しては、編集の時に考えようという気持ちで撮りました。

――『接吻』で、アドリブとかはあったのですか?

セリフは、脚本からほとんど変えていませんね。
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■仲村トオルがしょぼんとしていた
――この話の題材は、仙頭(武則)プロデューサーから提示されたと聞きましたが?
獄中結婚モノで何かと言われて、僕も妻(万田珠実)(注)も「それはできない」と思ったんですけど、ここで撮れないとなったら、また撮れなくなっちゃうので、「じゃ何とかします」と答えたんです。やりたくてやったわけじゃなく、むしろ題材としては、できることならやりたくなかったものでしたね。

――弁護士が出てくるのは面白いと思いました。
そのへんは妻が全部考えたんです。『UNLOVED』の次の映画にも仲村さんに出てもらおうと、僕も妻も思っていたんですね。それで獄中結婚モノと言われた時に、まず、獄中結婚する女性がいて、相手の殺人犯がいる。で、仲村さんは殺人犯のイメージではちょっとないなぁと、そうすると仲村さんが出る役がないから、弁護士役を作ろう、とそんな感じです(笑)。


――仲村さん、万田監督、珠実さんの鼎談(雑誌掲載)で、珠実さんが仲村さんに「損な役ばっかり」と言うと、仲村さんは「得してると思っているのに」と答えておられ、すごく素敵だと思いました。
そうなんです。長谷川弁護士は、一生懸命京子のことを思い、心配して、言うのに、京子からは理解されない。それどころか、うざいと思われる。しかも、長谷川は、京子にそう思われていることにも気付かないという鈍感な困った人です。そういう意味では、映画の中で良いイメージを持たれない、損な役回りと思います。

実際、仲村さんは、撮影中の待ち時間でも、何かものすごくしょぼんとしていて…(笑)。とても真面目な方で、待ちの間でも、どうも長谷川に気持ちがいっている。これは、散々いじめられているので、自然とそうなっているのもあるでしょうけどね。

それで可笑しかったのは、長谷川が「一緒にお兄さんのところに会いにいきますか?」と京子に聞くと、京子が「行きます」と答え、長谷川が言ったことに初めて京子が肯定的に返します。その芝居の時、仲村さんが、ものすごく嬉しそうな顔をするんですよ。「いやいや、仲村さん、喜びすぎですよ。そんなに喜ばなくてもいいです」と言って…(笑)。後で聞いたら「京子が初めてこちらを振り向いてくれて、本当に嬉しかったんです」と言っていました。可笑しかったですけどね。
*注:『Unloved』、『接吻』とも、万田珠実さん、万田邦敏監督による共同脚本。
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■ちゃんと演出しているんだね、と妻に言われた
――『接吻』も『UNLOVED』も三角関係ですね。
妻も今まで職業的に書いてきたわけではなく、『UNLOVED』も、いきなり自分のつくったお話を脚本にしたということで、そんな複雑な話はつくれないというのもあると思います。そうすると割と身近な感じの話にならざるを得ず、それでいて、密度はものすごくあるので、面白いと僕も思います。

登場人物が二人だけだと、話がその中で煮詰まってしまいますよね。もう一人出てくることで、その二人の話も発展するし、もう一人が絡んできて、関係もいろいろ変化することができます。多分、三人というのは物語の基本なんだろうなと思います。男女の三角関係に限らず、どんな物語でも、二人だけじゃ行き詰っちゃって、もう一人出てくるか、外部的な事情が出てきて、その二人の関係の見え方が変わるか、関係そのものが変わるということだと思います。

――長谷川弁護士が「控訴する」とテレビで言いますが、あれも意識して見上げているんですよね?
そうです。映画の冒頭で、坂口が京子のことを別に見ているわけじゃないですけど、目が合うじゃないですか。京子は、「この人は自分のことを見ている」と、思い込みから入っていくんですよね。それと同じように今度は、長谷川が京子の方をぐっと見る。それを京子がテレビ画面で見て、「何で、こんな奴」と怒る。坂口の時とは間逆の反応を示す、という作りにしたんです。

