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 『美術監督・井川徳道の世界』
★特集上映『美術監督・井川徳道の世界』緊急リポート!




『特集上映 美術監督井川徳道の世界』
                  井川美術監督トーク

 映画を観ていて、あの雪すてきだなとか、このセットの窓がすごくよかった、と感じたことはありませんか。時代劇、現代劇を問わず、映画を観ると、そこには背景が映っています。その舞台をつくるのが映画美術監督の仕事です。東映京都撮影所で60年以上の長きに渡り第一線で活躍してきた映画美術の第一人者、井川徳道さんの特集上映が、6月5日から大阪九条のシネ・ヌーヴォで開催されています。沢島忠、加藤泰、中島貞夫ら東映を代表する監督とのコンビから生まれた井川美術監督作品138本の中から珠玉の代表作22本を上映しています。13日の特集上映『祗園祭』(1968年)ではほぼ満席となったほか、今秋リメイクの公開が予定されている『十三人の刺客』(1963年)にも大勢のお客さんが詰めかけました。

 ここでは、初日の井川さんと映画評論家山根貞男さんとのトーク及び翌6日の井川さんのトークから、そのエッセンスを抜粋してご紹介します。

 山根さんの解説によると、映画で画面に見えるのは二つある。一つは役者の芝居。もう一つが美術。美術監督がつくった世界の中で、役者が芝居をし、ドラマが繰り広げられる。美術はあくまで背景だが、時に、この背景がドラマに食い込んできて、観る者の情感を揺さぶることがある。美術監督こそ、この映画の世界の基本をつくっているともいえる。  


『股旅 三人やくざ』



『車夫遊侠伝 喧嘩辰』



『十三人の刺客』



『傷だらけの人生』




『沓掛時次郎 遊侠一匹』

以下、井川さんのお話です。
 井川さんは加藤泰監督とは7作品で美術を担当。まず、井川さんが監督より先取りして、セットの設定を考え、監督と打ち合わせをする。監督から特に意見があったのは、『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年)の中の島蛸ノ松のところぐらいで、セットについては、かなり井川さんに任されていた。たとえば、『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966年)は、一宿一飯の義理で斬った男の女房(池内淳子)と子どもの面倒をみようとするやくざ(中村錦之助)の出会いと別れを描いた股旅映画の最高傑作。旅籠で池内さんが病いで寝たきりになる。長谷川伸の原作戯曲では、1階奥で寝ていることになっているが、井川さんはこの建物を2階建てにしようと思った。というのも、やくざの錦之助さんは、薬代を稼ぐためにばくち等をして、急いで帰ってきては池内さんの容態を確かめる。これが1階だと、玄関を入ってすぐ奥に行けてしまうが、顔を見るまでに少し時間がほしいと井川さんは思い、池内さんを2階で寝ている設定にした。この2階にこだわったセットを加藤監督が下見して、実際の撮影でも2階という設定が成功し、クレーンもつかって俯瞰ショットが効果的だった。

  大映は、美術にもお金をかけ、撮影所のオープンセットからして本物の石でつくられていたのに対し、東映では、役者さんの顔さえ綺麗に撮って、楽しく明るいというのがモットー。雰囲気を出そうというのは二の次。映画美術も、あくまでバックでいいという感じで、ときに、美術にこだわる時もあるという程度。井川さんも、そういう会社の体質にジレンマを感じた時期もあったが、自分自身も学生時代、芸術映画をあまり観ていたわけでもなく、もっぱら娯楽作品だったと思い当たり、そういう悩みも吹っ切れていった。とにかく、限りある美術予算のなかで、いかに本物に近くみせられるか頑張ってきた。

  セットをどんなにうまく作っても、光と影の部分でキャメラの腕がなければ、セットは生かしきれない。美術監督としては、とにかく撮影監督が、照明をどう使って、セットをどう撮ってくれるか、美術を生かしてくれるか、にかかっている。監督とキャメラマンのコンビがいいと、上手くいくことが多い。『序の舞』(1984年)では、森田富士郎キャメラマンが、京都独特の家における室内での光を、天窓からの光線も計算してきちんと撮ってくれた。

 マキノ雅弘監督は話好きで、撮影当日もスタッフ相手にしゃべり続けて、撮影開始が遅れ、セットを下見する間もないことがあったが、初見で、カメラをどうセットして、どう撮るかをてきぱきと決め、予定時間内に撮影を終えてしまう。それでいて、井川さんら美術が工夫してつくったものを、ちゃんとその場で見て映画の中に生かしてくれた。役者の配置や動き、出入りを、セットをうまく生かして考え、芝居をさせて、マキノ流の男と女の情感豊かな世界をつくりだした。

 ぜひ観てほしい作品としては、『沓掛時次郎 遊侠一匹』、『車夫遊侠伝 喧嘩辰』、『十三人の刺客』、『股旅 三人やくざ』、『傷だらけの人生』、『冬の華』など。

 映画美術の世界も知れば知るほど、奥が深いと実感しました。「カポック(発泡スチロール)で石垣をつくるにも、少しでも本物に近くみせられるよう頑張りました」と言われたすぐ後に「でも、アップになったら、ばればれでしたねえ」と微笑む井川さんは、率直でユーモアも豊かなすてきな方でした。
傑作といわれる数々の映画において、その名場面の背景には、映画美術の力がいかに大きいかを、今回の特集上映を通じて実感します。映画を観る時、人物だけでなく、その後に何が映っているのか、窓の向こうに何が映っているのか、そんなところも細かく見ていければ、映画はより奥深い顔をみせてくれるに違いありません。映画美術は間違いなく作品のテーマとも関わっているのですか
ら。
 井川美術監督特集上映も後半を迎えましたが、最終週には、加藤泰監督の傑作も控えています。ぜひこの機会に一度ご覧ください。

(参考文献「リアリズムと様式美 井川徳道の映画美術」
井川徳道著、多田攻・田丘広編、ワイズ出版)

(伊藤 久美子)ページトップへ
   
             
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