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 灼熱の魂 (河田充規バージョン)

(c)2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) - TS Productions sarl. All rights reserved.
『灼熱の魂』Incendies)
〜怒りの連鎖が消えて平和が訪れることを願う〜

(2010年 カナダ・フランス 2時間11分)
監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット、レミー・ジラール

(東京)12月17日(土)〜TOHOシネマズ シャンテ
(関西)1月7日(土)〜テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、(時期未定)京都シネマ

公式サイト⇒  http://shakunetsu-movie.com/pc/
 最初に剃髪される少年たちの姿が描写される。一人の少年の右踵には縦に並んだ「3つの点」が彫られている。カメラをじっと見る少年の鋭い目つきが尾を引く。人類の抱える業が少年たちの心に妥協のない刺々しさをもたらしたのかも知れない。映画が終わってもう一度振り返ってみると,この冒頭の少年たちの姿にすべてが凝集されていたことが分かる。もう一つ,その後の台詞に出てくる“コラッツの予想”に込められた意味も深そうだ。
 ナワルは,何かに大きな衝撃を受けて程なく亡くなった。世の中に背を向けうつ伏せで埋葬して欲しいと言い残して。双子の姉弟ジャンヌとシモンには,父と兄を捜して渡すよう指示し,2通の手紙を託した。父が生きていて兄がいるという事実の真偽を確かめるため,まずジャンヌがカナダから母の故国を訪れる。そこには,母が2人の知らない兄への深い愛情を支えに,宗教が対立する過酷な状況下を生き抜いた事実が厳然と存在していた。
 ナワルは,異教徒ワハブの子を身ごもったため,彼を兄に殺され,家族の名誉を汚したと責められる。出産後,息子と引き離され,追放されるように故郷の村を去った。その後内戦が始まり,息子の安否を憂慮して足跡を追うが,息子は戦火にのまれたと絶望し,その報復へと駆り立てられる。ジャンヌは,母が獄中で妊娠させられ出産したことを知り,兄の消息にたどり着いたと思い込む。だが,観客はそれが思い違いであると分かっている。
 ジャンヌとシモンは,いつどのようにして真実に気付くのか,そのときどのような反応を見せるのか,固唾を飲んで見守らざるを得ない。しかも,本作は,そこに止まらず,もっと奥深い闇の中に踏み込んでいくのだから凄い。観客もまた,隠されていたもう一つの驚がくの真実に直面させられる。それはナワルの死の真相と遺言の目的に関わるものだ。ジャンヌとシモンは,最後に1+1=1でなければ解決不能な問題に直面することになる。
 コラッツの予想は1937年に提示された数論の未解決問題だ。数学者エルデシュは,現代の数学はこの問題を証明するには未熟だと言ったそうだ。激しい怒りの対象が同時に深い愛情の対象であるという奇跡的な状況が生まれるとき,怒りの連鎖を断ち切ることができる。人類はまだそこに至るほど成熟していない。だが,本作は,報復の連鎖が足し算のように膨らみ続けることを阻止できる日がきっと訪れるという希望を,最後に示してくれた。
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 灼熱の魂 (伊藤久美子バージョン)

(c)2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) - TS Productions sarl. All rights reserved.
『灼熱の魂』Incendies)
〜映画に導かれるままにたどりついた先は〜

(2010年 カナダ・フランス 2時間11分)
監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット、レミー・ジラール

(東京)12月17日(土)〜TOHOシネマズ シャンテ
(関西)1月7日(土)〜テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、(時期未定)京都シネマ

公式サイト⇒  http://shakunetsu-movie.com/pc/
 映画が終わり、エンドロールが流れ始めた時、きっとあなたはとてつもないショックにうちのめされるだろう。一人の女性がたどった過酷な人生と、運命のあまりに残酷な仕打ちに…。でも、エンドロールが終わって座席から立ち上がり、帰途につく時、きっとあなたは、ヒロインのどんな運命にも決して打ちのめされることのない不屈の力を、自分の内側に感じるにちがいない。人間の魂の力、生き抜く力を…
 映画は、一人の女性の死から始まる。遺されたのは、双子の娘と息子への遺言と2通の手紙。若い姉弟は、手紙を渡すため、母の遺した写真と小さな十字架のネックレスを手に、はるか中東に渡り、母の生まれ育った村を訪ね、知らされていなかった母の人生をたどっていく。映画は、姉弟が旅をする現在と、母の生き様を追う過去とを、クロスオーバーさせながら、章立てにして進んでいく。説明的な描写は抑制され、母の故国も具体的に示されることなく観客の想像に委ねられ、時間の重層的な描写が、物語に深みをもたらす。
 宗派、民族の対立からくる憎しみは暴力を生み、報復の繰り返しはやがて虐殺を引き起こす。母を演じるルブナ・アザバルの力強い演技、光と影に満ちた美しい映像により、異教徒の青年と恋に落ちたことがきっかけで、根深い抗争にいやおうなく巻き込まれていく母の波乱に富んだ人生が描かれる。そうして最後までたどりついたとき、果てしない争いを続ける人間の愚かさ、民族の悲劇、虐殺の歴史が痛切に浮かび上がり、私たちは悲劇のあまりの重さに言葉を失うしかない。

  映画の冒頭に映し出される少年の目の光が強烈で忘れられない。何人もの少年が集められ、捕虜のように順番に髪を刈られていく。無骨で荒っぽい男の腕に耐えながら少年はじっとカメラを見据えている。身体はやせて小さくても、瞳の光の鋭いこと。それは抵抗の目であり、命の力であり、真実を見据え、大人たちの愚かな所業を射抜く目だ。ヒロインの生き方をも象徴するかのような力強さを胸に刻みこみ、私たちは映画の扉を開ける。
 できることなら、何も知らないまま、この映画の扉を開けてほしい。登場人物の境遇もわからないまま、姉弟とともに旅をたどってほしい。映画が少しずつ解きほぐしていってくれる。スクリーンに映っているもの、聞こえてくる音から読み解くことのおもしろさ。それが最後の衝撃へとつながる。
 報復の応酬の渦中にのみ込まれ、一度は歯車の一つになっても、苦しみと痛みに耐え、強く生き抜いた母。みごもり、子を産み、やがて気付く。怒りと憎しみの連鎖は1+1が1にしかならず、何も生み出さないことを。そうして、この連鎖を断ち切ろうと、子どもたちに託した母の思い、祈りが、私たちの心に深く突き刺さってくる。憎しみに焼き尽くされることなく、自分の信じるところを貫きとおした母。想像を絶するほどの苦難の果てに私たちの胸に残るのは、他者を許し、慈しみ、人間を信じる心だ。母の気高く無限の愛は、柔らかな光となって、私たちの未来をも、かすかに照らし出してくれるような気がする。
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