「ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ」など数々の名曲を生み出し、20年前、62歳でこの世を去ったセルジュ・ゲンスブール。ロシア系ユダヤ人に生まれ、絵が大好きな少年は、ピアニストの父から厳しく教えられ、同じ音楽の道を歩む。ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキン、ジュリエット・グレコと数々の女たちに曲を提供し、愛を贈る。その自由奔放でスキャンダラスな生き方は、今なお多くの人々を魅了してやまない。
ゲンスブールを敬愛する人気バンドデシネ(BD。フランスのコミック)作家J・スファールによる長編初監督作品。オープニングクレジットのバックでゲンスブールの絵が動き出すのが楽しい。本作のオリジナルは、ゲンスブールが自分の分身と呼ぶキャラクターの存在。子どもの頃は、大きな頭と顔だけのコミカルな人形が、大人になると、ゲンスブールのように背が高く、耳と鼻が大きな姿で現れ、彼を挑発したり、相談相手になったり、喧嘩もする。その対話を通じて、彼の孤独で傷つきやすい魂が浮かび上がる。
監督が、「彼の人生に忠実ではあるが、単なる伝記映画ではない」と語るとおり、美女と出会い、愛の歌を弾き語る姿や、別れに傷つき酒に溺れる姿、過激な作品を発表し社会に挑戦し続ける姿と、ゲンスブールの波乱に富んだ人生の断面を、歌や音楽とともに切り取るコラージュのようだ。私たちは、自由奔放で、破天荒なゲンスブールの、実は寂しがりで臆病で、容姿へのコンプレックスを捨てきれず、こどものような純粋さを失うことのない、隠された一面を見つけるにちがいない。
『あの夏の子供たち』で主人公の家族を慰める親友を演じたエリック・エルモスニーノが好演。無精ひげで猥雑な中年男が、煙草をくゆらせながら、けだるく宙を見つめる姿は、ゲンスブールそのもの。全編を通してゲンスブールの楽曲が散りばめられ、彼の紡いだ美しいメロディ一が心に残る。