そしたら、妻が、何遍も映画を観ているのに、つい最近まで、長谷川がカメラを通して京子を見ていることに気付いてなかったらしいんです。僕もびっくりしちゃって(笑)。妻が他人から言われたらしく、つい最近ですよ、「ねえねえ、あれ仲村さんにカメラを見るように言ったの?演出したの?」って聞かれて「え〜当たり前じゃん!だってそういうシーンじゃん!」と言ったら、「え〜そうなの!ちゃんと演出しているんだね」と言われました。驚きました(笑)。

PART.2

■「引きの画が撮れない」と言われる
――『接吻』で、長谷川と京子が、坂口の兄(篠田三郎)に会いに行った帰り、田園風景みたいなところで車を降り、歩きながら話し始めるシーンで、カットを随分細かく割っておられます。その後、二人の姿が豆粒ぐらいに小さく写る“引きの画”で描写されますが、どんなねらいがあったのですか?
一つには、事前にコンテを考えなくなったというのがあって、田園風景はカメラが1台でしたが、今はコンピュータで編集できるので、いろいろ試せて、何通りもの編集ができ、ついつい割り過ぎてしまうというのがあるんですね。
あの“引きの画”に関しては、それまで仙頭さんから「“寄りの画”はあるけど“引きの画”がない」と、『ありがとう』のときからずっと言われてたんで、あそこは「だったらこれでどうだ」ということで、ダーンと引いたということなんです(笑)。

――僕は深読みして、あの“引きの画”の空が完全に曇っていて、刑務所の灰色の壁の色と同じに見え、あれだけ“引いている”にもかかわらず、人物が二人しかおらず、まるで二人がだだっ広い密室の空間に閉じ込められているように思えました。

そうなんです。だから、実際は、そんなに“寄りの画”ばかりではないんです。にもかかわらず、“引きの画”がないと言われるのは、そういうポーンと抜けた感じの、いわゆる風景が絡む画を撮らないというふうに言われていて、これは自分でも思っていて、苦手なんですね。風景が撮れないんですよ。

あの引きを撮った時にも、ポーンと引いて「これならどうだ」と思ったのですが、今言われたとおり、引いても何か密室のようになっちゃうというのがあるんです。ホントに引けない。風景を自分の映画の中に取り込めないんです。

――『接吻』はいつも曇り空でしたが、天気は選んでいたのですか?
たまたま梅雨時だったんです(笑)。役者さんのスケジュールに合わせながら、撮影時期を決めたのですが、一番良い時期に落ち着いたなと思いました。やっぱり、あまり天気の良い日には撮りたくないな、とは思っていました。うまい具合に曇天の日が続いてくれたんです。ただ逆に、時々雨が降り出すことがあって、あの田園風景のシーンでも、実は途中で雨が降ってきて、ワンカットだけちょっと雨がばれるところがあるんです。

――増村保造監督の映画にも“引きの画”がほとんどありません。次にここが映るという状況説明の風景ショットも入れず、人物主体でパッパッと写していきますが、増村監督の影響もあるのでしょうか?
増村の映画の中にも、いわゆる普通の意味で言う風景ショットがなく、そういうつなぎ方は良いなと
思っていました。多分、それもあるんですよね。
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■『ありがとう』をやって良かった
――『ありがとう』は外からきた企画なんですか?
はい、仙頭プロデューサーからのもので、『接吻』の脚本が出来て少しだけ準備を始めようかという時期に、『ありがとう』の撮影があるので、先にやってほしいと言われました。僕が入った時には、脚本がもう第10稿ぐらいまで出来ていて、それが終って仕上げをしてから、『接吻』を再開して撮ったということになります。
――それまでの監督の作風と全然違いますよね?
そうなんですよ。だから、『UNLOVED』があって、本来は次に『接吻』があって、という流れだったかもしれないのですが、その間に『ありがとう』が入ったことが、結果的にはとても良かったなと思います。『ありがとう』で豊川さんに出演してもらい、『接吻』の坂口役には豊川さんだと僕も仙頭さんも思い、結果的に良かったですし、うまいこといった感じですね。
――震災シーンがリアルでした。
あそこはほとんどCGで作っているんですが、仙頭さんの気持ちがものすごく入っていますね。僕よりも仙頭さんがいろいろ考えて、こうみせよう、ああみせよう、みたいなことでやりました。結果的に日本映画にしては「この地震シーン、なかなか良いんじゃない」という感じに、我ながらなっていたかなという気がします。
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■脚本の面白さを生かす演出
――映画の脚本は複数名で書いた方が良いと思われますか?
脚本を書ける人は一人で書いても良いと思うんですが、僕は書けないんです。脚本を書ける、書けないというのは、やはりその人なりにはっきり分かれる。才能というかなんというか、書けない人は本当に書けないので、それを手助けしてくれる人がいた方が良いという感じはあります。『UNLOVED』の時に、初めて妻と一緒に書いて、妻だからというのもあって、こちらも意見を言えるし、向こうも意見を言うし、ということができて、一方で大変だったんですが、ものすごく良い体験だったんです。

