第60回カンヌ国際映画祭グランプリ作品『殯の森』主演を務めたうだしげき監督。そしてテレビドキュメンタリーで数々の受賞歴を持つ平岡泰博監督。60歳を超えたベテラン2人が少数のスタッフで作り上げた初監督作品は、古都奈良の伝統や奈良の人々の魅力を存分に映し出している。
会社の倒産、熟年離婚を経験し、定年後独りで暮らす雄吉(うだしげき)。ある日ムーと呼ばれる少年(横山龍之介)に秘密の基地がなくなったと告げられ、基地に連れて行ってもらう約束をする。ムーを迎えに行った雄吉は、ムーの姉多津子から見せてもらった奈良晒の美しさに惹かれる。多津子は母の遺志を継いで奈良晒を織っていたのだ。時折ムーを訪ねるようになった雄吉は多津子に淡い恋心をいだくのだったが・・・。
400年以上前から奈良で織られていたが、最近は織り手がおらず保存会が細々とその技法を伝えている奈良晒。本作では、多津子が織る場面や、ムーと糸を巻く場面まで、伝統を感じられるシーンがふんだんに取り入れられている。神社の能舞台で、金春流の能楽師が多津子が織った奈良晒の装束を着け、「大坂夏の陣」を舞うクライマックスは、雄吉と多津子の儚い恋の幕引きと重なり、幻想的で神々しい。
町のお祭りのシーンや、神社の能舞台の奉納準備など、表情豊かな地元の人たちの様子をキャメラは見事にすくい取っていて、ドキュメンタリーのような力強さと暖かさが感じられる。試写会に来場されていたうだ監督は、「『野菊の墓』を彷彿とさせるような、懐かしい、美味しいお茶をいただいたような静かさの中で訴えていくような映画にしたかった。」と語られた。本作の脚本をメインに考え、巧みなカメラワークをみせた平岡監督は「8年前に定年を迎えてからすぐに書き始め、昨年もう一度映像の世界に戻りたくて、うださんを誘った。」と共同監督のいきさつを披露。映画初主演の川合さんは、「この映画で月ヶ瀬の皆様に会うことができ、私たちのために時間を空けてくれ、親切にして下さったことに感動しました。」と挨拶された。作品作りに関わった人たちの想いや日本の伝統の素晴らしさを、本作から肌で感じることだろう。