最近、見た渡辺謙主演の映画『はやぶさ 遥かなる帰還』は7年間60億キロもの壮大な旅をして地球に帰ってきたはやぶさが感動的だったが、中で一番印象に残ったのは政府関係者がスタッフに聞いた言葉だった。「宇宙の起源なんて知って何になるのかね?」。確かにそうだ。はやぶさが小惑星「イトカワ」から持ち帰ったサンプル調査の目的はおよそ今の人間の日常生活に必要なものではない。だが、そんな役に立たない悠久の時間や歴史のロマンにひたることこそ人間のゆとり、永遠の夢ではないか。果てしなく遠い宇宙とか、本当にあったかどうかも定かでない古代史に心を遊ばせる、ある意味これほど贅沢な遊びはないだろう。
宇宙も遠いが、古代エジプトはおそらくもっと遠い。『ピラミッド 5000年の嘘』は知られているピラミッドの常識を徹底検証した歴史ロマン。世界史で誰もが最初に習う古代エジプト文明。その象徴である建造物で最も有名かつ最大規模の「ギザのピラミッド」は紀元前2700
〜 2500年前の建造で、誰もが知っているはずなのに、その“常識”が嘘だったという驚きのドキュメンタリー。ホンマかいな、である。
疑いがあるのは知っていた。数年前、ベストセラーになったグラハム・ハンコックの「神々の指紋」でピラミッドには多くの疑問があることを知った。それは謎のベールに包まれて魅力的に見えた。何しろ古代に今より優れた文明社会があったり、進化した宇宙人がいたかも?というのだからまるで映画の世界だ。この分厚い本でも印象に残ったのは「人類は健忘症にかかっているのではないか」というくだりだった。ほんとにそうかもしれない。
「ピラミッド 5000年の嘘」はより具体的に謎を提出する。@ギザのピラミッドは建造期間20年とされるが、800キロ離れた採掘場所から巨大岩石200万個を運ぶには何万人が1日12時間働いても不可能となると、A在位20年と言われるクフ王の墓説も覆る。Bギザのピラミッドは4面体ではなく8面体。年2回(春分と秋分時)、真東から昇る太陽が数秒間だけピラミッドの角度に達する。こんな計算は現代のテクノロジーでも難しい。C200万個のバラバラの石を積み上げたのに、その精度は0・5ミリしかずれていない…。
映画が提出する謎は幅広く、ピラミッドが存在する地域が地球を取り巻く帯状に集まっているとか、インカ帝国のマチュピチュ遺跡とも関連があるところまでいくと、古代に今以上の高度な文明があったことを疑えなくなる。それとも、エジプトの絵にあるような大きな目をした人間は本当に宇宙人だったのではないか? 壁に描かれた絵は「スター・ウォーズ」でハリソン・フォードたちが乗った宙に浮いて走る自動車にそっくりだった…。
終盤はほとんど苦手の数学になるのだが、古代エジプトの長さの単位が現代の円周率(3.14159265…)の倍数になる、という結論はまったく驚きだった。つまり、古代エジプト人は円周率を知っていた、としか考えられない。なんと…。これらの様々な謎や疑いを提出するのはエジプト考古学者や建築家、構造工学者、人類学者、物理学者なのだから、疑う余地はないはず。
ピラミッドはスペクタクル史劇になくてはならないものだった。代表的なハワード・ホークス監督のその名も『ピラミッド』(1955年)は悪役が落ちてきた巨大岩石に押しつぶされて終わった。謎は謎のまま置いといても、とも思うが、5000年も前に高度な文明があった、もしかしたら宇宙人だった、と考える方が豊かな気持ちになれる、と思う。政府関係者のように「そんなこと知って何の役に立つ?」などとは思わない。