もし他人と共同で脚本を書くにしても、そこまでの関係を作れるかどうか。この人に何を言っても言われても大丈夫という、お互いに最低なところでの信頼関係が持てれば、多分、共同で書いていくという過程そのものがきっと面白いと思います。ただ、そこまでの関係を築くこともなかなか難しいですから、めったやたらに共同脚本にしちゃうよりは、一人でどんなに悶々と悩んで書けなくても、一生懸命書いていった方がいいのかなとは思います。だから共同で書いたら必ず面白くなるかというと、そうでもないと思います。

――監督の奥さん(共同脚本の珠実さん)が『UNLOVED』を観て、私の『UNLOVED』じゃないと言われたそうですが、それはどういうことだったのですか?

『UNLOVED』は、ある種の人に向けて作っているという意識が僕の中にありました。変な芝居ですし、変な撮り方が多少あったりと、それが分かる人たちに向けて発信しているみたいなね。

――“ある種の人”というのはシネフィルの人たちを指すのでしょうか?
そういう映画をたくさん観ているような人たちですね。脚本を書いた妻は、そんな気持ちでは全然なくて、できるだけ多くの人に観てもらいたい、普通に観てもらえる映画にしたかったという意味だと思うんです。妻からそう聞いて、僕もそうすべきだったというふうには思ったんですね。自分のやりたいようにやるということではなくて…。

奇妙な脚本ではあるけれど面白い脚本でしたから、その脚本の面白さを引き立たせるような形での演出というのが、本来の演出の形じゃないかなと思います。演出家の名前を画面の中にべたべたハンコを押すのが演出なのではなく、脚本の面白さをどういうふうに実際の画面にしてゆくのかというところで勝負しないといけないのかな、と思ったりしました。そういう意味では、『ありがとう』を撮ったり、名古屋の方でホラーのテレビシリーズ『ダムドファイル』を撮ったりしたことは、とてもいい経験になりました。
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■音楽のイメージを言葉で伝えるのは難しい
――『接吻』の音楽がとても効果的だと思いました。
音楽は難しいんですよ。僕自身、楽器を演奏できるとか音楽のことをよく知っていれば、イメージを言えますが、あまり知らないし、楽器も演奏できません。あんな感じこんな感じと、なかなかこちらのイメージを言葉では伝えにくいという難しさがあります。

『接吻』では、弦の音がいろいろ入ってますけど、あれは生の録音です。長蔦寛幸さんにお願いして、即興でスタジオで録ったらしいですが、僕はその場に立ち会わなかったんです。出来あがってきた曲を聞いて、僕はちょっとイメージと違ったと思ったんです。というのも、即興でやったというのもあるかもしれませんが、ある種エキセントリックだったり、少し気持ちが高ぶりだしたり、高いキーになってゆく弦にダンダンとリズムが入ってゆくところとか、ものすごく分かりやすいイメージだったので、どうかなとも思ったんです。なかなか難しいですね。

