しかし、武家社会は出世するほど出費が重なる。地位に見合った家来や使用人を雇わなくてはならない“身分費用”に、屋敷の維持費、冠婚葬祭、交際費などなど、収入に見合わぬ金が湯水のよう出て行く。なぜなら、体面を重んじる武士は、借金をしてでも見栄を張るのが通常だから。猪山家も直之と父・信之の合計収入1200万に対し、借金は倍の2400万にまで膨れ上がっていた。そのことに気付いた直之は、家財道具を売り払い、日々の収支を細かく家計簿に記録して家計を立て直し始める。
一家の危機をすばやく察し、豊かな生活から潔く倹約生活に切りかえた直之の決断力が男らしい。だが、やはり武士の“節約”は当時としてはかなり斬新な試みだったのだろう。すべては家族を守るためなのだが、年長者である父と母が子どものように愛用品を売りたくないと駄々をこねる姿が珍妙で笑えた。それでも直之は厳しく両親を諭す。世間の好奇な目にも動じない。まさに、そろばんで家族を救ったわけだが、常に相好を崩さず厳格な直之に息子の直吉は疑問をもつようになる。
節約生活を描く前半は明るくテンポよく進んでいくのだが、後半に父子の確執話が展開されるにつれ物語が失速し始めるのが少々残念。不器用で神経質ながらも朗らかだった直之が、だんだんと冷たく頑固な人物に変わっていってしまうのも疑問が残った。それを威厳と言ってしまえばそれまだが、息子に必要以上に厳しくすることで何を伝えたかったのだろう。激動の時代を生き抜く術か、愚直なばかりに真面目な父の背中か。直之役の堺雅人はそろばん侍の悲哀を繊細に演じていたと思うが、ドラマ的には初めのポジティブな雰囲気をそのまま最後まで引っぱっても良かったのではないだろうか。その点でいうと、夫を支え息子を守る絵に描いたような良妻賢母の駒を演じた仲間由紀恵の木漏れ日のような存在が光っていた。『私は貝になりたい』でも、TBSドラマ『99年の愛〜JAPANESE
AMERICANS〜』でも理想の妻に扮していた仲間は、今のところ夫を支えさせたら日本一の女優かもしれない。辛抱強く控えめで美しい彼女のサポートがあったからこそ、猪山家は没落することなく明治に入っても生き延びられたのだろう。
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