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★悪 人
『悪 人』
〜人間の抱える“闇”と向き合う愛の力〜

(2010年 日本 2時間19分)
監督・脚本:李相日
原作・脚本:吉田修一
出演 : 妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本明

2010年9月11日(土)〜TOHOシネマズ 梅田、TOHOシネマズ 二条、OSシネマズミント神戸ほか 東宝系で全国一斉ロードショー
公式サイト⇒ http://www.akunin.jp/
 一つの殺人事件−“悪”−をとおして、それに関わる人々の孤独、痛み、哀しさ、やるせなさといった心情が、心に深く突き刺さるように迫ってくる力作だ。

  長崎の外れ、小さな漁村に祖父母と暮らしていた土木作業員の祐一は出会い系サイトで光代と出会い、恋に落ちる。しかし、祐一は、光代と出会うより前に、一人の若い女性の命を殺めてしまっていた。自首しようとする祐一を光代が止め、二人の逃避行が始まる…。

 勤め先の紳士服量販店とアパートとを自転車で往復するだけの空しい日々を送っていた光代。祐一もまた、田舎での地道な暮らしの寂しさに耐えかねていた。そんな二人が、やっと見つけた本物の愛を守り抜こうと、身を寄せ合い、互いを信じ合う姿に胸打たれた。

 光代は、殺人犯と告白されて戸惑いながらも、うしろめたさを心の奥にしまいこみ、祐一から離れられなくなる。一途でけなげな姿は、それまでの弱々しさとは一転、強く美しく気高ささえ感じさせ、深津絵里の演技力が光る。

  怒りに我を忘れて犯した罪の深さに苦しみ、とりかえしのつかないことをした愚かさに打ちのめされる祐一。妻夫木聡演じる祐一の寡黙な表情からは、孤独をいやす相手にめぐりあえた喜びも束の間、すぐ手放さなければならない悲しみと苦悩とが、ひたひたと押し寄せてきた。
本作の魅力は主役の二人だけではない。それぞれの登場人物の心情がリアルに迫ってくる。とりわけ引き込まれたのは、事件に巻き込まれた被害者のOL佳乃の両親と、祐一の祖母の姿だ。理容院を営みながら、一人娘の佳乃を育ててきた夫婦。突然、娘を奪われた怒りと絶望が二人の心を覆う。
一方、母に捨てられた祐一をわが子のように育ててきた祖母は、マスコミから責められ、悪人呼ばわりされた上、悪質商法の輩に騙されて、なけなしの貯金を奪われてしまう。被害者側と加害者側とはいえ、つつましく懸命に、誇りをもって生きてきた小さな幸せを踏みにじられた辛さは共通する。
 ほかにも、裕福な家に生まれ、人を思いやることを知らず、佳乃をぞんざいにあしらった大学生の増尾や、祐一に八つ当たりした佳乃の、若さゆえの未熟さが、浮き彫りになる。
 こうした群像劇を通じて、映画が教えてくれるのは、人生で一番大切なのは、人への思いやり、優しさであり、人を愛するということ。大切に思う家族や恋人がいるからこそ、人は強くもなれるし、他人に優しくもなれる。愛する人のために、勇気をもって“悪人”に立ち向かわなければならないこともあれば、怒りと憎しみで“悪人”に向かって振りかざした拳を、相手にぶつけることなく下ろし、激情を抑えなければならないこともある。柄本明演じる佳乃の父親の哀しみと怒りに満ちた瞳や、樹木希林演じる祖母のよろよろしながらも、前を見据えて夜道を歩いていく姿に涙があふれた。

 祐一が最後にとった行為は、光代を守ることができるのだろうか。あなたならどう感じるだろう。九州各地でロケされた風景が美しく、なかでも、灯台から朝日を眺める二人の表情が心に残る。みごたえのある人間ドラマが仕上がった。
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