――効果音をどこでどう入れるか、緻密に計算されていると思いました。
効果音の担当の方に、最初ある程度はお任せして、出来あがってきたものから、足したり抜いたりしていくんです。僕の場合は最初から細かくは言いません。どうしてもここは入れたいとか、ここは本来ある音だけではさせたくないっていうような場合は言ったりしますが、ある程度はお任せで、出来あがってきたものを直してやってゆく。それで、その方のアイデアがすごく面白くて、思ってもみなかったもので、この音良いですねということもありますね。
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■芝居全体を考えて、その中でアクションとリアクションになっているか
――今日の講演で、長回しの話をされなかったのが印象的でした。アクション・リアクションという話は、すごく根本的な問題だと思いました。
長回しの話とか、ほんと難しいですよね。芝居をじっくり見せるということが言われるわけですけれど、アクション・リアクションの話になってくると、寄りめの画の切り返しの方がリアクションは撮りやすい、表現しやすいとか、そういうふうになってくる。芝居全体を考えて、その中で“アクションとリアクションになっている全体の芝居”っていうのが多分、あの溝口的な、芝居全体を考えながらも分節化していないということでしょうね。

加藤泰も、長いときは長いですけど、いきなり細かくカットを割ってきて、そういう意味でのリアクションが、しかもここまで寄るかっていう寄りの画でバーンとくるような見せ方になってきます。一方で持続した芝居をあれだけ撮るのに、一方でそういうふうに分節化、バラバラにした、まぁ言ってみればある種の漫画のような作りになってきますね。鈴木清順もそういうところがあります。

ただ僕の中には“ワンカットで長回しで撮ること”と“ある程度、割って撮ること”との決定的な違いっていうのは何なのかというと、よく分かんないです。それもあって、話しづらいというのもあるし、ある程度、そういう意味では変な技術的な話になりかねないじゃないですか。そうすると、また話としては一般性を欠くようなことにもなるのかな、というようにも思いました。

――演出の面では、長回しの方が難しいですよね?
役者さんや脚本の密度にもよると思いますけど、普通は難しいです。ワンカットで“持たない”ので、しょうがないから割るという…。その長さを“持たせる”役者さん、それが“持つ”脚本、“持つ”セット、照明、カメラが揃えば、割らなくてもワンカットでOKということになるのでしょうね。

――『UNLOVED』は長回しが多いと思ったのですが?
僕としては、撮っている時にあまりそういうつもりは無かったんですが、結果的にそう言われることがあります。確かに、観ると長めのカットがあって、あまり切ってないですね。物語や脚本が要求する撮り方になっていることでもあるでしょう。本当は加藤泰監督のようにパッパッパッ、バーンみたいなのをやりたいんですけど(笑)、『UNLOVED』ではなかなかできませんしね。

――監督は長回しがお好きですか?

それがまた難しいところなんです。僕はあまり好きじゃないかもしれないですね。何か、割りたがる、編集したがる方だと思います。

(作成:伊藤久美子、川村正英)
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昨年秋の大阪ヨーロッパ映画祭2010で、万田監督の長編デビュー作『UNLOVED』が上映され、その見事な語り口、美しさに息をのみました。神戸映画資料館での講座では、溝口監督の言う「反射」についての考察、演出論は大変興味深く、取材でも、ざっくばらんでユーモアをまじえてのお話は、楽しく、これから映画をみていくうえで、とても参考になる、印象深いものでした。初歩的な質問にも、丁寧にわかりやすく答えてくださり、知的なたたずまいがとても魅力的で、ときにユーモアをまじえ、笑ったり、自然体で、すてきでした。次回作が大いに待たれるところです。末尾になりましたが、このインタビューは、神戸映画資料館のご協力の下、映画侠区の方々のお力添えを得て行うことができました。この場を借りて深くお礼申し上げます。

【神戸映画資料館】
週末(毎週金・土・日が基本)の上映会は、無声映画から初期の特撮映画、戦前の時代劇、市民ドキュメンタリー、韓国映画など多岐に及ぶ。映画監督や評論家による講座も随時開催。映画関係書籍の閲覧もできる。JR新長田駅より南へ徒歩5分。詳細は公式サイトへhttp://www.kobe-eiga.net/

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